トルストイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
オシャレやファッションが好きな人は「オシャレis我慢」と言うそうです。寒かったり、ちょっとキツかったりするのを、我慢しないとね、ということなんでしょうね。
ホントのところで言うと、読書でも何でも、色んな趣味も、やっぱり我慢が大事です(笑)。ほんとにヨロコビを得るためには。
(ってまあ、半分冗談ですけど、そういうと人間関係も仕事も家族関係も、恋愛も、なんでもそうなのかも知れませんねえ…)
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やっぱり19世紀の小説ですから。
うーん。冒頭は若干入りにくいかもですね。
僕の個人的な方法論としては「もう、4割くらいはなんだか分かんないけど、分かんないまま読み飛ばしていく」というのが常です。
1巻だけで文庫本670ページくらいなんですが、400ページくらい過ぎると、俄然面白くなってきました。
そこまでは、我慢。
我慢があるから、大きな喜びがありますね。
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実に面白い小説。
トルストイさん、凄い。凄いです。
以前「アンナ・カレーニナ」も面白かったのですが、コッチのほうが面白い。
おそろしい小説家ですね。トルストイさん。
この人とドストエフスキーさんがいたんだから、19世紀ロシア文学っていうのは、奇跡のような輝きですね。
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お話は、1804年くらいから始まります。
アウステルリッツの戦いの年です。
アウステルリッツの戦いというのは、ナポレオンと、「反ナポレオン同盟」との、関ヶ原さながらの野戦、一大決戦。ナポレオンの圧勝に終わっています。
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1789年が、フランス革命が始まった年です。簡単に言うと、それまではヨーロッパ中で、
「王様とか皇帝を頭にして、貴族が居て、貴族が貴族だからという理由で巨大な土地や財産を所有して、世襲していて、その他はほとんど貧しい農民でした」
というのが当たり前の時代だったんですね。
戦争っていうのも、貴族たちが大まかやっている訳です。その銃卒とか下僕とかはまあ、庶民ですが、「徴兵制度」って言うのは無いんですね。
そして極端に言うと、戦争するのも、「まあ春からだよね」みたいな暗黙の了解があったり。今から考えると牧歌的だったわけです。
これが、1500年代〜1700年代にかけて、色々変わってくるわけです。
例えば、銃が出来る。大砲が出来る。印刷技術。そういう科学の側からの変革もあります。
蒸気機関が出来る。工業が栄える。
イギリスでまずそれが発達して、植民地を持っている、ということの旨味が飛躍的に変化してきます。略奪して奴隷を奪うだけぢゃなくて、「自国の製品を売りつける。巨万の富を得る」という国家経営です。産業革命です。
そうなると、「商人」「都市生活者」が発生します。都会で知的活動をして、文字を読む人々です。同時に都市の時間労働者も発生します。貧民、治安の悪化、などなど。
富裕層、貴族階級を相手に、活版印刷が出来る。プロテスタントが台頭する。ジャーナリズムが出来る。
そして、そんな流れの中でとうとうフランス革命が起こります。太陽王ルイ14世以来、文化や品格の面では欧州の勝ち組であり、あこがれであったフランス。そのフランスで共和制が産声を上げます。「自由、平等、博愛」という流れが出てきます。
※一方で、アメリカ。僻地であったゆえに、王侯貴族の既得権という歴史の積み重ねの重みから自由だったんでしょう。言ってみれば商人たちの都合から、いち早く「世襲の王権が無い国家」と実現しています。アメリカ独立宣言1776年ですね。共和制国家誕生。この影響も少なくなかったと思います。
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フランス革命に、ヨーロッパ全土がびっくりします。
ここで興味深いのは、ドイツもロシアも「共和制っていうのは困るよ」という、切れば血が出る感情がある訳です。これは、一時期の「とにかく共産主義とか社会主義とかっていうの考え方自体が困るんだよ。思想自体を悪として弾圧しなきゃ」という考え方と似ていますね。あるいは、今でも、というべきか。。。
ところが、この頃に産業革命をいち早く進行していて、いちばん金持ちで、いちばん強い海軍、軍事力を持っていた、イギリス。このイギリスは、おそらく産業革命という、国家自体のヤクザ商法的な経営を滑らかに行うために、ドイツやロシアや革命前のフランスとは違って、「王様の絶対君主制」みたいなものを、内部で緩やかに解体していました。
言ってみれば、王様はいるんだけど、実態は、今の日本みたいに王様はほぼお飾りで。国家の経営自体は議会や政治家が、世襲ではなく行っていたんですね。
*ただ一方で、市民革命をハードに行わずに移行しちゃったので。巨万の富は一部の事実上世襲の貴族(あるいはかつて貴族だった人々)が独占し続ける、という流れが21世紀現在まで強く残ってしまっているんだと思います。日本の「勝ち組負け組の緩やかな世襲状態」よりも、シビアで強烈な「階級」が現在でも事実上、ありますね。
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それはさておき閑話休題。
小説「戦争と平和」。
1789年にフランス革命がはじまります。
