あらすじ
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(解説・東畑開人)
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朝井リョウ節全開
この作品について感想を書くこと自体が浅ましいとすら思うほどに心まで響きました。
登場人物の心情描写、言語化能力、小説としての構造どれもが素晴らしいです。
まさしく読む前の自分には戻れない一作です。
Posted by ブクログ
大昔、ゲーテルが
「数学理論は不完全であり、決して完全にはなり得ないこと」
を数学的に証明してしまったように。
多くの数学者、科学者、哲学者が、この世は矛盾で満たされていることを解明してきたように。
真の正しさなんて、この世に存在しないのかもしれません。
数学の世界では公式が
「現実で起こりえないこと」だとしても
「人間の役に立つならOKです!」と理論はどうでも良いとすることがあるそうで。
それなら、人間が矛盾だらけで間違いだらけでも、何らおかしくはないと思うのです。
それでも求めてしまう正しさって、そもそもなんなんだろう。
正義を貫くことって、本来は良いことのはずなのに、なんでこんなにも生きにくくなってしまうんだろう。
そんなことを読んでいてずっと考えていました。
その時、やなせたかしさんの言葉を思い出したんです。
「この世の絶対的正義とは、お腹を好かせた人にパンをあげるようなもの」
誰かを思いやる気持ちが正義だとするならば、個人の正義とは常に簡単で。
なのに集合体になって、社会的正義になった途端に難しくなるのは何故なんだろう。
それでも、この小説を読んで、私にとっての「正義」は何かを考えて、気づけた。
同時に誰かにとっての正義とは違うものである可能性を知ることができました。
それだけで私にとっては非常に有意義な時間でした。
世界には、私が理解できない趣向や価値観を持つ人もいる。
それでも、私が「理解できないから」とその人自身を拒絶したくない。
理解できないことが私や「あなた」にあっても。理解できないことは悪では無いように。
私に理解できないそれは、「あなた」を構成する要素のひとつに過ぎないから。
それはそれ、これはこれだから!
だから、「あなた」の素敵なところを見つけることを、諦めたくは無い、と思ったし、諦めてほしくないと思いました。
また読んでいて度々amazarashiさんの『1.0』という曲を思い出しました。
星灯すら届かない暗闇でも、しがみつく光が、明日死なないための微かな希望が、私にとってはあなただから。
あなたにも、そんなものが見つかりますように。
そう願う歌です。
煩わしい社会との繋がりも。
全てこの世界と繋ぐ糸だったと気づけることは、すごく幸福なことなのでしょうね。この世の中では。
少しでも多くの人達が、生きていくための言い訳を見つけられるといいな、と思いました。
世界には、無自覚に正欲に取り憑かれた人が沢山います。それは、私もきっとそうで。
時として、自分に理解できないから、心無いことを言うかもしれない。
それでも、幸せにならないために生まれてきた生物がいると、私は信じたくない。
この世に生を受けたからには、この世界がみんな希望を持って、幸せを感じながら生きて行けるところだと信じたい!
これまで人と話すことが怖かった。それは自分が社会から見たら間違った生命体だと思っていたから。
薄氷の上で、ひっそり息を殺すように生きてきたことを自覚しました。
でも、みんなそうなんだ。
みんな、自分が周囲と違う生命体だと思いたくないから周囲に確認しているんだ。
「私、みんなと一緒だよね?間違ってないよね?」
そう思うと、怖かった世界が少し身近になったように気がします。
読んで良かった、そう心から思える小説でした!!
めっちゃ長文になっちゃった。感想書くのって難しいですね!
読み返すのはキツイけど!本当に大好きな小説です。節々の表現が美しくって呼んでいて楽しかったです!
朝井リョウさんのほかの小説も読んでみます♡
Posted by ブクログ
価値観をひっくり返された感じ
自分の考えについて
浅くてとても及ばない
考えたこともない
ことを
なんかだか知らしめさせられた?
ような。
それを言葉で文字で表現している筆者が
ただただ
すごい
語彙力なし、自分
もっとさまざまなことを知りたい
さまざまなことを考えていきたいと
思った
ほかの作品も全部読みたい!
