あらすじ
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(解説・東畑開人)
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朝井リョウ節全開
この作品について感想を書くこと自体が浅ましいとすら思うほどに心まで響きました。
登場人物の心情描写、言語化能力、小説としての構造どれもが素晴らしいです。
まさしく読む前の自分には戻れない一作です。
Posted by ブクログ
最初は何が始まるんだろうというわくわく感。
途中までは不登校で困ってる親父。何か生きづらさを感じている女の子、男性の目線が苦手な女の子…
欲望に関しての話が続いて、異常性癖に関することが話題に上がる。不登校の男の子たちが受けたリクエストの中に、まともそうに見えて本当はそいつの欲を満たすためだけのリクエストだった。水攻めが好きな人、拘束されているのが好きな人…
社会的に多数派にいる人は、多数派であることを確認しながら不安を持ちながらも生きてる。少数派はまず認めてもらえることがないから確認する作業もなく、常に一人。
主に水に欲を感じる人を中心にして話が進んだが、
本来は「無敵の人」とされる人。その人は他者に対して心を開けないから、いつだって死に対して怖いものはない。だってこの世にあふれてるものは死にたくないというゴールに帰結するから。
多数派にいる人は異物を排除することで、自分を安心させる材料にしてる。
自分が見ていた景色は多様性という言葉を使って見えないようにしてる、理解できないものを無意識に排除しているような気がして、申し訳なさを感じた。
Posted by ブクログ
「性的マイノリティの生きづらさ」を描いた作品……と思って読み進めると、もっと深くて恐ろしい構造にゾクッとさせられる。
作中で描かれる「アクアフィリア(水フェチ)」の人たちは、誰にも理解されない絶望的な孤独を抱えている。 だけど一方で、外からは「カメラや風景が好きな人」に見えるから、誰にも害を与えず、日常の中で堂々と欲求を満たせる自由度も持っている。
逆に、性的マジョリティ側はどうだろう? 自分たちが作ったコンプライアンスや「健全さ」という規制に縛られて、異性へのごく普通の欲求すら表に出せず、身動きが取れなくなっていないか。
そして印象的だったのは、検事である寺井の「どんな立場であれ、法という一線を越えたらアウト」という正論。 自分の部屋で楽しむ分には罪にならない。けれど、一線を越えれば社会から罰せられる。
だからこそ終盤、矢田部の危険さを見抜けず、加害の意図などなかった佐々木や大也たちが、外側の勝手な解釈で一括りに逮捕されていく展開には、理不尽で胸が締め付けられるような無念さが残る。
何が正常で、何が異常なのか。 「まともな岸」と「マイノリティ」を分ける境界線がいかに曖昧で、都合よく作られた幻影なのかを突きつけられた感覚。
語り合いたくなる一冊でした。
Posted by ブクログ
テーマは多様性だけど、正しさについて向き合うきっかけになった本。
この本には多分、明確な答えがない。なので、読み進めているとかなりモヤモヤします。
けれどもモヤモヤする分、ただ文字列を追うだけでなく、自分の中にある価値観について問い直すことができました。
視点が移り変わりながら物語が進んでいくので、視野も広くしながら読めます。
この本から得られるものはきっと多いです。おすすめです!