大まかに言うと、その後、ドイツ、イギリス、オーストリア、ロシアなどが、続々と革命を潰すためにフランスと戦争状態になります。
混乱の10年の後、フランスは、ナポレオンが戦力を握ります。皇帝に即位します。ここンところが僕らにはわかりにくいんですが、ナポレオンは皇帝に即位したんだけど、行政改革、国家の仕組みのガラガラポンについては、「フランス革命」を遂行したんですね。ただ、そのために強力な独裁権力がないと、革命を進行できない。なので、皇帝になっちゃった。
というわけで、「自由平等博愛を掲げる革命皇帝ナポレオン」なんです。
だから、欧州各国との敵対は続くんです。
いちばんお金持ちの、ナポレオンの宿敵、イギリス。
ナポレオンはイギリスに進行したかったんですが、なにぶん、とにかくイギリスの海軍が強すぎて、ドーバー海峡を渡れない。
その代わり、陸戦では、天才軍事リーダーであるナポレオンは、大まかに言うと百戦百勝、負け知らず。
イタリアもオーストリアもプロイセンも押し返し跳ね返し、どんどん征服していきます。そして征服地では、「王権絶対封建制」から「共和制」へと行政転換していきます。だから、各地で貴族階級はともかく、商人階級市民階級、それからインテリ貴族の間では、「ナポレオンってやっぱ、かっこいいよね」という意見もあったわけです。
ナポレオンが皇帝になった翌年。1804年。オーストリア、プロイセン、ロシアの「反ナポレオン同盟」は、イギリスを仲間にして、ナポレオンと一大決戦を迎えようとしています。決戦の場所は、プロイセンかオーストリアか。
という状況でのロシアで始まるのが、物語「戦争と平和」。
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ピエール・ベズウーホフ。
ロシア有数の金持ち貴族の、庶子。大柄で肥満でがさつで、女にもてません。
生きるには困らないくらいのささやかな財産を与えられて、無軌道な青春、自分探しの放蕩を繰り返していた、インテリ青年。
だがしかし運命は一転。まさかまさか、父が死んだときに、並居る相続権利者の中で、ピエールに全てを残したのです。
一夜にして、ロシア有数の資産家になります。
周りの扱いがころっと変わります。美女が群がってきます。みんなお世辞を言います。
理知的で悩める青年だったのが、一気にスポイルされて、有頂天の思い上がりになっていきます…。
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アンドレイ・ポルコンスキー。
恐らくロシアで20人には入るんでしょう、という名門貴族の息子。嫡子。エリート。
その上、頭が良くて度胸があって、男っぽくって割りと寡黙で勇気があって。イケメンです。そして軍人です。
そしてこの人は、知性派なんですね。ピエールとも仲良し。ピエールよりよほど、人としては、弱くない。自分を律する男。
当然、結婚(あるレベル、政略結婚=当時の当たり前)しています。
さてこのアンドレイは、ロシア貴族社会の社交などの俗物具合、嘘にまみれた不薄生活がもう、たまらなく嫌で。若いし、むしろ戦場のリアリズム、潔さに惹かれています。
そして、若き将校としてメキメキ頭角を表しながら、決戦の戦場へ赴きます。血筋も良いですしね。素直な愛国心もあります。でも一方でナポレオンに憧れ評価している理性もある。そしてナポレオンのように、「祖国の英雄となる」ことに憧れる気持ちも強い。
このアンドレイは、混乱混沌の戦場、アウステルリッツの大壊滅の中で銃弾を浴びて倒れ…。
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ニコライ・ロストフ。
これまた大貴族の御曹司。蝶よ花よで坊っちゃん育ち。そんなに秀才でもなく、マッチョでもなく、高潔でもない、人間臭い二十歳です。
なんとなく周囲に流されて生きてきて、かっこいいなで軍に参加して、初陣。戦場のリアリズムに大翻弄されながらアウステルリッツの前哨戦で、何も活躍せぬままに落馬負傷して収容されます。
それでも、傷が癒えたら、大嘘の武勇伝を酒を飲んで自慢するような、ごくごくありきたりな、愛すべき弱い若者です。
可愛い利発な妹ナターシャがいて、その妹の大親友の従姉妹ソーニャと、恋愛中です。かわいいもんです(笑)。
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ものすごい量の登場人物が、雪崩を打つように続々と登場します。
もう、確実に覚えきれません(笑)。
そこンところは、放棄するしかないですね。もう、一晩寝ただけで、「あれ。この人はなんだっけ」みたいになります。
なんだけど、どうやら上記の三人がわかっていれば、なんとか物語にくらいついていけます。
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そして、面白い。
遺産相続、財産、立身出世をめぐる、どろどろした人間模様。
年配の男性の目論見。
年配の女性の欲望。
若者の都合。カッコつけ。身勝手。自尊心。無理解。残酷さ。理想。
女性のプライド、エゴ、優しさ。
美醜を巡る物凄い自意識、劣等感、優越感。
男性の野心、わがまま、傲慢。嫉妬。嫉妬と悪意を抱いての友情。成り上がり。没落。冒険への憧れ。ヒーローへの執着。英雄への心酔。
夫婦のすれ違い。
親子の確執。父権の高圧。母の愛という名のエゴ。支配が子供を歪める。
恋愛。恋に恋する恋愛。親子の妄執の愛。無垢な友情、しかし移り変わる情愛。兄弟姉妹の親愛。
打算とエゴの結婚、愛情。地位と名声と財産に裏ごしされた愛情。浮気。ロマンス。不倫。肉欲。
