今村翔吾のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『イクサガミ』全4巻の最終巻。ここまで生き残った9人の参加者たちが闘い、一人、また一人と倒れていく。
本巻では、幻刀斎と彩八の暗闇での闘いが印象に残った。ただ、全体としては戦闘シーンがマンネリ化しており、呆気なく決着する闘いが多いのが残念だった。多くの参加者が入り乱れるバトルロイヤルや、愁二郎と無骨の決着を描いた第3巻の方が迫力では勝っていたと思う。戦闘描写も奥義頼みになりがちで、もっと工夫を凝らした意外性のある展開を見せてほしかった。
また、登場人物の多くが優しく協力的で、それがかえって甘さとなって、残酷な死闘の緊迫感を削いでいるように感じた。人斬り半次郎のような歴史上の人物を登場させながら、その魅力を描き切れていない点も惜しい。さらに、札の計算や戦略、登場人物の行動の意図がわかりにくく、ご都合主義に感じる部分もあった。
とはいえ、設定やストーリーは面白く、第4巻まで一気に読み進めることができた。それだけに、さらに面白くできたのではないかという思いが残り、星3つとした。 -
Posted by ブクログ
戦闘描写にもだいぶ慣れてきて、今では文章を読んでいるというより、映像を見ているような臨場感を感じる。特に乱闘の場面は迫力があり、素直に面白かった。
ラスボスが誰なのかもまだわからない中、誰が次に退場するのかという、わくわく感と緊張感もどんどん高まっていく。
これまで何となく見えていた「死亡フラグ」も、ここまで来るとすっかりわからなくなってきた。強者があっさり退場してしまう展開もあり、陸乾、眠、秋津の退場は惜しく感じた。それだけ作品にハマっている証でもあると思う。
物語もいよいよ終盤。東京では誰が生き残り、誰が最後までたどり着くのか、続きを読む手が止まらない。 -
Posted by ブクログ
参加者がかなり絞られてきた。
単純なデスゲームとして進むのではなく、蟲毒そのものとは別の戦いや、それぞれの思惑が絡み合うことで、物語に厚みが出てきて面白くなってきた。愁二郎の過去や、きょうだいたちとの関係も気になり、最後まで飽きさせない。
何より面白いのは、大久保利通暗殺などの歴史上の出来事や実在の人物が物語に絡んでくることだ。『天』では独特の世界観やバトル要素が先行していた印象だったが、歴史的な背景が少しずつ見えてきたことで、物語そのものへの興味も一段と深まった。
デスゲームを軸にしながら、歴史と登場人物たちの物語が重なっていく。シリーズの面白さが広がってきたように感じる。 -
Posted by ブクログ
歴史×デスゲーム×異能対決といった要素を組み合わせた、エンターテインメント性の強い作品。
戦闘描写は、異能対決の面が強く、漫画やドラマ向きの展開のある戦闘は、本作ならではの魅力だと思う。一方で、互角の達人同士が一瞬の駆け引きで生死を分けるような緊張感を期待すると、少し趣が違うかもしれない。
各キャラクターのインパクトが強く、活躍しそうなキャラがあっさり退場してしまう潔さは面白いが、若干「死亡フラグ」がわかりやすい。
『神』まで読み終えてみると、あらためて映像化や漫画化との相性がとても良さそうな作品だと感じた。バトルものが好きな人にはおすすめしたい。一方で、純粋な歴史小説を期待して読むと、少し方向性が違う。
ただ、『天』から読み進めるにつれて、作品独自の世界観と歴史上の人物や出来事が交差し、物語がどんどん面白くなっていく。最初の『天』でそれほどハマらなかった人も、ぜひその先まで読み進めてほしい。
歴史小説というより、歴史を題材にしたバトル・エンターテインメントとして楽しみたい作品だった。 -
Posted by ブクログ
主人公の六郎は、伊予の国の武士集団・河野家を継ぐ当主だ。
