トルストイのレビュー一覧

  • 戦争と平和(二)

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    745P

    「この頃の娘は自由に恵まれすぎているために、人にちやほやされる喜びに自分のほんとうの感情がかき消されてしまうことが多いんですのよ。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「彼は手あたり次第なんでも読み、家へ帰って、下男にまだ服をぬがせてもらっているうちから、もう本を取って読み――読書から睡眠に移り、睡眠からサロンやクラブでのおしゃべりに、おしゃべりから酒と女に、酒からまたおしゃべりや読書や酒へと移るというふうだった。彼にとって酒を飲むことはますますもって肉体的、と同時に精神的な欲求になってきていた。医者たちに、あなたのような肥満体には酒は危険だと言われていたにもかかわらず、彼はふんだんに飲んでいた。彼は、自分でも気がつかずに、大きな口に何杯か酒を流しこんで、体に快いぬくもりをおぼえ、自分のどんな隣人にもやさしい気持ちを感じ、頭がどんな思想にも上っ面だけの反応を示してその本質に深入りすまいとするような状態のときになってはじめて、完全に気分がよくなるのだった。ぶどう酒をひとびんか、ふたびんあけた頃になってはじめて彼は、最前まで彼をおびやかしていた、入りくんだ、おそろしい、人生の結ぼれも思っていたほどおそろしくないと、漠然とそう意識するのだった。頭のなかががんがんしながらおしゃべりしたり談話を聞いたり昼食や夜食のあとで読書をしたりしているときには、彼の目に絶えずその結ぼれのどっち側かが見えていた。だが、酒の影響下にあるときばかりは、自分にむかってこんなことが言えた。『こんなものはなんでもないんだ。こんなもつれはいま解いてみせるさ――おれにはこのとおり説明の用意ができているんだもの。だけど、いまは暇がないから、こういうことはあとでとっくり考えることにしよう!』だが、この『あとで』はけっして訪れなかった。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「「服装もフランスふうなら、思想もフランスふう、感情までフランスふうじゃありませんか!  現に、あなたは、メチヴィエはフランス人でやくざ者だというんで、首っ玉をつかんで追いだしなすったそうですが、わが国の夫人連は這わんばかりにしてやつのあとを追いまわしているようなありさまじゃありませんか。きのうだって、わたしは夜会に出ましたが、五人の奥さんのうち三人はカトリック信者で、法王の許しを得て、日曜に刺繍などしているような状態ですよ。それでいてご本人たちは、こんなことを言っちゃなんですが、銭湯の看板よろしく、裸も同然のかっこうで坐ってござるんですからな。いやまったく、わが国のわかい連中を見てごらんなさい、公爵、いっそのこと博物館からピョートル大帝の昔の槲の棍棒を持ちだしてきて、ロシア式に横っ腹をなぐりつけてやりたいくらいですよ、そうすりゃばかな考えも抜けるでしょうから!」」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「彼は賭博好きではなかった、すくなくともけっして賭博に勝って儲けたいとも、負けてすりたいと思ったこともなかった。彼は虚栄心の強い男でもなかった。自分が人にどう思われているかなどということは、彼にはまったくどうでもいいのだった。見栄っ張りなところがいけないなどとはなおさら言えなかった。彼は何回か、自分の出世コースを台なしにして父親を怒らせたこともあり、名誉などはすべて一笑に付していた。彼はけちではなかったから、人から無心されれば、だれにもことわったことはなかった。彼の好きなことといえば、ただひとつ、遊びと女だけだった。そして、彼の考えからいくと、こういった趣味にはなにひとつ下劣なところはないのだし、自分の趣味を満足させればほかの人々にとってどういうことになるかというようなことは反省できない男だったので、心中ひそかに自分は非の打ちどころのない人間だと思い、卑劣な男や悪人を心から軽蔑し、良心も安らかに昂然と頭をあげて歩いていたのである。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「 りんごは熟すれば落ちる、――それはなぜ落ちるのか?  地球の引力によるのか、茎が枯れるからか、日光で乾燥するためか、風に揺さぶられるからなのか、下に立つ男の子がそれを食べたいと思うからなのだろうか?  どれも原因ではない。それはすべて、あらゆる生命ある、有機的な、自然発生的事件が起きるときの諸条件の一致契合にすぎないのである。だから、りんごが落ちるのは細胞が分解するとか、そういったたぐいのことが起きるせいであると見る植物学者の考えが正しくもあればまちがってもいるその程度は、樹下に立つ子供が、りんごが落ちたのは自分がそれを食べたいと思って、落ちるようにと神に祈ったからだというのとおなじ程度なのである。ナポレオンがモスクワ遠征に出かけたのは彼がそうしたいと思ったからであり、彼が敗北したのはアレクサンドルが彼の敗北を望んだからだという人は、何万トンも掘って崩れかけていた山が崩れおちたのは、最後の人夫がその山裾で最後のつるはしの一撃を加えたからだという人とおなじように当たってもいるし、当たってもいないのだ。歴史的事件においてはいわゆる偉人なるものは、事件に名称を与えるレッテルみたいなもので、レッテルとおなじように事件そのものとはいちばん関係が薄いのである。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「もしも双方の司令官が理屈に合った原因どおりに行動していたとすれば、思うに、二千キロも深入りして、軍隊の四分の一も失う確率の多い戦いをおこなえば、確実な破滅への道を歩むことになることは、ナポレオンにとってこれほど明らかなことはなかったはずだし、クトゥーゾフにしても、戦いに応じて、同様に軍隊の四分の一を失う危険を冒せば、かならずモスクワを失うことになることはおなじくらい明らかだと思ったはずである。クトゥーゾフにとってそれは数学のように明白であって、それはちょうどもしも将棋のときにこちらの手駒がひとつ足りないのに駒の交換をすれば、かならずこちらの負けになるから、駒の交換をしてはならないのとおなじである。  敵が駒を十六持っていて、こちらが十四持っているときはこちらは敵よりも八分の一弱いだけだが、こちらが駒を十三交換すれば、敵はこちらより二倍強いことになる。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「「ですけど」と彼は言った。「人は、戦争って将棋に似ているって言うじゃありませんか」「うん」とアンドレイ公爵は言った。「ただちょっとちがうところがあるがね、将棋だとひとつ駒を動かすごとにいくらでも好きなだけ考えていられ、時間的制約を受けずにいられる、それからもうひとつちがうのは、桂馬はいつでも歩よりも強いし、二枚の歩はいつでも一枚の歩より強いが、戦争では一個大隊がどうかすると一個師団よりも強いこともあれば、ときには一個中隊よりも弱いこともあることだ。軍隊の相対的戦力なんてだれにもわかりっこないんだよ。ほんとうの話」と彼は言った。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「「戦いは、勝とうとかたく決意した者が勝利をおさめるのだ。なぜわれわれはアウステルリッツで戦いに敗れたか?  わがほうの損害はフランス軍とほとんどおなじくらいだったのに、われわれはあまりにも早く自分に、戦いはわがほうの敗けだと言い聞かせてしまったから、負けてしまったのだ。どうしてそんなことを言い聞かせたかと言えば、それは、われわれにはあそこで戦う理由がなかったからなのだ。一刻も早く戦場から逃げだしたかったからなんだよ。」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