大きな視野を持つ者。冷笑的なもの。世論に流される人々。熱狂。集団心理。政治家の傲慢、金持ちのエゴ、指揮官の無能。
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そして「戦争」。
従軍経験、戦闘経験のあるらしいトルストイさん。
戦場の混乱。残酷。悲惨。熱狂。泥酔。荒廃。不合理。暴虐。友情。打算。
その中での良心。命令遂行の純粋。
殺し、殺される虚無。痛み。
そして、強烈な恐怖。
すごい。
司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」と比較すると、俯瞰的な部分があるのは似ていますが、それに加えて物凄い勢いと粘着質な執拗さで、読者を汚れと疲弊感と血の匂いと恐怖がびっしりと埋め尽くされた「戦争」の体温にまで貼り付けます。
「戦争」って、怖い。
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ものすごい小説だと思いました。
なんだかこう、比喩的に言うと「ここに全てがある!」ブラボー!。
人間模様の大舞踏会なんです。なんですが、ナポレオンという、小説上はあまり出てこない歴史を回転させる大英雄とその時代を描く大河ドラマでもあるんです。
なんだけど、言ってみれば複数のカップル、親子、兄弟の、怒涛の恋愛物語なんです。
読書の快楽。面白い。
新潮文庫で読んでいて全四巻なんですが、1巻読み終わっただけで、なんだか「読み終わりたくないなあ、ずっと読んでいたいなあ」と思ってしまいました。
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それにしても呆然とするのは、トルストイさんは40歳くらいでこの小説を書いているんですね。
どれだけ色んな高慢や絶望や恐怖や思考や観察を体験すると、こンなのが40歳で書けるんだか…。
この小説のピエールさんが、トルストイ自身の姿が投影されているそうです。こういう人、友人や家族として存在したら、面倒くさいだろうなあ(笑)。
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ちなみにトルストイさんは1828年生まれ。40歳くらいで「戦争と平和」書いていたそうなので、言ってみれば、「自分が生まれる25年くらい前の話を40歳で書いてる」訳です。65年くらい前の話。
微妙に、そのときの大人たちはみんな死んでいて、書きやすかったんですかね。
2016年現在に、40歳の人が、1950年くらいの話を書くようなものです。「小説 朝鮮戦争」とか「小説 毛沢東・蒋介石」とか。そういう感じですかね。
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岩波文庫の新訳で読むか、新潮で読むか悩みましたが、なんとなく新潮文庫で。
いまのところ、日本語の文章としてもさほど苦痛でもなく、なかなか名訳なんぢゃないかなあ、と楽しめています。 -
Posted by ブクログ
トルストイによる戦争論から始まる第三巻。
三巻は戦争とそれに伴う政治思考が多いです。
ロシア人名についてのメモ。
❖名前に男性形と女性形がある。
⇒名字の場合、(ボルコンスキィ家の場合)父と兄「ボルコンスキィ」、妹と妻「ボルコンスカヤ」
名前の場合、男性「アレキサンダー」、女性「アレキサンドラ」。男性「イリア」、女性「イリナ」など。
❖名前の中に父称(父親の名前)を入れる。
⇒(ボルコンスキィ家の場合)
父「ニコライ・アンドレーヴィチ・ボルコンスキィ」
息子「アンドレイ・ニコラーエヴィチ(ニコライの息子)・ボルコンスキィ」、
娘「マリヤ・ニオコラーエヴナ(ニコライの娘)・ボルコンスカヤ」
❖名前(洗礼名)には、愛称、省略形がある。
⇒リザヴェータは「リーザ」、ニコライは「ニコレンカ、ニコールシカ、コーリャ」、エフゲニーは「ジーニャ」など。
❖呼びかける場合。
「ニコライ・アンドレーヴィチ」と名前と父称で呼ぶのは、非常に丁寧な呼びかけ。
「ニコーレンカ、ニコールシカ、コーリャ」と愛称、名前の略で呼ぶのは、親しい間柄。
以外備忘録のためネタバレしています。
【ベズウーホフ伯爵家】
❖ピエール・キリーロヴィチ・ベズウーホフ伯爵(本名はピョートル):
二巻でアンドレイ公爵を裏切ったナターシャの献身的な友として支える。ナターシャが生きられたのはピエールの存在が大きいだろう。
ピエールはナターシャへの愛を自覚するが、そのためにロストフ公爵家からは距離を置くことにする。
その頃ナポレオン軍の攻撃は激しさを増す。ピエールも戦場を見る。
ついにモスクワ市民はモスクワを放棄して地方へ散らばる。
そんななかピエールはある決意を持ち、自分の家から出てモスクワ市に潜伏する…。
❖エレン公爵夫人:
二巻まではまあ普通のふしだらな上流夫人だったんだが、三巻では「むしろここまで行くとご立派(^。^;)」と言うくらいの不道徳っぷりを示してきた。
ピエールという夫がいるにも係らず、どこぞの王子とロシア高官にプロポーズさせ、離婚を禁じているカトリックにおいて自分が完全に正しい離婚と再婚をするにはどうするか、を画策したのだ。
道徳的にも宗教的にも恥じるべき行為をエレン本人はまっすぐな信念として自分が正しいと振る舞い、そのため社交界や宗教界まで彼女の味方に。
カトリック法王に真のカトリック教会への入会を許されるが、寄付金目当てと見抜いたエレンからは軽くあしらわれる。
道徳的には相当愚かな人間のはずなんだが、自分の損得を見極め自分を有利にさせる手腕は天性のものか。(~_~;)
さて、キリスト教の教派はよく分からないので、エレンの扱いがどのくらい名誉で特殊で腐敗なのか?
