池澤夏樹のレビュー一覧
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日本文学全集の「古事記」の全訳が、池澤夏樹の日本古代史正篇としたら、これは日本古代史列伝だろう。小説とは違う、というものを池澤夏樹は目指した。自らが稗田阿礼の如き語部となし、現代の考古学的成果を少しだけ取り入れながら、綿々と「伝えられてきた」神話を語って見せた。だから近代小説の持つドラマトゥルギーや研究書の持つ歴史的な正確さは無視する。
何故ワカタケル(雄略)だったのか。おそらく、古事記の中でも比較的研究が進んでいて、現代の著者の中に豊かにイメージが湧いたのだろう。ホントは最も語りたかったのはヤマトタケルなのに違いないが、それは本書の中で「既に神話となった物語」として生き生きと語られる。
当然、日本統一の物語も、半島侵略の物語も、大和の豪族経営も、現代に解るように語られるけれども、それが歴史的事実であると池澤夏樹自身が信じているわけではないだろう。古事記全訳をした後に、その魂のままにワカタケルの生涯を「夢の力」で見聞きしたのだろう。それは全訳をした者しか聴けぬ声だった。 -
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豊かな自然と精霊の息づく島の、
透明な、絵はがきみたいな短編集。
見たことがないはずの美しい景色が鮮明に、
なぜか懐かしく思い浮かぶような、
原風景のような作品でした。
それにしても、精霊とか南の島とか、
そんなに馴染みやすい舞台設定ではないはずなのに
なんでこんなにすっとはいってきて、
心地よく馴染むのか。
子供を読者として想定している池澤さんの作品、
すごい好きだ。
風景描写もさることながら、
登場人物のおおらかさ、あっけらかんとした感じも
さっぱりと心地よい。
“たぶん勇気というのは男らしさや元気や
無謀な冒険心とはまるで違うもので、
ひょっとしたら愛と関係があるのかもしれない。”
主人公のティオが優しくて、素直で、
透明で研ぎ澄まされた感性の持ち主なので、
この物語の案内人として
とっても優秀なのもいいんだろう。
実は大学生の頃、『ティオの夜の旅』という
合唱曲を歌ったことがあって、
この作品が原作になってるんだけど、
これも風景の浮かぶ名作なので
ぜひ一緒に味わって欲しい。
複数の表現方法で
ひとつの作品世界を味わえるなんて超リッチだ…! -
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ネタバレ日本の第21代天皇、雄略天皇(仁徳天皇の孫)の物語。
天皇の系譜では、ここからが実在の天皇と言われているようです。ワカタケルや巫女の井ト、皇后となるワカクサカ、みな生き生きとして、リアリティがあります。
権力の座を手に入れるため、ライバルを次々と殺すワカタケル 。しかし、国を一つにまとめあげるには彼の持つ力が必要でした。日本は、彼によって国家が始まったとされています。
葛城の亡霊と語り、使いの狐と言葉を交わすワカタケル 。現実と神話が神話が溶け合って、特別な世界観が生み出されています。
小説なので全てが真実ではないけれど、この時代の「大王」(おほきみ)の概念や、「巫女」のもつ力の現れ方などは分かりやすい。「怨念」については、もう少し書かれていてもよかった気がします。
女性は道具のように扱われて嫌悪感を感じるかもしれませんが、ここではじつは女性と交わり、女性が産み育てることがなければ「大王」は力を得ることも、力を継承することもできない存在なのだと分かります。
ワカタケルは本当に残酷な男ですけれど、そこにも女性の影響が見てとれるのは象徴的です。「大王」の権力を繋げることは難しくても、人を、知恵を未来へ繋げることができるのは、女性の力なのかもしれません。 -
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ネタバレ日本経済新聞の連載で読んでいた。早く一冊の本になってまとまらないかと楽しみにしていたが、1年も経ってようやくだ。『日本文学全集』の編纂作業と並行して大変だったのかな。
その全集の完結に寄せてと、出版社のフライヤに、日本人の性格の要点を知ったと、著者は以下の3つを挙げている;
一、自然すなわち神々への畏怖の念
二、常に恋を優先する生き方
三、弱きものに心を寄せる姿勢
そして、「今、ぼくたちはこういう日本人ではなくなってしまったかもしれない」と。
