柳田邦男のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
広島の気象台から見た、原爆と枕崎台風のノンフィクション。
枕崎台風によって広島では2,000人もの方が亡くなられた。通常、台風によってこれだけ多くの方が亡くなることはない。なのになぜ、あまり注目されていないのか。
巨大な災害の後に起こった大災害。
それがどのような災害であったのか。なぜここまで拡大してしまったのか。実際、どんなことが起きていたのか。
そこにいた方たちの姿が、息遣いが、伝わってくるように感じ、震えました。
気象台の方々の、技術者、研究者としてのご尽力を知り、頭が下がる思いでした。
読み終えた後もずっと、頭と胸に感覚が残っています。
本書を読み、災害は、その規模の大きさゆえに二重に起こることもあることを胸に刻みました。 -
Posted by ブクログ
第2次世界大戦がはじまる前、当時の中央気象台は軍による統制を受けることになり、真珠湾攻撃における気象予報も行った。戦時は人員も拡大し、軍事に資する気象予報を行う。
昭和20年8月1日には、中央気象台が大本営に組み込まれ、大本営気象部となる発令がでるはずだったが、ポツダム宣言の諾否にかかる調整で二の次のなるなか、原子爆弾が広島と長崎に落とされる。
終戦後、通信事情が悪くなったこともあり、気象電報の入電がほとんど止まってしまう。8月17日午前6時の入電は、前橋の熊谷の2地点だけという状態であった。
これでは天気図が書けるわけもなく、空白の天気図が残されている。しかし、8月22日には気象管制が解除され、NHKラジオ放送も再び再開された。
その後、9月17日にのちに枕崎台風と呼ばれる大型台風が九州、中国を横断して日本海に出たのち、奥羽を横断して太平洋に出た。この台風による災害が九州ではなく「広島県の死傷不明3066名を初とし」であったのはなぜか。これが、本書の導入。
「天気図の空白は、歴史の空白ではないかと感じた。記録を残すことが将来の災害、戦争、核戦争を防ぐうえで大きな役割を果たすと考えた。」と著者は述べている。
忘れてはいけない歴史が、本書にある。 -
Posted by ブクログ
柳田邦男はノンフィクション作家。「この国の危機管理 失敗の本質」という表題から分かる通り、危機的状況に陥った際の、日本の国としての対応の失敗の状況を描写し、その原因を探ったドキュメンタリーが本書だ。
多くの事例が取り上げられている、ミッドウェイ海戦、水俣病、福知山線脱線事故、鬼怒川堤防決壊、熊本地震等。しかし、本書で中心的に取り上げられているのは、コロナ禍と東日本大震災に伴う東京電力福島原子力発電所事故、特に後者の原発事故問題である。それを、「誰がこんな失敗をした」というような個人的な問題に帰すことなく、システムの問題として捉え分析を行い、本書で語っている。
原発事故で言えば、下記のような分析を行っている。
①巨大津波の予測の無視と津波被害の減災対策の貧弱さ
岩手県から福島県、茨城県沖で大きな地震が起こり、今回のような津波が起こる可能性があることは、一部の学者等から実際に地震が起こる随分以前から指摘されていたが、それが前回起こったのが1000年以上前であり、古文書記録等もないことから「信頼性が低い、確率が低い」として退けられた。従って、福島・茨城では実際に起こったような津波は発生しないという前提での防災対策がとられたのだ。
②原発の津波対策の無策と全電源喪失防止策の欠落
「福島原発には津波は来ない」ということは、福島原発の設計の前提となっていた。そのために、4機ある原発炉のいずれかで電源が喪失した場合には、隣の号機から電源をもらえば良い、という設計になっていたし、配電盤に浸水対策はなされていなかった。すなわち、実際に起きたような、4機の電源が同時にすべて喪失することは、設計の前提に全く入っていなかった。
③放射性物質漏出防止策の欠如