    「君に言わせると、わが軍の陣地は、左翼が弱くて、右翼が延びきっているということだが」と彼は話しつづけた。「そんなことは下らんことだよ、そんなことはちっともないんだ。じゃ、あすわれわれを待ち受けているのはなんだと思う?  何億というじつに多種多様な偶然の寄り集まりさ。そしてそれらの偶然は、逃げだしたのが、またこれから逃げだすのが敵かわが軍か、どっちが殺されるのか等によって一瞬のうちにきまってしまうのだ。だから、いまおこなわれていることなんか、みんな遊びさ。要するに、君がいっしょに陣地をまわって歩いた連中は、全体の戦局に資するところがないどころか、その邪魔をしているわけだよ。あの連中は自分たちのちっぽけな利害だけにとらわれているんだからな」」

    —『戦争と平和(2)』トルストイ著

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    2026年04月27日
  • アンナ・カレーニナ 1

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    上中下と長編であったし、春休みでほかの予定もあったりして、読むのに3/3から3/24までかかった。こんな長編は久しぶりに読んだな。素晴らしい作品で、本当に読んでよかったと思う!このような古典作品も、今後色々読んでいきたい!また、本は筆者への対話という側面もあるので、自分の人生との絡まり合いで面白さが決まるね。勉強で忙しい時期にも読書ができるとより良いんじゃないかな。

