トルストイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
二巻は人間描写が多いですね。
ニコライの狼狩、アンドレイとナターシャの舞踏会場面など美しく印象的な描写も多々あり。
ロシア人名についてのメモ。
❖名前に男性形と女性形がある。
⇒名字の場合、(ボルコンスキィ家の場合)父と兄「ボルコンスキィ」、妹と妻「ボルコンスカヤ」
名前の場合、男性「アレキサンダー」、女性「アレキサンドラ」。男性「イリア」、女性「イリナ」など。
❖名前の中に父称(父親の名前)を入れる。
⇒(ボルコンスキィ家の場合)
父「ニコライ・アンドレーヴィチ・ボルコンスキィ」
息子「アンドレイ・ニコラーエヴィチ(ニコライの息子)・ボルコンスキィ」、
娘「マリヤ・ニオコラーエヴナ(ニコライの娘)・ボルコンスカヤ」
❖名前(洗礼名)には、愛称、省略形がある。
⇒リザヴェータは「リーザ」、ニコライは「ニコレンカ、ニコールシカ、コーリャ」、エフゲニーは「ジーニャ」など。
❖呼びかける場合。
「ニコライ・アンドレーヴィチ」と名前と父称で呼ぶのは、非常に丁寧な呼びかけ。
「ニコーレンカ、ニコールシカ、コーリャ」と愛称、名前の略で呼ぶのは、親しい間柄。
以外備忘録のためネタバレしていますのでご了承下さい。
【ベズウーホフ伯爵家】
❖ピエール・キリールイチ・ベズウーホフ伯爵:
二巻最後の方で「ピョートル・キリールイチ伯爵」と呼ばれていたので、ピョートルが本名、ピエールはフランス風自称名なんですね。
エレンとの結婚生活は全読者が想像したようにさっさと破滅へ。
妻の愛人(のうちの一人)ドーロホフと決闘をして、大方の予測に反して相手に瀕死の怪我を負わせるという怒れるマッチョっぷりを示すが、
妻エレンに「あなたのような夫の妻で愛人を持たない女なんて珍しい(”けど私は浮気してないわよ。それなのにまったくのでたらめを信じるなんてバカじゃないの?” と続く)」
「(愛人と噂されるドーロホフは)どこをどう見てもあなたより数段立派」
「私と別れるですって?財産をくださるならね」とまで言われて、財産の半分以上を妻に譲渡して家出。何やってんだ、でもこれがピエール(苦笑)
旅の途中でたまたま知り合ったフリーメーソンの老人を人生の師と仰ぎ、フリーメーソンへ入会。自己研鑽と社会貢献のために自分の領地改革に乗り出すが、成功したのは見かけだけで裏では役人の使い込みとさらに生活苦に追いやられた農奴たちがいることは見えていない。こんなところがピエール(苦笑)。
せっかくフリーメーソンでの立派な演説により尊敬を受けたというのに、意志が弱いとか享楽的な面が出てきてフラフラしてしまう癖から抜けられない。
そこへ社交界から「あの素晴らしいエレン夫人に恥をかかせるなんてひどい夫」とせっつかれて妻の元へ戻り、「聡明で美貌の公爵夫人の変わり者の夫」として社交界で生きていくことに。ほらやっぱりピエール f(^。^)
…とはいっても懐の大きさや視線の広さ、感受性の豊かさ、知識への探求心、そして毅然たる性根なども見せてくれます。
❖エレン:
ピエールの美貌の妻。読者とピエールが見るエレンは高慢で怠惰でふしだらで知恵は浅い姿。しかし社交界が見るエレンはは高貴で高い知識を持ち変わり者の虐げられる気の毒な妻であり社交界最高級の地位にいる女性という姿。
彼女のような人はきっと地下室に”ドリアン・グレイの肖像”を持っているに違いない。(ーー;)
【ボルコンスキィ公爵家】
❖アンドレイ・ニコラーエヴィチ・ボルコンスキィ公爵:
