村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
村上春樹さんの小説にハマってしまいました♡
消せない過去とか
満たされない想いとか
生きていく上で運命的に抱えてしまった傷跡に
向き合う彼らたち…
その時に与えられる 極上の孤独感や喪失感など
どれもその時にしか感じられない感情ばかり…
自分と向き合うことって
幾つになっても
苦しくて辛くて少し重い…
言葉にできない想いを
いつも求めていた言葉として表現してくれている
読み終えた時は 不思議と満たされた想いになる…
特に短編の中で
『蛍』の小説がお気に入り♡♡
『ノルウェイの森』の原型に
なっている小説ようで
遠い日の記憶や 夢を辿っていく柔らかい空気感が
小説の中に漂っていました… -
Posted by ブクログ
ネタバレ哀しいカフェのバラード
著者:カーソン・マッカラーズ
訳者:村上春樹
銅版画:山本容子
発行:2024年9月25日
新潮社
村上春樹が翻訳をして、山本容子が銅版画を描いている。まあ、これだけでも売れそう。1951年に書かれた名作らしいけど、村上春樹の翻訳ってどうなんだろう。これまで、レイモンド・チャンドラー以外であまり面白いと感じたものはなかった。今回も、うーん・・・って感じ。
長身で骨格と筋肉は男性並、腕力も強い女性、ひどい内斜視のアミーリアが主人公。彼女は父親から町のメインストリート(といってもわずか100メートル)にある建物を引き継いだ。元々は飼料や肥料、粉や嗅ぎ煙草などを販売する雑貨屋だったが、彼女はそこにカフェを開いた。また、3キロ離れた沼地に、郡で一番美味しいお酒をつくる醸造所を持っていて、自分で酒を造っている。最初はその建物で販売のみをしていたが、ある時、酒を買いにきた町の男たちに無料でつまみを出し、それまで許していなかった建物内での飲酒を許した。その日をきっかけに、そこはカフェになった。
彼女は19歳の時、ある男に好きになられた。その男は、町で一番の悪で、機械修理工をする22歳、マーヴィン・メイシー。アミーリアの前では、何も言えなくなっておとなしい。2年間、告白できなかったが、ついに結婚をすることになった。町の人たちは、なぜ彼女がそんな男と結婚などしたのか理解が出来なかった。
新婚生活に入ったが、彼女は初夜を許さなかった。夜になると寝室から降りてきてオフィスで仕事を始める。マーヴィンはプライドを傷つけられる。そして、最後はアミーリアに殴り飛ばされ、追い出される。結婚生活はわずか10日間だった。彼はその後、何軒かで銀行強盗をはたらき、人を殺して刑務所に。
アミーリアのもとには、ある日、小さなせむしの男が現れた。話を聞くと、アミーリアの母親は、その男ライモンの母親と腹違いの姉妹になるという(ライモンの母親が姉)。つまり、カズン・ライモンというわけである。カズン・ライモンはミス・アミーリアの家に住み着いた。そして、小さな体で人気者になり、彼の希望によって店には自動ピアノが設置された。
カフェは賑わった。ミス・アミーリアはカズン・ライモンを愛していた。しかし、彼女にとって不吉な情報が耳に入ってきた。マーヴィンが仮出所したという。彼は町に戻り、子共の頃に世話になった里親の家に勝手に上がり込む。そして、カフェにもやってきて、ミス・アミーリアと睨み合いつつ話すことなく、暫くすると帰って行くが、やがてなぜだかアミーリアの家(カフェの建物の2階)に住み着く。寝室が2つあり、一つはカズン・ライモン、もう一つはマーヴィンが使用。ミス・アミーリアは今のソファで寝なければいけなくなったが、体が大きいのではみ出してしまう。
カズン・ライモンは、マーヴィンの虜になり、彼の後を常について回った。奇妙な三角関係のスタート。
やがて、対決の日を迎える。アミーリアとマーヴィンが殴り合って対決する日だった。町の人たちが、そして遠方から車に乗った人々が、カフェに集まった。お互いに強烈なパンチが入ったところからスタート。両者、ふらつく。そして、殴り合いが進むと、レスリングに。この町では決着はレスリングでつかる。どうやらアミーリアが勝ちそうな雰囲気になった。マーヴィンの首をしめている。このままでは・・・というところで、カウンターの上に乗って見ていた小さなせむし男のライモンが、信じられないような距離を飛んでそこに覆い被さって助太刀をする。形勢は逆転し、マーヴィンの勝ち。
マーヴィンは店中を破壊し、奪い、去って行った。そして、カズン・ライモンも去って行った。カフェは再開することなく、ミス・アミーリアは外から板を打ち付けさせた。近くの店もなくなり、すっかりうらぶれた町となった。その建物は、時々2階の窓があいて、性別不明の内斜視の人間が外を覗く。
この小説で、主要な3人に会話がほとんどない。一体、この3人に何があったのか、何が起きたのか、町の人々同様に、我々読者にも分からないことばかり。最後の訳者あとがきを読んでも、同じようなことが書かれているが、村上春樹氏は欠落した人間ばかりだが、そこにあるのは愛で、愛が絡んだ展開なんだという。マーヴィンとカズン・ライアンには同性愛的要素もあるのだろうという。そして、「せむし」という表現についても、古典だからと使用に理解を求める記述もあった。
ミス・アミーリア・エヴァンズ:カフェの経営者
ライモン・ウイリス:カズン・ライモン、繁盛の功労者、せむし男
ファニー・ジェサップ:せむし男の母
マーサー:ファニーと腹違いの妹、アミーリアの母?