Posted by ブクログ
多様性。全ての人を包み込むような言葉だと思ってたけど、結局は多数派の人間の想像できる範囲のものでしかないと思い知らされた。
終盤、八重子と大也のやりとりが印象的。欲に関することではないが、どちらかといえば少数派の自分は大也に感情移入したため、八重子の綺麗事のように聞こえる言葉には正直苛立った。と同時に前向きに生きようと行動を起こす八重子に心動かされるものもあった。
「そうやって不幸でいるほうが、楽なんだよ」
何も分かってない相手に言われるのは内心腹立たしいが、とても刺さる言葉。
結局、救われるには人と手を取り合うしかないのかも。マジョリティ側の人間であっても自分の正しさを押し付ける啓喜のようにならないように気をつけよ。
Posted by ブクログ
う、うわ〜〜‼️‼️‼️
どうすればいいんだ〜〜‼️‼️‼️
本書を読んだあとも、解説を読んだ後も、ちっともスッキリせず、己の疲弊しきったボロボロになった心をまじまじと見せつけられているような感覚が取れない。なんとももどかしい、言葉にしたいのに言葉にしたくない。
正解を探し求め、誰も傷つかないようにすればするほど雁字搦めになり、あちらが立てばこちらが立たずを繰り返す。
だから常に、自分がどんなに正しいと信じていても、
半分正しくて半分間違っていることを覚悟して私は生きて行きたい。
Posted by ブクログ
こんなにも惹き込まれる本に出会えて嬉しい。複雑な話ならではで、解説にもあった通り安易に感想や意見を述べることが全て間違いのように思えてしまう。でも本当にフィクションとは思えないリアルさで、考えさせられる本でした。
朝井リョウさん凄いんだなということで、エッセイ含め色々読んでみようと思います。
ちなみに映画を観たら幻滅してしまった。
Posted by ブクログ
自分が寝る前に小説を読む習慣ができるきっかけになった初めの小説。
自分と同じようなこと考えてる人がいたんやって思ってなんか泣けてきた。
自分と似てる人もどこかにはいてる気がする、もしいてたら自分もその人の幸せを願うと思うと思った。
Posted by ブクログ
他者を完全に理解した"つもり"になることが、誰かを傷つけてしまうことに繋がるのだと感じた。もう多様性なんて言葉は軽々しく使えないようになってしまった。
Posted by ブクログ
どの正欲に属している人の言葉も虐げられてはいけないと思ったし、私の持つ正欲とは違うけれども、刺さる部分が多かったし、こんなに正欲について考えたことは無かったので、読んで良かった本。
全ての人が繋がり合える世界が1番良いのかもしれないが、そんなことはどう考えても不可能で、もちろん全てを理解することも不可能。どんな言葉で語るにも自分のエゴが出るので、こんなにも感想が言いにくい本は無い。
先に映画を見ていたけれど、小説も読んで良かったです。
Posted by ブクログ
煙草がやめられた作品。年末年始、昼から飲んでて夜中にこの本を1人起きて読んでた。そしたらなんかタバコなんて吸ってる場合じゃないなって思えた。13年吸ったタバコがやめられた。8ヶ月続いてます。煙草辞めたい人はどうぞ。
Posted by ブクログ
面白い。
まず文章。思考が澄み切っていて論理的に整理されていて気持ち良い。
そして自分が思っている当たり前は当たり前じゃない、そんな簡単なことは案外身近にあるのかもしれないと思った。
「正解と思える唯一の依り所が〝多数派でいる〟ということの矛盾。」「〝多数派にずっと立ち続ける〟ことは立派な少数派である」まともって不安なんだという思考回路もすごい。
物事を多方面からゆっくり考えるきっかけをくれた本!
Posted by ブクログ
本著は、世間が安直に使う「多様性」という言葉の綺麗事を鋭く暴いている。
冒頭で著者が提示する「俗に言う『多様性』ってマイノリティの中のマジョリティだけが認められているだけ」「『多様性』は話者が想像しうる“自分と違う”にしか向けられない言葉」という主張。
これが物語終盤、マイノリティの中のマイノリティという立場に置かれたキャラクターのセリフを通して突きつけられる瞬間が爽快でお気に入り。
「性欲」と「正欲」は違う。人間はどこまで行っても自身の正しさを押し付け合う、つまり「正欲」をぶつけ合う生き物なのだと思う。
昨今のアイドルの熱愛に対する様々な意見の対立を見ても、まさにその構図だ。
批判する側も擁護する側も、誰もが自分の正義を追い求めて主張し合った結果、大きな炎上が生まれている。
これこそが、朝井リョウが『正欲』を通して提示した、逃れられない人間の業なのだろう。