    トルストイの作品の中でも最高傑作と言われており、トルストイが5年の歳月をかけて、何度も修正を重ねて書き上げた作品。

    全体を通して、さまざまなテーマが複合的に表現されていて、その重層感が私は好きだなと感じた。

    上
    キチイが、キチイを弄んでいるだけのヴロンスキーに恋をしていて、そのためにリョーヴィンからの結婚の申し込みを断ってしまった。その後の舞踏会で、ヴロンスキーはキチイではなく、その日に恋に落ちたアンナカレリーナとダンスをしていて、その2人の燃え上がった様子を見て自分の立場に絶望し、病に臥せてしまった。その絶望の様子が非常に印象的だった。
    でも、この後にドイツの温泉街で同世代の女の子と出会い影響されて、元気になることができた。この時代の貴族たちの人間関係は、非常に閉鎖的なので、失恋などをきっかけにして世界が閉ざされたように感じるのだろうと思った。

    また、アンナカレリーナがヴロンスキーの子を妊娠しているという所を読んだ時、最近読んだノルウェイの森や存在の耐えられない軽さとは違い性描写が省かれていたため、急だなと驚いた笑

    中
    リョーヴィンとキチイの物語と、アンナとヴロンスキーの物語が交互に語られている形式が面白い。それぞれ結婚生活の始まりと、不倫という重く複雑な愛であるから、その対比が面白いのだが、決して一方が幸福で一方が不幸というわけではなく、状況が色々変わっていくのである。
    リョーヴィンは、キチイとの結婚の際に、本当に自分でいいのかが恐ろしくなって、それをキチイに確認したり、自分が童貞ではないことを打ち明けたり(これは、ノートを読ませて打ち明けた、もっと軽く伝えることも出来ただろうに)するところが、女ごころを分かっていないという感じだった。でも、これらすべてをキチイは受け入れたのがすごい。さらに、リョーヴィンの兄が病気で死の床に伏しているということで、リョーヴィンが兄のところに訪れるというとき、あまりにも状態が悪い兄や、質の悪い宿をキチイに見せたくない、体験させたくない、気を遣いたくないということで、リョーヴィンはキチイを連れていきたくなかった。でもキチイは、リョーヴィンが行く場所には私もお供して、感情も共有したいということを主張して、喧嘩の末一緒に行くことに。結局、リョーヴィンは兄のひどい状況に関して嫌悪感を感じて何も手を差し伸べられなったのに対し、キチイは病人を励ましたり、薬を飲ませたりと熱心に世話を焼いており、キチイの人を助けるその心に感心した。女性のすごさがここにあるのかもしれない。

    下
    最後にアンナが鉄道に轢かれて自殺をしてしまった。決してヴロンスキーが何か決定的にアンナを傷つけたとかそういうことではなくて、ヴロンスキーの細かい行動にアンナが勝手に解釈を加えたことによる、喧嘩がきっかけだった。アンナは不倫相手なので、ヴロンスキーの母親が他に結婚相手を紹介してきていてその相手に嫉妬して、ヴロンスキーの愛情がないのではないかと疑った(でもヴロンスキーは全くその人には愛情を持っていない)。

    結局恋愛関係は特に、自分の感情をうまく処理することが大事なように思う。相手を信じて疑わないこと。アンナに関しては、不倫相手のヴロンスキーが生活の唯一の柱となっているので、相手を縛りつけようとしてしまっていた。
    家で生活の大半を過ごしていて、ヴロンスキーの愛を繋ぎ止めるための美しさを維持することに最大限の努力を払っている。彼のために化粧をしたり、おしゃれな服に着替えをしたりするのだ。この努力をヴロンスキーとしても嬉しく思いつつ、重くも感じている。(アンナは家で本を読むことも多く、それによる知識はいつもヴロンスキーを驚かせていた)
    ヴロンスキーは「男の独立」のため、社交界へ出かける予定が多くあり、家の外で過ごす時間が大半。それに対して、アンナは愛情が足りないからそのように外に行くのだ、と詰って口論に発展する。ヴロンスキーは自分が悪いということで言い争いを終了するしかなくて、アンナが最終的に「相手の誤りを証明する」形になることが多いね。予定通り帰ってこないと不安になって、きつい言い方の手紙を送ることもある。
    こういう重さや束縛、感情の押し付けが積み重なるとなかなか辛いよね。
    でも、たとえ不倫じゃなくても、お互い社会生活を営んでいても、恋愛において相手を縛り付けたくなるのは女性が多く、男性は自分の自由気ままな時間も欲しいと考える人が多いように思う。アンナの気持ちにも私は共感できたし、だからこそ私は「男の独立」を尊重したいと思った。それに、自分の柱は一つじゃ足りないね。

