あらすじ
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した尚吾と紘。二人は大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。受賞歴、再生回数、完成度、受け手の反応──プロとアマチュアの境界線なき今、世界を測る物差しを探る傑作長編。
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Posted by ブクログ
人生のバイブルになりえる本に初めて出会った。正直一回目を読み終わった今では、この本が伝えたいことの全てを理解はできていない。それでも変化が大きく正しいということが曖昧になったこの時代の中で、自分に自信を持って生き抜いていくための術が書いてあることは形容し難いほどに伝わった。何度も読んでもっと理解を深めた先に何を感じるのか、早速もう一度読み返してみる。
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送り手側も受け手側も多様化していくなかで、そこに単純な優劣や上下はなく、結局はポジショニングなのだと思う。需要と供給のあいだで、そのときたまたまパズルのピースが噛み合うものが選ばれていく。言われてみれば、その通りである。
ただ、いざ送り手側の立場に立つと、そう簡単には割り切れない。
「どうしてあんな粗悪なものを売っているんだ」と思うこともあれば、逆に「どうしてあそこまで真面目にやっているんだろう。そんなに丁寧にやっていたら採算が合わないだろう」と感じることもある。実際に受け手がどう受け取っているかを十分に考えないまま、つい他の送り手と比較してしまう。
さらに、ある程度その世界を深く知るようになれば、受け手の認知や感情を意図的に誘導するような施策も見えてくるだろう。それを送り手の立場から見て、「自分にはこれはできない」「これは許せない」と感じることもあると思う。
けれど、最終的に価値が生まれるのは、送り手同士の評価ではなく、送り手と受け手とのあいだなのだ。
もちろん、その姿勢自体にも一つの正解があるわけではない。売上を最大化することを第一にする人もいれば、自分が本当に届けたい相手に、正しく届くことを何より大切にする人もいる。そのどちらが上という話でもない。
だからこそ、送り手として大切なのは、周囲の環境や評価軸が変わっても、自分が何を大切にしているのかを見失わないことなのだと思う。
もちろん、その信念自体は変わっていってもいい。ただ、他人を貶めたり否定したりすることで自分を正当化するのではなく、「自分はこういう矜持で、これを届けています」と自信を持って言えるものをつくる。
そんな視点を、私自身も持っていたいと思った。
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大学生時代に監督として撮影した動画が、映画祭でグランプリをとった絋と尚吾。絋は「美しい映像を撮ること」、尚吾は「上質な作品を創り上げること」を信念とし、2人は対照的な進路に進む。
有名な監督の元で監督補佐として働き始めた尚吾は、質の高い作品を作るために細部へのこだわりを追求する。同じ信念を持つチームで働くことを誇りにも思う一方で、YouTubeや動画配信などの別のプラットフォームの事ははなから否定的に捉える。しかし、世の中の可処分時間は新たなプラットフォームに奪われてゆき、所属する映画制作チームの資金状況も危うくなってゆく。
一方の絋は、学生時代の動画撮影の縁から、ボクシングジムのYouTubeチャンネルの動画撮影を任されることになった。投稿した動画はバズを生み、やがて尚吾が憧れていた映画雑誌にも取り上げられる。しかしながら、マネタイズを目的とする運営側と絋の撮りたい動画制作の方向が合わなくなり、やがて別の映像制作会社へと転職する。
そんな別々の道に進んだ2人が1年後に再開し、進むべき方向性や、本質的な価値に向き合う物語。
この作品を読みながら、クリエイティブはプロダクトアウトとマーケットイン、どちらの世界が正しいのだろうかという問題提起に感じた。尚吾のいる世界はまさしくプロダクトアウト。質の高い作品を作り上げることに全神経を注ぐ。しかしながら世の中の多くは、視聴に2時間かかる質の高い作品を求めていない。隙間時間に手軽に作品を楽しみたい。映画館でしか見れない作品より、無料でいつでも見れるYouTubeに時間を使う。尚吾はYouTubeのクオリティの低さを否定するが、そもそも世間はクオリティーを求めていないのかもしれない。