Posted by ブクログ
他人とは性的対象が違うことから世の中に生きづらさを抱えながら生きる人達を複数の視点から描いた作品。作中の「多様性という言葉は便利で使っていて心地よいが、あくまで使用している人が想像し得る範疇での多様性で、そこから外れるものについては非難される」という旨の記載についてはハッとさせられるところがあった。
人の感情は誰にも操れないし、あってはいけない感情なんてない。何に性的欲求を感じるかも自由だし、それに対し気持ち悪いと思う感情も自由。そのため正しい欲というのは結論を出すことは難しく、ひとりひとりが考え続ける必要があるテーマだと思う。
読めば読むほど正欲がわからない
違う世界線の人たちが読み進めていくうちに交じり合い、夢中で読み進めた。
多様性から外れる人たち…
この本を読むまでいかに自分の考える多様性が狭いものだったか思い知らされる。
読み終わっても多様性とは?正欲とは?わからない。もやもやが残る。
そのもやもやこそが正しい理解なのかもしれない。
最後の解説がこのもやもやを上手に言語化してくれてとてもよかった。
朝井リョウさんの書く文章が好きで新作が出る度に買っていますが、この作品は1位2位を争うくらいに好きです。LGBTQという言葉が世の中に知れ渡ってきた昨今、言葉を知っていると言うだけで本当の意味では理解出来ていないのでは?と考えさせられる作品でした。
SNSで話題になっていたので読んでみた。
それぞれの人にとっての正欲とはなにか、考えさせられる。
多様性とは何か、についても。
もう時間空きすぎてほぼ忘れてるからまた読みたい。
多様性という言葉は、魔法のように全てを見通すことのできる美しい言葉ではない。けして交わることができない他者がすぐ隣にいるという絶望を突きつけるための、恐ろしい言葉だ。
Posted by ブクログ
たくさんの人に読んで欲しくなった。
自分を、他人を、どう思うか。
どう接するか。
ずっと考えてしまいそう。
水に性的興奮を覚えてしまう人同士が、偽装結婚をする話。
お互いへの恋愛感情はないけれど、大切に思いあっている様がよかった
正しさについて
自分の中で正しいと思っていたことが
周りから見てそうではないこともある。
過去の自分と重なる部分があり時間を忘れて読んでいました。
多様性という名の暴力
普通の家庭を営んでる自分でも、あまり大っぴらにできない性的(嗜好)志向があったりする。
それは、家族に話しても理解されないし、たまに酒の席で漏らしても奇異の目で見られるだけだったりする。
世の中には、そういうモヤモヤを抱え続けて生きてる人も少なく無いんだと思う。
そういう人からは、そんな目新しい内容ではないのだけど、わかりやすいルートを辿ってきた人たちからしたら新鮮なんだろうな…と(と、書いてる自分も久々に★5をつけているのだけども)
近年、多様性のもとに、市民権を得てきた様々なマイノリティの人
それは、歓迎すべき事なんだろうけど、どこかで疑問を抱き続けてきた自分にとって、朝井リョウさんの本作は答えの1つになると思う。
ただ、本書で描かれるマイノリティの人は、そこまで唾棄すべきものではないと思うが、〇〇のようなものに性的興奮を覚える人もいるんだなぁ…というのは驚いた。まぁ、木の枝に興奮する人もいるし、世の中には想像もつかない人も沢山いるのは知っているのだけど。
分かりやすい例でいえば、小児性愛。たとえば近親相姦。
これを多様性と認めるか、それとも唾棄すべき性癖として嫌悪するか。
これらには否定される理由がある。それも理解した上で、創作物を楽しんでいる人たちを安全な場所から叩く人はどうなのか。
これは良し、これはダメと、多様性という言葉に条件をつけている現在に一石を投じてくれた本書は良い問題提起をしてくれたと思う。
本作を通じて、自身の考えてる多様性を、一人一人が真剣に向き合うキッカケになっているのは喜ばしいし、多くの人に考えてほしいテーマだと思う。
多様性の外側にある多様性を知る
他者を理解するって本当に難しいことですね…
多様性に含まれる多様性の中でしか生きて来なかったのだと思い知らされました
他者を知る知見を広げるために全人類に読んでほしい……
夏月の最後の言葉大好きです。
Posted by ブクログ
思ったことをバラバラに残す。
いつか整理できるときにする。
「多様性を認めない」っていう多様性は認められないのだろうかと思うことはあった。しかし、もっと深い多様性について考えさせられる本だった。
