あらすじ
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(解説・東畑開人)
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朝井リョウ節全開
この作品について感想を書くこと自体が浅ましいとすら思うほどに心まで響きました。
登場人物の心情描写、言語化能力、小説としての構造どれもが素晴らしいです。
まさしく読む前の自分には戻れない一作です。
Posted by ブクログ
多様性を大事にしよう!みたいなそういい綺麗事を並べてる話なんだろうなと思って読んでみたらむしろその逆で、そういう安直な考えに対して認識を改めさせるそういう話で、ちゃんと読む価値があった。
最初の10ページ、わかる。と思った。
街を歩けば、英会話やダイエットなど、あらゆる情報が溢れている。それらはすべて「明日死なないこと」という一つの大きな目標に収斂されている。誰もが明日死にたくない、生きたいと信じて疑わない世界。
「結婚しない人は異常」「異性を好きになるのが普通」という世間の押し付けには、日頃からずっとモヤモヤとした生きづらさを感じていた。
でもこの本は、そうした目に見える違和感だけでなく、「理解できる範囲のマイノリティだけを認めて満足している、都合のいい多様性」の欺瞞までをも突きつけてくる。
佳道と夏月の関係性が、素敵だった。
恋愛感情を抜きにした、深い部分での繋がり。お互いがいることで、明日も生きていこうと、命をつなぎ止められている。自分のために生きようと思えない人にとって、結婚って意外といいものなのかもなーとか思ったりした。
読み終わった今、確かに自分の中で世界の解像度が変わり、何か大きなものを得られた感覚がある。忘れたくない読書体験だった。
Posted by ブクログ
多様性という言葉を多用している世の中や人々。本当にこの意味を理解して受け入れて発信したり受け入れたりできている人がどれだけいるだろうか。
自分もその一人。深く考えず、なんとなく多様性っていいよねと漠然と思っていても、自分の知らないところで枠を作って周りに蔓延っている常識の中で生きて、その枠から外れていたり、外れそうな人とは距離を置いたり、
朝井リョウは三作目だが、どの本も価値観や多様性や、一見綺麗に見える言葉の奥底を紐解いてくれるような作品が多く、
気がついたら自分は周りの環境の中で生きているんだと思い知らされる。
世界への視野をグッと広げてくれる、別の角度の思考を提供してくれる感じがこの本もたまらなかった。
Posted by ブクログ
時流的に感想を書くと嫌な気持ちにさせる人が出そうでいやだなーと思った作品です。
性は苦手です。歳の割にタブー視しているところがあり、心に秘するものという感覚が強いです。
多様性というのは性に直結する項目が多いです。
そういうデリケートな部分を衆目に晒す行為を私は好みません。マイノリティは静かにしてろという意味では決してなく、性的なものは大声で言わなくていい事柄なんじゃないか?と思うから好まないわけです。
これは私が性に潔癖な癖だからかもしれません。
そういう理由から多様性を口に出して弁論を振りかざす人が、私は好きになれません。
個々を尊重するのは不可侵の不干渉地帯を広げることこそ重要だと思います。必要なのは理解ではなく、無関心です。
何もかも陽の光の元に晒し、賛同を促すよう啓蒙することは不粋かと思います。
暗い場所に踏み込んで、明るく照らしてはい解決みたいなイメージあるんですよね。
暗くて何が悪いのかと思います。
別に暗かろうが領域に入ってこられない方が快適なんじゃないかなと私は思ってしまいます。
暗い場所は暗いから美しい場所でもあるのではないか。
これが私の癖なのかもしれませんね。
本作のキモはマイノリティとマジョリティの意識の違いです。
本当にタイトルが秀逸ですよね。
正欲、性欲、制欲、征欲、清欲、生欲。
どれでも成立する気がします。
自分に当てはまるセイはどれかなーなんて思います。
意地クソ悪い本ですが、とにかく読んで欲しいです。
文体も読みやすく、すらすら読めます。
衝撃でした。
Posted by ブクログ