正教会の一つであるロシア正教会に属しているエレンの事をローマ・カトリックの法皇が認めますよ、ただしお金いっぱい寄付してくれればね、ということか?法皇(教皇)を抱かない政教派が法皇に認められるのは名誉なんだろうか、よく分からん。
【ボルコンスキィ公爵家】
❖アンドレイ・ニコラーエヴィチ・ボルコンスキィ公爵:
名誉を傷つけたアナトーリ公爵を追うためと、社交界から離れるために再度軍隊へ入る。アナトーリへの決闘の理由、自分の名誉、ナターシャへの思い、いちいち理屈が先に来るところがアンドレイの面倒くさいところ。
軍隊生活では一般兵士や農民たちからは「おれたちの大将」と慕われるが、貴族たちにはとことんイヤな態度で接する。
政治も軍事も農地改革もセンスはあると思うんだが、出世昇格とは真逆の理由で軍隊入りしたため、それらの機会を永久に失う。
激しさを増す戦闘でついに大怪我を負う。
怪我の痛みの中、アンドレイ公爵の心は深く内面を見つめ、神の愛を悟る。
そして瀕死の床でのナターシャとの再会…
三巻は戦闘や錯綜描写が非常に多いのだが、
そんななかでのアンドレイの漂う意識と彼の行き着いた想い、激しく愛し憎んだナターシャとの再会場面の美しさと言ったらない。
❖マリヤ・ニコラーエヴナ・ボルコンスカヤ:
父のニコライ・アンドレーエヴィチ・ボルコンスキイ老公爵の死を看取る。
死を迎える父の寝室で、父が死んだら自由になるのか?などと考えが浮かんでは懺悔する。
その後戦火に巻き込まれそうになったところをニコライ・ロストフ伯爵に助けられ、互いに好意を持つ。
えーっとこのときマリヤは27,8歳か?公爵令嬢にしては縁談がまとまらなかったですね。
【ロストフ伯爵家】
❖ニコライ・イリーイチ・ロストフ伯爵:
進軍途中で、マリヤ・ボルコンスカヤ公爵令嬢を助ける。
この「二人が出会った」という事実は社交界を駈け廻り、「さっさと婚しちゃえ!」な雰囲気に。
自分には婚約者同然のソーニャがいるんだよなあ…とちょっと思いつつ、経営破綻している我が家を考えるとボルコンスキイ公爵家と縁を結ぶのは魅力的だとも考えてみたり。
さて、アンドレイ・ボルコンスキイ公爵と、ナターシャ・ロストワ伯爵令嬢との婚約は両方の家から歓迎されていなかった。
しかし同じ家同士の縁組でも、ニコライ・ロストフ伯爵と、マリア・ボルコンスカヤ公爵令嬢なら歓迎、というのは、持参金の問題なのか??
❖ナターシャ・ロストワ(ナターリア・イリイニーシナ・ロストワ公爵令嬢):
二巻ラストは狂乱のナターシャだが、弟のペーチャと、ピエールの存在が助けとなり徐々に明るさを取り戻す。
以前よりも神に祈る。クリスチャンにおける謝罪と言うのは、相手に謝るのではなく神に許しを請うのですね。「神よ、アンドレイ公爵への裏切りをお許しください。そしてアンドレイ公爵とアナトーリ伯爵の心に安らぎが訪れますように」人間が自ら相手に侘びて安らぎをもたらせるのではなく、それができるのは神、というキリスト教の考え方です。
さて、ナターシャは三巻終盤で、瀕死のアンドレイ公爵の前に現れ、その足元で手を取り許しを請う。
❖ペーチャ(ピョートル・イリーイチ・ロストフ)
ナターシャの弟。ナターシャの生きる希望となっていた。
同じ名前のピエール(ピョートル同士)に憧れ軍隊に入ることを望む。
❖ソーニャ:
ニコライの事実上の婚約者だが、破産寸前のロストフ伯爵家ではその結婚は歓迎されていない。
【クラーギン公爵家】
❖アナトーリ・ワシリーエフ・クラーギン公爵:
アンドレイ公爵から逃げていたが、思わぬ場所で思わぬ姿で彼らは再開する。これぞ神のおぼしめしか。
【他の人たち】
❖クトゥーゾフ:
ロシア軍総司令官。
歴史家の評価は分かれているらしいが、トルストイはかなり評価している様子。
遠征先で作戦本部とした農家で、小さな娘さんから見たクトゥーゾフの姿が面白かった。軍人同士で「モスクワ放棄か?」を論じてる時に娘さんは「おじいちゃん(クトゥーゾフのこと)がんばれ」と思ってしまう。一見好々爺の面もあるのだろう。
❖ラストプチン伯爵
モスクワ総督。民衆を支配していると思い込んでいる施政者。
モスクワ放棄直前にナポレオン賛美者を勇壮な見せ場を作るための生贄として処刑する。 -
Posted by ブクログ
二巻は人間描写が多いですね。
ニコライの狼狩、アンドレイとナターシャの舞踏会場面など美しく印象的な描写も多々あり。
ロシア人名についてのメモ。
❖名前に男性形と女性形がある。
⇒名字の場合、(ボルコンスキィ家の場合)父と兄「ボルコンスキィ」、妹と妻「ボルコンスカヤ」
名前の場合、男性「アレキサンダー」、女性「アレキサンドラ」。男性「イリア」、女性「イリナ」など。
❖名前の中に父称(父親の名前)を入れる。
⇒(ボルコンスキィ家の場合)
父「ニコライ・アンドレーヴィチ・ボルコンスキィ」
息子「アンドレイ・ニコラーエヴィチ(ニコライの息子)・ボルコンスキィ」、