そもそも「多様性を認める」という言葉も当たり前に自分たちはその他を認める側、正しい側、マジョリティ側という視点からの言葉で気持ち悪い。ただでさえ言葉の数の分しか気持ちを表現出来ないのに、無数の感情が有限の言葉にされて、「同じだね」「仲間だね」「一緒だね」って、本当はみんな少しずつ違うのに、少しずつのズレを擦り寄って擦り寄って一緒みたいに言って、そうやって自分はマジョリティだからそうじゃないマイノリティも認めてあげますって、安全なところから自分に危険を及ぼさないマイノリティまでは助けてあげますって、気持ち悪い。でも、この私の感情も私の「正欲」でダメ。
多くのことにイライラする人の方が、多くのことに傷つく人の方が、人に優しくできる。これは、気付ける人にしか優しく出来ないから。そう思えてたのに、「多様性」という言葉で守れるのは気付ける多様性だけだなんて気づかなかった。冷房の効いた塾で、私は寒くないがもしかしたら寒いと思っている人もいるかもしれないという気づいた多様性(生徒)に「寒くない?大丈夫?」と声をかけていたが、暑いと思ってるかもしれない気づけなかった多様性には配慮できていなかった。きっとこれからは私と同じ、私と反対は気づけると思う。しかし、きっとこれからも私の想像も及ばない多様性には気づけないんだと思う。その多様性がどんなものか教えて貰えなくても、私と違うこと、私の反対とも違うことには気づいてできる配慮をしてあげたいと感じた。今無意識に「配慮してあげたい」なんて言葉を使った私は、無意識に正しい側に立っていて施す側だと思っていると気付かされた。
「正欲」という正しくあろうとする欲が人間にあると今まで思ったことがなかったが、意識してみるとかなり強い欲としてあることに気づいた。8/24-28のインターン参加中にこの本を読破したが、インターン参加者が焦るように周りに無理して話しかけて、話題を振って、大袈裟に笑って、仲間を作って自分が変じゃないこと、正しいことを確かめる姿を見た。そうした目で周りを見てしまったせいで、「私は私で、私だけで正しいと思えてるから、焦って無理に話したりはしないから、」って斜に構えた態度を取ってしまった。昼休みにひとりで小説を読む不思議くんに見えていたかもしれない。なのに本当はお喋りだからグループワークとか話しかけてもらったりとかしたらよく喋る変わった奴だったと思う。
朝井リョウの作品を初めて読んだというかそもそも小説自体が2冊目だけど、1人の人物とその周りという話がいくつかあって繋がっていくのは面白かった。朝井リョウって本当に1人の人間なのか疑いたくなるくらい本物らしい人格の登場人物が沢山出てきてすごかった。
Posted by ブクログ
どうせ言ってもわかってもらえないという気持ちよくわかる。誰にでもそういった経験はあるのではないのだろうか。それを誰かと共感できたとき、人は安心に繋がって行くのだと思う。それがいい事もあれば時には悪いことにも繋がっていくからこそ難しい。自分にとっては正しくても相手にとったらどうなのかと考え出したらキリがない。多様性とはどういうことなのか考えれば考えるほどわからなくなる。
Posted by ブクログ
自分が想像できる多様性だけ礼賛して
秩序整えた気になって
そりゃ気持ちいいよな
つよ、朝井リョウの言葉つよ。
でもめっちゃ引き込まれる
Posted by ブクログ
感想、難しい。
本作品の性欲のマイノリティ、マジョリティ、それを通じて正しさや異常さを判断しあぶり出すことで、現代の息苦しさを感じる。
多くの人はその感情を表に出すことはないけど、それはその人を形作るものの一つ。
Posted by ブクログ
生まれ育った環境だとか、多様性とは異なることでも
ずっと相談できる人もなく自分が生きてる意味が見出せないこともある。
そんな人にも響く本でした。
多様性は大切だけど…繋がる方法だって多様なんだなととても考えさせられました。
Posted by ブクログ
初めての朝井リョウさんでした。
文体が軽やかで読みやすい。一つのシーンを周りの音や環境とともに表現しているので凝縮した場の雰囲気が伝わってくる。臨場感たっぷり。言葉のやり取りも多くそれぞれのキャラクターの内的感情と社会的な発言の差や葛藤が面白い。
テーマは「多様性」「性的指向」など、ここ数年のホットな話題。TikTokでとあるクリエイターが多様性を考えすぎて多様性にしばられてると批判されているのを見たことがあるが、今言われている「多様性」には何かしらの正解があって、何が正解かわからない違和感をうっすら感じてはいたのでそれを扱ってくれた作品だなと思う。
元々はいわゆるLGBTの人も受け入れられなかった時代もあったわけで、いつかの未来には「水が好きな人もいるよねぇー」くらいの感覚になったりするのかな?