家族の元に、アンドレイ公爵が戦死したと誤報が入ったが、怪我を治して帰宅した。その晩妻のリーザは男児を産んで死ぬ。
父の田舎に籠り、ピエールが失敗した農地改革を成功させる。
言動が現実に即して、ただの机上のインテリではないですね。
そんなアンドレイが舞踏会で踊ったナターシャ・ロストフに対して新たな人生の輝きを見出し求婚、一年後の結婚を約束する。
人生や社会を陰あるものと見ていたアンドレイ公爵が識った光。ナターシャとの恋愛描写は美しい。
普段は斜に構えたアンドレイが、笑う時はとことん笑い、踊るときは踊りを楽しみ、明るく親しげな姿をみせる。
舞踏会の場面は映画(メル・ファーラーとヘプバーン)でも印象的だった。
しかし若い娘さんには、相手に会えない1年間は長すぎた。
そしてそんなナターシャの心情を理解できず、理解しようともしないところがアンドレイ公爵の特徴か。
もう少し柔らかくなれば人生楽なんだけどなあ、と思う。。
❖マリヤ・ニコラーエヴナ・ボルコンスカヤ:
突然ナターシャとの婚約を決めた兄と、ますます意固地になる父に挟まれ苦悩の日々。現世を捨てて神の愛だけに生きたいが、甥(アンドレイとリーザの息子)の養育と、父を見捨てられないという思いからそうもいかず忍耐と苦悩の日々。
❖ニコライ・アンドレーエヴィチ・ボルコンスキイ公爵:
アンドレイとマリアの父。一巻では「頑固で現政治社交界から煙たがられるが、尊敬もされる老人」だったはずなんだが、二巻では娘のマリヤをいびり萎縮させることが目的となり意固地と意地悪に磨きがかかって、現在なら「病院で認知症受診してきてくれ!」な老人となってきてるんだが…。
【ロストワ伯爵家】
❖ニコライ・イリーイチ・ロストフ伯爵:
戦争の途中休暇で家に帰ったらすっかり家族から大歓迎!事実上の許嫁もいるが、実家は破産の危機のため、持参金の多い娘との婚姻を望まれている。
実家を助ける孝行息子と期待されながら賭博で大負けしたり、狼狩に興奮したり…要するに若さであっちこっち寄り道中。
❖ナターシャ・ロストワ(ナターリア・イリイニーシナ・ロストワ公爵令嬢):
1巻で12歳の天真爛漫な少女は16歳の娘へ。自分を美しいと思わせてくれる男性のうっとりした目線や、輝かしい舞踏会に美しい若い娘としての輝きを存分に発揮する。
舞踏会ではアンドレイ公爵を夢中にさせ、自分も彼を愛していると一年後の結婚を約束する。
しかし精神的に自由奔放、世間は輝いていると思っている娘さんに一年間は長すぎた。
廃頽と淫行のアナトーリ・クラーギン伯爵(ピエールの妻のエレンの兄)の目線と口説きに眩み、アンドレイ公爵も、自分の家族も生活も名誉も、すべてを捨て駆け落ちしようとする。
すんでのところで阻止されたが、すべてを失ったと錯乱…しているあたりで二巻終わり。
❖ロストフ伯爵:
ニコライとナターシャの父。人が良さそうで頼られると嬉しい性質のようで、サロンを主宰するためや、子供たちのために膨大な借金は重なるばかり。
…というので同情していたら、「馬は50頭」「家族以外の食客20人」というので、これで破産の危機というのは現実の生活として理解できない(笑)。
❖ソーニャ:
父母を亡くしたためロストフ家に養われている親戚の娘さん。ナターシャとは親友。ニコライとは事実上の公認の仲のようだけど、若くてまだ道の定まらぬニコライと、破産寸前の我が家を救うためには金持ちの娘を嫁に!と願っているロストフ夫妻からはあまり歓迎されていない様子。
【クラーギン公爵家】
❖アナトーリ・ワシリーエフ・クラーギン公爵:
ワシーリイ公爵の次男、エレンの兄。この一家には放蕩の精神に流れているが、その父をして家から半追放されるというくらいの放蕩っぷり。エレンとは廃頽の精神で繋がっている。