スタンピー・マクフェイル:赤ら顔の職工人
ミセス・マクフェイル:鼻にイボのあるお節介ばあさん
レイニー家の双子:
ヘンリー・メイシー:恥ずかしがり屋で臆病、
マーリー・ライアン:アミーリアがせむし男を殺したという噂の張本人、「三日マラリア」
ヘンリー・フォード・クリンプ:
ロッサー・クライン:
レイナー・スミス:頭のおかしな隠者
ジェフ:黒人の料理人、
モリス・ファインスタイン:ユダヤ人、引っ越した、なよなよした男の喩えに、
<19歳の時代>
マーヴィン・メイシー:機械修理工、邪悪だったが22歳の時にアミーリアを愛した
ヘンリー・メイシー:その弟
ミス・メアリ・ヘイル:彼ら兄弟を子供の頃に引き取った善人 -
Posted by ブクログ
村上春樹の世界観がとても好きだ。
アメリカの少し古い感じ、ゆったりしている感じ、気ままな感じ。
忙しくて明日のこと未来のことを考えすぎてる時に読むと、今を丁寧に大切に楽しんで生きようと思える本。
結局のところ自分の身の丈にあったものしか、見に纏うことができない。合わないものを押し付けられても、そのうちに自然に剥がれ落ちてしまう。だから合わないものを押し付けられるのも、一つの立派な教育と言えるのかもしれない。
村上さんのなんというか気を張らない流れに身を任せるような考え方がとても好きだ。私に合うものや人は考えてできるものではなくて、自然に身についてくるんだろうなあ。 -
Posted by ブクログ
村上春樹が雑誌に連載していたもの、その他を集めて編んだエッセイ集。オリジナルは平成元年というから1989年の発行。35年前のものである。
30強のエッセイが収められているが、興味を持てないもの、全く面白いと感じなかったもの、逆に、なかなか興味深いと思ったもの等、自分的には玉石混淆のエッセー集だった。
村上春樹が、朝日新聞の記事の引用から始めた「日本長期信用銀行のカルチャー・ショック」という題名のエッセイがある。引用された朝日新聞の記事の部分を下記する。
【引用】
ごくごく一部とはいえ、女子行員が制服から私服に変わったことは、やや大げさにいえば、日本長期信用銀行の男子行員にとって、カルチャー・ショックだった。全員まとめて「女の子」だったのが、競争相手の「同僚」へ。それが文字通り目に見えた。
(昭和60年12月9日・朝日新聞)
【引用終わり】
昭和60年、1985年というのは男女雇用機会均等法が施行された年である。おそらく、日本長期信用銀行でも、いわゆる女性の総合職を採用し、その人たちには、女子行員が来ていた銀行の制服を渡さなかったのだろう。だって、総合職なのだから、男と同じく制服は着せない。
この文章に対しての村上春樹のコメントは下記の通り。これも引用する。
【引用】
僕はこの手の文章は個人的にあまり好きではない。たしかに状況を要領よくまとめてはあるが、ひっくくり方が単純明快すぎて、今ひとつ文章全体に信頼感が持てない。読んでいて、本当にそうなのかなと疑問が湧いてくる。
【引用終わり】
日本長期信用銀行の男子行員が、本当に「カルチャー・ショック」を感じたのだろうか(そんなわけないよね)?とか、特に何も感慨を覚えなかった人も、関心を持たなかった人も、私服も良いな、と思った人もいるはず(というか、カルチャー・ショックを感じた人の方が少なかったのでは?)である。
こういう紋切り型の、いかにもありそうで、話としても面白いという文章とは全く別の文章を書こうとして作家は苦労しているはずである。
村上春樹は、エッセイで、自分が感じた違和感を冗談まじりに書いているが、本当は「冗談じゃないよ」と思っていたのではないか、とも感じる。
時々、このように、作家としての片りん(?)をのぞかせるエッセイがあり、それらは村上春樹の本音がにじんでいて面白かった。 -
Posted by ブクログ
