マルクス・ガブリエルのレビュー一覧
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世界はなぜ存在しないのかという大胆な問いについて考えている本である。
なぜ世界が存在しないのか。
それは、世界はそれぞれの人が切り取った場で意味が変わってくる。
なので、世界は存在しない。
加えて、形而上学は事象の詳細それぞれのリアリティを考えられないことが欠点であると大胆に述べている。
最後には人生の意味とは生きること。尽きることのない意味に取り組みつづけることと実存主義にも触れて終えている。
感想
人生の意味を考え続け、取り組み続けけること、
これは普遍的に人類が取り組まないとならないことであろう。
そうしなければ、自由から逃走し続けることと、アノミー的な自殺者がついえることはなくならないだろう。
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Posted by ブクログ
イントロ二篇がつまらなかったので投げ捨てようとしたが、最後まで読んでみた。
とっちらかった雑談を、無理やりまとめた感のある本。
それだけに、他人の悪口の部分があけっぴろげて面白い。
ハイデガーだけでなく、ハーバーマスへのディスり方はなかなか鋭い。
しかし、王弼の「老子道徳経注」にまでマルクス・ガブリエルの話が及んだのには驚いた。
ヨーロッパ世界、更にはユダヤ・キリスト教世界から離れた思想は構築しうるか、しかし同時に多元的世界の存在を前提とした場合には、実は全体主義的思考も、ひとつの考え方に過ぎないとなるのではないか。
習近平中国の自信は、脱ヨーロッパの新たな中華思想構築の試みだからか? -
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Memo:
インターネットはジャンクというガブリエルさんのお話なのだが、手軽に超すぐ読めて面白く、インターネットのコンテンツのようだった。
(P69) 深い文化的異質があるとするストーリーは、戦争をあおり、他者を攻撃する口実になる。こうやって「他者」の存在を作り上げる。
(P72) 人間性というのはきわめて普遍的。文化相対主義の機能は非民主的なインターネットを正当化するためのもの。
(P82) 人から人間性を奪うには。1:相手を悪だと思うこと 2:相手を善だと思うこと 本来、善悪などないただの人間。
(P104) 民主主義の本質:戦うことは合理的じゃない。もっと前向きなことに集中しよう。
裁判で完全勝利は無いし、複雑で緩慢なプロセスがあって、とにかく面倒。完全勝利があるのは独裁。
どんな戯言でも口にできることは、民主主義でなくFacebook。
(P120) 「人間はこうあるべきだ」というモデルを、社会システムにいるすべての人間に押し付けるべきではない。
(P123) 他人の尊厳を減らす人は、自分自身の尊厳も減らしている
(P129) 法律上の制限がないグローバル経済は明らかに問題
(P152) 資本主義そのものは必ずしも悪ではないが、資本主義には「悪」の潜在性がある
(P135) 倫理資本主義
社会のゴールは、企業のゴールを含めて「人間性の向上」になるべき 利益の増加ではなく、モラルの進歩を目指す
---ある意味中国的では。P120での主張に沿う押しつけにならないか。数値による統計処理でスコアリングとかしない、モラル進歩なあ…。点数付けのほうが公平で善良、とならないか。
(P153) グランドセオリーの構築が必要だ。すべての学問分野は同じ一つの目標を持つべき。人間、幸福(well being)の条件を理解すること。
---中国やカルトとの違いも書いといて。
(P164) ビッグデータ解析でアルゴリズムやAIで生活向上は夢物語。カリフォルニア西海岸文化、起業家たちの精神はLSD三昧、正気じゃない。散漫な思考(バカ)はクリエイティビティには大切だが、実知識においては、厳しい集中力と散漫な思考の組み合わせが重要。インターネットが我々にもたらすのは、散漫な思考、ドラッグ中毒の子供たちの精神だけ。それが人工知能。
(P375) インターネットではバカがバカに物を薦めあっている。それを群知能SIなどともっともらしい名前で呼んでいる。実際は群れの知能でなく、群れの凡庸性。
(P175)自動化でできた時間はさらなるネット消費に振り分けられるだけ。
creative people が余暇で何をするかというとNetflix鑑賞。