「三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四である」この一節を読みたくて手に取った本。常に多数派であることは立派なマイノリティである。正しくありたい「正欲」を「性欲」という観点から、主に3つの話を軸に話は進んでいく。多様性が叫ばれる昨今、それでもまだまだ視野狭窄なんじゃない?と問われているようだったし、実際そうなんだと思う。自分の思う正しさが正しいかどうか、他の人が何を正しいとしているのか、確固たる信念が、読み終わると同時に無くなってしまう、でもその分許容がぐっと広がるそんなお話。だから読む前の自分には戻れない、なんて謳い文句がこの本の背表紙には書かれているんだろうな。読んだことのない人がいたら是非読んでもらって、前の自分には戻れなくなって欲しい。
あまり普段小説は読まない自分でも、続きが気になって一気に読んでしまうほどストーリーにのめり込んだ。朝井リョウの表現力にも驚いた。
Posted by ブクログ
多様性とはなにか。というものを問われた作品でした。
TVなどで言われる多様性はLGBTQや国籍だったり目に見える部分を言われており、性的志向や価値観など目に見えない部分はあまり言われていないイメージです。
この小説は目に見えない部分の多様性に重きを置いて話が進むので興味深かったです。
人間ひとりひとり違うので色んな考えがあるし、何が好きも違うと思うけど、全部が全部分かり合えたらいいけど、分かり合えないこともあるし、それは各々の考えだから仕方がない。でも仕方ないからっていじめだったり犯罪だったり、誰かの人生に手を出してしまうのも良くないなと思うし。
八重子と諸星の最後のやり取りは好きだった。
今後八重子と諸星が話し合ってるところは見たかったな。あと、とばっちり原因の矢田部視点の話も含めて見たかった。
最初の冒頭部分を最後に読むと尚切なくなりました。
小説も皆さんのレビューも色んな考えががあって面白かったです。
Posted by ブクログ
誰もが持つ性欲ではあるが、そこにある慣習法のような正しさを無自覚に他人と確かめ合うことで、自分がマジョリティ側の人であることを知り安心したがっていたのか、言われてみればそうなのかもしれない。
自分もマイノリティの人を「受け入れられる」と考えていたが、その想定自体が違っていることを考え感じさせられた。
Posted by ブクログ
自分の感じている違和感が言語化された本だった。
世の中のいう「多様化」除外された人たちが巡り合う必然的でそれでも運命といえる物語。
冒頭では幼い少年たちを狙う犯罪者たちの記事が書かれている。
彼らの巡り合わせは偶然で、それぞれを取り巻く環境について、読者は後の「犯罪者」という視線で、でも「普通」のありふれている人間を見る。
しかし彼らが性欲という激情を抱く対象は「普通」ではなかった。
それ故に多様性を唱える社会から弾き出される者たちには、近づく者も離れる者も多様な人間が周りにはいた。
多様性を固辞する人間も奨励する人間も「普通」になれない人間を排斥している。それがありありと表現されている。
正直自分は小児愛者に対して気持ち悪いと思ったことがない。性的対象に対して害をなした時だけに刑罰性が発生すると考えている。これは「普通」とされる異性愛者に対しても同じことである。その人が内心何に性的関心を持っていたとしても、それが他者の利益を害しない限り非難される理由は存在しないのである。
だからこの本を読んでいて彼らに「気持ち悪さ」は感じなかった。
しかし、それもきっと傲慢なのだとも思う。それを知っていても自分の想像にも及ばない箇所について自分も「気持ち悪い」と思うのかもしれない。
それでも「普通」に当てはまるとしても当てはまらないとしても、それぞれが悩んでいることは本物なのだと思った。
Posted by ブクログ
多様性という言葉について考えさせられた作品だった。恐らく読む前まで自分が使っていた「多様性」という言葉は夏月や大也のことは含まれていなかっただろうし、その人の悩みや苦悩を浅く考え、土足で家に踏み込むように多様性の輪に入れようとしていたと思う。
また、自分の欲が社会的に普通ということはある意味では特権階級であるということを考えたこともなかった。自分の中の普通という感性を他者に共有するときは時として暴力的であるという可能性があるということを知れたのは大きな発見である。
Posted by ブクログ
自分の固定概念を嫌というほど頭からぶち抜かれた。いや、本当に朝井さんすごすぎますって!