「優しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」あの有名なセリフの村上春樹訳である。「プレイバック」の小説そのものよりもこのセリフの方が有名である。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という有名な訳は生島治郎によるもののようだ。
田口俊樹訳だと「タフじゃなければここまで
生きてはこられなかった。」になる。
こんな話だ。朝の6時半、マーロウは知らない弁護士からの電話で起こされる。列車で到着する若い女性を尾行してくれという依頼だった。マーロウは駅へ行き、女性を見つけ尾行するが、彼女の周りにはおかしな男たちがまとわりつき…。前半は事件らしい事件は起こらない。依頼してきた弁護士は何者か?この女性は?彼女にまとわりつく男たちは?何が起きているのか、わからないことだらけである。
途中で死体が出てくるがすぐ消えてしまい、今ひとつ盛り上がらない。最後にはすべてが明らかになるのだが、依頼主になるベティーにマーロウは言う。「私が求めているのは金なんかじゃない。自分がいったい何をしているのか、なぜそんなことをしなくちゃならないのか、それが知りたいだけだ」なんだこの理屈。何がしたいんだ?
この作品では事件は派手には起きない。その点では地味だ。そして何よりいつものマーロウと違う点は、簡単に女性に言い寄られ、簡単に一緒に寝てしまう点だ。これまでのマーロウは悪漢から女性を守るなどの流れがあって女性から何か言われてもさらりと断るのだ。しかしこの話では女性は脈絡なくマーロウに惚れて、マーロウも今までの我慢の反動のように女性を受け入れる。あまりオススメしたくないマーロウである。
翻訳では創元推理文庫の田口俊樹版も良いと言われるが、ハヤカワ文庫の村上春樹版が読みやすいのは確か。どうぞフィリップ・マーロウが崩れ始めるチャンドラー晩年の長編小説を愉しみましょう。
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Posted by ブクログ
寝る前の読書は春樹氏のエッセイみたいな読み物が良いことに気付き、実家に帰った時に、本書も何回も読んだが持って帰ってきてまた読んだ。
春樹氏が国内外の旅行に行ったときのエッセイ。私が興味を持って読んだものに関してははっきり覚えているのに、興味がないものはほとんど覚えていない事に気付き、脳の面白さを感じる。
無人島
→多くの虫に悩まされた事を覚えていた
讃岐うどん紀行
→ほとんど全部覚えていて行ってみたいなと思う、お店まだ有るのかなぁ。
ノモンハン
→ほとんど覚えていなかった。
アメリカ大陸横断
→あまり覚えていなかった。著者自身もあまり楽しい思い出でも無いようなのになんの為にエッセイにしたのか。まだ前項のノモンハンの方が、あまり興味はないものの人のやった行い等、考えさせられる物があったが。
神戸
→これも出だししか覚えていなかったな、興味あるテーマだが、内容が著者のごく個人的な内容だったからかと思われる。 -
Posted by ブクログ
聞いた話を物語(小説)にした短編集。ただ聞いた話をそのまま文章にすればいいわけではなく我慢強さというフィルターをとおして、村上氏自身のなかに溜まっていってこの物語を作ったと序文で言っている。人から聞いた話だからリアリティなのかと言えば、なんかちょっと不思議なこともあったりして、やっぱりそこは村上春樹っぽさ(視点)なのかなあとか。
個人的には「雨やどり」と「ハンティング・ナイフ」が好きでした。ハンティング・ナイフの最後はどういう意味だったんだろう。
「野球場」では「小さな灯というのはとてもいいもんです。僕は飛行機の窓から夜の地上を見下ろすたびにそう思います。小さな灯というものはなんて美しくて温かいんだろうってね」というセリフは『グレート・ギャツビー』のギャツビーが見つめる灯のシーンぽいような気もした。