あらすじ
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(解説・東畑開人)
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Posted by ブクログ
これぞまさに朝井リョウ
人間の見たくない部分、知りたくない部分を
頭を固定して見せつけられている気分。
知らずに楽観的に生きていく世界を奪う。
もちろんそれが好きで読んでいますが、、笑
「多様性」という言葉の行きすぎた汎用性について、
日常生活でも気持ち悪さがあった。
考えられる範囲で、いわゆる普通から外れた人を
「多様性」という括りで受け入れるフリをする。
当事者たちは、ほっといてくれ、と思っているのも一定事実なんだと思う。
否定さえしなければ、
受け入れるフリなどせず、
「そうなんだね。」で良いのだと思う。
あらゆる方面において、マイノリティ側の人々が
手を取り合って生きていければ
それで十分かな、違うかな。
Posted by ブクログ
好きである。
最初の冒頭シーン、独白は読んでいて沸るものがあった。彼は感情を掻き立てる文章を書くのが本当に巧みである。
最後まで読んでも、正直、冒頭部が1番面白かったがそれでも全体としてクオリティーが高かったと思う。
Posted by ブクログ
読み終えて最初に感じたのは、動揺でも恐怖でもなく、不思議な「安堵」でした。
誰にも言えなかったことを、この物語が代弁してくれたような感覚です。
この作品は、私たちが普段、思考停止のまま便利に使っている「多様性」という言葉の欺瞞を鋭く突きつけてきます。世の中で許容される多様性とは、結局のところ「想像できる範囲、許容できる範囲」のものだけでしかないのだと思い知らされました。
特に印象的だったのは、登場人物の八重子です。彼女は「正しさ」や「善意」を無自覚に振りかざし、他者に自分の価値観を強要します。現実を直視せず、お花畑のような理想で塗りつぶそうとする彼女の姿に、悪意よりも深い「残酷さ」と危険性を感じました。
物語の結末には、決して明るい未来だけがあるわけではありません。「これからも隠れて生きていくしかない」という重い閉塞感が残ります。
けれど、社会的に否定され断絶されたとしても、「自分を理解し、待っていてくれる人がいる」という事実。その一点において、この物語には痛切な「救い」がありました。
Posted by ブクログ
最初に事件の概要を読んだ時は「なんてクズなんだ、、信じられない」って思ったけど、最後は「違う、、違うんだよ、、でもそうだよな」って見え方が全然変わった。
結局自分も多様性と言う都合のいい言葉を使ってはいたが、自分の頭で理解できうるものしか見えてなかったんだな。
当たり前が当たり前じゃない人にとって、周りの当たり前がどれだけ苦痛なんだろうかとしみじみ思った。
Posted by ブクログ
いゃあ まいった。
朝井リョウという作家は勿論知っていたけど、恥ずかしながら彼の長編小説を読むのは初めて。想像の遥か斜め上をいく凄さでした。
人の内面、心の奥底の醜い部分を赤裸々に描きながらも 読後感は決して悪くない。
引き続き 彼の作品を読みたくなった。
久しぶりに 家事に支障をきたすレベルの一気読みをした。
Posted by ブクログ
感情と思考がぐちゃぐちゃになる。
いわゆる、マジョリティとして生きてきた自分の価値観に罪悪感を抱く。
さらには言葉の限界を感じた。
何か言葉や形になった時点で、内と外を作り出す。多様性とすべてを包んだつもりの言葉であっても、やはり内と外を作る。
集団と個、社会と人、改めてその関係性を問われる作品。
自分自身がどの登場人物にもなり得る存在であることを1番に思った。
Posted by ブクログ
特殊な性的嗜好と多様性を題材にした小説。近年の性的マイノリティを受け入れようという多様性の風潮を正面からぶん殴っていく。