莫大な散在、借金、秘密の結婚、そしてそれを隠してナターシャを誘惑し駆け落ち未遂。
まあナターシャの信じたとおりアナトーリからナターシャへの「愛」は本物でしょう。しかし本気だからこそ余計に性質が悪い。享楽的で一時的な恋愛のために、嘘を付き、相手の名誉を失墜させ、他者の人生を狂わせることが平気な「愛」なんだから。
怒りのピエールによりモスクワから追放される。
【他の人たち】
❖ボリス・ドルベツコイ
母からワシーリイ伯爵へ紹介してもらったコネを生かし順当に出世街道へ。昇格のために必要な情報、人脈を察知するのは登場人物でも長けてるほうか。
ナターシャの幼い恋の相手だったが、エレンのサロンで特別扱い受けたり(おそらく愛人?)結婚相手には資産家の嫁を探したり、結局資産家のジュリイ嬢と婚約へ至った。
ピエールはマリア(アンドレイの妹の)に彼との結婚を勧めるけど…結婚相手を出世の手段と思うボリスと大人し過ぎるマリアじゃ彼女に安定はないと思うんだが。
❖ドーロホフ:
ピエールやアナトーリの放蕩仲間だが、エレンと関係したことからピエールを激昂させる。決闘による怪我が治った後、アナトーリとナターシャの駆け落ちに一枚絡む。 -
Posted by ブクログ
子供の頃「小学館世界名作全集」で読んで知ったつもりでいる”名作”がたくさんあるんですが、やっぱりこれはいつかちゃんと読まなきゃいけないよなあと私の読書課題だったので取り掛かってみた。
まずはロシア人名について。
私はフィギュアスケートファンなのですが、スラブ系選手を本名でなく愛称で応援したり、本名が長ったらしかったり、兄妹なのに名字が微妙に違ってたりしてるので、ロシア人名についてとりあえずこのくらいの認識を持っている。
❖名前(洗礼名)には、愛称、省略形がある。
⇒リザヴェータは「リーザ」、ニコライは「ニコレンカ、ニコールシカ、コーリャ」、エフゲニーは「ジーニャ」など。
❖名前に男性形と女性形がある。
⇒名字の場合、(ボルコンスキィ家の場合)父と兄「ボルコンスキィ」、妹と妻「ボルコンスカヤ」
名前の場合、男性「アレキサンダー」、女性「アレキサンドラ」。男性「イリア」、女性「イリナ」など。
❖名前の中に父称(父親の名前)を入れる。
⇒(ボルコンスキィ家の場合)
父「ニコライ・アンドレーヴィチ・ボルコンスキィ」
息子「アンドレイ・ニコラーエヴィチ(ニコライの息子)・ボルコンスキィ」、
娘「マリヤ・ニオコラーエヴナ(ニコライの娘)・ボルコンスカヤ」
❖呼びかける場合。
「ニコライ・アンドレーヴィチ」と名前と父称で呼ぶのは、非常に丁寧な呼びかけ。
「ニコーレンカ、ニコールシカ、コーリャ」と愛称、名前の略で呼ぶのは、親しい間柄。
「ボルコンスキィ公爵」と呼ぶのは、一般的な呼びかけ。
トルストイが地の文章で「アンドレイ公爵」「アンドレイ・ニコラーヴィチ」「ボルコンスキイ公爵」(父に対しては「ボルコンスキイ老侯爵」)と色々呼び名を使ってるのですが、使い分け法則がよく分かりません。
では1巻。
ナポレオンがロシアに迫る19世紀帝政時代、ロシアの社交界で繰り広げられる人間模様から始まる。
当時の貴族たちは教養としてフランス語を会話に混ぜ、人脈とコネつくりの為のサロンやパーティが行わる。
放蕩息子たちは膨大な金を賭け合い、瀕死の資産家には権利のある人間たちが遺産をもらおうと群がり、若い男、娘たちは良い条件での昇格や縁談探しに余念がない。
そんな社交界を出て戦場へ向かう貴族たちもいる。貴族界に飽き飽きして、ロシア皇帝への崇拝のため、若い見聞のため、立身出世のため。