そんな思いも汲みながら、本書を振り返ると、原日本人への回帰の思いが感じられる気もした。ちょうど、平成から令和へと、生前退位が成って、皇位継承が既定路線で時代が移り変わろうというタイミングでの連載だったので、今の天皇制への期待と批判の気持ちもあってのことかと思っても読んでいたが、むしろ、我々日本人に、原点への回帰と、新しい時代を迎えて再生、再出発を促す作品だったのかとも思う。
それにしても、連載は混乱を極めた。というか、ストーリーというものが掴みにくかったり、当時の言葉そのままの記載の部分と、現代語訳が並び1日分の文量で、まったく話が進まない日が続いたり、ちょと一筋縄にはいかない連載だった。それでも、古代史の魅力、舞台が奈良であることの魅力などから、個人としては、とても楽しめた内容だった。
古代史は、史実というより、伝承だったり、そもそもが作り話だったりで、事実がハッキリしない。だからこそ、作家の創造性の発揮のしどころという面白みもあった。
連載と並行して読んだ安部龍太郎の『平城京』での、葛城氏と皇室との関係などは捉え方が異なり興味深かったし、このワカタケル=雄略天皇の描き方も全く相反するものだった。
先代の天皇殺しのクダリは、安部『平城京』では、ワカタケルが父親を暗殺し、その罪を眉輪(まゆわ)王という葛城氏の血筋の者に濡れ衣を着せたとして描く。一方、池上史観は日本書紀に則り、安康天皇は葛城氏の姫の連れ子の目弱(まよわ)に暗殺され、それをワカタケルが成敗して帝位に就く。一応、主人公としてのキャラクター作りがされていた。
古代史の解釈は定説がないだけに、発想が自由で面白い。
とにかく、神話と歴史がせめぎ合う時代の物語は、暴力的でもあり血なまぐさいが(そして、エロチック)、実にプリミティブで、人間が躍動している。
またそこに、卑弥呼を出すまでもないが、古代史における女性の立場の重要性もクローズアップされている描き方も、実に今的でもある。
『古事記』の現代語訳を行った著者、上中下巻とある古事記は、「政治的な動きが具体化されて権力闘争や武闘もある。そこに女たちが自分の意思を持って関わっている」下巻が面白いと言う。だから、ワカタケルを主人公にした物語を描いたのだろう。
自然=神々との関係が近かった時代という設定だ。ワカタケルもたびたび神と言葉を交わす。そして、側近として仕えるヰトやワカクサカといった女性たちが、神の御神託を夢を介して予言としてワカタケルに授ける。雄略天皇なきあとの主人公は、いや、もとより物語を動かしていたのはヰトであったかのような終盤には、ちょっと唸らされた。
そんな「神話と歴史がモザイクのように並列する世界」が、遠い昔、我が故郷の奈良で繰り広げられていたのかと思うだけで、心躍るではないか。
そうした女性たちが代々天皇に仕え、故事や世の理を後世に伝える役割を担っている。ヰトやワカクサカたちが、その役割を、稗田阿礼という「役職」を継いでいくというのも、面白い仕立てだった。 -
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南の島に暮らす少年ティオと、島でホテルを営む父、そして彼らを取り巻く島民たちと、島を訪れる人びととの交流をえがいた連作短編集です。
不思議な絵ハガキを売りにくるピップという男や、島にあるムイ山に登るために島にやってきたトモコとトムの夫婦、太平洋戦争中に出会ったマリアという女性をたずねてきたホセ、予言者のカマイ婆など、魅力的な登場人物たちと、ゆったりとした時間の流れていく南の島での生活が、少年ティオの視点からていねいにえがかれています。
本作は、児童文学の雑誌『飛ぶ教室』に連載されていたということで、できることならば少年時代に読みたかったと思わされます。もちろん大人になっても作品の魅力を十分にあじわうことはできるのですが、本作がオリエンタリズムをどのように回避しえているかなど、余計なことを考えてしまうことなく、この本の美しさをあじわうことのできる年少の読者がうらやましく感じられます。 -
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学生のときに古文をかじっていたから楽しく読めた。勉強していて良かった。
古文を古文のままで理解できない自分としては、現代語訳に頼ったり自分なりに訳したりしながら読むわけだけれど、どうしても型にはまった蓄語訳は分かるのやら分からないやらはっきりとしないと言うことが起こる。そこが楽しむことを目的として古典を読む際の障りとなってしまうので、こういう訳者のカラーが表れている現代語訳は面白い。
古文って行間を読む楽しさが詰まっているのだと分かる。町田康はやりすぎの感もあったが。
自分は森見登美彦、妻は町田康が好きなので、両者の需要が一致した一冊だった。
両作家が現代語訳を手がけた作品の方はまだ買ってないけどもそのうち買うと思う。