Posted by ブクログ
人は、自分が正しいと思っている(思い込んでいる)ことを話すとき、饒舌に、得意げになる。また、その正しさが全ての人にとっての正しさではないということを忘れてしまう。
読後、こう思った。そして私自身もこのような経験が思い出せる限りでも数多とあることにショックを受けざるを得なかった。
私は本作品を読んでいながら「まあ、でも私は間違いなく多数側の岸にいる」と思いたがる自分が常に存在していた。ただ朝井リョウの作品は、どう自分都合に変換しても、それまで傍観者の立場から見ていられた登場人物に、共感せざるを得ない点が必ず出てきてしまう。『何者』を読んだときと全く同じ感覚である。
たとえば、佳道や夏月、由美や泰希が、相手に言ったところでわからない、と発言していたことに関して強い共感を覚えた。私は悩み事があっても、それをあまり人に打ち明けない。言ったところで解決に繋がらないことが多いからだ。なにかアドバイスをしてもらったとしても、自分の性格のせいでそのように行動できなくて悩んでいる、ということがほとんどだ。そして何よりも言ったところで私自身が全く楽にならないからだ。相手が理解しようと努力してくれていることや、戸惑っている表情を繊細に受け取ってしまう。また相手の反応を勝手に期待して、その通りでないと勝手に落胆する。この一連の流れに嫌気が差しているため、人に心の底を見せることは少ない。その一方で、沙保里のように自分の秘密を明かして心の距離を縮めようとすることにも、正直該当してしまった。「頼まれてもいないのに。」である。
朝井リョウの小説を読むのは、これで3作品目だが大好きな作家の1人になった。軽い気持ちで物語の世界に浸っていると突然、「お前にも関係のある話だぞ」と言わんばかりの刃を向けてくる。しかも自分が見て見ぬふりをしてきた急所に突き刺さる。ただ、私はその感覚が嫌いではない。むしろずっとモヤモヤしていたことをあまりにも簡潔に言語化してもらえるので、自己理解が深まる楽しさを感じているのだと思う。
そして、そんな行き場を失った性格や思考回路を文章化してもらえることや、作品が私以外のたくさんの人々にも響いているということが、「こういう考え方の人は私以外にもいるのだ」という安心へと繋がっている。結局私は、自分の汚い内面の部分も誰かに共感してもらいたいのだ。対等な関係の誰かに共有していきたいのだ。人と関わりを断ちたいと思ってしまっても、自分のことを理解できる人は存在しないと思ってしまっても、いざ自分を受け止めてくれて、かつ同じ心情の人と巡り会えたとすれば、抱きしめ合うことに価値を見出すだろう。佳道と夏月が身を持って体感していたように。
また、読後の自分を好きになれる本を生み出す作家だと感じた。ほんの少しだけかもしれないが、視野を広く持つ意識が芽生える。本作品に対しての「読む前の自分には戻れない」という言葉は、私には当てはまった。そして私は読む前の自分よりも読んだあとの自分の方が好きだ。
私はこの本を多くの人に勧めたい。だが、それは自分がこの本の良さを信じて、その人に勧めることが正しいと思いながら語るということなので、つい「あなたは世間に対してもっと広い視野や考えを持つべきだ」という意味を込めて訴えかけてしまいそうで、果たしてオススメすることが良いことなのか分からないというジレンマに陥ってしまうだろう。
Posted by ブクログ
自分が理解できる範囲外は異常者だと切り捨てる多様性、多数派が決めただけの正しさに抑圧されていく誰かの自由…色々思うことがありすぎて言語化が難しい。けど絶対に読めてよかったと思う。
多様性に前向きな人も後ろ向きな人も、全員読んでみてほしい。
Posted by ブクログ
とにかく世間の良しとしているものに対して強烈なアンチテーゼを加える作品だと思った。ただ一方的な非難ではないことが余計にタチが悪いと感じた。
読んだ人それぞれの問いをもつような作品だと思う。
この作品を読んで共感した点は、多様性という言葉を便利に使う世の中に対する疑問である。多様性を認める、多様性を尊重する。この作品の中では、本来であれば多様性の中に含まれ尊重するべきものなのに多数派の都合によってないもの、矯正されるもの、罰せられるものとして扱われる無視される少数派にスポットライトを当てていると思う。しかし、その光の当て方は実に多角的で、読む人それぞれに違うトゲを刺して、ほんの少しの救いを与えるような体験を生むのではないかと思った。
Posted by ブクログ
日常の風景と心理描写を重ねるのが本当に上手。頭の中で情景が瞬時に浮かび、読み手の心を揺さぶってくる。