福島に津波は来ることはないので、原発に津波による事故が起こることはない、原発は常に安全であるという前提であったがために、実際に原発から放射性物質が漏出され、付近の住民が避難することは、ほとんど想定されていなかった。従って、避難のマニュアル等がない、地震で道路が通行できないことが想定されていない、重病者の救助が想定されていない、等の問題が次々と発生してしまった。
こういった国家レベルでの危機管理の失敗、戦略・戦術のお粗末さは、太平洋戦争に遡ることができ、そこから何も変わっていないことを指摘している。
筆者は、福島原発事故の事故調査委員会に委員として参加している。筆者はその際に、政府による原発事故被害の全容調査を提言したが、現在でも無視されたままになっている。驚くべきことであるが、福島原発の被害の全容として国レベルでオフィシャルにまとめられた記録は存在しないのだ。そこから、筆者は下記のように述べている。
【引用】
こうした政府の事故や災害による被害の全容調査に対する不熱心さは、なぜこの国の危機管理対策がお粗末かという問題に直結する。戦争で言うなら、一つの作戦に失敗した時、戦略・戦術のどこに失敗の要因があったのか、なぜ重大な損害が生じたのかについて、冷徹に調査・分析をしないまま次の作戦に臨めば、再び惨憺たる目にあうのは必然だ。
【引用】
わが国の危機管理のやり方は非常にお粗末なままである。お粗末であるのは色々と理由があるだろうが、お粗末であったことの理由の分析と対策検討を行わないので、いつまでもお粗末なままである、というのが筆者の主張である。
柳田邦男の本を読むのは久しぶりであるが、非常に読み応えのあるものだった。 -
Posted by ブクログ
防災対策とは、人々の命や財産、地域を守る対策のことだ。議論の余地もないくらい自明のことだが、国や自治体の防災対策の実態を見ると、この自明のことがなされているとはとても言えない。
(引用)この国の危機管理 失敗の本質 ドキュメンタリー・ケーススタディ、著者:柳田邦男、発行2022年3月、毎日新聞出版、309-310
不安定な国際情勢、新型コロナウイルスによる感染拡大、多発する自然災害・・・。我が国を取り巻く環境は、常に「危機」に晒されている。この危機に対して、私たちは、日頃から備えをすることができるのだろうか。その答えは、かつての寺田寅彦氏が指摘したとおり、私たちの祖先が経験してきた「過去の危機」から学ぶことができているかである。では、敗戦や東日本大震災における福島の原発事故など、我が国の危機管理は、過去の経験からどの程度、活かされてきたのだろうか。
このようなことを思っていたとき、私は一冊の本に出会った。災害や事故、戦争や生死、言葉と心の危機などの問題について積極的に発言している作家、柳田邦男氏による「この国の危機管理 失敗の本質 ドキュメンタリー・ケーススタディ(毎日新聞出版)」である。手にとって見ると400ページを超える厚さの本であるが、一読の価値がありそうなので、拝読させていただくことにした。
本書は、序章から惹き込まれていく。そのタイトルは「欠陥遺伝子の源流-ミッドウェー海戦、虚構の戦略」である。私の尊敬する野中郁次郎氏らによる「失敗の本質 日本軍の組織論的研究(ダイヤモンド社、1984年)」なども紹介されているが、日米戦史研究をビジネスに活用していくことは、とても興味深い。序章では、ミッドウェー海戦における5つのシーンから、山本司令官を始めとした日本軍の”失敗の本質”に迫る。柳田氏によれば、ミッドウェー海戦における日本側の作戦失敗の要因として、情報戦の問題と慢心の問題を掲げる。特に、山本長官が自分たちの都合の良い想定をし、内なる慢心に勝てなかったところは興味深かった。大にして、危機管理の備えをするとき、私たちは、「自分たちは助かる」といった勝手な思いから、中途半端なものになっていないだろうか。このミッドウェー海戦の事例からも、危機管理の要諦をしっかりと学ぶことができる。