娘「マリヤ・ニオコラーエヴナ(ニコライの娘)・ボルコンスカヤ」
❖名前(洗礼名)には、愛称、省略形がある。
⇒リザヴェータは「リーザ」、ニコライは「ニコレンカ、ニコールシカ、コーリャ」、エフゲニーは「ジーニャ」など。
❖呼びかける場合。
「ニコライ・アンドレーヴィチ」と名前と父称で呼ぶのは、非常に丁寧な呼びかけ。
「ニコーレンカ、ニコールシカ、コーリャ」と愛称、名前の略で呼ぶのは、親しい間柄。
以外備忘録のためネタバレしていますのでご了承下さい。
【ベズウーホフ伯爵家】
❖ピエール・キリールイチ・ベズウーホフ伯爵:
二巻最後の方で「ピョートル・キリールイチ伯爵」と呼ばれていたので、ピョートルが本名、ピエールはフランス風自称名なんですね。
エレンとの結婚生活は全読者が想像したようにさっさと破滅へ。
妻の愛人(のうちの一人)ドーロホフと決闘をして、大方の予測に反して相手に瀕死の怪我を負わせるという怒れるマッチョっぷりを示すが、
妻エレンに「あなたのような夫の妻で愛人を持たない女なんて珍しい(”けど私は浮気してないわよ。それなのにまったくのでたらめを信じるなんてバカじゃないの?” と続く)」
「(愛人と噂されるドーロホフは)どこをどう見てもあなたより数段立派」
「私と別れるですって?財産をくださるならね」とまで言われて、財産の半分以上を妻に譲渡して家出。何やってんだ、でもこれがピエール(苦笑)
旅の途中でたまたま知り合ったフリーメーソンの老人を人生の師と仰ぎ、フリーメーソンへ入会。自己研鑽と社会貢献のために自分の領地改革に乗り出すが、成功したのは見かけだけで裏では役人の使い込みとさらに生活苦に追いやられた農奴たちがいることは見えていない。こんなところがピエール(苦笑)。
せっかくフリーメーソンでの立派な演説により尊敬を受けたというのに、意志が弱いとか享楽的な面が出てきてフラフラしてしまう癖から抜けられない。
そこへ社交界から「あの素晴らしいエレン夫人に恥をかかせるなんてひどい夫」とせっつかれて妻の元へ戻り、「聡明で美貌の公爵夫人の変わり者の夫」として社交界で生きていくことに。ほらやっぱりピエール f(^。^)
…とはいっても懐の大きさや視線の広さ、感受性の豊かさ、知識への探求心、そして毅然たる性根なども見せてくれます。
❖エレン:
ピエールの美貌の妻。読者とピエールが見るエレンは高慢で怠惰でふしだらで知恵は浅い姿。しかし社交界が見るエレンはは高貴で高い知識を持ち変わり者の虐げられる気の毒な妻であり社交界最高級の地位にいる女性という姿。
彼女のような人はきっと地下室に”ドリアン・グレイの肖像”を持っているに違いない。(ーー;)
【ボルコンスキィ公爵家】
❖アンドレイ・ニコラーエヴィチ・ボルコンスキィ公爵:
家族の元に、アンドレイ公爵が戦死したと誤報が入ったが、怪我を治して帰宅した。その晩妻のリーザは男児を産んで死ぬ。
父の田舎に籠り、ピエールが失敗した農地改革を成功させる。
言動が現実に即して、ただの机上のインテリではないですね。
そんなアンドレイが舞踏会で踊ったナターシャ・ロストフに対して新たな人生の輝きを見出し求婚、一年後の結婚を約束する。
人生や社会を陰あるものと見ていたアンドレイ公爵が識った光。ナターシャとの恋愛描写は美しい。
普段は斜に構えたアンドレイが、笑う時はとことん笑い、踊るときは踊りを楽しみ、明るく親しげな姿をみせる。
舞踏会の場面は映画(メル・ファーラーとヘプバーン)でも印象的だった。
しかし若い娘さんには、相手に会えない1年間は長すぎた。
そしてそんなナターシャの心情を理解できず、理解しようともしないところがアンドレイ公爵の特徴か。
もう少し柔らかくなれば人生楽なんだけどなあ、と思う。。
❖マリヤ・ニコラーエヴナ・ボルコンスカヤ:
突然ナターシャとの婚約を決めた兄と、ますます意固地になる父に挟まれ苦悩の日々。現世を捨てて神の愛だけに生きたいが、甥(アンドレイとリーザの息子)の養育と、父を見捨てられないという思いからそうもいかず忍耐と苦悩の日々。
❖ニコライ・アンドレーエヴィチ・ボルコンスキイ公爵:
アンドレイとマリアの父。一巻では「頑固で現政治社交界から煙たがられるが、尊敬もされる老人」だったはずなんだが、二巻では娘のマリヤをいびり萎縮させることが目的となり意固地と意地悪に磨きがかかって、現在なら「病院で認知症受診してきてくれ!」な老人となってきてるんだが…。
【ロストワ伯爵家】
❖ニコライ・イリーイチ・ロストフ伯爵:
戦争の途中休暇で家に帰ったらすっかり家族から大歓迎!事実上の許嫁もいるが、実家は破産の危機のため、持参金の多い娘との婚姻を望まれている。
実家を助ける孝行息子と期待されながら賭博で大負けしたり、狼狩に興奮したり…要するに若さであっちこっち寄り道中。
❖ナターシャ・ロストワ(ナターリア・イリイニーシナ・ロストワ公爵令嬢):