正しい欲とはなんなのか、非常に考えさせられた。
頭の中で咀嚼できる価値観しか認められないのは仕方がないことなのかもしれないが、それゆえ、悩んで、苦しんでしまう人がいる。それがわかっても中々かわれない人間の弱さ、醜さを美しく綴っている。
明日生きるために今日を生きている我々は正しいのか、間違っているとするなら正しさとはなんなのか、絶え間なく考えさせられる作品だった。
Posted by ブクログ
マイノリティであろうが、マジョリティであろうが、自分と違うものを無下にせず、無理に受入れることもせず、今日のごはんはハンバーグがいいな、私はラーメンがいい、くらいの意見の不一致として概念のように受入れることは出来ないだろうか。
私はこれが好き、あなたはこれが好きなんだね、へぇーくらいの軽さでみんなが過ごせたらいいのになぁと思った。
私が出来ているかは分からないけど。
誰でも、何事も背景がある事を忘れずにいたい。
Posted by ブクログ
相手に共感したり理解を示すことは、無闇にできないと感じさせられた。家族でも友人でも恋人でも、他人は他人。だからこそ、自分の想いは、しっかり言葉で伝えようと思った。
Posted by ブクログ
読んでいてすごくしんどかった
多様性を理解するってなんて傲慢な態度なんだろう、今後"普通"とか"多様性"を気軽に言えなくなった。
今までもこれからも何も知らないマジョリティ達が多様性を受け入れていると主張したとしても何も悪いとは別に思わないが、それを八重子みたいに詮索したり理解すると主張するのはやめておいた方がいいでは?とも思った。
マイノリティな彼らも受け入れてもらうとも思ってないんじゃないだろうか
ただ同じ嗜好の者同士ちゃんと網で繋がっていって明日を生きていってほしいと思いました。
読めば読むほど正欲がわからない
違う世界線の人たちが読み進めていくうちに交じり合い、夢中で読み進めた。
多様性から外れる人たち…
この本を読むまでいかに自分の考える多様性が狭いものだったか思い知らされる。
読み終わっても多様性とは?正欲とは?わからない。もやもやが残る。
そのもやもやこそが正しい理解なのかもしれない。
最後の解説がこのもやもやを上手に言語化してくれてとてもよかった。
朝井リョウさんの書く文章が好きで新作が出る度に買っていますが、この作品は1位2位を争うくらいに好きです。LGBTQという言葉が世の中に知れ渡ってきた昨今、言葉を知っていると言うだけで本当の意味では理解出来ていないのでは?と考えさせられる作品でした。
SNSで話題になっていたので読んでみた。
それぞれの人にとっての正欲とはなにか、考えさせられる。
多様性とは何か、についても。
もう時間空きすぎてほぼ忘れてるからまた読みたい。
多様性という言葉は、魔法のように全てを見通すことのできる美しい言葉ではない。けして交わることができない他者がすぐ隣にいるという絶望を突きつけるための、恐ろしい言葉だ。
正しさについて
自分の中で正しいと思っていたことが
周りから見てそうではないこともある。
過去の自分と重なる部分があり時間を忘れて読んでいました。
多様性という名の暴力
普通の家庭を営んでる自分でも、あまり大っぴらにできない性的(嗜好)志向があったりする。
それは、家族に話しても理解されないし、たまに酒の席で漏らしても奇異の目で見られるだけだったりする。
世の中には、そういうモヤモヤを抱え続けて生きてる人も少なく無いんだと思う。
そういう人からは、そんな目新しい内容ではないのだけど、わかりやすいルートを辿ってきた人たちからしたら新鮮なんだろうな…と(と、書いてる自分も久々に★5をつけているのだけども)
近年、多様性のもとに、市民権を得てきた様々なマイノリティの人
それは、歓迎すべき事なんだろうけど、どこかで疑問を抱き続けてきた自分にとって、朝井リョウさんの本作は答えの1つになると思う。
ただ、本書で描かれるマイノリティの人は、そこまで唾棄すべきものではないと思うが、〇〇のようなものに性的興奮を覚える人もいるんだなぁ…というのは驚いた。まぁ、木の枝に興奮する人もいるし、世の中には想像もつかない人も沢山いるのは知っているのだけど。
分かりやすい例でいえば、小児性愛。たとえば近親相姦。
これを多様性と認めるか、それとも唾棄すべき性癖として嫌悪するか。
これらには否定される理由がある。それも理解した上で、創作物を楽しんでいる人たちを安全な場所から叩く人はどうなのか。
これは良し、これはダメと、多様性という言葉に条件をつけている現在に一石を投じてくれた本書は良い問題提起をしてくれたと思う。
