朝井リョウのレビュー一覧
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送り手側も受け手側も多様化していくなかで、そこに単純な優劣や上下はなく、結局はポジショニングなのだと思う。需要と供給のあいだで、そのときたまたまパズルのピースが噛み合うものが選ばれていく。言われてみれば、その通りである。
ただ、いざ送り手側の立場に立つと、そう簡単には割り切れない。
「どうしてあんな粗悪なものを売っているんだ」と思うこともあれば、逆に「どうしてあそこまで真面目にやっているんだろう。そんなに丁寧にやっていたら採算が合わないだろう」と感じることもある。実際に受け手がどう受け取っているかを十分に考えないまま、つい他の送り手と比較してしまう。
さらに、ある程度その世界を深く知るようになれば、受け手の認知や感情を意図的に誘導するような施策も見えてくるだろう。それを送り手の立場から見て、「自分にはこれはできない」「これは許せない」と感じることもあると思う。
けれど、最終的に価値が生まれるのは、送り手同士の評価ではなく、送り手と受け手とのあいだなのだ。
もちろん、その姿勢自体にも一つの正解があるわけではない。売上を最大化することを第一にする人もいれば、自分が本当に届けたい相手に、正しく届くことを何より大切にする人もいる。そのどちらが上という話でもない。
だからこそ、送り手として大切なのは、周囲の環境や評価軸が変わっても、自分が何を大切にしているのかを見失わないことなのだと思う。
もちろん、その信念自体は変わっていってもいい。ただ、他人を貶めたり否定したりすることで自分を正当化するのではなく、「自分はこういう矜持で、これを届けています」と自信を持って言えるものをつくる。
そんな視点を、私自身も持っていたいと思った。 -
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ネタバレ「探偵よむーく、薦めたい」
の、フェア中に購入した1冊✩.*˚
大好きな、世にも奇妙な物語に似ている
タイトルなので、購入しました✩.*˚
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読んでみて思ったのは、
本当に世にも奇妙な物語みたいな、
奇妙なお話だなと思った。
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最後はゾッとする話が多かったけど、
今の社会で問題になっている事柄も入っていて、
確かにな。と考えさせられるものも多かった。
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特に、「立て!金次郎」「13.5文字しか集中して読めな」は、自分がされて嫌なことはしない。
自分がしたことは自分に返ってくる。
といった教訓も含まれているのかなと感じた。
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最後の「名脇役バトルロワイヤル」は、
登場人物の名前を見た時に、あっ!っとなり、
とても楽しく読めました✩.*˚ -
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ネタバレ
大学生時代に監督として撮影した動画が、映画祭でグランプリをとった絋と尚吾。絋は「美しい映像を撮ること」、尚吾は「上質な作品を創り上げること」を信念とし、2人は対照的な進路に進む。
有名な監督の元で監督補佐として働き始めた尚吾は、質の高い作品を作るために細部へのこだわりを追求する。同じ信念を持つチームで働くことを誇りにも思う一方で、YouTubeや動画配信などの別のプラットフォームの事ははなから否定的に捉える。しかし、世の中の可処分時間は新たなプラットフォームに奪われてゆき、所属する映画制作チームの資金状況も危うくなってゆく。
一方の絋は、学生時代の動画撮影の縁から、ボクシングジムのYouTubeチャンネルの動画撮影を任されることになった。投稿した動画はバズを生み、やがて尚吾が憧れていた映画雑誌にも取り上げられる。しかしながら、マネタイズを目的とする運営側と絋の撮りたい動画制作の方向が合わなくなり、やがて別の映像制作会社へと転職する。
そんな別々の道に進んだ2人が1年後に再開し、進むべき方向性や、本質的な価値に向き合う物語。
この作品を読みながら、クリエイティブはプロダクトアウトとマーケットイン、どちらの世界が正しいのだろうかという問題提起に感じた。尚吾のいる世界はまさしくプロダクトアウト。質の高い作品を作り上げることに全神経を注ぐ。しかしながら世の中の多くは、視聴に2時間かかる質の高い作品を求めていない。隙間時間に手軽に作品を楽しみたい。映画館でしか見れない作品より、無料でいつでも見れるYouTubeに時間を使う。尚吾はYouTubeのクオリティの低さを否定するが、そもそも世間はクオリティーを求めていないのかもしれない。