1巻で12歳の天真爛漫な少女は16歳の娘へ。自分を美しいと思わせてくれる男性のうっとりした目線や、輝かしい舞踏会に美しい若い娘としての輝きを存分に発揮する。
舞踏会ではアンドレイ公爵を夢中にさせ、自分も彼を愛していると一年後の結婚を約束する。
しかし精神的に自由奔放、世間は輝いていると思っている娘さんに一年間は長すぎた。
廃頽と淫行のアナトーリ・クラーギン伯爵(ピエールの妻のエレンの兄)の目線と口説きに眩み、アンドレイ公爵も、自分の家族も生活も名誉も、すべてを捨て駆け落ちしようとする。
すんでのところで阻止されたが、すべてを失ったと錯乱…しているあたりで二巻終わり。
❖ロストフ伯爵:
ニコライとナターシャの父。人が良さそうで頼られると嬉しい性質のようで、サロンを主宰するためや、子供たちのために膨大な借金は重なるばかり。
…というので同情していたら、「馬は50頭」「家族以外の食客20人」というので、これで破産の危機というのは現実の生活として理解できない(笑)。
❖ソーニャ:
父母を亡くしたためロストフ家に養われている親戚の娘さん。ナターシャとは親友。ニコライとは事実上の公認の仲のようだけど、若くてまだ道の定まらぬニコライと、破産寸前の我が家を救うためには金持ちの娘を嫁に!と願っているロストフ夫妻からはあまり歓迎されていない様子。
【クラーギン公爵家】
❖アナトーリ・ワシリーエフ・クラーギン公爵:
ワシーリイ公爵の次男、エレンの兄。この一家には放蕩の精神に流れているが、その父をして家から半追放されるというくらいの放蕩っぷり。エレンとは廃頽の精神で繋がっている。
莫大な散在、借金、秘密の結婚、そしてそれを隠してナターシャを誘惑し駆け落ち未遂。
まあナターシャの信じたとおりアナトーリからナターシャへの「愛」は本物でしょう。しかし本気だからこそ余計に性質が悪い。享楽的で一時的な恋愛のために、嘘を付き、相手の名誉を失墜させ、他者の人生を狂わせることが平気な「愛」なんだから。
怒りのピエールによりモスクワから追放される。
【他の人たち】
❖ボリス・ドルベツコイ
母からワシーリイ伯爵へ紹介してもらったコネを生かし順当に出世街道へ。昇格のために必要な情報、人脈を察知するのは登場人物でも長けてるほうか。
ナターシャの幼い恋の相手だったが、エレンのサロンで特別扱い受けたり(おそらく愛人?)結婚相手には資産家の嫁を探したり、結局資産家のジュリイ嬢と婚約へ至った。
ピエールはマリア(アンドレイの妹の)に彼との結婚を勧めるけど…結婚相手を出世の手段と思うボリスと大人し過ぎるマリアじゃ彼女に安定はないと思うんだが。
❖ドーロホフ:
ピエールやアナトーリの放蕩仲間だが、エレンと関係したことからピエールを激昂させる。決闘による怪我が治った後、アナトーリとナターシャの駆け落ちに一枚絡む。 -
Posted by ブクログ
子供の頃「小学館世界名作全集」で読んで知ったつもりでいる”名作”がたくさんあるんですが、やっぱりこれはいつかちゃんと読まなきゃいけないよなあと私の読書課題だったので取り掛かってみた。
まずはロシア人名について。
私はフィギュアスケートファンなのですが、スラブ系選手を本名でなく愛称で応援したり、本名が長ったらしかったり、兄妹なのに名字が微妙に違ってたりしてるので、ロシア人名についてとりあえずこのくらいの認識を持っている。
❖名前(洗礼名)には、愛称、省略形がある。
⇒リザヴェータは「リーザ」、ニコライは「ニコレンカ、ニコールシカ、コーリャ」、エフゲニーは「ジーニャ」など。
❖名前に男性形と女性形がある。
⇒名字の場合、(ボルコンスキィ家の場合)父と兄「ボルコンスキィ」、妹と妻「ボルコンスカヤ」
名前の場合、男性「アレキサンダー」、女性「アレキサンドラ」。男性「イリア」、女性「イリナ」など。
❖名前の中に父称(父親の名前)を入れる。
⇒(ボルコンスキィ家の場合)
父「ニコライ・アンドレーヴィチ・ボルコンスキィ」
息子「アンドレイ・ニコラーエヴィチ(ニコライの息子)・ボルコンスキィ」、
娘「マリヤ・ニオコラーエヴナ(ニコライの娘)・ボルコンスカヤ」
❖呼びかける場合。
「ニコライ・アンドレーヴィチ」と名前と父称で呼ぶのは、非常に丁寧な呼びかけ。
「ニコーレンカ、ニコールシカ、コーリャ」と愛称、名前の略で呼ぶのは、親しい間柄。
「ボルコンスキィ公爵」と呼ぶのは、一般的な呼びかけ。
トルストイが地の文章で「アンドレイ公爵」「アンドレイ・ニコラーヴィチ」「ボルコンスキイ公爵」(父に対しては「ボルコンスキイ老侯爵」)と色々呼び名を使ってるのですが、使い分け法則がよく分かりません。
では1巻。
ナポレオンがロシアに迫る19世紀帝政時代、ロシアの社交界で繰り広げられる人間模様から始まる。
当時の貴族たちは教養としてフランス語を会話に混ぜ、人脈とコネつくりの為のサロンやパーティが行わる。