一方絋のいるプロダクトアウトの世界は、とにかく再生数を稼ぐコンテンツを大量生産することが最重要。こだわりを持って時間をかけて作り込むことを世間は求めていないため、とにかく作品を量産する。質の良し悪しより、どれだけ再生されるかが全て。世間を騙すような表現があっても、話題化されればそれで良い。絋は、クリエイターとして映像の質を追求できない世界に葛藤する。
ビジネスの観点では、絋のいる世界の方が、時代のニーズに合わせて柔軟に変化できていると言えるだろう。しかしながら、無数のコンテンツがただただ消化されながらバズっては消える世界に、寂しさも感じる。
作品の途中で、尚吾と同じ鐘ヶ江監督の元で働く浅沼が語ったセリフが印象的だった。「鐘ヶ江の作品を好きになったのは、答えではなく問いをくれるから。いいことを言っているから好きになるのではなく、観終わった後に、自分にとっての大切なものはなんだろう?と言った問いが頭に残る。今の時代の生き方はこれ、みたいな答えを言いたがる人が多いけど、鐘ヶ江作品は問いをくれる。自分で考えたい」。このセリフは、私が朝井リョウを好きな理由と同じだった。
近年のショート動画は、数秒で理解できるようなわかりやすいコンテンツが多い。その影響か、地上波で流れるコンテンツでも、セリフが説明くさくなってきている。だからこそ、朝井リョウの作品のように、読みながら自己投影して、同じようなシチュエーションを自分に置き換えながら考えさせられることが多い。
最終的にこの物語も、スッキリ答えを出して締めくくるというよりは、問いを残して終わる。
ビジネス視点の追求と、自分の信念の追求。きっと、どちらも正解であり、白黒つけずグレーをどう生きていけるかが大切なのだろう。自分の信念と違うものを頭ごなしに否定するのではなく、理解はできなくても「その人の視点から見たらそういう考え方もある」と受け入れていく。自分にとっては価値がないと思うことでも、相手にとっては全く違う価値がある。高いか安いかは相手が決めること。そんなふうに考えることで、多様な価値観が溢れるこの時代をうまく生きていけるのかもしれないと考えさせられた。
Posted by ブクログ
YouTubeが当たり前にあり、ショート動画が好まれる世の中。
どんな人でも動画を作り、発信できる世の中。
だけど、受け取る側の受け心は変わっていない。
丁寧に作られた作品と、目の前のバズりを意識した作品。それぞれを良しとする2人が、それぞれの場所で作品を作り、心の動きを経て、また再会する流れが、ドラマチックでした。
この本が刊行された当時は、YouTubeは今ほど普及していなかったように感じますが、今読んでもとてもしっくりくる作品。
むしろ今こそ、作品とは何なのか、主に受け手側である我々がどのような気持ちで、どんな作品を受け取るべきなのかを、考えさせられる作品でした。
Posted by ブクログ
テーマがすごく「今」っぽい作品だった。
誰もが発信できて、再生回数や数字で評価が可視化される時代。「質が高い」とは何なのか。「本物」とは何なのか。過去の権威は拡散力が乏しく人の心に残らず、しかし手軽に手が届くものは見る人から見れば「足りない」けど「本物」のように評価される。
丁寧に作られたもの、多くの人に届くもの、評価されるもの――いったい何を物差しにすればいいのかが、ずっと問いかけられているように感じた。
特に印象に残ったのが、祖父の「よかて思うものは自分で選べ。どうせぜーんぶ変わっていくと。」という言葉。絶対的な物差しを探し続けても、その基準自体が時代とともに変わっていく。だから最後は、自分が良いと思うものを自分で選ぶしかないのかもしれない。
終盤で「食事」を通してこのテーマが語られるのも良かった。映画や動画だけではなく、私たちが普段何気なくしている「これは良い」「これは本物」という判断にも同じ問いが潜んでいるように思えた。
最後まで明確な答えが示されないので、読み終わった直後はモヤモヤした。でも、もしかするとその「答えが出ない感じ」そのものが、この作品の答えなのかもしれない。
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映像を撮る上での考え方も、卒業後の進路も真逆な2人の主人公をはじめとして、様々な対比が出てくる作品だった。
私も趣味ではあるが作品を生み出している。作り手として何を大切にしていくのか、時代の流れや変化にどう対応していくのか、反対に何を切り捨てていくのか…を常に考えさせられた。
私の幼い頃は皆同じ番組を見ていて学校では前日の番組の内容でよく盛り上がったが、今はYouTubeなどの配信サービスも増え、地上波をそもそも見ない人も多い。好きな歌手や有名人を挙げても名前すら相手が知らないことも当たり前になった。どちらも20年前には考えられなかったが、そんな今だからこそ読みたい、深みのある1冊だった。