お前らが想像もできないような人間が世の中にはいっぱいいるっていう言葉には少々面食らってしまった。
確かに同性愛者や性の不一致は、理解が広まってきて、昔よりは確実に良い方向に進んでいると思うけれども、それ以上特殊な性的嗜好については誰も考えてもいなかったと思う。
私も恥ずかしながら、多少理解がある気になっていたけど、全然何もわかっていなかった。
面白いかどうかは別として、少々衝撃を受けた小説だった。確かに少し見える世界が変わるかも知れない。是非一度読んでみてほしい。
Posted by ブクログ
何がふつうかとか、現実的だとか、もう何も言えない。無意識のうちに自分は大きいほうに収まろうとしていたと気付かされた。「みんな不安」だから、同じ流れに沿って生きたくなってしまうんだな。
多様性という言葉だけで、想像もせず知ったかぶりしていた。知ったかぶりや無自覚は相手を傷つけうる。この本を読んでいるとき、どの登場人物になっても「お願いだからほっといてあげてよ!」と叫びたくなった。
でもそれじゃ生きていけない。繋がらないと…。
Posted by ブクログ
良かった。
正しいってなんなんやろな。
朝井先生の本は、生殖器しか読んだことなくて
あれ、、?笑 合わへんかも、、って思ってたんやけど
んーと思いながらも、この本を手に取って
レジに並んだあの時の私を褒めてあげたい。笑
Posted by ブクログ
“正的な欲動は訓練することができず、その訓練もあるいは過剰になったり、あるいは不足しすぎたりする。”
正欲が支配する社会に適応できずに孤独になった学生時代を思い出しました。 何が間違いで正しいかは誰にも分からない。 あらゆる事象は事実とは異なり歪曲して解釈されてしまったりするし、自分も含め決めつけで人を判断してしまったりすることがあるし、ますます世界には正解なんてないんじゃないか、、と思い知らされました。
文庫になったのでようやく読んでみましたが、文章も美しく時間を忘れるほど読み入ってしまいました!
最後の、現在の世間から見れば“異常”とされる関係である佳道と夏月の歪だけど美しい絆に心揺さぶられました。
Posted by ブクログ
理解されない欲
世の中ではあり得ないと思われる欲を抱えるという、普段生きてるだけじゃ到底思い付かない、思考に驚きです。それを表現する文章がやけに刺さるから面白い。
Posted by ブクログ
比べるのはお門違いかもしれないけど、私も特殊フォビアを持っているからか特に夏月に共感した。
自分がおかしいという自覚、孤独や諦め、それでもやっぱり卑屈でいることにも飽きてきて、人生が底を打ったときに初めてありのままでいることを肯定できるようになった気がする。
今やっている仲間づくりも、世間体だのプライドだの色んな鎧を脱げたから前に進み出している感覚があり、そんな自分で出逢うご縁だからこそ深く繋がれるんじゃないかなと思った。
私のこれまでに輪郭をつけてもらった気分だ。
Posted by ブクログ
自分の視野の狭さを、想像力の低さを責められているような気分になる。正欲というタイトルの意味がわかったとき、その窮屈さに嫌気がした。正しい欲。社会にとってマジョリティにとって普通で正しい欲。
なぜこの本を読もうと思ったのかを思い出していた。帯にあった「読む前の自分には戻れない」というキャッチコピーだ。確かに自分はもう「多様性」という言葉を気軽に使えなくなってしまった。「多様性」という言葉の持つ"正しさ"に気づいてしまった。
「多様性」とは、どこかの誰かが定めた"正しさ"にみんな従えって上からもの言ってるのと同じなんだと思う。"正しさ"とは人を縛る鎖なんだ。
みんな孤独で不安だから確かめ合いたい。分かってもらおうと話しかけて分かってもらえたらそれはお互いにとって普通で正しいんだと思う。
分かってもらおうと話しかけても分かってくれなかったとき、どちらかが間違っている。そのどちらかはこの世には決して分かり合えない人たちや社会が存在するという諦めを心に抱えて絶望するんじゃないか。重力に負けた顔をして。