どうしたら、こんな発想が思いつくんでしょうか⁈
作中のLGBTQという枠組みをされているだけマシという概念。LGBTQにもそちら側にも属していない私には到底考えつきませんでした。
Posted by ブクログ
たしかになーと納得するお話だった。
人を傷つけずに生きていくのは無理だと思ったし、今までにたくさん傷つけてきているんだろうなーと自覚した。
できるだけ人への包容力を持って、まるっと受け入れていく姿勢が大事だと思った。(これも正欲)
Posted by ブクログ
「多様性」という言葉が世に浸透して久しいけれど、その言葉がどんなに限定的で排他的であるか考えさせられる作品だった。
そしてたぶんどんな人間にも当てはまるような「多様性」の時代は永遠にこないんだろうなと。
この作品の登場人物は自分が想像したこともないような特殊性癖を持っていて、同性愛者などには理解があると思っていた自分の価値観や視野がどれほど狭いものだったのかを突きつけられた。
「多様性」とは、理解より無関心のほうが正しいのかもしれない。
無理に聞き出そうとはしないけど、相手が話したくなったらいつでも聞く姿勢でいるくらいがいいのかな。
でも完全な無関心ってどうしても難しい。
みんな他人のことは気になってしまうんだ。
自分のことを話さない人のことは特に。
すごくやるせないラストだったけど、本当の意味では恋人でも夫婦でも家族でもない佳道と夏月がちゃんと繋がり合っているのが救いだった。
共通する部分が1つしかなくても、というか1つしかないからこそ結ばれている2人が、どんな関係であれこれからも一緒に生きていってくれたらいいな。
今までの自分の中の価値観や常識を覆す、すごくいい読書体験ができました。
Posted by ブクログ
感想を書く前に言うと、私はマイノリティ側の人間です。
そもそもマジョリティ、マイノリティに分類されるのも変だなと感じていて、人はカテゴライズ出来ない絶対的"個"だと考えています。
気づいていない人に気づかせる作品があるんだと頼もしく?思いました。
どう感じるかは置いておいて、全員1度読んでみてたらいいと思います。
明確に伝えたいことがあるのに、説教臭くなく、最後まで一気に読める作品です。
自分がマイノリティだということに特段困ることなく生きてきた私として、私の元々の考え方が少なくとも間違ってはいなかったのだと思わせた作品です。
多様性だとか正直どうでもよくて、他人の事は他人の事で、自分が考える事の矢印は常に自分に向けていればいい。
きっかけは何も覚えていないけど、結局他人をどうこうしよう全て理解しようなんて土台無理な話だなと気づいた後は、ずっと楽になりました。
家族も、隣人も、会社の人も、道行く知らない人も、大人も子どもも、みんなそれぞれ思考するただの他人です。
Posted by ブクログ
読まなければよかった‥のか?
読む前の自分には戻れない-
帯の通りだ。
読まなければ、多様性の意義を説き、理解のある自分でいられた。
読んでしまった。
そう、私は、マジョリティとして許容範囲内のマイノリティしか想定していなかった。わかったつもりで、言葉は正義の剣となり、誰かを傷つけていたかもしれない。
気付かずに、これからもおめでたく生きていけたかもしれないのに。
どう言葉を選びどう生きていけば良いのか?