Posted by ブクログ
誰かの悪いところを指摘するのではなく、自分のしていることのいいことを言えるようにしたい。自分のしたこと、作ったものに対してどんな受け止められ方をするかはわからない。でも、自分だけはそれに対して胸を張れるように生きていこうと思えた。
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終盤は名言のオンパレードだった。今の世の中(SNS社会)を上手く表現できているように思えた。自分の価値観を大切にしないといけないと思った。そして、この価値観は他と比べて優れている、劣っているものではないということ。人それぞれに自分の信じたい世界があって、この世界が正しいと信じたい、証明するために、日々材料集めをしているということ。でも、そんなことをする必要はない。自分を信じて生きていかないと。
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今の日本に『スター』が当てはまる人はいるのだろうか。
私はyoutubeで見れる動画も劇場で見れる映画も好きだ。映画は数千円してしまうが、充足感を与えてるれる。
YouTubeは満たされる感じはないが埋められている感じがするからだ。
この現代、人が持つ好みは細分化され続けている。同じジャンルの中にも微かな違いがあってそこにも線が引かれている。
そんな線を理解できなくとも認めてあげられるような人に私はなりたい。
Posted by ブクログ
ありがとうございました。
最後の千紗の言動がすごいな。ずっと影を潜めてたけど、尚吾との距離が遠くなってて、それはそもそもの二人の距離のせえで、そして彼女はそこに問いと答えを持ってて。読んでてゾクゾクした。
それまでも特に195ページ以降、浅沼と尚吾、絋とMOVE社長、占部と尚吾、泉と尚吾と絋、鐘ヶ江監督と尚吾。これらの対立、対話が話そのものの本質、「状態と中身」であり「あるものをないものに、ないものがあるものに」だった。
尚吾と絋が映像作ってフィニッシュかと思いきや全然そうじゃない。むしろ最後の千紗の言動に打ち砕かれる。
最近同じように感じていたのが、AI。作詞作曲してもらって配信をしてた。最初は思ったことが言語化されて、さらに格好いいメロディがついてめちゃくちゃ楽しいおもちゃが手に入ったと感じていた。けど、考えるとすぐにぶち当たるのが、何のために?って問いと、これって虚無じゃないかなって疑問。
本物を知らないし、本物を作ったことがない人が本物らしい物を作れる時代になった。でも本当は本物を知ってる。その本物の人や物たちに、「これが自分の作品ですって差し出すときの心に嘘がないかどうか。」を見ないようにしていた。
後ろめたかった。後ろめたさに気づきながら、無視してた。そして、もはや無視もしんどくなって配信も辞めた。
そこから自分にとっての本物を探すことを諦めて、小説やアニメや漫画に、インプットだからと言い訳をして逃げてた。
どうせ本物になれない。何の本物になりたいかも分かってない自分を無視してた。そして、無視もしんどくなって考えるのを辞めたんだ。
本当に心が動くもの。
それを見つけるまでは足掻かなければならないかもな。どうすればいいかわからないけど、兎に角。
Posted by ブクログ
誰かにとって何が正しいのかは分からない、と考えていた。自分にとって、これは違う、それはおかしいと感じることでも、なるべく「それは違うんじゃない?」と否定することを避けてきたことに少し誇らしさを感じる。
しかし反面、自分が「良いこと」だと思うことの説明ができるかどうかと言われたら微妙だ。
どうせ直感で、なんとなく、などという枕詞から始まって、その時作り上げた言葉で語る自分の姿が容易に想像できる。気持ち悪い。
こうならないためにも、自分が良いと思うその理由、価値判断基準をよく考えたいと思う。
Posted by ブクログ
自分の視点に疑いを持ち続けたいとも思ってたし、自分の視点に確信を持てるようにもなりたいとも思う。
とっても面白かった。
何かを生み出す理由を自分の中に持っていたい。
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朝井リョウさんのさ作品はやっぱり好きだなあ。このなんとも言えない、言葉では本当に説明ができない…
ずーっと思考を巡らせている感じ?正解も間違いもない世界を漂っている感じ、個人的には大好物です。
スターは親友2人が同じようで違う道を進んでいく過程を表現している作品。最後の方で再会した時グッとくるものがありましたね。