    アンナカレリーナと子供の関係性についても考えた。アンナは、ヴロンスキーとの間にできた子供に対しては愛情を注ぐことができなかったんだよね。
    ドリイとの会話では、アンナはこれ以上ヴロンスキーとの間に決して子供は作りたくないと言っていた。

    あとは、男性の独立について。貴族の話なので、

    キチイとリョーヴィンの関係性がどんどん素晴らしくなっている。リョーヴィンの心の動きにも共感した。リョーヴィンが打ち明ける、不安や嫉妬、決してポジティブではない感情を、キチイは自分が何かそれに対して働きかけようとか、自分のせいでその気持ちを誘発してしまったとかを考えずに、受け入れており、それが素敵だなと思った。物語の最後の最後では、リョーヴィンが

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    2026年03月23日
  • クロイツェル・ソナタ 悪魔

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    肉の愛がなにか特に高尚なものででもあるように考えることをやめなければならぬということと、人間に値いする目的は、人類に対する奉仕にしろ、祖国に対し、科学に対し、芸術に対する奉仕にしろ(神に対する奉仕は言うにおよばず)、すべてわれわれが人間に値いするものと考えるほどのものである以上、いかなるものであろうとも、結婚ないし未婚における恋愛の対象物との結合によって達せられるものではなく、反対に、恋愛とか愛の対象との結合などは(詩や散文の中でいかにその反対を証明しようとつとめようとも)、けっして人間に値いする目的の達成を容易にするものでないばかりか、むしろ常にそれを困難にするものである

    トルストイ『クロイツェル・ソナタ』後語

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    2026年02月21日
  • イワン・イリッチの死

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    ネタバレ

    トルストイ56歳の作品だ、しばらく休筆した後でもう死を見つめたのか。彼は壮絶なイリイチの死を内側から見ている。気力のあった頃に大作の後で読んだのだが、その頃はあまり記憶に残らなかったが、再読してみた。
    まず、イリイチの死が知らされ、裁判所の同僚の噂話から始まる。彼らの関心は空いた椅子に座る人物についてだった。イワン・イリイチはまだ45歳の判事だった。

    イリイチがどんなに俗人であったか、トルストイは容赦なく述べる。
    彼は秀才で礼儀正しく順調に地位を登っていった。しかしそれには用心して人と付き合い、尊敬され好ましい人物と思われるように、要領よく仕事をした。そのための努力を惜しまずに、方法を自然に身に着けた。
    家庭を持ち、妻と子供に恵まれ新しい家を買った。見栄えのよい部屋をあつらえたが、どんなに品よく飾り立てても所詮自分が満足するありふれた範囲から出ることはなかった。それでも十分快適で、俗人であることには気が付かなかった。
    気に入っていた妻と、子育ての煩雑さで溝が深まるまでは。

    彼の不運は、カーテンを吊るために上がった梯子が倒れ脇腹を打ってから始まった。重苦しい鈍い痛みが次第に強まり舌に変な味がし始めた。

    医者は命に別状はないと診断した、不安に駆られ医者を変えて様々に検査をしたが、はっきりとした病名はなく、薬を処方されるだけだった。
    だが痛みは増し、死におびえイライラと落ち着かず、すべては周りのせいにした。
    気難しい夫を妻も持て余し気味で、家庭も荒れて来た。

    動けるうちは見栄もあり生活のためもあって苦痛にさいなまれながら働いていたが、回りの人々の気配も変わってきた。発病して三か月たって、彼は自分の病気を自覚した。

    彼の慰めは下男のゲラーシムの変わらない献身だった。痛みの苦痛は増してきたが医者の絶望的ではないという言葉にある、一抹の希望にすがっていた。だがもう耐えられなくなってきた。