放蕩息子たちは膨大な金を賭け合い、瀕死の資産家には権利のある人間たちが遺産をもらおうと群がり、若い男、娘たちは良い条件での昇格や縁談探しに余念がない。
そんな社交界を出て戦場へ向かう貴族たちもいる。貴族界に飽き飽きして、ロシア皇帝への崇拝のため、若い見聞のため、立身出世のため。
当時のロシアはフランスに絶大な影響を受け、また憧れをもっているようですね。
ロシア貴族社会ではフランス語は教養とされ、主要人物のピエールはロシア貴族(の庶子)だけど、ロシア名の”ピョートル”ではなくフランス名の”ピエール”。彼の妻もロシア名の「ヘレン」ではなくフランス風の「エレン」。エレンの実家のクラーギン公爵家はエレンの兄弟たちも「アナトーリ公爵、イッポリト公爵」とフランス風。
また、ボルコンスキイ公爵家にはフランス人のコンパニオン(令嬢の相手をする女性)がいるので、フランス風を家庭に持ち込むのは流行だったのか。
さらにナポレオンが攻めてくるというのにナポレオンに敬意を払うような男がいたり(女性からは反キリスト者!などと容赦ないけど)、フランスと戦争のため同盟を組んでいるロシア皇帝とオーストリア皇帝とが教養としてフランス語で挨拶したり、読みながらもどうもこの戦争に対する温度感が分からなかったのだけれど、油断していたら終盤で大敗走、大敗北で現実を突き付けられた。
【ベズウーホフ伯爵家】
❖ピエール・キリーロヴィチ・ベズウーホフ伯爵:
キーリル・ウラジーミロヴィチ・ベズウーホフ伯爵の庶子。
ベズウーホフ伯爵死去の際は遺産目当ての貴族たちが群がるが、ピエールがすべての財産を継ぐ。
フランス帰りで社交界に馴染めず、相手構わず自分の論議をまくし立て周りからはちょっと浮いた人扱い…なんだが膨大な財産を継いだことにより「高潔な人物」と称賛されるようになる。
ぼーっとしているうちにクラーギン公爵の娘エレンを愛していると思い込み外堀埋められ結婚。おそらく全読者が「その結婚うまくいかないよ」と想像したであろう新婚生活を始めた。
【ボルコンスキィ公爵家】
❖アンドレイ・ニコラーエヴィチ・ボルコンスキィ公爵:
社交界生活に嫌気がさし、出産間近の妻を残して戦場へ向かう。皮肉的厭世的な思想があるんだが、アンドレイ自身も社交界からは神経質でとっつきにくいと思われている。戦場では生き生きとした様子を取り戻しつつある…けどたまにイヤな奴の面も出てる。
❖リーザ(リザヴェータ・カルローブナ公爵夫人。若公爵夫人、小柄な公爵夫人、など):
アンドレイの妊娠中の妻。自分たちを置いて戦場に行く夫、夫の父の元に預けられる自身を嘆く。
❖マリヤ・ニコラーエヴナ・ボルコンスカヤ:
アンドレイの妹。頑固な父と田舎に住んでいる。醜い容貌だとかなんだとか書かれちゃっているんだが、純粋な心の持ち主。
❖ニコライ・アンドレーエヴィチ・ボルコンスキイ公爵:
アンドレイとマリヤの父。政治社交界に合わず田舎で貴族としての秩序を守った生活を送る。頑固で厳格で支配的な性格は家族を含めて周りから恐怖と畏敬の念を持たれている。
主要登場人物でボルコンスキィ家は公爵だが皇帝の親族にあたるのか。「皇帝陛下の遠縁にあたる、ちょっと怖くて煙たいけど正しいので遠巻きにされてるご隠居様」といったところか。
【ロストフ伯爵家】
❖ニコライ・イリーイチ・ロストフ伯爵:
貴族の若者だが前線に加わる。
❖ナターシャ・ロストワ(ナターリア・イリイニーシナ・ロストワ公爵令嬢):
ニコライの妹。1巻ではまだ12歳。天心爛漫な次女。
【クラーギン公爵家】
❖ワシーリイ・クラーギン公爵:
クラーギン公爵家は、登場人物の中では貴族の悪い面を具現化しているような家のよう。
ワシーリイ公爵はベズウーホフ伯爵の遺産争いに負けて、遺産を継いだピエールに近づき、娘のエレンと結婚させる。他に息子のイッポリトとアナトーリも資産の多い貴族の娘と結婚させようと画策中。
❖エレン・ワシーリエヴナ・クラーギナ:
ピエールの妻となる、クラーギン公爵の美貌の娘。貴族社会では財産や地位があると「心が美しい」と称賛されるようなんだが、彼女は美貌と資産にしては兄弟のアナトールと噂があったりあまり知的でなさそうだったり、褒められた性質ではないと思うんだけど、周りからは家柄と美貌の為にひたすら称賛され持ち上げられる。
…というか「自分の兄弟と噂のある女」とずるずる結婚するピエール、さすがにしっかりしようよ(--;)。
【実在の人】
❖ミハイル・イラリオーノヴィチ・クトゥーゾフ:
実在の帝政ロシア時代の軍人。
小説ではアンドレイの父の友人で、戦場でアンドレイが配下に着く。
むか~し映画も見ました。
ピエール:ヘンリー・フォンダ
アンドレイ:メル・ファーラー
ナターシャ:オードリー・ヘプバーン
さて、1巻終了時点でロシアはフランスに大敗、アンドレイは瀕死でフランス軍に保護され、ピエールは読者から見ればその結婚うまくいかないよと思われる生活を始めた。
まだまだ先は長いのでゆ~っくり読んでいきます。 -
