朝井リョウのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
めちゃめちゃ面白かった。視点が天才!?
同性愛者だがそうであることを隠し続け、世界と一線引いて生きる主人公の生殖器目線でかかれた本。
多様性は便利な言葉だが、幼少期は性的多様性は認められておらず徐々に認められる空気が出来上がってきた過渡期を過ごした性的マイノリティーからすると、一番ムカつくのは異性愛者が無意識に持っている特権意識。世界は異性愛者(マジョリティー)中心に回っていて、次世代個体を作ることができない同性愛者を生産性がないなどと非難する者もいる。そんな人たちに統治される社会に発展する気も起きず、誰かのためではなく自分のために生きる。しかしそれって凄く難しくて、経済的自立を図りながら時間 -
Posted by ブクログ
時流的に感想を書くと嫌な気持ちにさせる人が出そうでいやだなーと思った作品です。
性は苦手です。歳の割にタブー視しているところがあり、心に秘するものという感覚が強いです。
多様性というのは性に直結する項目が多いです。
そういうデリケートな部分を衆目に晒す行為を私は好みません。マイノリティは静かにしてろという意味では決してなく、性的なものは大声で言わなくていい事柄なんじゃないか?と思うから好まないわけです。
これは私が性に潔癖な癖だからかもしれません。
そういう理由から多様性を口に出して弁論を振りかざす人が、私は好きになれません。
個々を尊重するのは不可侵の不干渉地帯を広げることこそ重要だと思 -
Posted by ブクログ
『イン・ザ・メガチャーチ』、信頼できない語り手、オールナイトニッポン0、と進んで、今『時をかけるゆとり』を読み終わったところ。朝井リョウにハマりすぎている自分が怖い。
本作、大学生のときに書かれたということだが、にわかには信じがたい。崇高なことを言ってみようとか、ナナメの視点を提供しようとか、あるいは思い切りウケを狙おうとかいう大学生らしい上滑り感がほとんどなく、ちゃんとお金をもらって書いたプロの文章として完成している。しかも本作執筆時直後に戦後最年少で直木賞を受賞しているというのに、ちっとも浮つかず、最初から最後まで尻の話で一貫している。ただ達観しているけれども、学生らしいキャピキャピ感や -
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「三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四である」この一節を読みたくて手に取った本。常に多数派であることは立派なマイノリティである。正しくありたい「正欲」を「性欲」という観点から、主に3つの話を軸に話は進んでいく。多様性が叫ばれる昨今、それでもまだまだ視野狭窄なんじゃない?と問われているようだったし、実際そうなんだと思う。自分の思う正しさが正しいかどうか、他の人が何を正しいとしているのか、確固たる信念が、読み終わると同時に無くなってしまう、でもその分許容がぐっと広がるそんなお話。だから読む前の自分には戻れない、なんて謳い文句がこの本の背表紙には書かれているんだろうな。読んだことのない人がいたら是
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Posted by ブクログ
ゆとり3部作の1作目。
朝井リョウさんの大学生活を主とした自伝エッセイです。
あー面白かった笑
読みながら、何度も声に出して笑っていたので、旦那と子供達から生暖かい目で見られました。
まず書き出しから笑ってしまう、
「私はお腹が弱い。」
この題名が“便意に司られる”笑
浮かんだのは、つい最近見た本屋大賞の授賞式。
この時朝井氏は大丈夫だったんだろうか…と考えてしまいました。
他に美容師との対決や、お母さんの話、黒タイツのおじさんの話、東京から京都まで自転車で走った話、脱出ゲームに参加した話など、面白かったです。
これの前に、“正欲”を読んでいたので、いやギャップよ…
なんというか言葉の -
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ネタバレ多様性とはなにか。というものを問われた作品でした。
TVなどで言われる多様性はLGBTQや国籍だったり目に見える部分を言われており、性的志向や価値観など目に見えない部分はあまり言われていないイメージです。
この小説は目に見えない部分の多様性に重きを置いて話が進むので興味深かったです。
人間ひとりひとり違うので色んな考えがあるし、何が好きも違うと思うけど、全部が全部分かり合えたらいいけど、分かり合えないこともあるし、それは各々の考えだから仕方がない。でも仕方ないからっていじめだったり犯罪だったり、誰かの人生に手を出してしまうのも良くないなと思うし。
八重子と諸星の最後のやり取りは好きだっ -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分の感じている違和感が言語化された本だった。
世の中のいう「多様化」除外された人たちが巡り合う必然的でそれでも運命といえる物語。
冒頭では幼い少年たちを狙う犯罪者たちの記事が書かれている。
彼らの巡り合わせは偶然で、それぞれを取り巻く環境について、読者は後の「犯罪者」という視線で、でも「普通」のありふれている人間を見る。
しかし彼らが性欲という激情を抱く対象は「普通」ではなかった。
それ故に多様性を唱える社会から弾き出される者たちには、近づく者も離れる者も多様な人間が周りにはいた。
多様性を固辞する人間も奨励する人間も「普通」になれない人間を排斥している。それがありありと表現されている。