    心の声と対話を始めた。彼は人生を遡って思う、自分は坂を上っていたつもりが下っているのではないか。次第に命が離れていく。

    苦しみながら死ぬのは何か間違ったのだろうか。

    二週間後に長女の結婚が決まった。

    妻の眼に憎悪を見た。「お願いだ静かに死なしてくれ」
    のたうちながらアヘンをのみ束の間の平安の後にまた苦しみ、希望と絶望が交互に襲って来た。

    三日間苦痛にうなり続けて彼はやっと気が付いた。
    死んだらみんな楽になるのだ。
    許してくれというつもりが伝わらなかった。そして今まで苦しめられて来た死という思いが体から離れていき代わりに光が訪れた。


    なんてむごい死にざまを書いたものだろう。トルストイという人にとっても、平凡な俗人が死ぬ間際になって初めて光を見出すという、彼の信仰の一つの形が書かれている。

    我々は今の人口と同じ数の死の上に生きているという記事を読んだことがある。歴史上に名を遺した人々も、名を遺したという時にはすでに肉体を持っていない。イワン・イリイチの死は誰にでも訪れる普遍的な避けられないものであると同時に一つの典型でもある。

    再読にもかかわらず、深い感銘を受けた。

    余談だが、夫人が観劇に行くシーンがある。サラ・ベルナールを見に行くという。
    そういう時代だったのか、ならその舞台のポスターはミュシャだっただろう、と何か現実味を感じた。

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    2026年02月14日
  • アンナ・カレーニナ 1

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    なぜもっと早く読んでおかなかったのだろう。ロシア文学は読みにくい(最初のロシア文学がドストエフスキーの白痴だったから尚更かも)という意識が強く、積極的に読めなかったのだけれど、読みやすい。アンナは、貞淑で善良だという第一印象だったけれど、恋によって自制がききにくくなっていく様子が面白い。リョーヴィンの住んでいる場所も描写が美しく、絵画のよう。キティが夢を見て落ち込み回復していく様子も、人へ憧れ失望するところも、「人間」という感じで、読み応えがあった。

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    2026年01月12日
  • 戦争と平和 (六)

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    ペーチャとカタラーエフの死が前半で、どちらもあっけなく戦場で亡くなり、戦争と平和というタイトルの感じでした。多くの登場人物が亡くなる中で、捕虜の苦しい生活に陥りながらも生きながらえるピエールは、幸運に恵まれた人物と言えると思います。最後はピエールとナターシャ、ニコライとマリアの夫婦の穏やかな生活で締めくくられます。ソーニャのニコライへの片思いが実らなかったのが残念でした。一番最後のエピローグの2の評論文は難解そうなので読んでいません。世界の名作文学と言われた戦争と平和をだいたい読み通せたことがうれしいです。最後になりましたが、レフ・トルストイというとアニメ「月とライカと吸血鬼」という私の好きな作品のレフ君を思い出しました。ロシアっぽい架空の国の宇宙開発事業が舞台だった作品です。

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    2025年12月18日
  • 戦争と平和(四)

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    圧巻だった。
    最後のトルストイの歴史観は精緻な言語化と崇高な思考力にあっぱれを送りたい。

    今まで読んだ本のなかで暫定一位になったかも。にしても登場人物559人はうける
    そのどれもが生き生きとしてて自然な思考で、凄いなーほんとに

    過去にこれを書いた人がいるという事実と、この本に出会えたことに感謝!

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    2025年12月14日
  • 戦争と平和(三)

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    描写が美しいから、戦時中の辛い様子を描くところでも、気持ち的に休み休みしながら読める

    にしても登場人物の人間感情がリアルすぎ
    こんなに「人間」について克明に描いた作家いるのかな?ってくらい、ほんとそこに感動する…

    そして結局諸行無常なんだけど、たまに現実世界でも起こりそうなくらいに幸福な瞬間や愛もあって、だからまた救われるというか

    そしてたまにでる作者の鋭い観察眼による金言が舌を巻く。3巻にしてできた推しはアンドレイ公爵

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    2025年12月12日
  • 戦争と平和 (五)

