朝井リョウのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ「あんたもさ、子どもができたって言われてから今まで、うれしいって本気で思った一秒くらい、あったでしょ?すぐ別の気持ちに呑み込まれたのかもしれないけどさ、でも、その一秒だって誠実のうちだと思うよ」
「っていうか、いきなり百パーなんて無理じゃん!誠実への一歩目も、誠実のうちに入れてあげてよ〜」
何者で出てきたキャラクターやその周りの人たちの過去とそれからの話、といえどれも単体でも十分楽しめる短編集だった。
この作品を通して朝井リョウ先生の、どこにでもいる人の、日常の中で人に話せない、伝えにくいけど本人にとっては無視できない感情を掬い取るのが本当にうまいなあと思った。
・中高生が気軽に口に出す夢(軽い展望で本人は本当に叶うとは思ってない)の話しと誰にも話せない本気の夢
・他の人たちが交際相手や結婚相手、子供を作っていくことの過程の中で努力したり決意をしていく中で何もしてこなかった人の劣等感
・仕事が与えられた途端、あたかもその仕事の人でとして存在していたかのように振る舞うに見えてしまう様子を誠実と思えなくなり、苦しむ新卒一年目
タイトルが前作のもののセルフオマージュだったから内容としては結構ライトかなと思っていたけど想像以上に人物の心理面でディープだったので、何者 よりこっちの方が好きかも。
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Posted by ブクログ
やっぱり言語化力が優れすぎている。自分がうっすら思ってたと思われることが明確な言葉にされていて、言語化されたことで本当は違う可能性もあるのに、自分は元々そう考えていたって思っちゃう。そういうレベルの言語化の高さだった。
以下は、はっとした文章
できないことができるようになっていくなんて、もちろんワクワクする。世の中はどんどん便利になっていくし、目標の達成に費やす時間や手間だって大幅に省ける。だけど、だからといって、これは意味がないから、これは無駄だから、とあらゆるものを削ぎ落としていったら、そこに残るのは、誰にとっても必要なもの、誰にとっても意味があること、それだけだ。たったそれだけを身に付けた私たちは、確かにあらゆることが無駄なく遂行できるようになっているかもしれないけれど、きっと、心も体も同じ形をしている。 そうなると、重なり合ったところで、何の発見も、影響も、与え合うことができない。自分自身では引き起こせない感情の揺らぎに、出会うことができない。
たとえ自分が正しいと思っていても、その正しさを押し付けられる相手の気持ちを想像し、反射的に投げつけかけた言葉を再構築する。自分ではない誰かと共に暮らすとは、そういうことの繰り返しだ。
確かに、合理性によって省かれる人間的なものはいっぱいあるかもしれないけど、その代わりに、これまでになかった新しいものに、人間的な何かが宿る。そうやって巡ってきたんだよ、今までも。私たちだってその一部でしかない」
「自分じゃない誰かのことを理解したいって思ったり、理解しようといろんなことしてみたり、失敗したり、そのうえでやっぱりすごく好きだって思ったり、相手からもそう思われてることがわかってどうしようもなく嬉しくなったり、愛しくて尊くてたまらなくなってむしろ嫌いになりそうなことが起きたり、心には触れられないからせめて体に触れたくなったり、どうしても理解できないことはそのまま遠くから眺めるしかなかったり……そういう部分はやっぱりどうしたって合理化できないし、どこかのプロセスを省いたりとかもできないんだよ。失敗しまくるんだけど、改善方法もないの。ぶつかるしかないの、これからどうなるかわからないことに、ぶつかっていくしかないの」
「誰でも何でもできるようになったら、皆同じになっちゃうから。ままならないことがあるから、皆別々の人間でいられるんだもん」
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Posted by ブクログ
ネタバレあらすじによると、「【何者】に潜む謎が今明かされる」とのこと。謎なんて潜んでいたっけ? と思いながらページをめくったけど、確かに『何様』を読んだあとは『何者』に厚みが増す気がした。
明かされる謎というのは、第一話は「なぜ光太郎は出版社ばかり受けているのか」。『何者』でも言及されていたけど、そのエピソードに肉付けがされている。爽やかで心洗われるよう。ただ、翻訳家になりたいならアメリカより国内の文学部に行ったほうが早いよなとは思う。
第二話は、「なぜ理香たちは付き合って間もないのにルームシェアをしているのか」。まさかルームシェアから始まった付き合いだったとは。『何者』から際立っていた里香の不器用さ、プライドの高さ、潔癖さなどが本作でさらに際立つ。これがいちばんアナザーストーリーっぽい。
第三話の謎ははっきりしないけど、あえて言えば「あの頼もしいサワ先輩は結局どこに就職したのか」だろうか。しっかりした鉄道会社に就職している。理系だから技術職だろうか。
第四話もはっきりしないけど、「烏丸ギンジは新興の劇団、いや激団を続けられるのか」だろうか。ちなみに雑誌の表記は「劇団」となっていた。10年経って多少丸くなったのだろうか。ただ、ギンジ本人は今作でも直接の登場はしない。まるで「桐島」みたいだ。
第五話は「瑞月のお母さんは心が弱いというけど、それは具体的にどういうことなのか。瑞月が就職先を考え直さなければいけないというなら、夫は何をしていたのか」だろうか。この話、いわゆるまっとうな人生を続けている自分には刺さった。
