柳田邦男のレビュー一覧
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コロナ禍をテーマにした、識者たちの短いインタビュー記事が集められたものだが、人間の生死について、人間どうしの関係性について、また経済について(これに関しては私自身の基礎知識がなく、よくわからなかったが…)など、コロナ禍に限らず、人間社会が抱える普遍的で本質的な事柄が多岐にわたって言及されていた。
色々なるほどと思う言葉に出会ったが、特に、世界的な傾向にある「分断」が抱える問題について、アメリカ人経済学者の言葉が腑に落ちた。彼は、それは誰か一人の責任ではなく「差異を超えて互いに話し合うことを妨げている深い分断そのもの」が問題であると語った。特定の人物に責任を転嫁させるような報道に違和感があったが、話し合い、過ちを認め合うことが「分断」から「結束」への橋渡しになると思った。 -
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1945年9月、1ヶ月前の原爆投下の傷もまだ癒えていない広島に新たな脅威が近づいていた。枕崎台風。その規模は11年前に大きな被害をもたらした室戸台風にも劣らぬほどの強さだった。
戦争において気象学は重要。攻撃を仕掛ける時の天候は勝負を分ける大きな要因の一つだからだ。戦時において各地の気象台の計測データは暗号化して中央気象台に伝えられ、中央気象台からの各地の観測データも同様に暗号化されて各地に配信されていた。
天気予報自体が敵に知られてはならない情報なので国民向けの天気予報、台風に関する情報も戦時は国民に一切提供されなかった。
そこに原爆投下で広島のインフラが大きな損害を受けた。そのために通信網が不通となり、中央気象台からの気象情報が届かないため広島気象台の台員たちはのちに昭和の三大台風の一つとされた枕崎台風についての詳細の情報を受け取れず、他方、広島で観測されてある情報を中央に知らせることもできなかった。
そんな中で台風は広島に上陸し、大きな被害を生み出していく、、、
前半は日本の気象学、軍にも協力しながらも気象台で働く人々を描く事から始め、原爆投下による被害や、被害を受けても欠測せず、計測を続ける観測精神の真髄と再度東京に対して観測データを送れるレベルに復帰するまでの苦労の話。
後半は京都大学から原爆被害の詳細の調査と、被爆した人々の救援を行うためにやってきた人々が台風被害に遭って、多数の人が負傷、または死亡してしまう顛末と、その時聞いた黒い雨の記録を残す事になった話など。
原爆の被害に比べれば台風の被害の規模など、数字の桁が2桁ほど違ってきてしまうのだが、そういう大きな災厄の影に隠れてしまった悲劇と気象観測にまさに命をかけた人々の記録。 -
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オムニバス形式。
大切な人を亡くして悲しいときに、自分自身と死者にどう向き合うかという視点と、
悲しみの真っ只中にいる他人とどう関わるのかという視点があると感じた。
宇多田ヒカルの「夕凪」という曲の原題は「Ghost」なのだが、あの曲の理解が少し深まった気がする。私は悲しいことがあったとき、「夕凪」を聴けなくなったため、本を読めなくなったエピソードに共感を覚えた。今まさに自分で物語を書いているから本が読めないのなら、あの曲が聴けなくなったのはその時まさに自分で言葉を書き連ねていたか、詠っていたからなんだと思った。
もっと深く話を聞き進めたいところで章が終わる。共著者の本を読みたくなった。 -
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著者の息子が心の病から自死にいたり、脳死判定を受け、腎移植を決断する。
脳死という考えを、当事者というか、肉親の立場から考える。科学上、また、医学上、脳死は、一定の判定をクリアするとそういう判定となるが、死というものは、ここまでが生きていて、ここからが死んでいると言う風にスパッと決められるものではない。肉親は、特にそうだ。少しずつその死を受け入れていく。
自分の息子の死を題材にしているので、主観が入るのは当たり前だし、仕方がないが、ちょっと感情的な文章というか、表現になっているところもあった。それが悪いというわけではなく、だからこそ本書の意味があるといえる。 -
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『ガン回廊の朝』の続編。前著刊行後の10年間に、ガン克服に取り組む研究者や臨床医の姿を描いています。
まずは、二重造影法による胃ガンの早期発見法を確立した市川平三郎自身が、早期胃ガンであることが判明したことがとりあげられています。国立がんセンターで手術を受けた市川は、速やかにセンターの勤務に復帰することができました。これは、早期胃ガンの診断と治療の確立を意味しており、ガンとの戦いにおいて貴重な勝星をあげたに等しい意義があるとされます。
また著者は、研究者と技術者が協調しながらガン克服に向けて研究を進めていく様子を描いています。超音波検査とX線検査は、工業技術の発展と手を携えて進展していくことになりました。
さらに、患者の目線に立った治療への動きも活発になりつつあることが解説されています。モルヒネを利用することで患者の苦しみを取り除くことなど、「サポーティヴ・ケア」の重視や、終末期の患者に対する「ターミナル・ケア」の必要性が訴えられるようになり、そうした新たな課題に取り組む人びとの努力にスポット・ライトが当てられています。 -
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心を病んでしまった息子(洋二郎)が自殺を図って病院に搬送されてから脳死に至るまでを綴ったエッセイ。
臓器移植や脳死判定の手順等が詳細に書かれていてます。
洋二郎が書いた短編小説も収録されており、心を病んだ洋二郎の心境の考察を試みていました。
エッセイなので著者の主観も入っています。 自分は個人的に、この著者は生理的に受け付けられないタイプだと思いました。なんとなく「そんなんだったから、俺は言ってやったよ」とか、「こんなに苦しんでいる人がいるんだからお前もこうしろ(著者はこうは言っていません。あくまで私の感想です)」といタイプが苦手な方にはお勧めできません。