本作を通じて、自身の考えてる多様性を、一人一人が真剣に向き合うキッカケになっているのは喜ばしいし、多くの人に考えてほしいテーマだと思う。
多様性の外側にある多様性を知る
他者を理解するって本当に難しいことですね…
多様性に含まれる多様性の中でしか生きて来なかったのだと思い知らされました
他者を知る知見を広げるために全人類に読んでほしい……
夏月の最後の言葉大好きです。
Posted by ブクログ
「多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ。」という部分がとても印象的だった。
それ以外の部分も、わたし自身が日々考えてしまうようなことが、浅井さんの表現力で繊細に書かれいた。「正しい」「普通」とはなんなのか、私たちは一体どうするべきなのだろうか、という答えのない問いにある種の絶望感覚えた。けれど、「多様性」という言葉を、誰かが決めた一つの形として受け取るのではなく、「想像もできない、理解が及ばないこともあるだろうけれど、そうであることを知っています。人によっては受け入れられないこともあるはずだけど、私個人の視点でそれと対峙します」という言葉として受け取ろうと思った。間違いかもしれませんが‥
もどかしいけど、そんな気持ちを探りながらどんどん読み進められました。
Posted by ブクログ
刺さりすぎてしまうだろうなと思ってなかなか手に取れなかったけれど、刺さるを通り越して自分か?となる場面が多くて寧ろ安心して読めるという不思議な体験をした。なんでこんな繊細な心の機微が分かるの朝井リョウ。
Posted by ブクログ
読んだら病むと言われてたけど
ひとことで片付けられない感情で描かれている作品が好きな身としては、とても痛快で考えさせられる作品だった。結局、人は見たいようにしか見てこない。正義が正しいとは限らない。それでも、そこを共有出来たり話し合える人がいれば、光は刺すのかもしれない。何をもって正解とするかも人によって違うからこそ、表面で判断せず向き合うことに意義があるのだと思いました。忘れないでいたい
Posted by ブクログ
ひとことで表すと性癖の本?
わかってほしいきもちと絶対わかってもらえないだろうなって気持ちがせめぎ合っている当事者の気持ちと、全然わかんねー側の人の気持ちが順番に表現されていて読みやすかったし一気に読んでしまった
登場人物がどんどん繋がっていくのがわくわくしたけれど、結局のところわかってもらえなかったんだろうな、むずかしいね
はじめての浅井リョウ先生、おもしろかった
みんなそれぞれの後日談が気になるな
特に大地くん、幸せになれますように
Posted by ブクログ
多様性という言葉について深く考えさせられた。
今世の中でトレンドとなっている多様性(ダイバーシティ)はあくまでも自分たちが想像可能で許容可能な範囲での価値観を認めようとする運動であり、そもそも理解すらもされないような価値観や欲望というものは切り捨てられているという。
私はその視点は持ち得ていなかったため視野が広がったような気がした。
この本のタイトルでもある正欲とは各人の内側に潜在的に備わっている欲望であり、食欲、睡眠欲、性欲などと同じ類のものであるようだ。しかし、正欲は他の欲望とは違い、本人には気づき難い代物である。正義を貫きたい、正しくありたい、正解を選びたい、自分が正しいことを認められたいといった欲望がこの正の意味に込められていると解釈した。
正欲の存在を意識することで他者の欲望を理解するきっかけに繋がるのではないかと感じた
Posted by ブクログ
「多様性」は現代社会を生きる上でのキーワードとなっていて、授業のリアペなどで私も重宝している言葉でした。だからこそ、『多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。』という文章が刺さりました。自分の想像力の及ばないことから目を背けて、それらを多数派の「正しさ」に組み込めなかった「その他」の存在として捉えていたのかなと思わざるを得ませんでした。ただ、社会の秩序を保つためにはなにもかも認め合うわけにはいかないという難しさもあります。この本を読んだことで、これから生活の中でふと「多様性」について考えることが増えるんだろうなと思います。
Posted by ブクログ