正しいか間違っているか、ただそれだけで世界が変わってしまう。
人は想像できる範囲内でしか物事を考えられないという当たり前を思い出した。だからこそもっと知識を吸収たいと思った。もっと本を読んで世界を広げたいと思った。そうすれば分かり合える世界が増えるかもしれない。
読めば読むほど正欲がわからない
違う世界線の人たちが読み進めていくうちに交じり合い、夢中で読み進めた。
多様性から外れる人たち…
この本を読むまでいかに自分の考える多様性が狭いものだったか思い知らされる。
読み終わっても多様性とは?正欲とは?わからない。もやもやが残る。
そのもやもやこそが正しい理解なのかもしれない。
最後の解説がこのもやもやを上手に言語化してくれてとてもよかった。
朝井リョウさんの書く文章が好きで新作が出る度に買っていますが、この作品は1位2位を争うくらいに好きです。LGBTQという言葉が世の中に知れ渡ってきた昨今、言葉を知っていると言うだけで本当の意味では理解出来ていないのでは?と考えさせられる作品でした。
SNSで話題になっていたので読んでみた。
それぞれの人にとっての正欲とはなにか、考えさせられる。
多様性とは何か、についても。
もう時間空きすぎてほぼ忘れてるからまた読みたい。
多様性という言葉は、魔法のように全てを見通すことのできる美しい言葉ではない。けして交わることができない他者がすぐ隣にいるという絶望を突きつけるための、恐ろしい言葉だ。
正しさについて
自分の中で正しいと思っていたことが
周りから見てそうではないこともある。
過去の自分と重なる部分があり時間を忘れて読んでいました。
多様性という名の暴力
普通の家庭を営んでる自分でも、あまり大っぴらにできない性的(嗜好)志向があったりする。
それは、家族に話しても理解されないし、たまに酒の席で漏らしても奇異の目で見られるだけだったりする。
世の中には、そういうモヤモヤを抱え続けて生きてる人も少なく無いんだと思う。
そういう人からは、そんな目新しい内容ではないのだけど、わかりやすいルートを辿ってきた人たちからしたら新鮮なんだろうな…と(と、書いてる自分も久々に★5をつけているのだけども)
近年、多様性のもとに、市民権を得てきた様々なマイノリティの人
それは、歓迎すべき事なんだろうけど、どこかで疑問を抱き続けてきた自分にとって、朝井リョウさんの本作は答えの1つになると思う。
ただ、本書で描かれるマイノリティの人は、そこまで唾棄すべきものではないと思うが、〇〇のようなものに性的興奮を覚える人もいるんだなぁ…というのは驚いた。まぁ、木の枝に興奮する人もいるし、世の中には想像もつかない人も沢山いるのは知っているのだけど。
分かりやすい例でいえば、小児性愛。たとえば近親相姦。
これを多様性と認めるか、それとも唾棄すべき性癖として嫌悪するか。
これらには否定される理由がある。それも理解した上で、創作物を楽しんでいる人たちを安全な場所から叩く人はどうなのか。
これは良し、これはダメと、多様性という言葉に条件をつけている現在に一石を投じてくれた本書は良い問題提起をしてくれたと思う。
本作を通じて、自身の考えてる多様性を、一人一人が真剣に向き合うキッカケになっているのは喜ばしいし、多くの人に考えてほしいテーマだと思う。
多様性の外側にある多様性を知る
他者を理解するって本当に難しいことですね…
多様性に含まれる多様性の中でしか生きて来なかったのだと思い知らされました
他者を知る知見を広げるために全人類に読んでほしい……
夏月の最後の言葉大好きです。
Posted by ブクログ
この本を読んでいる途中、「ポリコレ」という字が頭に浮かんだ。私は小説だけでなく、ゲーム、映画など、様々な娯楽を齧って楽しんでいる。少し前、海外を中心にゲームや映画に対して無理やりマイノリティ要素を捩じ込むことにより全ての人が平等に〜多様性〜などと言っていた時期があった。