当時のロシアはフランスに絶大な影響を受け、また憧れをもっているようですね。
ロシア貴族社会ではフランス語は教養とされ、主要人物のピエールはロシア貴族(の庶子)だけど、ロシア名の”ピョートル”ではなくフランス名の”ピエール”。彼の妻もロシア名の「ヘレン」ではなくフランス風の「エレン」。エレンの実家のクラーギン公爵家はエレンの兄弟たちも「アナトーリ公爵、イッポリト公爵」とフランス風。
また、ボルコンスキイ公爵家にはフランス人のコンパニオン(令嬢の相手をする女性)がいるので、フランス風を家庭に持ち込むのは流行だったのか。
さらにナポレオンが攻めてくるというのにナポレオンに敬意を払うような男がいたり(女性からは反キリスト者!などと容赦ないけど)、フランスと戦争のため同盟を組んでいるロシア皇帝とオーストリア皇帝とが教養としてフランス語で挨拶したり、読みながらもどうもこの戦争に対する温度感が分からなかったのだけれど、油断していたら終盤で大敗走、大敗北で現実を突き付けられた。
【ベズウーホフ伯爵家】
❖ピエール・キリーロヴィチ・ベズウーホフ伯爵:
キーリル・ウラジーミロヴィチ・ベズウーホフ伯爵の庶子。
ベズウーホフ伯爵死去の際は遺産目当ての貴族たちが群がるが、ピエールがすべての財産を継ぐ。
フランス帰りで社交界に馴染めず、相手構わず自分の論議をまくし立て周りからはちょっと浮いた人扱い…なんだが膨大な財産を継いだことにより「高潔な人物」と称賛されるようになる。
ぼーっとしているうちにクラーギン公爵の娘エレンを愛していると思い込み外堀埋められ結婚。おそらく全読者が「その結婚うまくいかないよ」と想像したであろう新婚生活を始めた。
【ボルコンスキィ公爵家】
❖アンドレイ・ニコラーエヴィチ・ボルコンスキィ公爵:
社交界生活に嫌気がさし、出産間近の妻を残して戦場へ向かう。皮肉的厭世的な思想があるんだが、アンドレイ自身も社交界からは神経質でとっつきにくいと思われている。戦場では生き生きとした様子を取り戻しつつある…けどたまにイヤな奴の面も出てる。
❖リーザ(リザヴェータ・カルローブナ公爵夫人。若公爵夫人、小柄な公爵夫人、など):
アンドレイの妊娠中の妻。自分たちを置いて戦場に行く夫、夫の父の元に預けられる自身を嘆く。
❖マリヤ・ニコラーエヴナ・ボルコンスカヤ:
アンドレイの妹。頑固な父と田舎に住んでいる。醜い容貌だとかなんだとか書かれちゃっているんだが、純粋な心の持ち主。
❖ニコライ・アンドレーエヴィチ・ボルコンスキイ公爵:
アンドレイとマリヤの父。政治社交界に合わず田舎で貴族としての秩序を守った生活を送る。頑固で厳格で支配的な性格は家族を含めて周りから恐怖と畏敬の念を持たれている。
主要登場人物でボルコンスキィ家は公爵だが皇帝の親族にあたるのか。「皇帝陛下の遠縁にあたる、ちょっと怖くて煙たいけど正しいので遠巻きにされてるご隠居様」といったところか。
【ロストフ伯爵家】
❖ニコライ・イリーイチ・ロストフ伯爵:
貴族の若者だが前線に加わる。
❖ナターシャ・ロストワ(ナターリア・イリイニーシナ・ロストワ公爵令嬢):
ニコライの妹。1巻ではまだ12歳。天心爛漫な次女。
【クラーギン公爵家】
❖ワシーリイ・クラーギン公爵:
クラーギン公爵家は、登場人物の中では貴族の悪い面を具現化しているような家のよう。
ワシーリイ公爵はベズウーホフ伯爵の遺産争いに負けて、遺産を継いだピエールに近づき、娘のエレンと結婚させる。他に息子のイッポリトとアナトーリも資産の多い貴族の娘と結婚させようと画策中。
❖エレン・ワシーリエヴナ・クラーギナ:
