トルストイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ついにトルストイの最高傑作の一つで大作の『戦争と平和』を読み始めてしまった。最初、新潮文庫と岩波文庫のどちらで読むか迷ったが、登場人物の紹介や家系図、小説の途中で入る「コラム」のある岩波文庫の藤沼貴氏の訳の方を読んでみた。
結論的に言うと藤沼氏の新訳は非常に読みやすい訳で、注釈なども適度に入っており、かなり分かりやすかった。「コラム」が小説の筋を遮ってしまうというようなこともなく、当時のロシアの背景を分かりやすく解説してくれて、ロシア史の専門家以外の人には絶対に役に立つと思う。
さて、物語の方はというと、最初の100ページくらいは登場人物がやたら多く、話の筋をたどるのが非常にやっかいだった(何度、冒頭の家系図を見返したことかw)が、ナポレオン軍との戦争が始まってからは非常にスムーズ、かつ、のめり込むように読むことができた。
はっきり言って面白い。まだ1巻目で6巻まであるので、焦らずにじっくりと読んでいきたい。
同時代ロシアの文豪ドストエフスキーの小説が登場人物の心情風景をこれでもかというくらい詳細に描くのに比べると、トルストイの「戦争と平和」の文章は分かりやすく、登場人物の心情描写よりも、起こった事実を淡々と書く感じですね。 -
Posted by ブクログ
岩波文庫赤
トルストイ 「 イワンイリッチの死 」
死をテーマとした良書。哲学や宗教を用いずに 死の境地を表現。
一人の男性の人生を通して、生の自己満足→死の恐怖→死の喜びを 追体験できる凄い本。死顔の表現力に驚く
「アンナカレーニナ」は よくわからなかったが、これは面白い
「死とはなんだ〜恐怖はまるでなかった。なぜなら 死がなかったから〜死の代わりに光があった〜何という喜びだろう」
死顔
*在世の時より美しく、もっともらしかった
*その顔は 必要なことはしてしまった、しかも立派にしてのけた とでもいうような表情
*この表情には 生きている者への非難、注意が感じられた
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Posted by ブクログ
ネタバレ人生論というよりも、トルストイ個人の視点から「生命」というものを分析した論文のような文章です。
生命を構成する分子、更にもっと細かい物質まで科学によって研究を重ねていけば生命を理解できるというのは誤った視点であるという問題提起から始まります。
そもそもその分子レベルでの研究を重ねっていく目的自体はなんなのか?今、我々にある苦悩や幸福は本当にその科学的な分析で明らかになるものなのか?今自分にある「生命」とは本当にそんなものによるものなのか?
という問いかけが常になされます。
そこから人間の中に存在する「動物的個我」と、「理性」についての説明や対比を述べ、いち個体の幸福の追求、つまり「動物的個我」の幸福の追求は不幸の拡大にしかならず、生命、つまり「理性」としての幸福の追求こそが人間の生命であるという結論に至ります。
これはキリスト教でいう愛であり、他の宗教でも言葉を変えて語られていることでもあります。
かなり難しい文章であり、読むのに苦労しましたがもし今後自分が苦しむような事があればこのトルストイ君の言葉を思い出せると思います。
読むのに本当に体力が要りました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレイワン・イリイチの死について
判事のイワン・イリイチは、職務として自分に関係する人物には丁寧で慇懃に接する一方、職務上の関係がなくなると同時に、他のあらゆる関係を絶っていた。すなわち、職務上のことをきっぱりと切り離して自分の実人生と混同しない性格であった。その性格ゆえ、家族との関係に優先して、社交的であることを大切にし、体裁を保つことを考えていた。
ある時、わき腹が苦しく、正体不明の病気になった彼は、その性格から同僚には強がり、家族からは相手にされず、孤独感と死との恐怖に怯える日々を過ごしていた。酷く衰弱していた彼の慰めとなったのは、嘘を決してつかない性格で、イワンが虚栄心を張らずに心を許せる台所番のゲラーシムだけとなった。
痛みに苦しむイワンは、死の直前、ひとつの光(自分にとっては、死の恐怖が消えたこと、家族にとっては、自分が死ぬことでつらい目から解放されること?)を見ながら息をひきとるのであった。
人間にとって普遍的な死について、実在の裁判官の死をきっかけに構想した、後期トルストイの代表的な中編小説である。
裁判という形式を重んじる舞台で強者としての権力を行使していた彼が、弱者になった途端、医者(強者)のいつも変わらない形式ばった自己満足のような診断に憤りを感じるという皮肉が描かれている。また、共同体に属する社会的個人として、将来を約束された有望なイワンが、孤独でもう戻ることのできない死という絶望に苦しむという対比が見事に描かれており、そういう点で、主人公はこのような性格・境遇でなければならなかったといえよう。
また、うわべの嘘が憎いこと(116頁)、死ぬ理由を知りたいと願うこと(127頁)は、社会的弱者となったイワンが判事という論理的思考が要求される職務に矜持を持って取り組んで来た彼の性格ゆえに思った本心なのであろう。
全体を通じて、①「人間の死」について、②「社会的強者と弱者の関係」について見事に描いている作品であると考えられる。
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Posted by ブクログ
この時代の原初キリスト教の世界観は真理を説いていると思う。人間は動物的本能の為に我欲にとらわれ翻弄する存在であると同時に理性をも持ち合わせている。人間は理性により自我をコントロールし、他者を愛することができる。つまり、理性を使わなければ人間たりえない。今の世界は暴力に満ちている。
俗世からユリウスが神の道に入り、兄弟達の為に労苦する生活の後、最後の一文に『肉体の死が訪れたのも知らなかった』とありました。
つまり、神の道とは完全なる愛であり、自身の死の自覚すら眼中にない程他人の幸せに奉仕することにのみ喜びを感じることだと言うことがわかりました。私はこの資本主義の国に住み、子ども達に義務教育を受けさせ、他人と競い、上を目指して繁栄することが目標のように生きている。そして民主主義は暴力への道であることも言い過ぎではないと思う。果たして自分でも自分の住んでいる世界を本意とは思わないが、その中で如何に偽善ではなく神の道に近づくことが出来るだろうか。欲望を神が人間に与えたのは争いではなく愛のためにある事を忘れてはいけない。自分の懐が満たされてから他人に余りものを施してはいけない。自分自身の死すら忘れてしまうほどまず他人に尽くすことができればこの三次元で楽園が出現するのだろう。この最後の一文は『イワンイリッチの死』に通じるところがある。自分の私欲に駆られていると死は拒絶すべき敵であるが、生き甲斐が自分以外に向いてしまったらその瞬間から死は無くなる。人間が進化したら永遠に生きる存在になると言われていた意味がここではっきりとわかりました。宗教に属さなくてもそれは可能だと思う。
個人が何を信じるかにかかっている。
世の中を変えるのは大統領でもなく法律でもない、ひとりひとりの意識ひとつではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
大迫力、3000ページ!いや、たぶんそれ以上。読み切ったというだけで達成感がある。
トルストイは本当に人間を描くのが上手い。内面描写に頼りすぎず、ちょっとした動作や外見を描くことで人物像を立ち上がらせる。「こんな人いるいる!」と思ったことはしばしば。
戦争のエピソードと恋のエピソードがあるが、両方とも読みごたえがある。私は戦争に関する筋のほうをより興味深く読んだ。
後半に行くとトルストイの思想がかなり直接的に描かれるようになり、この辺は好き嫌いが分かれるかもしれない。私はトルストイの主張は好きである。地に足がついた思想であるという印象を受け、きっと現実の荒波で長いこと揉まれてこうなったのだなあと思わされる。