浅井リョウは、きっついなあ。自分がいかにわかっていないかをえぐるように突きつけてくる。
Posted by ブクログ
とてもとても面白かった。
友達たちの評価良くなかったけど、私好きだった。
本当の意味での多様性は無理だなと思った。
あとがきにあった、多様性は多様性を受け入れないという多様性は受けれられない、みたいな言葉がはっとさせられた。
多様性のある人間でいようとすればすれほど、正欲は強くなり、自分の正欲を満たしたいだけとも思える。
ただ、正欲を批判するその心もまた正欲であり、この無限ループから抜け出すことはできない。
人間であり動物であるから、性欲と正欲が共存している。
フロイトの言葉のように、正欲も行きすぎるし不足しすぎるから、やはり最終的にはある程度の無関心が1番多様性に近いようにも思った。
読めば読むほど正欲がわからない
違う世界線の人たちが読み進めていくうちに交じり合い、夢中で読み進めた。
多様性から外れる人たち…
この本を読むまでいかに自分の考える多様性が狭いものだったか思い知らされる。
読み終わっても多様性とは?正欲とは?わからない。もやもやが残る。
そのもやもやこそが正しい理解なのかもしれない。
最後の解説がこのもやもやを上手に言語化してくれてとてもよかった。
朝井リョウさんの書く文章が好きで新作が出る度に買っていますが、この作品は1位2位を争うくらいに好きです。LGBTQという言葉が世の中に知れ渡ってきた昨今、言葉を知っていると言うだけで本当の意味では理解出来ていないのでは?と考えさせられる作品でした。
SNSで話題になっていたので読んでみた。
それぞれの人にとっての正欲とはなにか、考えさせられる。
多様性とは何か、についても。
もう時間空きすぎてほぼ忘れてるからまた読みたい。
多様性という言葉は、魔法のように全てを見通すことのできる美しい言葉ではない。けして交わることができない他者がすぐ隣にいるという絶望を突きつけるための、恐ろしい言葉だ。
正しさについて
自分の中で正しいと思っていたことが
周りから見てそうではないこともある。
過去の自分と重なる部分があり時間を忘れて読んでいました。
多様性という名の暴力
普通の家庭を営んでる自分でも、あまり大っぴらにできない性的(嗜好)志向があったりする。
それは、家族に話しても理解されないし、たまに酒の席で漏らしても奇異の目で見られるだけだったりする。
世の中には、そういうモヤモヤを抱え続けて生きてる人も少なく無いんだと思う。
そういう人からは、そんな目新しい内容ではないのだけど、わかりやすいルートを辿ってきた人たちからしたら新鮮なんだろうな…と(と、書いてる自分も久々に★5をつけているのだけども)
近年、多様性のもとに、市民権を得てきた様々なマイノリティの人
それは、歓迎すべき事なんだろうけど、どこかで疑問を抱き続けてきた自分にとって、朝井リョウさんの本作は答えの1つになると思う。
ただ、本書で描かれるマイノリティの人は、そこまで唾棄すべきものではないと思うが、〇〇のようなものに性的興奮を覚える人もいるんだなぁ…というのは驚いた。まぁ、木の枝に興奮する人もいるし、世の中には想像もつかない人も沢山いるのは知っているのだけど。
分かりやすい例でいえば、小児性愛。たとえば近親相姦。
これを多様性と認めるか、それとも唾棄すべき性癖として嫌悪するか。
これらには否定される理由がある。それも理解した上で、創作物を楽しんでいる人たちを安全な場所から叩く人はどうなのか。
これは良し、これはダメと、多様性という言葉に条件をつけている現在に一石を投じてくれた本書は良い問題提起をしてくれたと思う。
本作を通じて、自身の考えてる多様性を、一人一人が真剣に向き合うキッカケになっているのは喜ばしいし、多くの人に考えてほしいテーマだと思う。
Posted by ブクログ
性的マイノリティを持つ登場人物らを描く中で、それに線引きをする周囲の人間の「正欲」を痛烈に炙り出した作品。
「異性を愛するのは当たり前」という世の中で、近年同性愛も市民権を得つつある。しかし小児や物体、現象に性的興奮を抱く行為は忌み嫌われている。マジョリティの人々の理解の範囲内におさまるマイノリティなら認めるが、理解し難いもの、都合の悪いもの、気持ち悪いものは見ないふりをする。
「『多様性』とは結局、マイノリティの中のマジョリティにしか当てはまらない言葉であり、想像を絶するほど理解し難い、直視できないほど嫌悪感を抱き距離を置きたいと感じるものにはしっかり蓋をする、そんな人たちがよく使う言葉。」
というかそもそも、なぜマジョリティはマイノリティを認める、市民権を与える立場なのか?マイノリティは果たしてそれを望んでいるのか?