本書にて、柳田氏は、5つの危機管理の原理を掲げている。第一の原理は、「平常時において最悪の事態をリアルな形で想定し、その事態を乗りきる具体的な対策に全力をあげて取り組む」ことだ。この5つの原理は、危機管理をしていく上で、とても参考になる。第一の原理の中で、私は、この「最悪の事態」という表現を用いていることに着目した。先程のミッドウェー海戦における楽観論では、どうしても自分の都合の良いように解釈をしてしまう。東日本大震災では、「想定外」という言葉が使われた。しかし、東日本大震災は、本当に「想定外」であり、あの惨烈な福島の原発事故は避けられなかったのだろうか。
このことについて柳田氏は、様々な公的な議事録などから検証を試みている。そして、財政的理由や、(被害を矮小化して)国民を安心させることなどが優先され、東京電力福島第一原発に対して、日頃から万全な対策を講じてこなかったことが浮き彫りになる。つまり、科学者や学識有識者らが予見した甚大なる東日本大震災の被害想定が見事に消され、ご都合主義の防災対策になってしまったといっても過言ではなかろう。その結果、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に伴う福島県外への避難者数は、2012年年5月時点で、16万4865人にまで上り詰め、多くの福島県民の方々が長期間、故郷を離れざるを得なくなった。
一方、本書では、様々な過去の危機事例とともに、m-SHEL(エム シエル)モデルなどの危機管理分析手法も紹介している。私も初めてm-SHELモデルを知ったのだが、このモデル分析方法では、わかりやすく、使いやすく、事故の構造的な問題点を浮かび上がらせるのに有効であると感じた。具体的に、本書では福島第一原発の発電所対策本部である吉田所長の判断と行動などについて、m-SHELモデルを用いて分析を試みている。そこから浮かび上がることは、福島原発事故が「組織事故」であるということだ。詳細は本書に譲るが、分析結果から、個人のヒューマンエラーというだけでは片付けられない事案であるということが理解できた。
冒頭、本書で印象に残った言葉を記した。この言葉は、今もなお、過去の災害からの反省が活かされていないことを意味する。そして、本書では、災害直後の危機管理のみならず、「災害関連死」についても多くのページを割いている。ややもすれば、災害関連死対策は、各自治体において希薄になっているのではないだろか。それは、各自治体の防災担当者は、震災発災時の対策に忙殺され、震災後の心のケア対策まで至らないことが考えられる。しかし、柳田氏が指摘するとおり、せっかく震災で助かった命が、その後のケアの悪さで亡くなっていく。私は、あまり防災対策として着目されにくい災害関連死対策について、これからの自治体の防災対策として、力を入れていくべきテーマであると感じた。
最後に、本書では、安倍元首相や菅前首相のなど、リーダーの言葉について触れている。私は、柳田氏が提唱した危機管理の5つの原理に加え、リーダーの“コトバ“を第6の原理としても良いのではと感じた。
それは、まさに今、世界に目を向けると、自国の民を救おうと、必死に声を上げ、国民を勇気づける若きリーダーが奮闘している。そして、そのリーダーは、自身の危険を顧みず、諸外国に向け、自国の現状を切実に訴えかけている。今もなお、終息の見えない危機に立ち向かい、ある時は防弾チョッキを着用しながら惨状と化した現場に出向き、またある時は世界に向けSNSで発信し続けるリーダーの姿に、国民は励まされ、世界中の多くの人たちが感銘を受けていることだろう。危機が発生した際、リーダーがどのように立ち振る舞い、周囲の人達と難局を乗り越えていくことができるのか。本書に書かれている、危機に立ち向かう真の政治家、真のリーダーのあるべき姿は、まさにこの若きリーダーのことを言うのだと思うに至った。勇敢に「危機」に立ち向かっていくために、本書では、危機管理の原理、そしてリーダーとしてのあるべき姿を学ぶことができた。 -