第六話はフィーチャーする登場人物はいないけど、就活を終えた新社会人には身につまされる話だと思う。スーツ着て、仕事ごっこをしているような自分は何様なのか、という疑問は誰しも頭の隅によぎったことがあると思う。そんな疑問にひとつの答えを差し出してくれる、優しい話。 -
匿名
ネタバレ 購入済み刺さる側と分かっていながらも
かなり最悪な読後感だった。
でも、かなりおもしろかった。
昔ドルオタもしていたし、今もライブに行きやすくなるために上京して、私物グッズ入りガチャに6万使って、推しの音楽や言葉を勝手に人生の救済にしている時点で、自分の中に“信徒性”があること自体は前から自覚していた。
ライブ後に「神」と何度言ったかわからないし、作品や言葉を拡大解釈して、勝手に巨大な感情を抱いてしまう感覚も覚えがある。
ただ一方で、“推し”という言葉を安易に使いたくない気持ちもずっとあった。(現時点でドルオタではないから)
周りから見れば十分推し活をしている側なのに、「ただの消費や疑似恋愛とは違う」という意識でどこか斜に構えていたし、その“自分は少し違う側だと思いたがる感じ”も含めてかなり厄介だなと思った。
序盤では骨格診断やMBTIみたいな、令和の若者にとって身近な話題もかなり多く出てきて、「現代」を詰め込んだ空気感がすごかった。
身近に見る言葉や価値観だからこそ読みやすくておもしろい反面、「こういう要素を入れると若者は読み進めやすい」という作者の意図を少し感じて、若干冷めた部分もあった。
ただ、読み進めるほど単なる“令和あるある小説”ではなくなっていく。
人が何かを信仰し、共同体に救われ、依存し、選民意識を持ち、それでも孤独なまま生きていく話としてどんどん複雑化していって、自然と考えさせられた。
あと個人的にかなり考えさせられたのが、“楽しかった”だけでライブを終われなくなった感覚。
彼の音楽を聴くと確実に心を掴まれるし、好きか嫌いかで言えば比較するに値したいくらいに純粋に好き。
でもその一方で、自分の時間やお金や生活を削ってライブへ行っている感覚もずっとあって、手放しに「楽しかった!」だけでは終われない瞬間がここ数年かなり増えた。
ステージ側は「いつでもここにいるから」と言ってくれる。
でも、実際に消費されているのはこちら側でもある、という感覚もどこかにあった。
その曖昧な違和感をかなり言語化されていて苦しかったし、同時に「自分はまだマシな方なのかもしれない」と安心したくなる感覚まで含めて、かなりこの作品の“信徒”そのものだった気もする。
「疑似恋愛」「プロデューサー」「アナリスト」「学級委員長」「信徒」みたいに、同じオタクでも依存や執着の向きが細かく分けて描かれていて、解像度が異様に高い。
オタクにとってのホラー小説だった笑
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Posted by ブクログ
非常に面白かったです!!!
短編集であり、全7話で構成されています。面白かったポイントは3つあります。
1つ目は全て同じ高校かつ時間軸も同じ卒業式を舞台にしている点。7人の少女たちの視点でそれぞれの想いを抱えた状態で卒業を描いており、1つ前, 2つ前に出てきた内容が次の短編小説で登場してくることが多々あり読み進めていくのが楽しかったです。
2つ目は7人の少女たちの視点で同じ卒業式を描いていること。複数人が同時に迎えるイベントである「卒業式」をそれぞれの思いや立場で経験しており、色んな感情を味わうことができました。そして、自分の高校の時の卒業式でも他の人たちは色んなエピソードや思い出があるのかなと思いました!
3つ目は朝井リョウ先生の短編集の順番や文章、各短編集の表紙のイラストの意味に気づけたとき、面白い!と思いました。
7つの短編集の順番は意図が込められていたり、文章の中でたびたび出てくる内容は伏線になっていたりと朝井リョウ先生が色々考えたことに気づけながら読めたのが非常に面白かったです。
これからも朝井リョウ先生の本を読み続けます。
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購入済み
推し活も宗教もアクティビズも。
推しができた人、推しを失った人、推しを運営する側の人の三人が絡み合いそうで絡まない話。人はどういうときに推しにハマり、失うとどうなるのか?同じ推しの話でも『推し、燃ゆ』が個と推しとの関係の話なのに対し、こっちは社会全体の話だ。
「メガチャーチ」とは、週末の礼拝への出席者が2,000人を超える超巨大プロテスタント教会のこと。礼拝と言っても『牧師様のありがたい説教を厳かに聞く』というような多くの人にとって退屈と感じるイベントではなく、もっとエンターテイメント性あふれたイベントを行っている。
例えば、プロの奏者によるオーケストラ演奏であったり、ロックバンドのライブだったり。巨大なコンサートホールで、優れた映像・音響設備を駆使し、ド派手な演出を行う。そのため、高い動員力と集金力を持ち得ている。
そうなるとできることが増える。教会によってはこれまで行ってきた食料配布をドライブスルー形式にして効率化したり、オンラインで礼拝を配信して参加のハードルを下げたりと、活動の幅を広げ、多角的に人を集めていけるようになっているのだ。
そうして、裾野を広くすることで、熱狂的な信者が生まれる土壌を作る、というわけだ。
推し活もメガチャーチと同じ構造だというのがタイトル。
推し活も、宗教も、アクティビズムも参加人数が違うだけの話で、「生きる意味を考える」ということや「精神的な充足感を得る」という目的でみると本質は同じだな、と思った。