柳田邦男のレビュー一覧
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世界に名高いゼロ戦の開発に焦点を当て、『技術者とはかくあるべし』を豊富な取材とインタビューで綴った、名作です。とうてい実現できそうもない目標値をおき、それを現実のものにしていく唯一の道は、あきらめずにやり続けること。そして、小さな一歩を積み重ねること。ゼロ戦の機体設計で貫いた、グラム単位の軽量化へのこだわり、ねじり下げ翼などの新技術を果敢に取り込む姿勢、すべてが技術者の鏡。
また、太平洋戦争当時、前線の局地的勝利を追求するあまり、増産と改良パッチ当てを続け、次期型機の開発に遅れた結果、類型1万機強も生産されながら戦争終盤でアメリカの戦闘機軍に太刀打ちできなくなったという物語も、マネジメントや戦略立案時の良い教訓になるはず。
エンジニアで飯を食う以上、一度で良いから、ゼロ戦のような名機を生み出す功績を残したいものです。 -
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ノンフィクション作家が病死やがん死の観点から生と死の問題に向き合った論考集。少年時代の空襲体験と、父と次兄の病死。著者は、そのころから日常のなかに死があったという。
NHKの記者時代より、戦争、災害、事故、公害、薬害など、現場における生と死の形を見つづけた。医師による心蘇生術のためにかえって死にゆく者のよきイメージがそこなわれることがあることも知った。そのなかで57歳の夏に、次男が自死してしまう。聴覚だけは最後まで生きていると看護師に教わり、昏睡状態だった息子に話しかけ11日間やれるだけのことはやったという思いが、その後、愛する者との死別を受け入れることにつながった。
在宅ホスピスという言葉が登場して久しいが、これからの医療に必要なのは、患者とその家族の視点。そして残された人の中に生き続ける故人の精神的ないのちを守ることだという。
(「週刊朝日」 2011/12/02 西條博子) -
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結構古い本で、阪神大震災とか、
もんじゅとか、オウムとか、第二次世界大戦とかがテーマなんだけど、
その当時から全く変わってないな日本は。って思った。
東北の大震災や福島原発はその当時の反省を少しでも活かせてるのでしょうか??
あまりにも「縦割り・内向き・保守」が染みついてしまっている気がする。
もちろん私も例外でなくて。
もし私が、戦時の人間で、死ぬか捕虜になるかみたいな場面があったら、
きっと、死ぬことより狭い社会でつまはじきにされることのが怖くて死んで行ってたんだろーなぁと思います。
今だって、自分がピラミッドのどの位置にいるかとか気にしてびくびくして、枠組みの中で物事考えて、自分がどう思われてるのかとか、
そんなばっかりで、それじゃこの本に書いてあることと同じ。
まずは間違いを認めること、人に助けを求めることから始めてもいいんじゃないかなって思いました。 -
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スリーマイル島の原子力発電事故についての柳田国男さんのレポート。
前半は事故初期段階での原子力発電所内の様子、およびその原因となった技術的、システム的な問題についての記述。後半はマスコミや行政の対応における問題点についての考察。
図らずも原発の仕組みについては詳しくなってしまっているので、特に前半は内容をよく理解しながら読めて興味深かった。ただ読みながらつくづく感じてしまったのが、「福島と比べるとずいぶん軽い事故だったんだなー」ということ。
福島については、問題収束はだいぶ先だろうし、現状把握すらまだまだだけど、いつか福島についてもこのくらいきちんとしたレポートがまとまったら是非読みたい。 -
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原爆直後の台風一過。
広島に原爆が投下された8月6日、その1ヵ月後の9月17日、観測史上稀に見る大型台風が広島を襲った―――。
中央気象台は各地方からの測定結果を元に天気図を作成しているが、何らかの事情で地方からの入電が途絶えると、その地域の天気図は空白になってしまう。
枕崎台風でも同様の事が起こり、九州南部から空白地帯が広まっていった。それは台風の進行と重なり、今回の台風の尋常ならざる勢力を示したいた。
被爆直後の広島では通信業が途絶え、情報を市民へ提供する術が無かった。警報を示す赤い旗を掲げるも、その意味を理解しえた市民は少なかった。
そして迎えた9月17日、台風はバラックを吹き飛ばし、山津波を引き起こし、全てを洗い流した。