有罪無罪の線引き、社会正義とは誰の名のもとで決められるのか?
自分が正欲に囚われていたことを自覚させられるのと同時にそんな疑問が沸々と湧き上がってきた。
(それもまた私の主観的な正欲なのかもしれない。)
個人的には、佳道が夏月と性交渉の真似事をするシーンが好き。シーツの皺を大地に根ざした樹の根に見立てる描写が、自殺を考えていた2人がこの世に繋ぎ止められた場面とリンクしていて感動した。だからこそ、そのあとの田吉の取り調べのシーンで胸が苦しくなるわけだけど。この小説で唯一、欲に塗れていない人間の美しさが綴られたシーンだったと思う。そして文章の綴り方が好みすぎる。登場人物の言葉や思想に現実世界の音や風景が挟み込まれていて臨場感が半端じゃない。
全然感想文がまとまらないけど、それくらい噛み締めるほどに苦しく考えさせられる1冊でした。
多様性の外側にある多様性を知る
他者を理解するって本当に難しいことですね…
多様性に含まれる多様性の中でしか生きて来なかったのだと思い知らされました
他者を知る知見を広げるために全人類に読んでほしい……
夏月の最後の言葉大好きです。
Posted by ブクログ
自分がマイノリティ側にいるとか、
明日死にたくないとか、
考えさせられることがたくさんあった。
勝手に理解する側になっちゃダメだよな〜…みたいな。
Posted by ブクログ
世間から認められていない"性欲"の話。
「面白かった!」と中々言いづらい内容だったけど、少なくとも「読んでよかった」と思った。
自分のセクシャリティがゲイという事もあって、共感できる部分があった。「あなたに言っても分からないと思う」って何度も思って生きてきたなーって。
これを読むと、
こんな自分よりも生きづらいと思っている人がいたり、自分の言動で傷つけてしまっている人がいるのでは無いか?と怖くなった。
じゃあ、どうやって人と関係を深めて行けば良いのか、分からなくなってしまった気がする。
でも、八重子が大也に「また話そうね」と言ったように、何度も話し合っていく事が大事なのかな?と個人的には思った。
Posted by ブクログ
うおーーーーすごいの読んじゃったーーーって読み終わった瞬間思った。
「正しいとされる欲」だから「正欲」ってタイトルなのね、なるほど。
児童ポルノ容疑の事件の話から始まったときは、まさかこんな着地になるとは思わなかった。
各キャラクターの視点のストーリーが少しずつ繋がっていく構成も読み応えがある。
多様性を認めようという風潮があるけれど、その前提に登場人物たちのような嗜好はあまり想定されていないとたしかに思う。自分自身も世の中もここまで考え切れていない。
一度立ち止まって考えさせられる本だった。
Posted by ブクログ
多様性
その言葉に自分は含まれていないと感じる人たちの物語。「水に興奮する」なんて誰にも言えない。男は女に発情し、女は男に発情する。人類を増やすには性欲が必要だ。そこから外れた人間は人間とみなされないような感覚に陥る。
そんな中、多様性という言葉が世間では流行ってる。
八重子は、「多様性分かるよ、マイノリティの人はもっとオープンでもいいんだよ」というスタンスだが、そういう善意は、大也のような「水に興奮する」性癖の人の口をさらに固くさせる。LGBTQ +の中に含まれる人間の方が、多様性の中で生きる人として公表しやすい。
水が好きな人の他に小児愛者や首絞めが好きな人もいる。これは社会的正義には反する。好きになってしまった人は、この欲を社会的には正しくないけど、自分を生かすためには、正しいと認める必要がある。生きるということは、自分と似たような人間と明日も生きたいと思える用事があることだ。その二人を繋ぐには、食欲、睡眠欲のほかに性欲が一致する必要がある。マイノリティにとって、この性欲を自分で認めることと、誰かと同じ種類の性欲によって繋がることは大きなハードルだ。
対極にいるものとして、修をはじめとする陽キャなキャラクターが登場するが、彼らに対する朝井リョウの皮肉ぽい表現が面白かった。陽キャの嫌味マシマシで、自分も改めて陽キャが苦手な陰キャであることを再認識できた。
Posted by ブクログ
性ではなく、正。