一方絋のいるプロダクトアウトの世界は、とにかく再生数を稼ぐコンテンツを大量生産することが最重要。こだわりを持って時間をかけて作り込むことを世間は求めていないため、とにかく作品を量産する。質の良し悪しより、どれだけ再生されるかが全て。世間を騙すような表現があっても、話題化されればそれで良い。絋は、クリエイターとして映像の質を追求できない世界に葛藤する。
ビジネスの観点では、絋のいる世界の方が、時代のニーズに合わせて柔軟に変化できていると言えるだろう。しかしながら、無数のコンテンツがただただ消化されながらバズっては消える世界に、寂しさも感じる。
作品の途中で、尚吾と同じ鐘ヶ江監督の元で働く浅沼が語ったセリフが印象的だった。「鐘ヶ江の作品を好きになったのは、答えではなく問いをくれるから。いいことを言っているから好きになるのではなく、観終わった後に、自分にとっての大切なものはなんだろう?と言った問いが頭に残る。今の時代の生き方はこれ、みたいな答えを言いたがる人が多いけど、鐘ヶ江作品は問いをくれる。自分で考えたい」。このセリフは、私が朝井リョウを好きな理由と同じだった。
近年のショート動画は、数秒で理解できるようなわかりやすいコンテンツが多い。その影響か、地上波で流れるコンテンツでも、セリフが説明くさくなってきている。だからこそ、朝井リョウの作品のように、読みながら自己投影して、同じようなシチュエーションを自分に置き換えながら考えさせられることが多い。
最終的にこの物語も、スッキリ答えを出して締めくくるというよりは、問いを残して終わる。
ビジネス視点の追求と、自分の信念の追求。きっと、どちらも正解であり、白黒つけずグレーをどう生きていけるかが大切なのだろう。自分の信念と違うものを頭ごなしに否定するのではなく、理解はできなくても「その人の視点から見たらそういう考え方もある」と受け入れていく。自分にとっては価値がないと思うことでも、相手にとっては全く違う価値がある。高いか安いかは相手が決めること。そんなふうに考えることで、多様な価値観が溢れるこの時代をうまく生きていけるのかもしれないと考えさせられた。 -
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ネタバレ浅井リョウさん、今年度(2026年)の本屋大賞受賞されましたね~。私は、ノミネートされて結局2位だった?熟柿を読んでいて、とっても良かったのですが、もちろんインザ・メガ・チャーチも読むつもりです!
で、こちらは少し前の作品で文庫になっていて、友だちからおススメされたのでので読みました!
まず、タイトルがいいよね。私も、どうしても生きてるって感じが日々してるし。
6つの短編が入っているのですが、どれも良かったです。
1つ目「健やかな論理」
「・・・だから、○○に違いない」「~~な人が、自殺なんてするわけがない」などの、健やかな論理に反感をもっている女性のストーリー。人から見たら、何の問題もなく健やかに生きていて、悩みなんてなさそうでも、人って、突然死にたくなったりすることもあるやん。衝動的に飛び降りてしまう、とか考えられる。
2つ目「流転」
ストーリーテリングを考える自分と、漫画を描く友達とコンビを組んで、本気で漫画を作り続けた主人公。しかし実際にはそんなに世の中は甘くなく、新人賞を1つとったところから、伸び悩む二人。主人公は、恋人が妊娠したことでその道をあきらめ、就職した。相方は絵を描き続け、最近になってイラストレーターとして知名度が上がってきた。夢をあきらめるきっかけは、恋人の妊娠だったが、その胎児は生まれることなく、流産してしまう。そして就職先も傾いていく…。一緒に苦労して仕事をしてきた、信頼できる同僚から、一緒に独立することをもちかけられ、今度こそ、信じた道を進もう!と思うが、独立の話もまた、うまくいかず、同僚を裏切る結果になってしまう。人生って、なんて、大変なんだろう…。夢を追い続ければいい、あきらめなければ夢はかなう、なんて、その通りなんだけど、でも…。
3つ目「七分二十四秒目へ」
派遣社員・パートと、正社員の格差の現実を描いた物語。大手企業の中で、派遣社員として働く主人公は、一緒に働く同じく非正規雇用の人たちと、入れ替わったりしていくわけだが、正社員の人が異動や退職の際に盛大に送別会などを催される一方で、自分たちは契約が切れて辞めていくときも見えてない人みたいな扱いをされる。その哀しみを、同僚と共有もしないし、次はどこで働く、なんてことも話さない。ただ、口では「本当になんのためにもならない、バカな男たちがアップしているバカな内容の動画」とバカにしているYouTubeを七分二十三秒見て、次に進もうとしている…。
4つ目「風が吹いたとて」