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    この長編もいよいよ後半。モスクワ市街がフランス軍に制圧され市の大半が焼失、その中でピエールはナポレオン暗殺を考えるが、あっけなく捕虜にされ容疑者たちが銃殺される現場を見る。以来ピエールの中で宗教や政治、妻エレンのことは遠ざかってしまう。捕虜生活の中でプラトンという男と知り合う。これがトルストイの傾倒した老荘思想の持主ということらしい。しかし東洋的なことを言うわけではない。モスクワから逃げ延びたロストフ一家は負傷したアンドレイと偶然落合い、ナターシャとマリアはその臨終に立ち会う。末期のアンドレイも現世のことには興味がなくなっていたようだ。このあたり作者の無常観が漂っている感じだった。そんな中でニコライがソーニャからマリアに持参金のことで乗り換えるような展開に。最終巻ではどうなりますか。

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    2025年11月27日
  • 戦争と平和(一)

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    ナポレオンのロシア侵攻を取り上げたトルストイの小説第1巻。全部で4巻。自分をだまして結婚する生活の虚しさや、戦争の愚かさが感じ取れる。戦闘の場面と、日常の場面の切り替えがあるため状況をつかみづらいと感じたところもあるが、時系列で進んでいると思って読んだので問題はなかった模様。

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    2025年11月18日
  • 戦争と平和 (四)

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    この巻は前半はマリアの父ボルコンスキー公爵の死 後半はナポレオンのロシアでの初めての敗北のボロジノ戦が描かれています。読んでいてじわじわ来たのは、私のように戦争経験のない人間にはわからない、軍事進攻の残酷さです。特に前半のアンドレイの故郷の荒廃ぶり、彼らが土地を転々としている事実、むろん彼らは裕福な何ヘクタールも農場を所有している豪農の領主なのですが、しかし物語で語られている時間経過でそれは感覚として理解できました。いわば都落ちです。後半の戦場の残酷な描写も克明であり、この時代の戦争ではあるのですが、指導者と現実の戦場の乖離など、読んでいてそうであろうと納得させられました。そんな中でアンドレイがナターシャと別れる原因となったアナトールの負傷した姿を見て、憐憫の情にかられるあたりが、この小説のヒューマニズムの肝なのだと思います。同様の場面はピエールとドローホフの和解の場面でもありました。アナトールと言えばアナトール・フランスを思い浮かべますが、おそらくそれでつけられた名前でしょう。トルストイの理想が掲げられた描写なのだと思いました。

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    2025年11月12日
  • 戦争と平和 (三)

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    この巻は戦争関連の事柄は退き、ロストフ家とボルコンスキー家の縁組の話が主で、いろいろな結婚話が出てきます。年若いナターシャを巡る恋愛話が主なのでヒロインかなと思いますが、ソーニャが脇役で地味ながら聡明なこと、またアンドレイの妹のマリアが老父に支配され結婚もできずにいることなど、私もこの歳で読んでみて若い頃には気づかなかったであろう点が多々あり、非常に示唆に満ちた読書体験でした。持参金のあるなしで縁談もうまくいかないことも何度も出てきて、非常にシビアな作品だと思います。また登場人物らの心理描写が巧みで、ほんのちょっとしたことで気持ちが移りかわっていく描写が多かったです。まだ半分まで来たところなので、今後のあらすじがどうなるのか興味津々です。

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    2025年10月26日
  • 戦争と平和 (二)

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    ピエール、ニコライ、アンドレイの三人を軸に話が進み、決闘や賭博、フリーメーソンと多彩な当時の庶民の暮らしの先端部分が描かれた巻。アンドレイは戦争で負傷し妻をお産で亡くし、フリーメーソンに入会して意気があがっているピエールと距離ができてしまう。またニコライは、妹のソーニャに思いを寄せたが断られたドーロホフに賭博で負けてしまう。ドーロホフはその前にピエールとその妻エレンを巡りピストルでの決闘で負けている。戦争はこの巻ではその背景に退き、複雑な人間模様が主として描かれる。フリーメーソンがこの先どう描かれているか知らないが、この巻での描写は新興宗教のようで不気味に思えた。ピエールはその教義に基づき農民たちを潤沢な父の遺産で解放しようとするが、かえって彼らが生活に苦しむことになったという著者の記述はとても皮肉めいている。トルストイの視点は非常に現代的で、数世紀も昔のものとは思えない小説である。

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    2025年10月15日
  • イワン・イリッチの死