理解されないことはきっとどうしようもなく苦しいんだな。なにかマイノリティの人の救いになりますように。少なくとも私は初めての理解の段階にきました。
Posted by ブクログ
文体に独特な癖があってところどころ読むのにひっかかる部分があったけど、内容はとってもおもしろかった。
最初に事件の記事とかがでてきて、なんだろうこれって気になって、読み進めるうちに外側から埋まっていって真相に近づいていって、全てが繋がるっていうプロット、やっぱり面白いな〜引き込まれてしまう。推理小説とかもだけど。
みんな不安なんだっていうのが、核心ついてるなと思った。この生き方で合ってると思いたい、だから愚痴をいい、はみ出るものを拒絶・排除する。
夏月と佳道の関係が良かった。
いなくならないから。
Posted by ブクログ
先に実写映画を観て、いまいちよく変わらなかったから、原作を読みたくなって買いました。
結果ちゃんと原作を読んでよかった!映画だと脚本がどうとかではなく、仕様上、どうしても心の中は分かりづらかった。
多様性と声高に叫ぶあなた、本当にぜんぶを受け入れられるの?と突き付けてるのかなと感じました。
私は女で、性に関しては多数派です。で、八重子みたいな女の子がいちばん嫌いです。大也くんがすごいブスでも同じようなセリフを吐けたのかな?個人的には他人の性が何に向けられていようと、どんなトラウマがあろうと、まっっったく興味がない。でも不法侵入で捕まるのはそりゃそうでしょ、勝手にキスしたりセックスしたら捕まるのと同じだよ、みたいなセリフはすごく納得した。法律は確かに多数派による多数派のためのものであることは間違いない。けど、どんな人も守るためのものじゃないのかな。
最終的にはそもそも性欲と正欲とか、そんなことに悩めることがまず人間に産まれた幸福だと思った。本人たちは死ぬほど悩んでいるのにと非難されるかもしれないけど。動物でも同じように悩むことがあるのかな?
Posted by ブクログ
感情の機微が赤裸々に綴られているので
本を読むという行為の喜びを存分に噛み締めることが出来た。
全く分かり合えない人間同士だとしても
言葉の限りを尽くしてなるべく正確なニュアンスで感情を伝えようとすることは
多くの発見に溢れており無駄なことじゃないのかもと思えた。
一見して所謂わかりやすい生命力に満ち溢れた作品ではないように見えて、
人間讃歌というかなんなのか不思議な活力がムクムクと漲っていくのを感じた。
Posted by ブクログ
正欲と性欲がかかっている。
多様性って、なんだろう。普段「多様性が大事だ!」と声たかだかに主張する人ほど、自分の身近な人と違う人を排除しているような気がしてならない。
人と違うことを自分で認識してる人は、あんまり積極的に自分のことを語りたがらないからね。本当は。
語りたがる人が何人かいるからこそ、その人達だけがやたら目立つだけなのではないのか、とか思ってる。
・社会とは、本当によくできている。誰が命令しなくとも、まともな岸にいる人は、その岸の治安を守ろうとする。まともである、すなわち多数派であることに執着する者は、異物を見つけ出し排除する活動に、誰から頼まれなくとも勝手に勤しむ。
・みんなは本当は、気づいているのではないだろうか。自分はまともである、正解であると思える唯一の拠り所が"多数派でいる"ということの矛盾に。三分の二を二回続けて選ぶ確率は、九分の四であるように、"多数派にずっと立ち続ける"ことは立派な少数派であることに。
村上龍、「半島を出よ」。"大切なのは、この社会の多数派の人達から離れて生きることだ"と書いていたことを思い出した。
つくづく、世の中を渡っていくのは
つらい作業である。
Posted by ブクログ
「多様性」という言葉がすっかり社会に浸透していることは理解していたものの、「マジョリティ」や「マイノリティ」と結び付けて考える機会はあまりなかった。
結局のところ、価値観や好きな方向性が近い者同士が繋がればよいという意見には賛成だし、自分には理解できないものを単純に否定するのはやはり違う気がする。放っておいて欲しい人には無理に近づく必要もないとは思うけど、本音はどうなんだろうか。
……などと、浅いなりにも考えさせられました。
あと、「え?これ作者の言葉?まだ物語始まってない?」ってなった導入部は面白い!