あまった時間はシステムにデータをfeedbackするためにつかわれ、そうしてさらなるrecommendationの悪循環。毎日仕事を終えて人が何をするか、今日もネットに助けてもらった、さてネットするか、が現実。
→ネットが人類をよりcreativeにするとは思えない。
ー--ネットが現れるまえ、TVに対して言われてたことだね。
(P182) 行きつくところは…
残るのは今まで労働を機械任せにしていたせいで、働き方を忘れてしまった愚かな人間たち(末人)
彼らはやがて争いをはじめ、世界は崩壊。
(P186)各国政府は国民がGAFAに雇われているという事実を認識したほうがいい。GAFAはすべて変えるか、我々にお金を払うかどっちか。ネット検索するだけでお金持ちに。(これが末人のためのベーシックインカム。ただただ世界崩壊させないためだけの。)
(P188)我々は一年のうち四か月もネットをして過ごしている。びた一文くれない人のために働いて過ごしている。無料とされるサービスで得られるより多くの代償を支払っている。でなければ、企業は存続できないから。
(P190) テクノロジーとは壊滅の力。
(P191) 完璧になめらかな機能性には、ダークサイドがある。
(P219) 我々が自らを正す唯一の方法は、自分とは別の視点を持つこと。それが人間社会。構成員同士のやりとりが増え、社会が複雑になるほど、より多くのロジックが生まれる。複数の信念が広がる網全体が社会になる。
---ビッグデータのフィードバックやリコメンドと似てるじゃないか。 -
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ネタバレなかなか手ごわい。それに、いっぺんでどうにかする相手じゃなさそう。
意味を測定のルールとする、という定義。対話している相手を特定のアイデンティティの代表者としない。社会のゴールは、企業のルールも含めて人間性の向上とすべき。下層にいる人の数がこれほど多くなったことはかってなかった。平均的人生がどのようなものになるかが研究されて人生のどの移行期も利用することがエコにつながる贅沢な消費という満足を与える定期サービスのオファーを受ける。資本主義。環境問題への抜本的な解決になる>ほんとかな。自然科学は価値判断しない。ので原始的な宗教みたいに。労働を機会に任せて末人になる。情報検索をすることが検索とネット起業を太らせる。テクノロジーは壊滅のチカラ。政治はリアリティ、政党は実現不可能なものを約束するが。政治家は現実と向き合っていることに敬意を払うべきだ。人生を謳歌することではなく人生のイメージを謳歌するネット社会。複数の現実は偽にもなりうる。明白な事実の政治>それが成立する社会ってどんな社会だろう。 -
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マルクス・ガブリエルと「世界哲学史全8巻」の編纂者の一人中島さんの対話にもとづく本。
マルクス・ガブリエルは、なんだか面白そうなんだけど、どこが新しいのかはよくわからなかった。ポストモダーンの構築主義を批判する「あたらしい実在論」というのだが、「世界は存在しない」と主張していて、超越的な「1」を否定するポストモダーンの哲学者にみえる。
つまりは、構築主義が「あれも構築、これも構築。実在とか、本質なんてない」というところを「あれも実在、これも実在。すべてを包含する一つの世界はない」といっているだけ?たしかに「すべて構築」というより、「すべて実在」というほうが、なんか元気がでるけどね。。。。
みたいな印象を持っていた。
で、これを読んで、ようやくガブリエルが問題にしていることがわかった気がした。反「全体主義」だったんだ!
となると、急速にガブリエルの問題意識、なんとなく詭弁的に思われたロジック展開に込められたパッションが理解できてきた。
そうか、この熱さ、情熱があるから、なんだか〜と思いつつも、ついガブリエルを読んでしまうのか!と了解した。
で、この本は、哲学それ自体というより、ハイデガーやハーバーマスの言行に対する批判というか、ゴシップ話しみたいなのがあって、こんなんでいいかな?とか思うのだけど、そこには反「全体主義」という思いがあって、こういう哲学業界話しをあえて、活字にするということの意味が読み進めていくなかでわかってくる。
ガブリエルの主張に納得できないところもあるが、彼の問題としているところには共感できる。
多様性をメタレベルで包含する普遍ではなくて、多様性を乗っける共通のプラットフォームづくりみたいなのが大事なのかな?