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    ひとりの男の生涯と死に至るまでが、100ページという短い中に重厚に描かれている。死とは身近なものである、という事実を突きつけられる。赤の他人の何気ない小さな事故から、死が近づいてくる心理描写がとても生々しく、死は他人事ではないことを痛感する。途中で視点が変わるのも無駄がない。

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    2025年09月19日
  • 戦争と平和(二)

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    2巻は、平和の場面中心です。狩り、舞踏会、雪原をそりで走る場面が印象的で、描写が素晴らしい。翻訳者の方の日本語力に魅了されます。

    人物描写もこれまたすごい。読みはじめは人物がたくさんいて大変!と思いましたが、それは早合点。美容室で、“週刊誌を見て芸能人の動向を知る”そんなおもしろさ?!があります。人間模様は、時代、国が違っても興味をそそります。

    男女関係はかなり、もつれにもつれて。登場人物一人ひとりの心情がジェットコースターのように変化していきます。後半にいけばいくほど、物語に引き込まれました。2巻だけでもお腹いっぱいの満足感!人間模様が多く語られた2巻だったので、3巻は戦争のことだろうと予想されます。どうにか最後まで頑張りたい!

    たくさんいる登場人物の中で、特に注目しているのがピエール(男性)とナターシャ(女性)です。色々ある2人だけれど、伸びしろがあると思われ、今後の成長に期待しています。

    以下、2人についてのアレコレで、ネタバレです。




    【ピエール】
    ・妻(エレン)の浮気発覚、お相手はドーロホフ
    →ドーロホフと決闘
    ・フリーメンソンという結社に入会
    ・アンドレイ(戦場より帰還、妻はお産で死亡)との再会→どう生きるべきか、何が幸福かの議論をする

    【ナターシャ】
    ・デニーソフの求婚断わる
    ・アンドレイと婚約するも、式は一年、先伸ばし
    ・アナトーリと親密な仲になる(ピエールの妻による画策あり)
    ・アナトーリとの駆け落ち、失敗
    ・アンドレイに婚約解消の手紙を送ってしまう
    ・アナトーリが既婚者だと知りショック、自殺未遂

    【ピエールについて】
    今まで、はっきりしない人だと思っていたけれど、アナトーリに抗議をして詰め寄り、モスクワから追い出し、ナターシャの救世主となり大活躍!そしてナターシャに愛の告白!ピエールやるなぁ。(ただし、ピエールには悪女の奥さんあり)自分が弱っているときに、優しく救いの手を差し伸べられたら、女性は誰かに支えてもらいたい気持ちになるなぁ。

    ピエールは、お酒飲み過ぎなど色々ありますが、ちょっとずつの成長が見られます。人のことも考え、自分のことも深掘りし過ぎるから病的になっちゃう。でも、彼の良いところは、“心の目”で物事を見ようとしているところ。ピエールの今後に期待大。

    【ナターシャについて】
    ナターシャは、人生のモテ期なんだろうな。生きていく中で、何人かの異性との出会いで心動かされることはあるけれど、こんなに同時にしかも10代半ばで、影響力のある人に会ってしまうと、それは大変。同情します。純粋すぎて汚れを知らないが故に悩みも深い。まだ親の息が吹きかかっている女の子には辛すぎる。言い寄ってきたアナトーリはロリコン男性。年上で婚約中のアンドレイがずっと守ってくれるならいいけれど、離れているし。人生そんなに甘くない!彼女にとって、とっても辛い人生のお勉強です。

    ※失敗や迷いなくして、人生の本質はつかめないのではないか。“若い頃の苦労は買ってでもせよ”と昔から言われていますし。そういう自分自身も色々なことがあって、そこから学んで今に至っている。経験は宝!