河野家は、源頼朝が鎌倉幕府を開いて以来、源一族、北条一族に次ぐ名門だったが、後鳥羽上皇が源頼朝討伐を命じた承久の乱で、朝廷側に就いたために没落した。
河野家の強みは、伊予の国が瀬戸内海に面していることから、海上の戦には長けていた。
そのため1274年、フビライによる元の軍が博多湾に襲来した時、本来であれば前線で戦わなければならなかった河野家だったが、当時の河野家は貧しく、戦の船を用意することが叶わずに不戦の状態だった。
その後懸命に財を蓄え、何とか300石の大きい和船を建造し、噂されている次の元寇との戦に備えた。
そんなある日、六郎が湊に出向いた際、奴隷商人が引き連れていた奴隷に視線を注ぐ。
そして青い瞳に黄金色の髪、白雪のような美しい白い肌をした若い女性を六郎は買い求めた。
その時、六郎が慰み者として買い求めたのだろうと思った男が六郎に喰ってかかる。
六郎は誤解だと言い張るのだが、男は高麗人のために言葉が上手く通じず、しかしその男も買い求めた。
六郎が異国の奴隷を買い求めた理由は、子供の時から海の彼方の世界に興味を抱き続けていて、異国の話を聞きたかったことから2人の奴隷を買い求めたのだった。
『 海を破る者 』は、元寇の役を迎える日の本の内情が大きなテーマとなっているのだが、戦闘の場面は然程描かれてはいない。
むしろ六郎を中心とした人間関係の描写が大半で、鎌倉時代を通して現代の世界が抱える問題を炙り出し、照らし合わせて一考する内容だ。
人種差別、民族問題、絶え間ない戦争等々、人間が抱える非合理な行動・考え方に歴史を踏まえての一考を要求しているように思える。
読書後、六郎のような思い遣りと清々しい生き方に思い焦がれてしまうのだが、もはや年老いた私にとっては少々手遅れだったな〜と自覚した次第だ。 -
Posted by ブクログ
俗に、「作家になる」よりも「作家であり続ける」ことの方が重要だ。
現代(2026)において、今年も芥川賞や直木賞、多くの大きな賞を受賞しデビューや表彰されていく作家は多い。だが、誰もが書店の平積みに置かれるわけでも、書棚や電子媒体で生き残れるかというと、やはり、作家として文筆家として生き残るのは、現代のような娯楽が多い時代にとって競争と業界全体の苛烈を極まりつつある。
さて、本著においては、直木賞作家であり、作家として生き続けている生の声が聴かせてもらえる良書である。著者はデビューしたら最低年3冊の長編小説を書きなさいと説く。理由は、作家として競争に生き残るためと、多くの読者へ届き見聞きして知ってもらえるというものと示唆する。合わせて、ビジネスの視点として何が市場では流行し、世界や、読者層が求めているもの。自分が好きな作品を乱読、多読して、融合することで、自身の作品の糧になると。
2026年時点で、AIで執筆する人も多くなり文学賞に殺到しているという記事も出た。AIを使うことも、ブラウザで検索することも、必ずしも悪ではない。だが、その作品が著者自身の思考の手垢や、独特の文体、世界感等が込められているのかというところで、小説家という作家も代替不可な職業の一つであろうと私は個人的に思ったりもする。STUDIO型の作家も生まれているだろう、ゴーストライターをAIで駆使した作家も生まれているだろう。人か、機械か、個人か、複数か。私たち読者もまた市場に出回る書籍がどういう存在と意図、そして、経緯で生まれ、作家を作家たらしめる本質を本著の言葉を借りるのであれば、プライドを取捨選択する時代に入ったとも予期されるのだと。
本著は、作家が作家として生き残るための生存保険を著者の実体験を元に組み立てた机上の空論では無い実践書である。作家になろうと動く人にとっても、読者の視点で作家の裏側を知れる良書であることは間違い無い一冊であるといえるだろう。