Posted by ブクログ
何となくもっと固い話かと思ってたから意外とスルスル読めた。刺さらない描写が多かった。わからず屋として描かれていた啓希に最も共感出来てしまった。考えさせられることは少なからずある。自分の考えに囚われないことは意識して今後の人生に活かしていきたい。
Posted by ブクログ
ずっと思っていたことを最後の方で言ってくれてよかった。自分がいつマイノリティになるのかもわからないのに、自分ごとに思わず自分はマジョリティだからと、たかを括っている人たちへの不快感を一冊にした感じ。
途中でキモすぎて読む手が止まった。特に検察のパパがキモい。実は真ん中あたりをキモすぎて一部読み飛ばしてる。
Posted by ブクログ
【358冊目】男が女に対して、セックスしたいと思う。あるいは、その逆。裸を見たいと思う。キスをしたいと思う。肌に、さらにもっとデリケートな部分に触れたいと思う。そうした情動は生物としての人類が次代をつなぐために必要なもので、社会や歴史から「正しい欲」と位置付けられてきたもの。でも、そうした欲求を正しくないものに抱いてしまうとしたら、という作品。
【反「多様性」】
この作品は、最近流行りの「多様性」に対する、保守派やトランプ大統領とは全く別の視点からの反論なのだと思います。最近語られる多様性は、主に性愛の話題です。ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、アセクシュアル、パンセクシュアル……。
後出しのように思われるかもしれませんが、私自身は、多様性を守るべきなどと思ったことは一度も思ったことがないし、発言もしたことがありません。友人にゲイもレズビアンもいるし、彼ら彼女らを遠ざけたいとも思っていません。ただ、彼ら彼女らが行きやすい世界を作るということは、多様性を認める社会というのとは違うでしょ?と思っていました。最近語られる多様性議論が目指しているのは、ゲイ、レズビアン等の人たちが行きやすい世界であって、どんな性愛も認める世界とは違う。少なくとも、私は、彼ら彼女らの味方ではあるけれど、小児性愛者は断罪したい。日々のニュースの中で、やつらが逮捕されるたびに苦々しい思いで画面を見つめている。そんな私はきっと、やつらの中にある性的情動を「多様性」とは認められない。
で、本書。みんなが認める「多様性」の中に入らない多様さを、あなたたちは本当に「多様性が大事だから」といって認められますか?と、読者に尋ねているように思いました。私の答えは、否。私は、多様性そのものには価値を置かない。できる限り多様な方が良いと思うけど、そこには自ずから限界があるでしょうと思ってきたし、そう思っていることを本書により改めて自覚させられました。
【エッチなものなんかない。自分で勝手にエッチな気分になっているだけ。】
正しくないものに性欲を抱いてしまう、というような表現がしばしば用いられる本書ですが、性欲ってなんなのでしょう。特に、本書の主人公たちは、「性」とは関係ないようなものに性欲を抱いてしまう。ペニスもバジャイナもないものに抱く性欲。それって「性」欲なのか?と疑問に感じました。
本書を読んで、佐々木佳道のようなことが実際にあるとして、私なりの性欲の解釈はこうです。性欲は、性的な対象に対して抱く欲ではない。性欲は客体の問題でなく、主体の問題。つまり、自分の性器が反応する何かにもっと触れて、そのまま果ててしまいたいという欲なのです。
だからこそ、本書に登場する人々の欲望は、一般的な「性的指向」という言葉だけでは整理できないのだと思います。同性が好き、異性が好き、そうした分類では到底届かないところに彼らの感覚はある。彼らにとって重要なのは、「何を好きになるか」よりも、「なぜそれに身体が反応してしまうのか」という、もっと根源的で説明不能な衝動なのです。