当時の私は言いたかった、ふざけるなと。
無理やり要素をねじ込んで理解した気になって、何が平等だ、多様性だと。自分が寄り添って"あげる"という価値観がどうも気に入らなかった。理解しようだなんてそんなの邪魔でしかない。男女の交際に対して理解とかあるか?無いだろ。LGBTQについて打ち明けるのをカミングアウトと称するのも心底うんざりしていた。男女の交際の時はカミングアウトって言うか?多分言わんだろ。なんで同性愛とかになってきたら途端カミングアウトとかいう言葉になるんだよ、おかしいだろ。
多分、本当のマイノリティは放っておいて欲しいと思ってるぞ、と。
正欲はそれを小説で表してくれた。あぁ、素晴らしい小説だ。読んで良かったと思った。
最初の、街を歩くとします〜ってところから数ページペラペラしてうぉ〜〜!わかる、分かるぞ〜!って思って進んでたら唐突に逮捕の話が出てきて、「私はこの犯人のうちの誰かの文章に共感しているのではないか…?あれ、だとしたら私の思想はひょっとして犯人の思想と似ているのではないか?それはちょっと…」と、正直、少し怖くなってしまった。私は性癖などは少数派の自覚はあっても犯罪に手を染めたことはない故……
最後まで読んでからわかった。なるほどなと。とても、勉強になる本だった。
Posted by ブクログ
多様性、という言葉が広がる世の中で、対人以外への性的指向のことを思いつきもしない自分の固定観念を実感。。佐々木と夏月の、互助関係で始まったけれどお互いを拠り所にして生きている関係が好きだなあ。それは危ういもので何かがあったら簡単に崩れてしまうと言っていたけれど、だからこそ2人の「いなくならないから」がすごくよかった。
Posted by ブクログ
私にはこの文章がとても合っていて、スルスルと読んでしまいました。文章が綺麗な上に比喩表現の多さ、読み応えがありました。
八重子と大也が罵倒し合うシーンが一番好きです。結局八重子は大也のことを何も知らず、そしてもしかしたら誤解してるまま…大也と離れることになってしまいました。
けれど、多分八重子は一度でも異性と心をぶつけ合うことができてそこだけは悔いはないのかなとも思いました。
逆に児童ポ◯ノについては、かなり考えさせられました。
そして、水フェチでそこまで悩むか?とも思いましたが、登場人物を水フェチにしないと、(他の挙げられてる例だと逆に)一般的には嫌悪感が勝って読者は話に入れないのだろうと思いました。
水フェチにせざるを得ない、そういう点でもある意味とても複雑です。
Posted by ブクログ
2冊目 言葉は難しいからまだ自分の感情を言葉にできない。
いろんな立場の人の言葉を見て、ほとんどの人の言葉に納得した。寺井啓喜の感覚はわたしは理解できていて、息子の新しいことをするという不安定な状態の考えだけで小学校を休んでYouTubeをやるとか心配でしかなく、言葉の端々に嫌な雰囲気を出してしまう。寺井啓喜はわたしの母とも似ていて、でもその感覚はちゃんと私に継がれていることを改めて実感させられた。
佐々木佳道や桐生夏月、諸橋大也、のパートは知らない性の世界でずっと不思議な気持ちがしてた。嫌悪感はなく、理解はできず、でも孤独な気持ちが晴らされる夏月と佳道のセックスのシーンと大也と八重子が正欲をぶつけあうシーンはなんかよかった。嬉しいという感情が出てきた。心がにこにこした。佳道の同僚がよく知りもしないのに自分の知ってる世界の中での外れた性の道に勝手に佳道をいれてぺらぺらと喋ってるパートはむかむかして、腹が立った。
結局大半のパートで納得し、自分の環境、感覚、性癖を重ねて、感情を沸き上がらせたけど、読み終えたあと全部が相殺して脳がふわーっとなってしまった。私には正欲がないのかもしれない
Posted by ブクログ
多様性、正しさとは何ぞやと。きっと永遠に答えは出ないのでしょう。エンタメ小説として消化はできず。骨太。