だと哲学の思想それ自体というより、哲学業界というか、大学というシステム、そして大学間でのネットワークという哲学を生み出す仕組み自体が課題になってくる。
なので、ハイデガーやハーバーマスの言行と思想を切り分けて、思想だけを論じるということはできないわけだ。彼らの全体主義につながる思想を論じるとしても、それを脱構築する読みが必要になるということか?
それにしても、ガブリエルは、ポストモダーン批判の旗手みたいに言われるけど、実は、デリダを丁寧に読んでいるみたいで、やっぱこれって「ポスト・ポストモダーン」だなとあらためて思った。
ガブリエルの話がメインな本だが、中島さんはそのお話しをうまく引き出しているというだけでもすごいが、中国哲学を脱構築していくところがすごく面白い。
ちょっと中島さんの「中国哲学」系の本も読んでみようかな? -
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●最近本屋でよく顔を見るこのひとの本、初めて読んだ。
難しいとこも多いけど面白かった。内田樹の本読んでる感覚に似てた。
第4章:民主主義
民主主義では何でも自由に言えると誤解されている。文化的多様性は事実で、minorityを排除しようとする人を民主主義は排除すべき。でも他人の尊厳を減らす人は自分自身の尊厳も減らしていると考えよ。つまり尊厳がゼロになれば人間でなくなるのだから死刑はダメ
第5章:資本主義
グローバル経済が、グローバル国民国家の存在なしで機能することはない。インターネット上の危機と似ている。法律上の制限がないグローバル経済は明らかに問題。ここにトランプは気づいた。世界国家のないグローバル経済に入れば世界の民主主義が崩壊すると知って、トランプは実はパラドックス的に世界の民主主義を守っている。 -
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ネタバレ・インターネットはすべてが反・社会主義的。民主主義の土台を揺るがしている。デジタル化によって、リアルとバーチャルの境目があやふやになった。
・新しい実在論における氏の主張は二つ。「すべてを包摂する現実は存在しない」、「現実はそのまま知ることができる」。現実は数多く存在する。「意味の場」は複数ある。
・「新しい実在論」はリアル(真実)とバーチャル(嘘)の境目を明確にするもの。真実に目を向けるための思考法。新しくグローバルに協力し合おうという提案。
・相手を悪だと思うことも、善だと思うことも、人から人間性を奪う。
・特定の偏見を克服するためには、「意味の場」を学ぶこと。「我々は何人たりとも排除してはならない」という主張は、誰かを排除している人たちを排除した、というパラドックスに陥る。
・倫理資本主義。経営に倫理学者が介在するような構造が必要。
・モラリティの資本主義。環境危機を解決する企業が二十二世紀の政治構造を決定する。 -
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インタビュー文字起こしがベースで日本人読者向けという意識があるので読みやすいし、それほどのボリュームでもないのでこの時期にサクっと読んでしまうにはうってつけの教養本でした。
哲学界のロックスターと呼ばれるドイツの哲学者が「新しい実在論」を軸に世界の危機を読み解くという本。
彼が「表象の危機」と表現し米国、欧州、中国の振る舞いというのは「そういうフリ」でしかなくて、目に見えていることとは全く異なる衝突が起きているんだよ、という解説が私には1番スリリングな内容でした。
政治や地政学、デジタルに経済も網羅的に語ってくれるので、何やら複雑怪奇な現代というシステムを俯瞰するのに良い知恵を授けてくれると思います。
デジタルと地政学について落合陽一と似たような切り口で語りますが、デジタルに対する信頼度というか期待については真反対というのは興味深かったです。
マルクス・ガブリエルはインターネットは全く民主主義ではないし、シリコンバレーの文化・・・自然主義や統計主義と表現していますが、これについては真っ向から否定しています。
さらに日本のことを「優しい独裁国家」と遠回しに揶揄しながらも、住んでる我々が苦しむ「精神の可視化された社会」については期待の目を向けていました。 -
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「新しい実在論」を説く若手哲学者による哲学書。
訳語がですます調なのと、卑近な例が多く使われていて、思ったよりも読みやすい。
どうも近年?の哲学は、観察する側とされる側(主体と客体というか)のどちらに重きを置くかの論争になっていて、本書の著者はどちらにも重きを置く立場らしい。
同じものでも見る人によって見え方が違うというのは至極当たり前だが、量子論的とも言えなくはない。
著者がいう「世界は存在しない」ことの理屈は理解できる(わかりやすく図解までされている)が、それは「世界」の定義によるところが大きく、言ってしまえば「全知全能の神(いるとして)を作ったのば誰?」という問いにも似ている。
自然科学や宗教、芸術の役割も考察していて、包括的?な哲学の入門書にはよいのではないか。 -
Posted by ブクログ
哲学の本としては、異例に評判になっているらしい。
「現代思想」の本としては、わりと読みやすいかな。
ある意味、当たり前のことを言っている感じもする。
この本が評価されるということは、これまでの哲学が極論というか、話を必要以上に難しくしすぎていたということか?
