東山彰良のレビュー一覧
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暑かった。わけわからなかった。半分くらい音楽の話で、でもオトコ臭い仲間の話で、悲惨な病気に救いもなくて羨ましくなんかちっともないのに、だのに止まんなかった。
‥と、文章までこう変わってしまうような、圧倒的なリズムと勢いがすごい。
ストーリーとしては逃亡作法やさようなら、ギャングランドの方が、物語としては面白いと思う。でも、なぜなんだろう、手が止まらなかった。
東山節にもしかしたら、がっつり捕まってしまったのかもしれない。
「愛を売りものにすれば、売りものじゃない愛はみすぼらしく目に映る。売れない愛は、価値のない愛だと思うようになる。自分にとっても、相手にとっても。愛に値段がつく。その値段で愛の深さが決まる」
面倒で暑苦しくてひねくれていてかわいげなくてめちゃくちゃで、到底愛せないけれどどうしても目を離せない誰かのキモチが、そこにある。ちっとも感情移入できないのに、なぜだか目が離せない。
あたしの中にこのマインドが巣食っているとは思えない。でも、だからって、このみじめさをけなすだけの、その傲岸さもやっぱりあたしには、ないみたい。 -
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40代も半ばを過ぎた頃から、突如ランニングにハマりました。気分転換、ストレス解消、心身の健康のために自分のペースで続けています。
走ることに飽きやマンネリが来ているわけではないのですが、走りに行きたくなるような本(How toものでなく)が読みたいなぁと探していたところ、この本にたどり着きました。
アンソロジー形式の作品集を読むのは初めて。
1冊でバリエーション豊かな作風に触れることができ、自分の好みに合う・合わないが分かるのがおもしろかった。
個人的に刺さった作品をいくつか。
『パン、買ってこい』
ちょっと歪んだ使命感から「パシリ道」を極めた高校生のランと精神の成長物語。
爽やかなラストシーンが印象的。
『飛田姉妹の話』
人間が翼を手に入れ、空を飛ぶようになった未来のお話。
ヒトの脚は見る影もなく、すっかり退化してしまった。そんな時代にも自分の脚で走ることの意味や価値を見出そうとする。
『リスタート』
ブラックな職場と不摂生からメタボになり、体の不調に悩まされていたサラリーマンが健康指導をきっかけに一念発起する物語。
「精神的偏食」という言葉が印象的。 -
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やっと読み切った!!!
久しぶりの大作を読んだ気がしました。多分ミステリ。おじいさんを殺したのは誰なのか?最後にわかるのですが、常にチラつく。。。忘れた頃にチラリと顔を覗かせる。
中国語の名前がわんさか出てくるのですが、
なかなか馴染めなくて、何度もアンチョコを見返す始末。
でも、だんだんと物語にのめり込んでいくに従って名前が馴染んでくるのがわかりました。
島国育ちなので、大陸や台湾の環境がわからない中でも、エネルギーあふれる文章に圧倒されました。
最後の最後で、ああ、、、だからこうなんだ、と、答え合わせした時、えーーーー????と驚くこともあり。
また読むなら、通勤時間ではなく一気に読み切る勢いで読みたい。
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Posted by ブクログ
吉田修一さんの『路』を読んで、台湾繋がりでの再読。しかしながら、ほとんど記憶はない状態。
主人公は台湾の高校生、葉秋生。
ある日、祖父の葉尊麟が何者かに殺される。
大好きな祖父の死。そこから彼の人生が急転する。
お金に目が眩み替え玉で受験をのぞんだ所それが見つかり進学校を退学。不良校に編入。大学受験を目指すが失敗して陸軍軍官学校に入学。
時代は1970年〜80年。
まだ中国共産党と国民党の争いの記憶が強く残っている時代。物語は祖父の犯人の真相から抗日戦争がテーマではあるが、個人的には当時の台湾の人々の生活、若者の姿の方が心に焼き付いた。
AFNラジオ、コックリさんなど日本でも流行っていた物もあり、とても懐かしい感じがした。
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ネタバレ『猿を焼く』イチゴ農家になるという両親の思い付きで、熊本の田舎に連れてこられた中学三年生が出会ったのは、一人、大人びた目をした少女、ユナ。全寮制の高校に進学することで、田舎を一抜けした彼は、堕ちていくユナの姿に、自分の無力さを知る。切ない。
『イッツ・プリティ・ニューヨーク』中二で転校した学校で出会った亀山亀は、イジめられていることにも無頓着、ザ・ゴーイングマイウェイな男。前科者の父親と狂った母親、アバズレのお姉さんと暮らしているそいつへの苛立ちと、そのお姉さんへのほのかな恋心。第一志望になれなかった彼は、数十年後の再会で、亀山亀のことを理解する。見下していた男が、自分とは違う世界を見ていたこと、それが認められたことで、自分の矮小さに、気づいたのかな。ほろ苦い味わいが残る。
『恋は鳩のように』同性婚が認められた、記念的な日から始まる。「地下室」と呼ばれる詩人と、その同性の恋人と、その恋人の浮気相手(同性)と、そして何年も前から地下室の愛を欲している異性。それらの愛の駆け引き。
『無垢と無情』街にゾンビが溢れ、外出もままならない中、オンラインでつながる人たち。感染した両親と兄妹を締め出し、殺した主人公。生きている意味を、何に見出せばいいのか。オンライン上の相手の生を望むことは、愛ゆえか、それとも自分の生を肯定したいからなのか。極限下で、愛は生まれるのか。
『CRYING』マチアプで女漁りをする主人公。そのせいで、命が脅かされる事件があり、一切足を洗う。守るべきものは、妻なのだ。が、その妻の浮気を目撃し、再開する。
『CRYING』ではマタイによる福音書からの引用「あたながたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう」が、話の根にある。「ぜんぜんしょっぱくない塩もやっぱり塩って言えるのかな」と問う少女。「しょっぱいものが欲しいときにはしょっぱいものを求めればいいし、癒されたいときは癒してくれるものを求めればいい」という主人公。本質がどうであれ、構わないのか。フィッツジェラルドの引用「自分が壊れたという認識は、受けた打撃と同時にもたらされるのではなく、猶予期間を置いて後日やってくる」もかっこよかった。