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朝井リョウの書く本には根っからの良い人は出てこなくて、そういう人はみんな内面では保身的なのがリアルに書かれてる。現実もそうなのかなと思ってしまう。
人の描かれ方にすごく説得力があるけれど、別の人視点で急にひっくり返されそうな感じもあり(実際よくひっくり返される)、疑って読んでしまう。
普段実用書を読む人も読む小説なのかもしれない。
解説がなんかちょっと欲しい解説と違う。本のテーマ的に、解説書く人が文芸寄りじゃなく、今どきの人、になるからかな。
Posted by ブクログ
尚吾と紘がまた再会して、昔みたいに連絡を取り合う関係になれたのが純粋に嬉しかった。読みながら私も学生時代の親友を思い出した
本来は繋がらないはずの等号、たくさんあるよなぁ。自分の中だけにでもたくさんある。繋げて自分を納得させることも、繋げてしまって自分で自分を苦しめることも。
鐘ヶ江監督の意地が私は好きです、自分の大切なもの、自分を形成してくれたものを守りたい、その信念を曲げられないでいる、そういう自分にとっての「軸」が揺るがない人はかっこいいなって思う
受け取り手である私は、映像にしろ書籍にしろ、それぞれに「自分が」感じたこと/考えたこと、を大切にして、自分だけの価値観を持ち続けていたいな。
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・多様性って一人でやるもんでも一作でやるもんでもなくてさ、同時代に色んな人がいて色んな作品があること、じゃん。色んな極端が同時にあるっていう状態が〝多様性〟なわけで、私たちは一つの極端でしかないわけじゃん。そんなの当たり前だったはずなのに、そこがごちゃ混ぜになってる感じない?今って
・知名度と価値。創作者の人格と創作物の質。それとこれとは繫がらないはずのものを繫げる数多の不格好な等号に、ぐるぐる巻きにされていく。
・「誰かにとっての質と価値は、もう、その人以外には判断できないんだよ。それがどれだけ、自分にとって認められないものだとしても」
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●感想
著者自らも、その仕組みの一部であることを引き受けながら、ものづくりと評価の関係を真っ向から描く、朝井リョウの書き手として、構造を俯瞰した態度が好きだ。
細分化された価値観を持つ受け取り手である大衆と、作り手はどういった思いで作品作りをし、向き合うか。自分と、自分の創作物を切り離して眺めることができるかどうか。
千紗のセリフがタイトルを説明している。昔はみんなが同じ「⭐︎」を思い描き、ある程度共通した価値観があり、正当な成功があった。しかしYouTube、様々なSNS、オンラインサロンの登場で価値観が細分化された今、個々のもつ「⭐︎」の形は様々になった。自分の価値観に基づいて、大切にしたいと部分や分野は違う。生み出す側も受け取る側も。それぞれの葛藤をそのまま見せてくれる。
●本概要
国民的スターって、今、いないよな。…… いや、もう、いらないのかも。 誰もが発信者となった今、プロとアマチュアの境界線は消えた。 新時代の「スター」は誰だ。 「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」 新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した 立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、 名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。 受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応―― 作品の質や価値は何をもって測られるのか。 私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。 ベストセラー『正欲』と共に作家生活10周年を飾った長編小説が待望の文庫化。
Posted by ブクログ
自分達の年代が子供の頃は、まだ「スター」とされる人達が存在する時代だった。何万人、何十万人の中から選ばれた特別な存在こそが「スター」だという考えは今もある。だから、自分もどちらかというと登場人物の尚吾の様な考え方でYouTuberを捉えている。でも、結局それは、新しい価値観に順応できていない自分が、新しいものを頭から拒否して取り入れていない結果でもある。