ポストモダーン思想をある程度読んだ人には、この「新しい実在論」は、ちょっとしたコロンブスの卵に思えるかもしれないが、あまり哲学を読んでない人、つまり「素朴な実在論者」にとっては、この本自体が「ポストモダーン」な相対主義の本に思えるかもしれない。
だって、普通の人は、目の前の「現実」がもしかすると本当は存在しなくて自分の心が「構築」したものかも?とか思わない。「形而上学」を知らなくても、何らかの統一的な「実体」や「本質」がどこかにあるんだろうと無意識に想定して生きている。それを深く考えるかどうかは別として。
「世界は存在しない」というのは、そういう全てを統合する何か、つまり「世界」は存在しないということ。
一方、「世界」以外のものは何でも「存在する」。それぞれ、いろいろな文脈のなかで正しかったり、意味がなかったりを判定することもできる。
これって、やっぱ、一種のポストモダーン、あるいはポスト・ポストモダーンだよね。
私も、ポストモダーンな「構築主義」がもたらす「相対主義」は、何らかの形で「科学的」「実在的」「自然的」なもの、あるいは日常の素朴な「現実感」と統合「されなければならない」と思う。
これは論理的というより、人間が幸せに生きるための要請。
この「新しい実在論」は、そうした試みの一つかな。
とはいえ、「世界が存在しない」という論証は、やや強引な感じも。わからなくもないのだが、ある種の「神の存在証明」的なロジックに似ているな。
そう、ここで、「実在論」と対応しているのは、「観念論」ではなくて、「唯名論」。中世の「普遍論争」が戻ってきたような。
個人的には、前半のそういった哲学論、存在論より、後半の自然科学、宗教、芸術、テレビドラマを論じたところのほうが、面白かった。
「科学」や「宗教」などについて、普遍的に何でも統一的に理解することはできないという視点で批判するとこは、一見、ポストモダーン思想にも近いのだが、それぞれの文脈の中で意味があるという「存在」を認めると、なんか元気がでてくる感じはある。
この本が、本当のところ、どの程度、新しいのかはよくわからないけど、比較的読みやすい哲学書としてはいいと思った。 -
Posted by ブクログ
「つながり過ぎた世界で、人は何を基準に考え、判断するのかを問い直す本」。
コロナ以後の世界を背景に、効率や成長、数字だけを追いかける資本主義は限界に来ている、と著者は言う。
では人間は何を軸に社会をつくるのか。
その答えとして示されるのが、倫理と「意味を考える力」だった。
印象的だったのは、人間は正解を出す存在ではなく、問い続ける存在だという考え。数字だけでは測れない「それって本当に良いこと?」を考える力が大切になるのかもしれない。
仕事やニュースを見るときに、
「どんな意味を生み、どんな価値観に立っているか」を一度立ち止まって考えるようになれると良い。
つながり過ぎた世界で、考える力を取り戻す一冊。