多数派の岸辺に辿り着かなかった人達への不寛容さや想像力のなさ、自分たちこそが正しいと信じて疑わない思考回路。そういうのに嫌気がさす気持ちに共感しつつも、だからって閉じこもってていいのか?「どうせわかってくれない」と悲しむだけでいいのか?とモヤモヤ。 結局人それぞれ苦しみや抱えるものは違うんだから、もうほっといてくれ。そうやって突き放し合うことへの物足りなさの正体が、なんとなく見えた気がした。 これを問題作と言いたくない。 「卑屈になるのももう飽きた。」 飽きるぐらい卑屈になった、その先を考えようと思えた。
Posted by ブクログ
考えさせる本だった。
自分が「正しい」と無意識に感じ、信じてきたことは何を基準に「正しい」としていたのか。正しくない側はどう思っていたのか考えようとした時、自分は既に正しい側にいることを大前提としていて、この時の正しさは大抵多数決で考えていることが多いけれど、多くの人が同じことを思っている感じているしているから正しいというのはほんとに正しいのか。
考えれば考えるほど結論が出ない内容でした。たしかに。と思わされることが多くおもしろかった。
Posted by ブクログ
取り調べの場面での田吉の発言が読んでいて非常に不愉快な気持ちになると同時に、でもいわゆる世間一般の大きな声を分かりやすくまとめるとこうなんだろうなと思えて複雑だった
Posted by ブクログ
今まで読んできた中で1番考えさせられた作品だった。
冒頭の記事を読んだ時、児童ポルノ関係の事件だって信じて疑っていなかったのに終盤ではなんで決めつけるのだろう、他の可能性に目を向けないのだろうとか考えてたし、まぁ分かるわけないかと諦めてもいた。
物語を読み進めていくうちに特殊性癖の立場にも立てるようになっていったからこそ、どっちの気持ちも分かるような気がして自分はどう向き合えば良いのか本当にわからなくなった。
始めは、八重子が気持ち悪くて嫌いだったけど、大也との衝突では途中から嫌悪感が生まれなくなった。大也へのアプローチが寄り添おうではなく、ぶつかり合おうに変化したからなのだと思う。あの衝突は、この小説で特に釘付けになった場面で本当に考えさせられた。
Posted by ブクログ
よかった。
ここで「共感できる」というワードを持ってくると
矛盾が生まれる気がするが
あえて「共感します」という言葉を書きます。
大也と八重子の言い合いがとにかく刺さる。
分かる。すごく分かる。
諦めはよくあるから。
日常に蔓延る 性 が。
大多数意見が。
私を追い込むのが。
人間って生き物っていうのは
複雑だ。
Posted by ブクログ
朝井リョウは相変わらず人間の嫌なところを掘り下げるのが上手い。正しさというのはいつの時代もマジョリティや支配者が決めるものであって、これだけ自由や平等が叫ばれてる時代でも限界はある。そこに自覚的であるべきなんだ。
Posted by ブクログ
「読む前の自分には戻れない」
全くもってその通りだと思った。読む前の想像力の乏しい自分を棒で打ちたくなる、そんな作品。
自分の中の「正」が世の中のマジョリティなのか、はたまた誰しも世界の作り出した「正」のふりをしてるのか、というかそもそも「正」ってなんだ??誰が作ったんだ??すべて他人と同じ感情とかないだろうに。
だめだ。
とにかく自分と改めて向き合える素晴らしい作品でした。
Posted by ブクログ
正しくありたいという欲望。それが正欲。そして、各々が持つ正欲は多様であり、ときには己を滅ぼす破壊的なもの。目に見える範囲でしか、多様性を描けない。そこで描けなかった範疇の人を正欲で殺してしまう。啓喜が自らの正欲に突き動かされ、その結果、泰希の心や彼を支え続けた由美の気持ち、そして、自身の家庭を壊してしまったように。
Posted by ブクログ
昨今の世界では多様性を尊重する世論が活発化していますが、その世論が如何に薄っぺらいかがセンセーショナルに描かれている作品でした。
私は以前から本書に登場するマイノリティ側の意見に深く同意をする考えを持っていたので、所謂薄っぺらい意見を持つ八重子に対してフラストレーションを溜めながら本書を読んでいました。
しかし、本書を読み終えた後は、八重子の見解も一考の余地があるのではと感じることができるようになりました。
本書の構成としては、多様性を尊重するという括弧付きの薄っぺらい世論を批判することに比重が置かれていたと思いますが、私としては自身が薄っぺらいと感じていた意見に対して、新しい見解を持つことができてとても勉強になりました。
Posted by ブクログ
朝井リョウさんの爆笑エッセイとは一線を画して、とても深い物語だと思いました。
欲は色々あって、何を見て気持ち良いと思うのか、感情が昂るのか、それらは人それぞれです。
