マルクス・ガブリエルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
知の好奇心を煽られた。
でもなかなか理解できないこともあり。
著者が語る新実在論。
脳が受信機であれば、同じ受信機ではない。
だから人それぞれ、少しずつ見ている番組が違う。
そして放送されている番組(=現実)は単一の番組ではない。つまり世界は存在しない。
「私たちは現実をあるがままに知ることはできるが、現実は一つではない。よって世界は存在しない。
その現実とは、さまざまな断片の集まりだから。
※つまり世界とは、ひとつに繋がっている物語でないといけないのに、断片的であるから、存在しない、ということ?
※確かに東洋哲学だと 断片 を重視している。つまり、過去と現在と未来につながりはない、と。
で、あればやはりニーチェの指摘のとおり、「仏教はニヒリズム」であり、そのニヒリズムからの脱却は難しいのでは?(それこそ超人以外は)
そして「世界は存在しない」のなら、なぜ著者は「もはやGDPを擁護する人はいない」といった経済学や「ウクライナへの戦争は、政治の問題ではなく宗教問題」などの国際情勢に首突っ込んで語るのか?
存在しえない世界を語っても、仕方ない、のでは?
でも一冊しか読んでいないし、私がよくわかっていないのだと思う。 -
Posted by ブクログ
気鋭の哲学者であるマルクス・ガブリエル氏の三部作最終章。三部作のなかでは(文章が平易であるという点において)最も分かり易いものの、相変わらず内容はさっぱり理解できず。ただ、知的刺激は大いに受けた。
前々作は「世界」、前作は「私」、本作は「考える」がテーマ。唯物論的神経中心主義を論駁した前作に対し、思想ならびにその表象化モデルである思考とはそもそも何かを再定義していく。著者は「考える」ことを「考覚」と言い、生物として元来備わっているものではなく、人間が生み出した「(人工知能ならぬ)人工知性」という捉え方がユニーク。
著者が語る「考える」ということが持つダブルミーニングつまり感覚器官と表象手段は、「テセウスの船」が示すような「思想」というものの物理との分離性と一体不可分性を感じる。
「哲学のロックスター」とも称される著者だが、三部作を通じて最も伝わることはTV番組に対する深い造詣と愛情であろう! -
Posted by ブクログ
いま最も有名な哲学者といっても過言ではないマルクス・ガブリエル氏の一般向け哲学書三部作の第2弾。1作目同様、内容はほぼ理解できなかったが、著者の深い造詣と考察に触れているだけで知的好奇心が刺激される。
昨今のニューロネットワークのAI花盛りの時代にあって、「AGIの登場がまもなく」というまさに今、著者は「神経(ニューロ)中心主義」に異議を唱え、「私」≠脳というテーゼを以って、我々の精神の深淵や本質に対する論理展開を図る。自由意志の存在は第三章や量子力学的パラレルワールドからすると制約条件の結果という気もするが、志向的意識と現象的意識という観点を経ると「現象的」は人間の精神の複雑さを示しているように思える。
著者がユニークなのは例示に映画やTV番組、時事の話題などをふんだんに盛り込んでいる点だろう。だからといって解りやすいわけではなく、デカルトやカントのような不変的哲学書の地位にはなりえない面は否めないが、哲学をより身近にしていることは間違いない。 -
Posted by ブクログ
読んだと思ったのに本棚になかった。二重登録かもしれないけれど書いておく。
新実在論は未だによく分からないが,思弁的実在論やOOOとは違うらしいというのは分かった。新書ばかりでなくちゃんと著作を読まなければなりませんね。
死刑反対の議論があって,これを覚えていたので読んだと思っていたのだが,他の著作でも言ってるのかもしれない。
①「尊厳とは,「人間はときには人間存在の概念に基づいてその人生を送っている動物である」という事実」
②「他の人の尊厳を減らす人は,自分自身の尊厳も減らしている」