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    2025年09月10日
  • 戦争と平和6

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    エピローグで主要な登場人物たちの大団円が描かれる中、ソーニャについて語られるシーンは薄影のように切ない。著者の歴史論に捧げられたかのようにあっけなく戦死したペーチャよりもむしろ、ソーニャを無駄花と評するナターシャの台詞が割り切れない印象を残す。ソーニャは可哀想なのか? 物語の中でピエールやアンドレイが達した心境、あるいはそれを体現するプラトンの世界観で解釈するとどうなるのだろうか? ピエールが覚醒時に感じた「ただ生きていく」ことの価値に共感できれば、この物語でのソーニャの意味が深く染みわたってくる。実在するなら身近にいて欲しい人だと思う。

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    2025年09月11日
  • 光あるうち光の中を歩め

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    トルストイが言いたかったことは結局この本に要約されているのではないか。トルストイの本で一番好きです。

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    2025年07月08日
  • イワン・イリッチの死

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    ネタバレ

    あーーー良かった。今読みたい本だった。痒いところに手が届く本だった。
    イワンはバカだなあと思う気持ち(イワンのバカなだけに)と、果たして自分は絶対にイワンのようにはならないとは言えるのか、不安になった。怖くなった。
    イワンは本当にバカだ。世間での評価しか頭になくて、本当に自分が大切にしたいもの、魂の声を全く聞いていなかった。世間の評価がなぜ大事なのか考えたこともなかっただろう。俗っぽい、つまらない人生。
    でも、魂の声を聞き続けるのも大変。そんなのすぐに答えが見つかる問いではない。聞き続ける、探し続けることその自体に意味がある、その行為自体が目的になってしまうようなことだと思う。自分はまだ声を聞ききれていなくて、何が大切かもわからなくて、何をしたいかも不明瞭だしできるかもわからないし、そんな中で余命宣告なんかでもされたら相当の恐怖。なんならお腹が痛くなるたびに将来大腸癌で死ぬ妄想をしてゾッとする。まだまだ死ねない。満足がいく最期を迎えたい。美しく死にたい。そのためには魂の声を聞き続けなければならない。
    一つ救いがあるとすれば、こんなイワンでも死ぬ直前には希望の光が見えたこと。直前まで苦しくて辛かったけど、最後の最後で辛くなくなったのはよかったね。ろくでもない人間でも最後に救いがあるというのは素晴らしい。
    トルストイ面白かったな、他の作品も読んでみたいな。

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    2025年07月07日
  • アンナ・カレーニナ 4

    Posted by ブクログ

    若き将校との許されない愛に走るヒロイン・アンナと、神を信じることができない地主貴族リョーヴィンの、交差しない二人の主人公の人生が描かれる。この大部の小説を通じて、トルストイは同時代(1870年ごろ)のロシアという国全体を描き切る野心を持っていたのではないか--そんな風に思える。

    首都の貴族社交界の華やぎから田舎の農夫の草の刈り方まで、あらゆるディテールがおよそ想像で書くのは不可能な詳細さで描き込まれ、トルストイの筆致の巧みさに感嘆せざるを得ない。

    しかしそれだけで終わってしまっては、この作品は最高の風俗小説であるという結論になってしまう。この作品を傑作ならしめる深みは、登場人物それぞれの苦悩や恐れにこそある。

    といっても、その苦悩は観念的思弁的なものでなく、もっと俗っぽいものだ。アンナは愛を貫くために、この時代のロシアでは絶望的であった離婚を願う。やがてその願いが叶わないとなると、今度は愛人の愛が失われることを狂わんばかりに恐れる。リョーヴィンは、信仰を持てないことにひとり悩みながら、出産に苦しむ妻の姿に、思わず神の助けを求める。

    こうした、諸生活の悩み苦しみ絶望、そこに同時代ロシア社会の矛盾が見え隠れする。そしてやはりこの作品はロシア全体を描き切ろうとしたのではないか、という思いが再び浮かんでくるのである。

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    2025年06月02日
  • 戦争と平和6

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ロシアの大地に生きる「民」の姿と価値、重要性をトルストイは『戦争と平和』で描いたのではないか。しかし、それはロシアだけのものではなく、日本のものでもある。いや、国籍など問わない、世界共通の価値だろう。

    それにしても、エピローグ第2編の歴史学への言及やのちの「数言」は、これ以上の蛇足を他書に感じたことはなかった。小説部分のニコールシカで終わる結末ももう少しなんとかならなかったのか、という想いもある。以上が本作への2つの不満である。あとは優勝だ。

    〈メモ〉
    4-3-11 ペーチャの戦死
    4-3-14 プラトンの無実の爺さんの話し。プラトンの銃殺
    4-4-14 モスクワの復興、ラストプチンのビラまで!
    E-1-7 ロストフの農場経営の真髄
    E-1-8 ロストフがマリヤの影響で暴力を振るわないように努力する

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    2025年05月30日