朝井リョウのレビュー一覧
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大昔、ゲーテルが
「数学理論は不完全であり、決して完全にはなり得ないこと」
を数学的に証明してしまったように。
多くの数学者、科学者、哲学者が、この世は矛盾で満たされていることを解明してきたように。
真の正しさなんて、この世に存在しないのかもしれません。
数学の世界では公式が
「現実で起こりえないこと」だとしても
「人間の役に立つならOKです!」と理論はどうでも良いとすることがあるそうで。
それなら、人間が矛盾だらけで間違いだらけでも、何らおかしくはないと思うのです。
それでも求めてしまう正しさって、そもそもなんなんだろう。
正義を貫くことって、本来は良いことのはずなのに、なんでこん -
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人間の心理が繊細に描写されていて、特に後半は引き込まれた。
自分は人と違うと言わんばかりに捻くれた発言をする男、教科書通りのエリート路線な意識高い系女、それを俯瞰的に見ながら嘲笑う男。
物事の表面しか見えていない時は、読者も主人公と同じ視点で登場人物を見下し馬鹿にしながら読み進めるも、その人物の本心を知るにつれてまた見方が変わったり、俯瞰的だと思っていた主人公が、実は同じように他人を見下しているだけで実は就職浪人をしている何者でもない人物だったり。
コロコロと登場人物への印象が変わるような構成になっており、人間の心理が繊細に描かれていて共感できる。
特に、友達の内定を喜ぶふりをしながら、 -
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ネタバレアイドルをしている女の子目線で進む物語。自分自身アイドルを推しており、ファン心理も持っているのもあってとても面白かった。
この本全体で描かれているテーマとして「選択」があるが、終盤で碧が愛子にが語る「正しい選択なんてこの世にない。正しかった選択しかないんだよ」という部分や、愛子がるりかに語る「自分の頭で選び取ったものを信じてあげるしかない」という部分はアイドルではない私たちにも響くものがあると感じた。
結果的にNEXT YOUが選びとった選択は皆バラバラで、それでも最後の〇年後部分を読むと皆がそれぞれその道を正解にしていっているのだと私は読み取った。
愛子の高校生らしい等身大の部分も、その -
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私も主人公と同じような人種なので、この本が爆発的に流行っていた時は手に取れなかった。気になりつつも「そういう流行りものを読む自分」に居心地の悪さを感じて、「ほとぼりが冷めたら読んでみよう」と先延ばしにしていた。で、そろそろいいかなと読んでみた。読み終わってから「踊る阿呆に見る阿呆、それを傍から嗤う阿呆」というどこかで聞いた一節が頭に浮かんだ。イタイ人はたくさん居る、それを冷笑するイタイ人もたくさん居る。その中にはもちろん私も含まれている。瑞月さんや理香さんが目の前にいたら主人公達と一緒にぶっ刺されているところだった。いや、実際ラストで刺された。純真無垢な赤子になりたい。
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(昨年読んだ作品のため、記憶が曖昧)
タイトルにそこまで惹かれず、読むのを先延ばしにしていたが、途中からはページをめくる手が止まらなかった。
桐島が部活をやめた。たったそれだけのことが、桐島の友人はもちろん、彼のことをほぼ知らない人へも影響を及ぼすその連鎖がとてもおもしろかった。私は高校生ではないし、感情移入できるか心配だったが、「誰にでも悩みはある」(ありきたりな言葉でしか表現できない自分の語彙力が憎い)ということを再確認できる作品だった。そして、登場人物が思いもよらぬところでお互いを認識している、繋がりを読むことが楽しくて仕方がなかった。よくこんな物語を書けるな〜と終始感嘆していた。 -
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人は、自分が正しいと思っている(思い込んでいる)ことを話すとき、饒舌に、得意げになる。また、その正しさが全ての人にとっての正しさではないということを忘れてしまう。
読後、こう思った。そして私自身もこのような経験が思い出せる限りでも数多とあることにショックを受けざるを得なかった。
私は本作品を読んでいながら「まあ、でも私は間違いなく多数側の岸にいる」と思いたがる自分が常に存在していた。ただ朝井リョウの作品は、どう自分都合に変換しても、それまで傍観者の立場から見ていられた登場人物に、共感せざるを得ない点が必ず出てきてしまう。『何者』を読んだときと全く同じ感覚である。
たとえば、佳道や夏月、由美