ピエールの妻となる、クラーギン公爵の美貌の娘。貴族社会では財産や地位があると「心が美しい」と称賛されるようなんだが、彼女は美貌と資産にしては兄弟のアナトールと噂があったりあまり知的でなさそうだったり、褒められた性質ではないと思うんだけど、周りからは家柄と美貌の為にひたすら称賛され持ち上げられる。
…というか「自分の兄弟と噂のある女」とずるずる結婚するピエール、さすがにしっかりしようよ(--;)。
【実在の人】
❖ミハイル・イラリオーノヴィチ・クトゥーゾフ:
実在の帝政ロシア時代の軍人。
小説ではアンドレイの父の友人で、戦場でアンドレイが配下に着く。
むか~し映画も見ました。
ピエール:ヘンリー・フォンダ
アンドレイ:メル・ファーラー
ナターシャ:オードリー・ヘプバーン
さて、1巻終了時点でロシアはフランスに大敗、アンドレイは瀕死でフランス軍に保護され、ピエールは読者から見ればその結婚うまくいかないよと思われる生活を始めた。
まだまだ先は長いのでゆ~っくり読んでいきます。 -
Posted by ブクログ
4巻の長編だったけど、読み進めるほどどんどん面白くなった。またいつか読み返すだろう。
生き生きと描かれている。説得力のある心理描写や比喩が面白い。
それぞれの性格からはっきりと人生が分かれ、その人の個性と思考が露呈していく。
リョーヴィンの気持ちがその時あった出来事によってころころ移り、かわいい感じもする。素直と頑固。
義父のクラブの話で、ぶよぶよ卵というのを表現がおかしかった。
リョーヴィンは生きる意味とは何かと哲学的に考えようとしたりする。でも答えが出ない。そしてある時、知る。
リョーヴィンは生きる意味とは何なのかを知る。だからといって生活は今までと同じだ。だけど、知ったことでリョーヴィンは喜びを感じる。
アンナは自分が招いたことだけど、人のせいにして、自分のマイナス思考は被害妄想に近く、自分で自分を追い詰める。だからヴロンスキーなどが何か言っても全部アンナは気に入らないのだ。周囲が間違った考えを正そうとしても嫌がり、フォローしても疑ってかかる。つまり、周囲は全てはアンナのおっしゃる通りですよと否定なしに肯定のみ、愛を捧げなければならないのだ。周囲は間違っているし誤解を解きたいけど、それをするとアンナはまた被害妄想で怒るのだ。早く精神科に行くべき状態。
なぜそんなに追い詰められていくのか、その心理描写の移ろいがうまい。
それにしても、最後、了と文字があった時「あら!ここで終わりなんだ!」ってビックリした。
この小説でリョーヴィンの自分はいったい何なのかの考えを読んでて、私も「あぁ!なるほど!」と思った。そんな話は聞いたことがあるし、そう考えてる人には当たり前のことなんだろうけど、何だか実感したのは初めて。リョーヴィンがぱぁーっと喜んだように自分も同じ気持ちを共有した感じだった。
多分、リョーヴィンに好感がもてるからだと思う。
この小説は私の中でインパクトの強いものになった。
またいつか読み返そう! -
Posted by ブクログ
ネタバレナポレオンが統治するフランスvsロシアを背景に
若者たちがどう生きていくか、が描かれている…が
なにせ4巻中の1巻、起承転結の起、物語は始まったばかり。。
登場人物は多いけどとりあえず、ピエール・ベズウーホフ、
アンドレイ・ボルコンスキィ、ニコライ・ロストフ、ナターシャ・ロストワを
押さえておけばなんとか読み進められます
「真実を語ることはひじょうにむつかしいことで、若い人で
それができるものはきわめてまれである」(p561)とあるように
若者が人生の岐路に立ち、これから迷っていく、そのスタートラインの第1巻。