「他を貶すより、自身のやっていることのよいところを見つけていくこと」と千紗の考え方が、新しい価値観が出現した時に大切になってくるのかも知れない。
選択肢が多過ぎて、正しいことも間違っていることも、人によって異なり、自身で選択していくことが難しい時代だと思う。作中で、「答えをもっている人にみんな縋りたくなる。」ということが書かれており、すごく納得した。
Posted by ブクログ
朝井リョウさんはやっぱり好きです。考えさせられるポイントだらけ。最後に千紗が尚吾に話するところが結構好きです。
「ある欲求はある欲求より小さいわけでも、ましてや下にあるわけでもない。全部別の種類のもの」
「欲求に大小や上下があるんじゃなくて、ぜーんぶ小分けされて横並びになる」
「自分がいない空間に対して指摘する資格は誰にもない。あるジャンルの頂点を知っていたとして本当に頂点だとしても、頂点の場所にある一つの点だけを知ってるにすぎない」
なんか、どれもなるほどと思ってしまった。
Posted by ブクログ
何が驚きって、これが2000年に発売された本だっていうこと。今はあーなるほどと思うけれど、発売当初に読んでも流行りに疎いので、尚吾の方に肩入れしていたと思う。数年前から、安室ちゃんみたいな紅白でおかえり〜と祝ってもらえるようなスターも場ももうないなぁと思っていたけど、そういうことなんだと。
ネットメディアとSNS映えの時代に、文字や紙媒体が主戦場の作家さんってどんな気持ちなんだろうとも思った。
Posted by ブクログ
面白かった。色々なフィールドでそれぞれ自分の方針をもって活動している色々な人が描かれていて、共感も違和感もたくさん感じた。読みながら自分自身にも色んな考えが浮かんでは、違う問いかけが見えて来て整理が難しい。もう一回読んでもっと咀嚼したい。
Posted by ブクログ
面白かった〜〜〜!2人の主人公の考えてることや環境の変化による戸惑い、新しい感性との出会いがあるたびにリアルの世の中とシンクロしていく感覚になりました。ついつい止め時が分からず進めちゃいました。
あと1章くらい続きを読みたかった!もちろんいい終わりだったし、区切りはついていたし、これからの未来を感じさせたけど、2人が最後に出した結論まで読めたらすっきりしたと思います!
Posted by ブクログ
映画はあまり詳しくないのですが、YouTubeが普及して複雑な思いを抱えている作り手の方は確かに居たんだろうなと想像できます。どんな風に着地するのか気になりながら読みましたが、流石朝井リョウさん。ここまで言語化されているのは凄い。「その空間にはその空間のルールがある」という視点は、何事においても大事だなと思います。
Posted by ブクログ
「でも、今、消費者が対価として払ってるのって多分、お金じゃなくて時間ですよ」
あらすじをとくに読まずに手に取ったのだが、さすが朝井リョウ。
言語化しにくいことを、さらっと登場人物に言わせてしっかりと問題提起をしてくる。
とはいえ説教くさくはないので読みやすい。
ありとあらゆるものが量産され簡単に手に入る時代。
暇ができてはSNSを無意識のうちに眺めて時間を溶かしている。
そこにはありとあらゆる人それぞれが溢れている。
自分が思う質と価値を大切にしていきたいと思う。
題名の『スター』に込められた意味がわかったときそうきたかと思った。
若い世代におすすめな一冊。
こんな人におすすめ!
・若者
・社会問題に興味がある人
・将来のビジョンがみえない人
・考えることが好きな人
・クリエイターや発信者
Posted by ブクログ
人生では、他人の成功に嫉妬したり、自分の得意分野で、自分より質が低いと感じるものが高く評価されていたりすることがある。しかし、今の世の中は一つの価値観で成り立っているように見えて、実際には価値の判断基準は、それを感じる人の数だけ存在している。それは、本作のタイトルにもなっている「スター」という言葉を聞いたときに思い浮かべる人物が、人によって異なることと同じだ。
このような世の中だからこそ、人を騙す人もいれば、騙されることを望む人もいる。だからこそ、自分自身が心から信じられ、誰に見られても胸を張れるものを生み出していくことが大切なのだと思った。
また、そのようなものを作り上げていく過程では、さまざまな選択を迫られる場面がある。しかし、その選択肢は、そもそも優劣を比べる必要のないものかもしれない。価値観がますます細分化していく現代だからこそ、自分なりの価値基準をしっかり持ち、自信を持つことが重要である。そのためには、自分とは異なる領域の欠点を探すのではなく、自分が生み出したものの良さを、自分自身の言葉で多く語れるようになるべきだと感じた。
Posted by ブクログ
少年たちの成長の話?