その衝撃が冷めやらぬうちから、気象台の職員は被爆後の台風災害という空前絶後の被災調査を始める。
地道な聞き込みの結果、恐るべき台風の猛威が明らかになっていく。
この本で最も感銘を受けたのは、気象台職員達の観測への熱意だ。
原爆投下直後から定時観測を続け、一方で被災者への聞きこみ調査も行っていく。記憶が劣化しないうちに原爆と台風の記憶を後世に残す意義を知っていた。
それは気象観測の精神に刷り込まれていた事だったろうが、このような非常事態下でもそれを徹底して行っていた事に目を見張る。
さらに、その記録を掘り起こし、自分の足で関係者への聞き取りを行い、この本を完成させた著者にも感謝する。 -
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すべての章が音楽に関するものではないけれど、音楽の持つ力について、また著者がその人生のなかで音楽とどういう付き合い方をしてきたか、などが書かれている。演奏会の後、『あまりに美しいので、なんだか胸がいっぱいになって涙が溢れてしまいました』といわれた方がいらしたとか。著者は、『心の奥にしまいこんでいたたくさんの悲しみが、美しい音楽によって封印を解かれて、涙となってあふれだしてきたということではなかろうか』といっているが、本当にそうだと思う。普段は人に見せることのない心の奥にすうっとはいってきて、心を震わせるのだ。ジャンルは問わない。その人の心震わすものが、いい音楽なのだ。絵本に関するエッセイ集『大人が絵本に涙する時』もいつか読んでみたい。
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「ガン回廊の朝」の続編。
ガン制圧のために医者、看護婦、研究者が
さまざまな研究、開発をしていく経過が描かれてある。
途中、医療機器の開発のことも
詳しく書かれており、
その変はかなりマニアックで
途中で読むのを止めようかと思ってしまった(笑)
でも、お医者さんたちが、
途中、ガンを取り除くだけではなく、
その後の患者さんの気持ちを
一生懸命考えて、
痛みを減らす努力や、
たくさん患者さんの気持ちを聞いてあげる・・・
その辺の努力が書かれていたので、
興味深く読めた。
ターミナルケアについて描かれてある部分では、
やっぱり、父親の事をあれこれ考えた。
本当なら・・・父も最期の数ヶ月は
治療らしい治療はなしで、
楽に過ごせる日々を作ってあげればよかったのかなぁと
思う。
ただ、父は頑張り屋さん過ぎました。
絶対元気になって、
息子の結婚式に出たい!
そればかりを考えて自分の病気について
たくさん勉強して先生に相談して、
治療を続けました。
それが父の生き方・・・
それでよかったのかもしれないし・・・
難しい。
父は今何を思ってるかな。
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「枕崎台風」という台風は名前だけ聞いたことがあったが、本当に名前しか知らなかった。
この台風は終戦直後の九月に枕崎に上陸し、広島を通って日本海に抜けた大型台風だそうだ。
そう、広島なんである。一月前に原爆で壊滅状態に陥った無防備な広島を、巨大台風が襲ったのである。
本書は、広島の気象台職員を主人公に、半ば小説仕立てで枕崎台風の被害を描いている。
本書を読んで感銘を受けたのは、気象台の職員にせよ、病院関係者にせよ、学者にせよ、あの戦争のさなかで黙々と職務をこなしていたということである。
広島・原爆というと、私が最初にそれを知ったのは子供の頃読んだ漫画の『はだしのゲン』であり、丸木依里の絵本であり、戦争体験記の児童書である。で、もう少し大きくなると大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』(岩波新書)を読んだりしたわけである。が、被害者の立場から見た惨状はある程度知っていても生き残った人が職業人としてどういう身の処し方をしたかということはほとんど知らなかった。(もちろん『ヒロシマ・ノート』にも治療にあたった医師のことが書かれてはいるのだが)子供心には、当時の大人が何だか竹槍訓練と炊き出しばっかりしていたように感じたものである。今考えるといくら戦争中でもビジネスマンもいれば技術者もいれば新聞記者も鉄道職員も郵便局員もいたわけである。原爆投下後にも、焼けなかった郵便局は開いていたのに驚いた。
主人公(視点人物)とされている気象台職員をはじめ、他の職員らは原爆投下後、「気象人」としてのプライドと義務感をもって怪我や食料不足に苦しみながらも職務を全うしようとする。実に頭が下がる。それとともに、この惨禍を膨大な調査によって明らかにした著者のねばり強い取材にも感服した。