③「尊厳がゼロになることはありません。ゼロになれば人間でなくなります。」
④「もしその人を殺せば,その人の尊厳はゼロであるとみなしていることになる」
この論証が腹落ちしないのは多分②だと思う。
これと,新実在論で言う倫理的事実という概念がどう関係するかも課題。
そもそも倫理的事実がよく分からない。 -
Posted by ブクログ
これからの世界について、今起きている戦争、AIの発展、資本主義、民主主義の今後など重要なテーマについて、複数の知識人たちの語りで展望が語られる。
ロシアのウクライナ侵攻を西欧ほどそのほかの国々は嫌っていないとか、戦後ロシアとドイツの接近こそアメリカが嫌っているとか斬新な切り口もあり、人口減少する先進国なので第二次世界大戦ほどの拡大戦争にはならないという見方もあれば、それはわからないという意見もある。
AIによるデータの大企業に寡占される様やソノ、IT企業組織はヒエラルキー型のトップダウンという保守的組織であるという指摘も興味深い。
ただAIはよくできて効率的なWikipediaのようなもので、何かを直接生み出すこともなければ、視覚聴覚に頼りがちな我々が体験したかのように錯覚するが、五感を通した体感とは別のものという指摘は忘れないようにしたい。
リベラルな民主主義とコミュニティの関係が制度とし述べられる中、一方でコミュニティのアソシエイトとしての責任と権限、そしてそれが体感できる規模感、そういった共通倫理や道徳感があってこその民主主義制度が機能するという中島氏の意見はまさに賛同する。
まさに無責任、手触り感のない暮らしは工業社会以降の先進国に多く生み出されている。それは仕事、暮らし、住居などが特定の土地、文化、共同体から切り離されたり、容易に変わらざる得ない現状が生み出したものでもあると思う。
また、コミュニティやアソシエイトの負の側面(同調圧力等)にも目を向けて、出入り可能なフレキシブルさ、レジリエントも必要という結びに賛同しつつ、それを作ってかないとなというところに読後感が着地した一冊。 -
Posted by ブクログ
科学に関するところは怪しすぎたのですが、後半はとても良い内容だった気がしました。
ステレオタイプによって他者を判断することは非倫理的であること、対話が必要であること、SNSが我々に自己を与えていること、などのところはかなり興味深く感じました。
この辺りは不必要に自己の属性についてSNSを通して自ら確定してしまうというのは実際に感じるところで、他者に対する属性化も問題だとは思っていたのですが、反面自己を不必要に規定してしまうことが生きづらさを生む温床となってしまうのを感じました。
交友層の偏りがかなり出てるように見えるので自分がもっと広く対話したらどうかなと思いますし、哲学者を雇うべき的なところなど所々プラトン的にも思えますし、やってないことをいつでもやれるぜっスタンスで語るのは個人的には格好悪いと感じてしまいますし、歴史的経緯から倫理的に正しい自分であることを表明し続けなければならないドイツにおけるナショナリズムってこんな感じなのかなと想像したりもしました。
哲学はズブの素人なのですが、医学についての語りはだいぶ怪しかったので、同氏の専門以外の発言は、話半分くらいで考えようと思いました。 -
Posted by ブクログ
世界の頭のいい人たちからコンパクトに要点教えてもらおう!という、ある意味とても今っぽい本。中公新書で出た企画が成功したので、後追いという印象もある。
後追いとはいえ、世界は変わっており、最新の状態を前提にスピーディに新書化してるので、つまらないということはない。
今回はコロナとウクライナを前提に話している。
複数の人が話し、それをまた複数の人が感想を言う二重構造で議論が深まっていて良い。
学ぶとは考える体験であり、時間がかかるためデジタル化やコスパとは相容れないないという言葉は印象的。
多元的に考えるという言葉一つでも、人によって表現が違い、印象も変わる。
読後は「もっと本を読もう、ネットは減らそう」となった。