私とタイプの違う人たちすぎて読み進めるのがしんどかった。主人公たちが青すぎるのもあるかな。
もっと若くて、全部に一生懸命だった頃に読めば違う印象だったのかも。
メインの主人公の尚吾は、結局自分で何も考えてなくて、尊敬する人や自分が認めた人たちの考えに影響されてるだけでは?と感じる。
結局彼が自分で考え抜いて発した言葉ってあるんだろうか。
尊敬していない人や自分の認められない人たちには頑固で、そうでない人に対して素直と思われるところにモヤモヤを感じ得ない。
ダブル主人公の紘の方が、不器用でイマドキな部分にヤキモキするところもあるか、芯があり自分で考えて行動していて好感が持てる。
話全体としては、時代の変化と価値観をテーマにしているのかな。
ホンモノとか、評価とか、具体的な話になると、何が正解かわからなくなるけど、自分の感性からは受け入れがたいものへのリスペクトを忘れないようにしたいと思った。
Posted by ブクログ
相変わらず時代を先取るのが上手いなぁと感じた。数年前に発売してるものの、無料動画プラットフォームにおける表現の行く先が今と重なる。
あと小説内で確かになと思ったのは、YouTuberとテレビタレントの違いについて。
彼らの違いは企画内容などではなく、関係性や文脈にあるということ。インフルエンサーと呼ばれる人々が一堂に介しても大して盛り上がらない一方、テレビタレントは先輩や後輩、大御所などの文脈があるから、内容そのものではなく文脈に反応しているということ。
昔のように共通の文脈で盛り上がれないと言われる現在、今インフルエンサーと呼ばれてる人も10、20年後には、何かしら文脈ができて、また新しいスターが出てるのかもなと。
Posted by ブクログ
千紗の最後の言葉が、軽やかなのに重い。心を決めた人の言葉だ、と思った。その瞬間に思い浮かぶ顔が尚吾でよかった、と素直に思えた。裏切り展開をちょっとドキドキしながら待ってしまったのは内緒…
登場人物みんなに、どうにか幸せになってほしいと思えたのが、この小説の誠実さだと思う。
才能があっても、輝く場所を間違えれば曇ってしまう。どこで輝きたいのか、どこで輝けるのか
それって「多様性」の話でもあるけど、媒体や表現の場の話でもある。自分がどう見られたいかじゃなくて、自分がどこにいたいか。凡人には想像もできない悩みなのに、妙にリアルに感じられた。
Posted by ブクログ
さすが朝井さんの言語力という感じ…
クリエイティブな世界を諦めた自分には「本物」を追求し続ける尚吾のストイックさがリアルで気後れしてしまった。
とても丁寧な現代へのアンチテーゼだった。
尚吾の先輩の浅沼や、うまく現代で立ち回る泉の言葉がそれぞれの角度から、現代に流されてる自分にちくっと刺さる。
「なんか、本気の一作にちゃんと向き合うのって疲れません? 暇潰しくらいの感覚で二十四時間過ごしちゃいたいっていうか」
「なんか今って、あっちもこっちも色んな方向に目配りしてるみたいな話が多くない? バーンって突き進んでみれば意外とそれでいいかもしれないのに、全方向に対して〝大丈夫ですよ~あなたの生きづらさもナデナデしてあげますよ~社会が良い方向に変わる答えが描かれてますからね~〟みたいな空気のものばっかりだよね、特にあんたたちの世代が創るものって」
「誰が観ても傷つかないような配慮が素晴らしい、みたいな評とかあるけどさ、それだって作品の中身じゃなくて〝状態〟なわけじゃん。」
あとは恋人の千紗の言葉にスッキリしたなあ。
「差し出す人の動機はどんなものでも、差し出されたものを受け取って喜んでる人がいる以上、私たちがそのやりとりの良し悪しを判断することはできないのかなって。できないっていうか、判断しようとしても仕方ないっていうか」
YouTuberみたいな新しい職業をどこか見下すような風潮あるけど、まさにこれだよなと。誰かの消費に繋がってる以上、外野が良し悪しを判断する権利なんかないんだろうな。