あらすじ
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(解説・東畑開人)
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
衝撃的。多様性に対する考え方が変わる。ガツンときた。
自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよなーー。
これに尽きる。
多様性とは自分とは違う他者を理解することではなく、自分の理解を超えた他者が存在することを認めることである…と感じた。
物語冒頭、逮捕された3人がなぜ逮捕されたのか…全然分からないまま物語は進む。むしろ物語は容疑とは逆ベクトルは進んでいく。
あの結末へどう繋がるのか、想像もできないところが凄い。
検察の寺井は自らの性欲から目を逸らし、他者の性欲も否定し、そしてこの物語に終止符を打つ。この物語を否定することでテーマを際立たせるキーマンとなった。
八重子は"多様性"に理解を示すが、それがとことんズレていることで作者の主張を際立たせる脇役。身勝手な行動に正直イライラし、大也には同情する。
大也、佳道、夏月は主人公であり、人に理解されない性癖を持っている。それはアダルトサイトで検索しても出てくるようなものではないし、完全に私の理解を超えたもので、この設定が作者の腕だと思う。読者でも彼らに共感するものはほとんどいないだろう。
物語のラスト、逮捕された佳道は何も語らない、そして夏月も何も語らない。語ってもどうせ理解されないのだ、という感情がありありと感じられる。
そう簡単に理解できるものではないのだ。理解できないということを理解する必要がある…そう学んだ。
Posted by ブクログ
自分は無意識のうちに正欲者だったのだと思い知った。しかし、自分のマイノリティさの欠片も理解している。このバランスが難しい。
読んでよかった作品でした。
要は想像力。綺麗事は難しい。
朝井リョウさんの作品は、読んで傷つき、視野を広げろと言われることが多い。それが心地良い。
Posted by ブクログ
正欲とは、正しい側であろうとする、正しい側にいようとする欲求、自分がいる側が正しいと考えたがる欲求のことか。
そういう欲求があるから、常に、自分は正しいよな?と不安になってしまう。
一見正しくない行動にも、どんな背景があるのか、覚悟をもって一度寄り添うべきなんだろう、と思うが、そんな覚悟を持てる人は多くない気がする。 多くないというか、集団としての維持?コスト、活動?コストが高すぎて、そういう集団は淘汰されて消えていくのかもしれない。
明日からも生きていきたいという前提に立っている人だけに向けられた言葉
三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四であるように、〝多数派にずっと立ち続ける〟ことは立派な少数派である
読めば読むほど正欲がわからない
違う世界線の人たちが読み進めていくうちに交じり合い、夢中で読み進めた。
多様性から外れる人たち…
この本を読むまでいかに自分の考える多様性が狭いものだったか思い知らされる。
読み終わっても多様性とは?正欲とは?わからない。もやもやが残る。
そのもやもやこそが正しい理解なのかもしれない。
最後の解説がこのもやもやを上手に言語化してくれてとてもよかった。
Posted by ブクログ
「自分が想像できる"多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」
「自分にはわからない、想像もできないようなことがこの世界にはいっぱいある。そう思い知らされる言葉のはずだろ」
八重子のなんだかズレているミスリードと
寺井の一切許さない姿勢が視野の幅を広げている
世間一般の指す"多様性"は、あくまでマイノリティの中のマジョリティという想像できる範囲を指す言葉。
マイノリティの中のマイノリティという想像できない範囲は、人間は理解不能で怖いため除外する。
"多様性"に除外された人々は、根本が違うため、生きていくには、普通の人が想像できる範囲の人のフリをして、正欲を持ってるフリをして嘘をつき続けないといけない。
本音を言ったところで一蹴され有り得ないと言われるから。そんな世界だと繋がりも生まれなく、生きていたって苦しいだけ。
"多様性"に除外された人々の気持ちや状況を今まで想像したことがなかった。
性癖がいかにデリケートな話題か、とても考えさせられた。
今までは、私も小児性愛者などは社会から除外されるべきと考えてきた。
この本では、水が性欲対象である3人が出てきて、いや勝手にしてください、こちらには害もないし何も問題ないじゃないかと思ってしまった。
でも実際に自分で性欲を満たそうとすると、過去に逮捕された人もいて。もし、この本の内容が水性愛者じゃなく小児性愛者だったらと思うと、、理解できないこともあるんだな、正義と対極である裏側の人も正義はあってだな、、みたいなのを思い浮かんだ
文庫本だとp413〜415、ハード本だとp315〜317が共感しすぎてしんどい、、
自分は正しい、あの人はおかしいという自分の軸がない若者とか見苦しい。でも自分もそうだったのでとてもわかる。年齢と経験を重ねれば、それ自分勝手で見苦しいよと気づいてと思っちゃう、、のは何だろう