夫と子ども二人がいて、クリーニング会社でパートで働く主婦の物語。夫は会社で順調に出世し、正しく生きてきたが、正しく生きることが正しいとは言えない。正しく生きようとするがために、苦しくなる人生…。
5つ目「そんなの痛いに決まってる」
キャリアアップを重ねる、子どものいないカップルの物語。夫側の目線で描かれているのだが、妻が順調にキャリアアップし、キラキラしているのに気づきつつ、自分の仕事の成長に陰りが見え始め、勝手にコンプレックスを抱いて妻に勃起しなくなってしまう、っていう、身もふたもない展開なのだが、なかなかシュールで良かった。夫婦関係のどうにもならなさが、深い。
6つ目「籤」
2分の1の確率で女に生まれた主人公。演劇が好きで、今は立派な劇場のホールスタッフの責任者として生き生きと働いているわけだが、中学生のころに母親が突然死し、そこからは苦労しながら自分の人生を築いてきた。
妊娠してから、なぜか、母がいないのに自分はちゃんと子供を産んで育てられるのか、という不安にさいなまれるようになる。そんなとき、夫から、出生前診断を受けよう、安心材料として、と持ちかけられる。
なかなか重いテーマだ。
結果、80パーセント?とかの確立で、染色体異常…みたいな結果を突き付けられる。そこで見せる、夫の弱さ。ハズレ籤をひいたことのない男。
この物語は、生まれてくる子供に本当に障害があったかどうかは書かれていないのだが、私としては、障害児を育てる自信がないからおろしてくれ、と夫に頼まれるけど、それを拒絶して出産した結果、子どもは健常児で、夫はほっとして喜ぶけどもう手遅れ、君の人としての信頼は完全に失われたよ?っていう展開がいいな、と思ったけど、やっぱりそこまで書かないのがいいんだろうな。そこまで書く小説家が凡人なのだろう。 -
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どことは言いませんが、治ってなかったのか…
治ってない方がおもしろいけど、人間の良心的には治ることを祈願していたのに…涙
どこの科とは言いませんが、オシャレな服を着たイケメンの若い作家が、病院でドーナツ型の椅子が並んでいるのを見て呆然としている描写もとても良かったです。
朝井リョウさんは、本当にうまいなあとたくさん笑いながら思いました。例えば腹立つ時に「地獄に堕ちろ」と言えば普通ですけど、「うるせえなクソ野郎どもまとめて派手にくたばりやがれ」と表現すると、あたかも北斗の拳的な痛い目な想像ができちゃうのです。「まとめて派手に」って、絶対浮かばないなあ…
次は3冊目。読むのが楽しみです。
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昔の朝井リョウさんは、一つの出来事を、複数の登場人物の視点で描くというのが印象的だったように感じる。「桐島、部活やめるってよ」や「星やどりの声」、「世界地図の下書き」など。複数の視点で描かれるから、より解像度が高められたり、ある人物にとっては大事なことが、他の人物にはそうではない、といったことを読ませてくれる、そこが朝井リョウさんの魅力だと感じていた。
「武道館」では、基本的に「日高愛子」という一人のアイドルの視点で物語が進められていく。幼い頃から、歌って踊ることが好きだった愛子が、アイドルグループNEXT YOUの一員として活動する姿が描かれる。
現実のアイドル界隈と同じで、恋愛禁止、炎上、特典商法、握手会といったワードが出てきて、アイドルとは一体なんなのか?と考えさせる。 -
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朝井リョウらしさ全開の小説だと思った。生きづらさの描写がとても上手い。
自分は「生きがい」というものを普段あまり意識していないし、生きづらさにも鈍感なほうだと思う。それでも朝井リョウの作品を読むと、普段は無自覚でいることを否応なく意識させられ、自分の立場まで危うくされるような感覚がある。だからこそ、朝井リョウの小説は面白い。
本作で特に印象に残ったのは、智也自身も「生きがいなんてなくてもいい」と考えているようでいて、実際には「雄介を止めること」を自分の生きがいにしてしまっているところだ。相手を否定することで、自分の存在意義を作ってしまう。この構造こそが本作の核心であり、これを軸に一つの小説に仕立て上げた朝井リョウは、まさに天才だと思う。
本作品は「対立」というテーマで描かれているが、現代の生きづらさは、対立そのものよりも、他者との比較から生まれるものなのではないかと思った。
そもそも「自分らしさ」というものも、他者と比較して初めて自覚できるものなのではないだろうか。
SNSが普及したことで、身近な人だけでなく、本来ならば分断され、知ることのなかった人たちの生活まで簡単に覗けるようになった。その結果、私たちは必要以上に自分を他人と比較するようになったと思う。