最後の書評の心理士さんがフロイトの考えをもとに正欲の考察をしていて、面白かったです。
Posted by ブクログ
1つの児童ポルノ所持事件にかかわった人間たちの群像劇。
自分はこの小説をコンビニ人間の後に読んだので特に思ったことがあって、異常者(一般的な感性を持ち合わせることのできない人間)が世間一般の腹を割った雑談に対してどれだけ息苦しさを抱えているかというところの葛藤が共通していた。
正欲では特に夏月のパートがかなりコンビニ人間を彷彿とさせた。
一般人同士は弱みを見せあうことで腹を割れるんだろうけど、異常者はそれらを隠さないといけない。決して相いれないのをわかっているから。
とはいえ大なり小なり誰しもが自分の中に異常性っていうのは自覚して持っていると思う。登場人物はあたかも異常な存在として描かれているけど過剰な脚色をされているだけでつまるところ我々が日ごろのコミュニケーションで感じている違和感がわかりやすく表現されていたんだなと思った。
検事の視点でパブロフの犬の原理で後天的に異常性癖に目覚めていることが示唆されているところがある。 異常性癖の種は実はそこらに転がっていて、いつ自分たちも同じ立場になるかわからない。大事なのは、車と一緒で事故らないように乗りこなすこと。ただしそれは難しいことも理解して生きていかないといけない。他人の性癖だの家族構成だのそういうのにヅケヅケ踏み入らない社会でありたいと思わされる一冊だった。
Posted by ブクログ
良かった。
冒頭の記事と寺井家・夏月・八重子の章できっと誰でも抱えている「少数派は色々と辛い部分あるよね」、と共感させておいてからの夏月の性癖を開示するシーン。
ずるいよね読者自身の立場を少数派側に引き寄せるように共感させておきながら「お前たちも多数派の視点で今読み取っていたよね」と叩きつける構成。
投げやりな共感や励ましの言葉を向けてきた人と同じ立場に読者を置く話の流れは読んでいて爽快だった。
夏月たちと同じように、少数派のさらに少数派の人はこれ読んでどう感じたんだろうか。
中間くらいまで読み進めると、冒頭の記事で判明している佳道たちの結末にどんどん舵が切られていき読み進めるたびに救いを...救いを...と願いながらページをめくり続けていた。
夏月と八重子の存在が佳道と大也にとっての繋がりになりますように。
Posted by ブクログ
多様性ってなんなんだろうな…
ある人の正義は、ある人の悪だし、それが本当の意味で混じり合い、理解されることは絶対にないんだろうな。
確実に読む前の自分には戻れなくなる一冊。
Posted by ブクログ
「正欲」とはなにか。を考えるきっかけになった。
社会で生きるにおいて1番楽な生き方、マジョリティを大事に生きてきた。
「多様性」という言葉が蔓延るようになった現代で自分では考えもつかないような考えを排他的に思うのも、または理解しようとすることもすべてはこの社会に生きるための「正欲」だと。
社会が良しとしてないことはダメと常識的に思っていた。自分の本能で求めていたとしても無意識的に止めていた部分ももしかしたらあるのかもしれない。自分の「正欲」は一体なんだろうと考えさせられた。
マイノリティな考えも理解することが「偉い」と思っていた。しかしこれは、根底から理解するという意味ではなく、理解するという行動に対して褒められたことだと思ってのことだ。
「正欲」について考えれば考えるほど、分からなくなるがこの世界に生まれてから死ぬまで連れ添ってくれる信念に近いのだろうか。
恐らく正欲とは1人の人間でも複数持っているものだと考える。私はこれまで自分の考えを一貫してきた自覚はないしこれから先もいろいろな情報や環境、出合いによって複雑になって形成され続けていくんだろう。
これを自覚し、生きていく、解説にあった「正熟」になれることを願い、自分の中の「正欲」と向き合って行くんだろう、いや向き合って行かなければならない。
色々と考えさせられた。
Posted by ブクログ
「多様性」という言葉で一つの方向に促す現代社会、「正しい欲」とは何かを問う作品。
作者の主張や問題意識はよく分かるが、登場人物たちに共感できないのは所謂社会的なマジョリティというラベルで生活しているせいなのだろうか。