Posted by ブクログ
終戦のあと2年ぐらいに大きな台風被害が日本で出たことはきいたことがあったが、原爆投下の翌月である1945年9月に広島を枕崎台風が襲ったことは、不勉強にして知らなかった。
その意味で、魂のこめられた(=臨場感があって読みたくなる)ノンフィクションとしてこのような記録がのこされたことの意義は非常に大きい。著者があとがき(p.428)でも言うように。
自分自身も、読んで本当によかった。
原爆投下の瞬間の閃光・熱戦(p.91)や、その後の街中の人々の死にかけたような様子(遺言をきいて下さいとか、水を下さいとか。P.139)の描写も鮮烈で印象にのこるが、やはり9月の台風の時のおそろしさ(河川水位上昇、山津波、それによる京大調査隊の被災)は出色の描かれようだ(p.250~)。のちに広島市長になる浜井氏の「原爆砂漠が原爆湖水になった。このまま水が引かなければいいのに」といいたくなるのも、気持ちがよくわかり、痛ましいほどである(p.268)。
加えて、戦時に文科系から運輸通信省に移り、更には軍部との協力体制に組み込まれるという激動(p.28,38)にありながら、誇りないしは責任感を胸に観測を続け、「空白」を消そうといた観測員たちの様子には胸を打つし、枕崎台風の時「予報」ができなかったことも甚大な被害の一因、ということ自体も業務の重要性を語る典型的なメッセージだ。(p.293,394)
最後に、黒い雨の調査についてもふれておかねばならない(p.369,400)。こういう調査がなされていたこと自体が素晴らしいし、今まさになされている訴訟にあっても、参照できるのではないかとも思える。
いずれにせよ、聞き取りを重ねてマッピングするという手法が本質的で、効果的だとも思い知らされた。 -
Posted by ブクログ
技術の発達は私たちに様々な恩恵を与えてくれる。その反面、使う
側の人間が振り回されることも多いのではないか。
本書は1979年3月28日に発生した、アメリカ・スリーマイル島原子力
発電所の事故を再現し、巨大なシステムを運用する際の安全面を考察
している。
ヒューマン・エラーとして片づけてしまっては、巨大事故の本質は
見えてこない。では、何故、ヒューマン・エラーが起きたのか。
そこには最新技術への過度の依存と、その技術が使う側の視点から
構成されたシステムではなかったことが大きい。
重大な危機に直面して、人は平常心を保っているのは難しい。どうに
かこの危機を脱しなければと気持ちは焦る。それなのに、次々と警報音
が鳴り、コントロール・パネルの無数とも思えるランプは点滅を続ける。
冷静になるどころか、鳴り響く警報音や点滅を続けるランプは益々混乱
を招き、今、何が最優先事項であるのかを判断する能力さえ奪う。
恐怖である。スリーマイル島原子力発電所の事故に関しては、たまたま
外部の目が最大の問題点に気付いたからいいようなものの、事故発生時
の運転員たちの目だけであったのなら、危機は侵攻し続けていた可能性
が高い。
「──原発事故においては、目に見えない放射能が相手であり、情報
を正しく理解するには、科学的知識を必要とする。
ペンシルバニア州では、その後連邦政府の関係機関と連絡して、原発
事故発生時における緊急連絡体制を作り、一九八〇年七月にはじめての
大がかりな緊急連絡訓練を行ったが、それでも必ずしも円滑には行かな
い問題点の残されていることが、明らかになっている。苦い経験をした
ペンシルベニア州でさえ、そういう状態である。日本の関係機関は、
いざというときにうまくやれる自信を持っているのだろうか。」
福島第一原子力発電所の事故を経験した後では、著者のこの問題点の
指摘はまったく考慮されていなかったように感じる。
スリーマイル島原子力発電所の事故も、チェルノブイリ原子力発電所の
事故も、原子力推進派は「日本じゃそんな事故は起きるはずはない」と
言って来たのだから。