さらに今は、価値観そのものが一気に多様化している。仕事、恋愛、結婚、家族、お金、趣味など、「こう生きるべき」という一つの物差しではなく、さまざまな物差しが存在するようになった。
一見すると自由になったようにも思える。しかし、物差しの種類が増えたことで、かえって自分がどの物差しで自分を測ればいいのか分からなくなっているのではないか。
他人と比較するための基準は無数にあるのに、どの物差しも自分を測るには曖昧で、自分がどこに立っているのか分からなくなる。
これが、私が考える現代の「生きづらさ」なのかもしれない。
朝井リョウの作品は、普段なら考えもしないことを考えさせてくれる。そして、一度考えてしまうと、以前と同じ場所には戻れないような感覚がある。だから、朝井リョウの小説は面白い。 -
Posted by ブクログ
YouTubeが当たり前にあり、ショート動画が好まれる世の中。
どんな人でも動画を作り、発信できる世の中。
だけど、受け取る側の受け心は変わっていない。
丁寧に作られた作品と、目の前のバズりを意識した作品。それぞれを良しとする2人が、それぞれの場所で作品を作り、心の動きを経て、また再会する流れが、ドラマチックでした。
この本が刊行された当時は、YouTubeは今ほど普及していなかったように感じますが、今読んでもとてもしっくりくる作品。
むしろ今こそ、作品とは何なのか、主に受け手側である我々がどのような気持ちで、どんな作品を受け取るべきなのかを、考えさせられる作品でした。 -
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テーマがすごく「今」っぽい作品だった。
誰もが発信できて、再生回数や数字で評価が可視化される時代。「質が高い」とは何なのか。「本物」とは何なのか。過去の権威は拡散力が乏しく人の心に残らず、しかし手軽に手が届くものは見る人から見れば「足りない」けど「本物」のように評価される。
丁寧に作られたもの、多くの人に届くもの、評価されるもの――いったい何を物差しにすればいいのかが、ずっと問いかけられているように感じた。
特に印象に残ったのが、祖父の「よかて思うものは自分で選べ。どうせぜーんぶ変わっていくと。」という言葉。絶対的な物差しを探し続けても、その基準自体が時代とともに変わっていく。だから最後は、自分が良いと思うものを自分で選ぶしかないのかもしれない。
終盤で「食事」を通してこのテーマが語られるのも良かった。映画や動画だけではなく、私たちが普段何気なくしている「これは良い」「これは本物」という判断にも同じ問いが潜んでいるように思えた。
最後まで明確な答えが示されないので、読み終わった直後はモヤモヤした。でも、もしかするとその「答えが出ない感じ」そのものが、この作品の答えなのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
好きな人に、本交換で貸してもらった。読むのに1ヶ月半くらいかかった。しかし、読んでる時間はとても充実して、学生の頃の少年ジャンプを見てる気持ちになった。
私が好きな作品は朝井リョウさんの「キトヴィオラの今」、小川哲さんの「落ち着いて」、一穂ミチさんの「おやすみなさい、小羊ちゃん」、三浦透子んの「悪と友達」だった。
読んで1ヶ月前のものもあって忘れていたものもあったが好きな作品は、人の視点によって悪が変わる印象も持った気がする。いろんな人の悪の作品を見たが悪があれば、必ず正しさも現れる。受け手側は悪と感じてるが、行った人は正しいと思ってることもあり、人の感情って面白いなと思った。 -
Posted by ブクログ
読み終わった後にしばらくボーっと考えてしまった。
本編も良かったが、最後のオードリー若林さんの解説が響いた。
地味には地味の戦い方がある。というところや、本気の一秒を守る為だったら本気じゃない仕事も本気でやる。(そんな不誠実も誠実のうちだ)というところ。
自分が社会に出る前は大したことをしていなくても「大多数の人と同じになりたくない」みたいな感情があって、どこか人と差をつけて自分を表すタグみたいなものを集めるのに必死だった。(社会人歴3年目以内も同様)
今思ったらなんであの時あんなに悩んでいたんだろう、と思うほど現状に満足できない感があったけど、いまそれほどでもないのはどんどん尖っている部分が削られていったからなのか?転職もして自分のプライドが守られる範囲になんとか落ち着いたから?
劇的に何かが変わったわけではないけれど、役職とかで「仕事なんてみんな役割でしかないんだ」と感じるようになったからかも。
自分が仕事に対して思い入れがあるわけでもないし、自分がその役割を持つに値する何かがあるわけでもない。組織の都合の中で働いていると「なんのためにやっているのか疑問があってもそういうもん。自分じゃなくてもできるけどそういうもん。とりあえず役割だから」というのは何者かになりたかった時代から色々と削られた結果なんだろうか、と思っていた。