「気持ち悪い」と感じる人もいるでしょう。しかし、その感情がどこから来るのかを考えたとき、それは彼らの欲望そのものへの嫌悪というより、「理解できないもの」に対する恐怖なのかもしれません。もし自分の理解の及ばない欲望を持つ人間が隣にいたら、自分はその人を受け入れられるのか。本書は、その問いを読者に突きつけてきます。
題名である『正欲』には、「正しい欲望」という意味が込められているように思えます。しかし、“正しい欲望”など存在するのでしょうか。多数派に理解される欲望だけが正しいのだとしたら、理解されない欲望はすべて間違いなのでしょうか。本書は、その単純な二項対立を崩していきます。結局、人間は他人の欲望を完全には理解できません。『正欲』は、性の物語であり、それ以上に、「他者を理解できない社会」の物語だったのだと思います。
と、同時に、おそらくこれは読者自身の物語でもあります。正しい情動と正しくない情動は社会が決めますが、ひとりひとりの頭の中では単純な二項対立はとっくの昔に崩壊しているのです。境界線は明確ではなく、濡れた紙に水性絵の具で引いたラインのように滲んで、ぼやけているのだと思います。
本書を出版したとき、筆者の朝井さんのもとに届く感想文は、「実は私も…」で始まるものが多かったと言います。『性欲』は、性の物語であり、社会のルールの物語であり、それ以上に「正しさを愛するふりをして堂々と歩くお前の奥底、そこにうずくどうしようもない性的衝動があるだろう」と問いかける物語だったのだと思います。
【なんとも居心地の悪い世界】
世の中のあらゆるものが性的情動の対象になっているということに、私は耐えがたい居心地の悪さを覚えています。広い世界には異性の排泄物に興奮する映像もあるし、ある病気の始まりは人間がサルと性交渉したことだと言われています。率直に言って理解できません。
ただ、それよりも居心地の悪さを感じるのは、自分自身も性的な興味の対象になる可能性があるという事実です。これは私が男性だからかもしれません。女性は、自らの身体や身につけたものが、常に様々な性的視線にさらされていることを理解しながら成長していく。というより、否応なく理解させられてしまうのでしょう。一方で男性は、女性と比べるとそうした経験をする機会が少ない。自分は性的に「視る」側に立っており、実際、とても性的に他者を見ている。だからこそ、自分自身が性的に「視られる」側になることに鈍感なのだと思います。そして、いざ自分がそう視られたとき、恐怖や驚き、さらには強い敵意すら抱いてしまう。
大人になり、自分の世界が広がっていくにつれて、私の胸や太ももや股間が、街中ですれ違う誰かの性的視線の対象になっているかもしれない、ということを理解できるようになりました。そして、その想像にひどく居心地の悪さを感じました。
ただ、人間には「慣れる」とか「忘れる」とか、そういうありがたい能力があるんですね。私自身も、その居心地の悪さに少しずつ慣れていきました。ところが、その頃に子供が生まれました。子供を持つということは、子供や妻と向き合うことだけを意味しません。父として、子供を取り巻く社会と向き合うことでもあります。
そう考えたとき、私は再び、あの居心地の悪さを突きつけられました。なぜなら、この社会には、0歳児にすら性的情動を向ける人間がいるからです。私にとって世界で一番大切な存在を、いやらしい目で見ている人間がどこかにいるかもしれない。そう思うだけで、気持ち悪い。怖い。守らなければならない。ひとりの父親として、やはり「正しくない欲望」や「有害な欲望」は存在すると思わざるを得ません。「多様性」という言葉だけでは受け止めきれない感情が、確かにあります。
本書を読んでいるあいだ、私は何度も、「世の中のあらゆるものが性的情動の対象になり得る」という事実を思い出させられました。そして、その事実を知ってしまった以上、もう以前のようには世界を見られない。知らなかった頃の自分には戻れない。『正欲』は、そんな不可逆な気味の悪さを読後に残す作品でした。