2巻も楽しみです。 -
Posted by ブクログ
読み切るのに随分時間がかかってしまった。読み始めると興味深いのに、つい睡魔に負けたり、本を開くのが億劫に感じたりして中々進まなかった。
ただ閑人たちの会話だけでも考えさせられる事は多い。
どの宗教を奉じている人でも、自分は完璧だとか、完成していると心の底から思う人はいないのではないだろうか。
そういうことは、日々のちょっとした邪な気持ちが芽生えたり、感情のコントロールができなかったりした時に自分の足りなさを強く感じるかもしれない。
短編の中でもみんな(信仰の)道の途中で、それぞれの尤もな理由で信仰生活の難しさを語っている。若者は勢いで走り、妻子のある者は『責任』を口にして二の足を踏む。齢を経た者は老いが自由を奪い、十分に動けずにいる。
本当に個々の言い分はとてもよく分かる。
若くして行動力がある若人でも果たして一つの労働力として即時に機能するがいいか、多くの知識を時間をかけて身につけ、後に多くの人に有益なものをもたらすのがいいか。また妻子ある者にしたら、自分が即座に生活を一変させたら、妻と子の生活に支障がでてくる。妻子の将来に責任を取るという事が大義と言われれば首を縦に振らざるを得ない。各々がそれぞれのしがらみ(それを人生というのかもしれないが)の中で生きていて、そうなるとユリウスは悩める人の最適な人物像かもしれない。
彼は数度、キリスト教に赴こうとするが、その度に有識な世俗人に諫言されて考えを180度変える。
人生の岐路で同じ人に3回も諭されるのも珍しいが、その医師が言うこともとてもよく分かる。パフィンリスが語ることも頷ける。キリスト教寄りの者ならそちらに傾きやすいが、この小説は中立な立場から、時には疑いの目をもった側からの言葉もしっかり披露する。
普通は耳に心地よい言葉ばかりを選び取るが、ユリウスを身代にする事で、読者が第三者的な立場から考えられるような演出が施されている。
話の内容も深かったが、こういった読者を踏まえた技巧にも感動した。
とはいえ、最終的な答えは出ない。
人は何時から信仰の道にどっぷり浸かるべきなのか、もしくはそうでないのか。
普通の生活と両立できるか否か。
自分はどうすれば幸福になれるか。
いやはや、難しい問題だ。 -
Posted by ブクログ
特に印象的なのは当然物語のクライマックス、母親が死ぬシーンになるが、トルストイが書きたかったのは、その後の主人公の心理、思考描写だろう。おれも最近ばぁちゃんが死んだが、そこには悲しい人の役をどれだけうまく演じられるか競っているような面があって、本当に自分が考えていることを見つめるのが怖かった。トルストイはそれをあっさり書いていて、彼の鋭い眼差しは自分にも容赦がない。ただ宗教的な面で彼だけ見えてる部分があったが、それでもおれからしたら宗教的な面で本当にそうだろうかと思う部分もある。幼年時代の終わりとして、誰しも母親なるものの死が必要になる。しかしおれはトルストイが好きだ。アンナ・カレーニナなど他の作品では人の心をいきいき、時に残酷なまでに描き出すのに、この作品ではその文体のままあどけない主人公の目線をみずみずしく描いている。
再読。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ第一巻で整えられた舞台と、大きな大きな予感とが交錯し、絡み合って、目にも綾な物語が織りなされる第二巻。
本当にどれも素晴らしいエピソードばかりで、何から、そして誰から言えばいいのかわからない。
だがあえて言えば、前半がピエールで後半がナターシャ、だと思う。
