トルストイのレビュー一覧
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3巻は、ボロジノの会戦の記述(ナポレオン登場)多く、戦争が人々の日常生活にまで及びます。トルストイの戦争に関する考察も入ってきます。戦場の様子は身の毛もよだつ恐ろしさ。
登場人物それぞれの境遇が大きく変化し、読みどころ多し。再会を果たす人々もあり、期待感増し増し。戦場で負傷したアンドレイの心情描写は、白眉です。ピエールの行動にはビックリで、ナターシャと共に心の成長が見られます。
起承転結の“転”に当たる3巻は、まさに「戦争」と「平和(人々の様子)」の核心に迫っているのではないかと思いました。
以下、ネタバレ的感想、つれづれです。
・アンドレイの妹マリヤの身に大きな変化(父の死、領地農民の反抗、ニコライとの出会い)
→父との関係で、心を痛めてきたマリヤにとうとう人生の春がやってきた感じで嬉しかった。一方、ニコライに思いを寄せていたソーニャが不憫。
“不釣り合いは不縁の元”という諺が思い浮かぶ。
・アンドレイの、戦争の勝敗を決める理論→勝つと決心した方が勝つ
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『坂の上の雲』の日露戦争の場面が思い浮かぶ。
・アンドレイの言葉が忘れられない。
「戦争はご愛嬌じゃない、世の中でもっともいまわしいことだ、だからそれを理解して、戦争のゲームなどしないようせにゃならんのだ。・・・・人間は知恵の木から果実を食べすぎると、よくないのだな」
・ボロジノの会戦→ナポレオンが勝利を得なかった最初の会戦
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ナポレオンは、鼻風邪をひいていた!
・人々を殺したのはナポレオンではない。兵士たちであるというトルストイの考え。(ナポレオンの命令ではなく、それぞれの希望)
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とても興味深い
・ピエールが戦場に赴く展開にビックリ!ピエールの成長が見られそうな予感。
・クトゥーゾフ(ロシア最高位公爵)についてトルストイの考察
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会戦の運命を決定するものは、総司令官の命令でもないし、軍の位置している場所でもないし、砲や死者の数でもなく、それは軍の士気と称される目に見えぬ力だ→『坂の上の雲』をまた思い出す。
・アンドレイ、戦場で負傷し治療を受けているとき、恋敵アナトーリと再会。片足を切断していた。ナターシャのことを思い出し、全てのものへの愛を知るアンドレイ。死なないで、もう一度ナターシャとのよりを戻してほしいと思ってしまう。
・ナターシャとアンドレイの奇跡的再会に感動!逆境が2人の心を変え、絆を深めている。
・ピエールのナポレオン暗殺計画、未遂に終わる。フランス軍の捕虜となる。→逆境がさらに、ピエールの心を変化させる予感。
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ロシア国内と国外(戦争の場面)に分かれます。
【国内】5つの家庭(ドルベツコイ家、ロストフ家、ボルコンスキイ家、クラーギン家、べズーホフ家)の人間模様が混み入っています。貴族の社交場がはじめに描かれますが、考えようによっては、人間同士の駆け引きは戦争のようです。
遺産を巡る争いで、父の財産を受け継ぐのがピエール(男性)。純粋といえば純粋ですが、ごちゃごちゃ色々考えているわりには、何だか肝心なところがはっきりしない人。
そんなピエールの財産目当てに付け込むワーシリイ公爵。自分の娘エレンとピエールを結婚させようと画策します。
そのエレンが魔性の女のようで、うわー怖い!エレンがピエールを誘惑する場面、「ピエール、しっかりしろ!」と言いたくなってしまいました。
ワーシリイ公爵、息子(アナトール)の縁組も企てます。ボルコンスキイ家のマリアに目をつけます。
男女関係なんかドロドロ。当事者だけでなく、親が入ってくるところがなんとも・・・時代が違うからなぁ。こういうのも人間同士の戦争みたい。
【国外(戦場)】
戦場の場面描写は、生々しく臨場感バッチリ。アウステルリッツの戦い、世界史で出てきたなあと思い出しました。