でも、マイノリティーの欲は口外することも憚られてしまう、それがこの多様性の社会なのでしょうか。
どんな理由があろうとも犯罪はダメですが、他者に言えずに苦しんでいる人がきっと沢山いるのだろうな、そして、それを無理に聞き出そうとしたり、理解しようとすること自体がエゴイズムなのかもと考えさせられました。
Posted by ブクログ
何を書くか困る。
理解出来たとは思えないし、理解できないものなんだろうなと思う。理解しようとする自分の心こそ、「理解者」側に自分を置こうとする傲慢さ、というか、上手く言えないが、多数派にいようとする心のような感じ。
読んでいて惹かれたのが夏月と佳道
一番印象が変わったのが八重子
拒否感(まではいかないが)、嫌だったのが啓喜
時々、自分自身の恋愛だったり、生き方に悩む。理解されないと卑屈になることもある。
それすら正欲、というか「普通」でいようとする自分がいることなんだなと感じた。
人間、社会は本当に恐ろしい
この本を読むと、「多様性」という言葉がとても怖いと感じる。
人は自分を多数派に置きたがり、「理解するよ」と受け入れの姿勢を示しておきながら、理解できる範囲は決まっている。そこから外れるものには容赦がない。
私自身、マジョリティ側にいる(と思いたい)自分に安心感を得てこれまでも生きてきたし、マイノリティ側に寄った時に危機感を覚えた自覚もある。
そういう生き物で、そういう社会なんだと思う。
その社会のなかでも、どうにかして皆が希望を持って生きれる世界であってほしいと思う(これすら正欲なんだろうが)
あの世界で、出来るだけ長く夏月と佳道が一緒にいてくれると嬉しい
佳道と大也は言うなれば巻き込まれた側。それでも、世間は許してくれない。理不尽に腹が立った。大也は初めて出来ると希望を持ったところで、許されなかった。夏月、佳道、大也が諦めに口を閉ざしたところで、世界はやっぱり「多数派」の正義によって作られ、そこから弾かれる者には容赦ないんだなと感じた。この後、大也がどうやって生きるのか気になる。夏月と佳道は互いの存在があれば、常に危うさは隣り合わせだと思うけど、それでも何とか生きていけそう。大也にも何かしら救いがあって欲しいと感じた。
テレビやSNSで見る事件の犯人に一方的に想像をふくらませて罵倒するのは簡単で、多数派の都合の良いように解釈されて否定されてきた人達が実際にいるんだろうな、と思うと、悲しいというか、やるせない気持ちになった。
Posted by ブクログ
朝井リョウ作品2作目でした。大絶賛の感想が多い中、大変申し訳ないですが、きっと考えさせられる内容が朝井さん特有の文体で見事に描かれているのでしょう、、、ただすいません、自分にはちょっと合わなかった印象です。少し読みづらさも感じつつ長いなと思ってしまったり、内容的にも世の中にはたくさんの人がいるから人それぞれ癖的なものはあるし、それに対する許容も人の数だけ様々でしょ、と思う次第でした。恐らく若年層向けとした作品であり、自分はターゲットからズレていたのでしょう。先日、イン・ザ・メガチャーチを勢いで買って積読状態なのですが、読もうかどうしようか、きっと読むとは思います。
Posted by ブクログ
夏月や佳道がとにかく社会への恨み言ばかりで鬱屈としている様子に辟易としながら読んでいたので、終盤の八重子と大也のシーンがあって安心した。
「そうやって不幸でいるほうが、楽なんだよ」
私自身、自分の性格や環境の難を語る人を目にする度にこう思ってきた。
性癖であっても、性格でも環境でもなんでも、自分の不幸に甘んじて、自分が一番不幸なんだって嘆いていれば何の努力もしないでいられる。
「そうやって全部生まれ持ったもののせいにして、自分が一番不幸って言ってればいいよ」
だけど、朝井リョウ氏がこの作品を通して描きたかったことはきっとこんな身も蓋もない言葉ではない。
物語は次々と視点を変えて、細かくブロック分けされている。そのブロックの継ぎ目では、前の語り手が最後に見たり聞いたり感じたりしたものから、次の語り手にバトンタッチされていく仕組みになっている。
この仕組みは、作中で何度も出てきた「繋がり」とも捉えられる。
夏月達と夏月達が憎んでいた社会、啓喜と啓喜が忌み嫌っていた社会のレールから外れた者たちも、結局みんなどこかで繋がっていることの表現なのかもしれない。
「繋がり」からは逃れられないし、八重子が大也に言ったように、人と人は繋がって話し合っていくことでしか生きていけない。
そういう構造を描いた作品なのかなと受け取った。