色々考えさせられる作品ではあった。
Posted by ブクログ
朝井リョウの本初読み。この人ってこんな思想なんだってシンプルに思った。朝井リョウってこの物語に大して関係ないかなって思ってる人をお前も当事者だぞってブスッとナイフで刺してくる言葉の鋭さがあってちょいちょい痛かった。
田吉(佐々木の上司)の取り調べの一人喋り、全体的に気持ち悪かったけど最後の"そんなの私の考えることじゃないでしょうよ"って一言が鳥肌が立った。
終わり方が不完全燃焼。これで終わり?って言いたくなった。これも私の正欲なのか。
Posted by ブクログ
難しかった、結局マイノリティ側は社会から排除されてしまうのかな
多様性を認めようとしても、マイノリティの人たちが繋がって、社会から自分たちを守るために固まることはできても、それを理解して受け入れてもらうことは現実的に不可能なのかな、対話によってそれは可能?それともそれは幻想?でも法律が絡んできたらそれは不可能。そもそも個人がどんな性癖を持っていようが法に触れるものはだめ、そこには目的は関係ない。実際あの時は子供の写真が写っていたから逮捕されたけど、写っていなくても、社会的に佐々木や諸橋は排除されてた?
何が正しいか正しくないかは、法律に基づいた判断はできるけど、人それぞれの考え方に基づいた判断はできないんだなと思った。
価値観は人それぞれで、それを理解しようとする気持ちは大切だけど、その根幹は理解できない。理解したつもりで、理解されたつもり同士の関係性ができていれば話は別だけど、、
3大欲求のうちの1つの性欲が、人と違くて、それを周りに知られたら拒絶されるって分かって塞ぎ込んでしまうほどの、自殺まで考えてしまうほどの社会からの拒絶を感じてしまうことと、その感情を味わいながら生き続けてきた今までの生活を思うと心が苦しい、そういう人もいるのかな、、
Posted by ブクログ
タイトルの漢字が「性欲」ではなく「正欲」であることに疑問を感じなから読み始めましたが、
読後「ああ、そういうことか」と。
序盤はどの主人公達も表には出さないが、内心すかして人をちょっと小馬鹿にしてる感じがあり、あまりいい気持ちでは読み進められませんでした。本人視点で物語を見ているのにこの感情移入のできなささはなんだろうと。
ですがだんだん読み進めていくうちに、「ああ私も所詮マジョリティの場所にいるからなんだ」と気づきました。
私この本を手に取る前から、いろんなフェチがある現代で、そのフェチに行き着くまでにどういう経緯があって、それを好きになったのかという"過程"にすごく興味がありました。何かきっかけがあるものだとばかり思っていましたが、生まれながらにして選択する余地もなく、それでしか興奮できない人もいるのかと衝撃を受けました。ジェンダーやセクシュアリティといった既存の枠組みからもこぼれ落ちてしまう人がいるなんて想像もせず、呑気に生きてこられた自分が恥ずかしくもなりました。読後、ネットで異常性癖と呼ばれるものについて調べてみましたが、想像以上に世の中にはさまざまな性癖があって、その嗜好を持つ方々がどんな人生を歩み、どんな気持ちでそれを抱えて生きているのか、いろいろと思いを馳せました。
あるサイトの文末に「その嗜好への背徳感がより危険なものにつながり、犯罪などになってしまう前にカウンセラーなどに相談しましょう」とありましたが、生まれながらに好きになる対象が決められていて、しかもそれが他人には理解されにくいものだったとしたら、カウンセラーに相談したところで本当に理解されるのだろうか。そもそも、誰が自ら他人に打ち明けられるんだ?とも思ってしまいました。
この嗜好を持つ方を「理解しよう」と思うこと自体が傲慢なのかもしれません。自分が理解できる範囲に相手を当てはめようとしているだけなのかもしれない。だからこそ、この本を読んで私が思ったのは、自分が想像できる範囲の中にある性的嗜好なんてたかが知れていて、すべてを理解する必要はない。ただ、自分には理解できないものがこの世には確かに存在しているのだと「知っていること」。それだけでも、誰かを孤独にしないための一つの救済になるのではないか、ということでした。