本書のはじめの方で、ピエール(べズーホフ家)がアンドレイ(ボルコンスキイ家)に「なんのためにあなたは戦争に行くんですか?」と尋ねる場面があります。→この小説の大事なところかなぁなんて思いました。最後まで読むと違うかも。いずれにしても戦争中の人物の心情変化は、最後まで注目していきたいです。
アンドレイの応えを要約すると、「分からないけど、何となく行く必要性を感じている。今の生活にあきたりない。」
彼には身重の奥さんがいるのに、“なんて男の人!奥さんがかわいそう”と私は思ってしまいますが。
現在の日本とは違って、戦争が目の前に迫っている時代を考えると、それにしても・・・・・・・戦争は恐ろしいなあ。
アウステルリッツの戦いでロシア軍大敗北。アンドレイ、撃たれ倒れる。そこに彼の憧れのナポレオン登場。ナポレオンに気づいたときのアンドレイの心情描写、読みどころです。
本書の読みはじめは、登場人物の多さに圧倒されてしまいましたが、名前と人物同士の関係性をメモし、メモしたものを確認しながら読むことで理解できました。理解できると面白くなりました。
このような長い海外の小説を読んだことがないので、ちょっと心配ですが、“途中でやめたら女がすたる!”と思って、最後まで読みきりたいです。 -
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ネタバレ以前(と言っても2025年の6月の樫本大進)、ヴェートーヴェンのクロイツェル・ソナタを聞いた時に、トルストイがそれを踏まえて小説を書いていると知って、次にもしクロイツェルを聞くことがあったら、読もうと思っていたところ、案外早くその機会が訪れそうなので、読みました。
収録されている「イワン・イリイチの死」も面白かった、し死への向き合いシミュレーションとして、真に迫るものがあって、トルストイすごい…と概ねなっていた。何も背景なく本作を手に取ったら、むしろ「イワン・イリイチの死」の方が面白かった&好きだったかも
「クロイツェル・ソナタ」
…そもそもわれわれ男性だけが知らないこと、それも知りたくないがゆえに知ろうとしないことで、女性がよく知っていることがあります。それはもっとも高尚な、いわゆる詩的な恋愛というものが、精神的な価値によってではなく、肉体の親近感によって左右されること、しかも髪型とかドレスの色や仕立てとかでどうとでもなるものだということなのです。…高尚な話題を巡る会話なぞはしょせんただのおしゃべりに過ぎず、男が必要としているのは肉体、および肉体をもっとも魅惑的な光で浮き立たせてくれるものすべてであると。(p.179-180)
…女性の権利が不在だというのは、なにも選挙権がないとか裁判官になれないとかいう意味ではありません。…そうではなくて、女性が性的な交渉において男性と平等ではないこと、つまり自分の欲望に従って男性と交わったり交わらなかったりする権利、男性から選ばれるのではなく、自分の欲望に従って男性を選ぶ権利を持っていないことが問題なのです。(p.189)
…でも少し時がたつと、またもや互いの憎しみが恋情によって、つまり性欲によって覆い隠されることになり、私はまたもや、この二度の喧嘩は過ちであり、取り返しがつくのだと思って自分を慰めたのでした。(p.209)
…でも、そうしたいろんなことをしてみせながら、女性に対する見方はまったく変わっていません。女性は相変わらず快楽の道具であり、女性の肉体は快楽の手段です。そして女性の側もそのことを承知しているのです。これはもう奴隷制と同じですね。(p.220)
…都会というのは、不幸な人間たちには暮らしやすいところです。都会の人間は、自分がとっくに死んでいる、朽ち果てているということに気付かぬまま、百年でも生きていられますからね。自分のことを反省する暇がないくらい、いつも忙しいわけですよ。(p.244) -
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最近死についてよく考える。そこで遥か昔に読んだこの本を再び手に取ってみた。ある裁判官が不治の病に罹り、死に至るまでの過程が極めて鋭く描かれている。
文庫でほぼ100ページの短い作品なのだが、さすがはトルストイ、様々なことを深く考える機会を与えてくれた。以下、特に印象に残ったテーマを列挙し、考察してみよう。
すべての人は人間が必ず死ぬことを理解しているはずだ。だが『自分も必ず死ぬ』ことまでしっかり認識している人が、果たしてどれくらいいるだろうか。
トルストイの提示はこうだ。
それぞれの人は、人間が死ぬことを理解していながら、その『人間』の範囲から自分をこっそり外している。それゆえ自分だけは死ぬことはない、と思っている。そういう節があなたがたのどこかにも、ありはしないか?