ピエールがフリーメーソン会員になるのには本当に驚いてしまった。一体彼はどうなってしまうのだろう、宗教的なものに目覚め、彼と言う人間は変わってしまうのだろうか、ととても心配した。
しかし、ピエールはやはりピエールのままだった! 彼は苦悩し、求め、そして行いをするが、それは彼にとって結果を生まない。物事は常に彼の思い込みを嘲笑うかのように、彼に自身の無力さを突きつける。
けれど、ピエールはそれでも理想を捨てないし、善意を尊いものと考え、そして人を愛そうとするのだ。そして、わかる人にはそれがわかっている。わからない人が大半だけれど、そういう人たちは彼を滑稽な人間だと思いまたそう扱うけれど、それでもピエールのその温かい気持ちと人柄は必ず伝わる人には伝わっている。
彼は不器用で全然実際的な物事には向かないけれど、それでも彼という人間にしかできないことを感じさせてくれる。彼が唯一の人物であると。
そして、ナターシャである!
いやはや、びっくりしてしまった。第一巻を読んだ時から、「この子は絶対美人になるだろうなぁ」とは思っていたが、まさかここまで美しくなるとは思わなかった。
彼女がアンドレイ公爵と踊る場面の、なんと美しいことだろう……
それだからこそ、この巻の最後のエピソードで全く筆を滑らせなかったトルストイに驚嘆する。
ナターシャがアナトーリに見つめられ、そして話しただけで良心の呵責を感じるということの、この説得力……どうしてトルストイはそんなことがわかるのか? どうして美しい女性の葛藤、それも輝かんばかりの、この上なく魅力的で、しかも若い(!)ナターシャの気持ちが、こんなにもわかるのか?……
誰もが自分の気持ちのために笑い、話し、愛し、そして葛藤する。けれどもそれは決して利己的なものではなく、それが生きるということ、それこそが生きる原動力であるということ。私達は自分の感情のために動く、そしてそれが世界を作る。
素晴らしいものを読んでいるなぁ、という幸福感を抱きながら、第三巻へ。 -
Posted by ブクログ
秋なので、思い切って大長編に挑戦!! ということで、かなり背伸びしてみるのもいいだろう、と思い『戦争と平和』を手に取る。
しかし、意外や意外。思っていたよりも、全然、難しくない!! むしろ、すごく読みやすーい!!
描かれているのが19世紀初頭、ナポレオンのロシア侵入ということと、俗にいう「登場人物500人超」に読む前から尻込みしていたのが嘘みたい。登場人物はいきいきしており、展開がスムーズで、雰囲気は明朗である。
特に人物描写の素晴らしさには、目を見張るばかりだ。いろいろ言ってはキリがないのだが、とにかく、膨大な数のそれら登場人物が、ことごとく第一印象を裏切らないのである。
これは別の言い方をすれば、それぞれのキャラクターが、読者にはっきりと第一印象を与えるように書かれているということだろう。読んでいるうちに、確かにこの人物「なら」こう考えるだろう、この人物「なら」このキャラクターとはウマが合うだろう、ということがまるで当然のように書かれている。驚くしかない。
私は『アンナ・カレーニナ』を読んだ時に、この作品で描かれているのは「自分の人生に戸惑い続ける私」なのではないかと思ったのだが、この『戦争と平和』を読んでいる今も、そう感じている。
誰もが自分の人生に、確固たる自信など持っていないこと。どんなに立派で勇敢な軍人でも、どんなに美しくかわいらしい美女でも。
けれど、それを雄大に、堂々と、明朗に描くのがトルストイの素晴らしいところ。この偉大な作家が生まれたこと、書いてくれたことに感謝しつつ、読み進めている。