Posted by ブクログ
4巻の長編だったけど、読み進めるほどどんどん面白くなった。またいつか読み返すだろう。
生き生きと描かれている。説得力のある心理描写や比喩が面白い。
それぞれの性格からはっきりと人生が分かれ、その人の個性と思考が露呈していく。
リョーヴィンの気持ちがその時あった出来事によってころころ移り、かわいい感じもする。素直と頑固。
義父のクラブの話で、ぶよぶよ卵というのを表現がおかしかった。
リョーヴィンは生きる意味とは何かと哲学的に考えようとしたりする。でも答えが出ない。そしてある時、知る。
リョーヴィンは生きる意味とは何なのかを知る。だからといって生活は今までと同じだ。だけど、知ったことでリョーヴィンは喜びを感じる。
アンナは自分が招いたことだけど、人のせいにして、自分のマイナス思考は被害妄想に近く、自分で自分を追い詰める。だからヴロンスキーなどが何か言っても全部アンナは気に入らないのだ。周囲が間違った考えを正そうとしても嫌がり、フォローしても疑ってかかる。つまり、周囲は全てはアンナのおっしゃる通りですよと否定なしに肯定のみ、愛を捧げなければならないのだ。周囲は間違っているし誤解を解きたいけど、それをするとアンナはまた被害妄想で怒るのだ。早く精神科に行くべき状態。
なぜそんなに追い詰められていくのか、その心理描写の移ろいがうまい。
それにしても、最後、了と文字があった時「あら!ここで終わりなんだ!」ってビックリした。
この小説でリョーヴィンの自分はいったい何なのかの考えを読んでて、私も「あぁ!なるほど!」と思った。そんな話は聞いたことがあるし、そう考えてる人には当たり前のことなんだろうけど、何だか実感したのは初めて。リョーヴィンがぱぁーっと喜んだように自分も同じ気持ちを共有した感じだった。
多分、リョーヴィンに好感がもてるからだと思う。
この小説は私の中でインパクトの強いものになった。
またいつか読み返そう! -
Posted by ブクログ
ネタバレナポレオンが統治するフランスvsロシアを背景に
若者たちがどう生きていくか、が描かれている…が
なにせ4巻中の1巻、起承転結の起、物語は始まったばかり。。
登場人物は多いけどとりあえず、ピエール・ベズウーホフ、
アンドレイ・ボルコンスキィ、ニコライ・ロストフ、ナターシャ・ロストワを
押さえておけばなんとか読み進められます
「真実を語ることはひじょうにむつかしいことで、若い人で
それができるものはきわめてまれである」(p561)とあるように
若者が人生の岐路に立ち、これから迷っていく、そのスタートラインの第1巻。
2巻も楽しみです。 -
Posted by ブクログ
読み切るのに随分時間がかかってしまった。読み始めると興味深いのに、つい睡魔に負けたり、本を開くのが億劫に感じたりして中々進まなかった。
ただ閑人たちの会話だけでも考えさせられる事は多い。
どの宗教を奉じている人でも、自分は完璧だとか、完成していると心の底から思う人はいないのではないだろうか。
そういうことは、日々のちょっとした邪な気持ちが芽生えたり、感情のコントロールができなかったりした時に自分の足りなさを強く感じるかもしれない。
短編の中でもみんな(信仰の)道の途中で、それぞれの尤もな理由で信仰生活の難しさを語っている。若者は勢いで走り、妻子のある者は『責任』を口にして二の足を踏む。齢を経た者は老いが自由を奪い、十分に動けずにいる。
本当に個々の言い分はとてもよく分かる。
若くして行動力がある若人でも果たして一つの労働力として即時に機能するがいいか、多くの知識を時間をかけて身につけ、後に多くの人に有益なものをもたらすのがいいか。また妻子ある者にしたら、自分が即座に生活を一変させたら、妻と子の生活に支障がでてくる。妻子の将来に責任を取るという事が大義と言われれば首を縦に振らざるを得ない。各々がそれぞれのしがらみ(それを人生というのかもしれないが)の中で生きていて、そうなるとユリウスは悩める人の最適な人物像かもしれない。
彼は数度、キリスト教に赴こうとするが、その度に有識な世俗人に諫言されて考えを180度変える。
人生の岐路で同じ人に3回も諭されるのも珍しいが、その医師が言うこともとてもよく分かる。パフィンリスが語ることも頷ける。キリスト教寄りの者ならそちらに傾きやすいが、この小説は中立な立場から、時には疑いの目をもった側からの言葉もしっかり披露する。
普通は耳に心地よい言葉ばかりを選び取るが、ユリウスを身代にする事で、読者が第三者的な立場から考えられるような演出が施されている。
話の内容も深かったが、こういった読者を踏まえた技巧にも感動した。
とはいえ、最終的な答えは出ない。
人は何時から信仰の道にどっぷり浸かるべきなのか、もしくはそうでないのか。
普通の生活と両立できるか否か。
自分はどうすれば幸福になれるか。
いやはや、難しい問題だ。