もがき苦しむ主人公イワン・イリッチの陰から、読者にそう鋭く問い詰める著者トルストイの姿が見える気がした。
このように人は自分だけは死ぬことがないと認識しているから、親族などの死に際してもどこか他人事のように考えてしまう。そして当事者に対して暗喩的にそれを表現することになってしまうのだ。
明示されていたわけではないが、僕にはそのように読み取ることができた。そしてそのような冷たい他者の存在は、当事者にとてつもないストレスを与えるものであるらしい。
この辺り、身内の死を近くに抱えているかもしれない僕としては、今後しっかりと弁えておく必要があると感じた。
生死に真摯に向き合ってこそ、人は本当の生を生きることができると言う理念がトルストイにはあるようだ。
多種多様なライフイベントは、生死に直接向き合うことから人の目を逸らさせる。それも裕福で贅沢、いわゆる高級な生活をしている人ほどその傾向が強いようだ。
イワン・イリッチが、身分のあまり高くない人たちの素朴な人柄と暮らしぶりに、安楽を見出したのは偶然ではなかったのではないだろうか。
イワン・イリッチがいよいよ死に瀕した時の描写には、鬼気迫るものがあった。人は死に際の苦しみ、それとも死そのもの、どちらを主に恐れているのだろうか。その恐怖から解放されるにはどうすればいいのだろうか。
最終幕で彼が悟ったこと、これは是非とも僕の言葉ではなく本文で読んでほしい。敬虔なキリスト教の概念は見え隠れするものの、そこには死すべき宿命を抱えた、ありとあらゆるの人の魂に響くものがあるだろうから。 -
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ナターシャとピエールの甘い結婚生活を見ているのは気持ちが良い。エピローグに入ると、しばらく息を潜めていた語り手が登場し、ナポレオン戦争、ひいては戦争についての考えを述べる。
『戦争と平和』の「平和」の部分はこの巻の中に詰まっている。ナポレオンやルイ14世のような、影響力が大きかった指導者、君主1人が歴史を動かしたように思われるが、そうではなく、それを取り巻く当時の諸国民の動きや関係性にも目を向けるべきであるという主張をしている。
読み物としては高く評価しているのだが、フィクション(虚構物語)としては(個人的には)それほどグッと来る感じはない。
ただ、本作を学生時代に読めていたら、違う感想を抱いたに違いないし、10年後、20年後に再読したいと強く思った。『戦争と平和』を読み解くサークルがあるなら、是非とも議論し合いたい。
あとはやっぱり好みの問題なんだろうなと思う。自分は『アンナ・カレーニナ』の方が面白いと思うタイプの人間だった。 -
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フランスから帰ったばかりのピエールと悪友たちは、酔った勢いで警察署長に乱暴を働き、ペテルブルクを追放される。ここで、ピエールの「軸がしっかりとしていない危うさ」を感じた。ピエールが周囲の空気を読めない、浮いた存在であることも相まって余計に不安になる。
ピエールが現時点で優れていないのにも関わらず、庶子から嫡子へ昇格し、莫大な財産を1人で相続することとなる。これもまた不安要素である。
『戦争と平和』(2016年、英国放送協会製作)のテレビドラマを先に見たことがあって、ピエール役(ポール・ダノ)の印象が強く、少し太った感じ、根暗そうな雰囲気のイメージがどうしてもある。 -
Posted by ブクログ
苦しい。ひたすらに苦しい。不治の病に身体と精神が蝕まれていく苦痛。死へと確実に向かっていく恐怖。そしてそれを誰も理解してくれないという孤独。これらが刻銘に描かれているだけの物語。トルストイは、なぜこんなに苦しい物語を書いたのか。
というより、なぜこれを私は読んだのか。本はほかにいくらでもある。どうせ読むなら、心が躍るような、知らなかったことが知れるような、仕事の役に立つような、そんな本を読んだほうが、客観的に、有意義ではないか。それにもかかわらず、この本を選び、時間を掛けて、私は読んだのだ。このことがとても大事なことのように思える。
自分のものでない苦しみを読むのはなぜか。この問いはペンディングしておこう。考える端緒は、許される感覚。幸福や達成感といった、前向きなことがなくとも、人生は存在してよいということ?