自分が抱えている歪んだ性癖、性欲も、誰かに迷惑をかけない範囲で自己消化できているなら否定する必要はないと、勇気をもらいました。解説も好き。
Posted by ブクログ
人種や性別、LGBTQだけが多様性の中身全てではない。綺麗事で済ますなよって話だけど、少しづつでも生きやすい世界に変わってきているとは思うよ。
朝井リョウさんはホントに人間の嫌なところをグイグイ引っ張り出して晒しまくるよね。
Posted by ブクログ
誰にも理解されない「正欲」を抱えた人々の物語。
「多様性を認め、差別のない社会へ」と簡単に言われる時代だけれど、その“多様性”を本当に理解している人は、どれほどいるのだろうと思わされる。完全に理解することは難しい。それでも、もし当事者に出会ったとき、この読後に胸に残った感覚だけは忘れずにいたい。
なかでも強く印象に残ったのは、大也と八重子が自宅前で言葉をぶつけ合う場面。すっきりしたようでもあり、どこかモヤモヤも残る、不思議な余韻があった。その曖昧さこそが、この物語の核心なのかもしれない。
Posted by ブクログ
トーンが重い。そこまで卑屈にならなくても、悪者にしなくても、とは感じた。
自分が理解しているのは、自分が理解できる範囲の中だけ、ということは忘れずにいたい。
Posted by ブクログ
3.7!
芸人さんで、魚がピチピチ跳ねる姿に性的な興奮を感じると言っていた方を見て「へぇ、そんな人がいるんだ」程度にしか思わなかったが、この本を読んで深く感じるものがあった。
私はあまり人に興味が無いから「理解してあげたい」って言ってる人間が気持ち悪いのは共感できた。
Posted by ブクログ
難しい。昨今多用される「多様性」という言葉はすべてを包み込んでいるように見えて、新たな阻害される対象を生んでいる。主人公が水に抱く感情は読んでいて全く理解することができないが、理解しようとする姿勢すら正欲に支配された傲慢なのか…。考えることから目を背けたくなる。
読み返したくなるような楽しい内容では無い。それでも、読んでみて良かったと思える作品だった。
Posted by ブクログ
テーマは強烈なのに、物語としては正直とっつきにくい。価値観を揺さぶられる感覚はあるけれど、登場人物がどこか説明用の存在に見えてしまい、感情が追いつかない。
考えさせられはする。でも読み終わったあとに残ったのは余韻よりも疲れ。鋭い問いを投げかけてくる一方で、物語として寄り添ってくる感じは、最後まで薄かった。
朝井リョウは私にとって苦手な作家かも知れない。
Posted by ブクログ
本を読んでここまで思考させられたのは久しぶりだった。この本について何を書いても角が立ってしまうような、自らツッコミを入れたくなってしまうような気がして書けない
無理にでも嫌でもしんどくても話し合うしかないのかもしれないが、それがそう簡単じゃないから難しい
Posted by ブクログ
これは、本当そう。
マイノリティを想像する時、マイノリティの中のマジョリティが真っ先に思い浮かぶ。その部類に名前がついてる人。
こういう環境で生きてきたらこういう人になるはずだとかそういう考え方をしたがる。なぜこの人はこういうことをするのか、なぜこの人はこういう嗜好なのか、何か自分が理解できる理由がないと安心できないんだよね。名前のない人種って不安要素になる得るから勝手に排除される。これが言葉の恐ろしさだと思う。
Posted by ブクログ
世間の多くの人には理解されない欲求を抱えた彼、彼女らのストーリー。
欲求なんて、人の数ほどあって当然なのに、多数派の人たちは少数派の人たちを排除しようとする。欲求は曖昧なもので、自分がもつ欲求が"正しい"ものなのか不安になる。不安だからこそ、自分が多数派に属すことで安心を得て、正当化し、そうでない人を排除する。それでは"正しい欲“とは誰にとっての正欲なのだろうか。多数派の人たち?世間?多数派が正しいとも言い切れないし。多数派の人たちだって、簡単に覆されうるほど欲求は曖昧なものなのに。