穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
緑内障になったと同時に自身の弱さを吐き出し
不安なこと、いまの思いを正直に書き
読者に届けてくれた。
眼科医の後藤先生、精神科医の春日先生との対談は
わかりやすく、読者が疑問に感じていることを
種村さんが代わりに問いかけて安心感を与えてくれる。
P.078
〈究極的には『どうせ死ぬんだから何でもやればいいんだ』
という話になりますが、
そうは言ってもなかなか踏ん切りがつかないものです。
『恥をかいたら嫌だ』という気持ちも絶対あるわけですから〉
その一歩が踏み出せない。
そういうことは多々あるけれど
エッセイを読み、少しだけ勇気をもらいました。 -
Posted by ブクログ
歌人・穂村弘さんが、自身の緑内障や家族、これまでの半生のことについて語った本書。
著作をコンプリートしていない穂村ファンとしては、穂村さんの上半身が(エッセイのなよなよしている印象とは裏腹に)しっかりされている理由がわかって嬉しかった。
そうか、若い頃のベンチプレス!
「シンパシー/ワンダー」、「生きる/生きのびる」のおはなしも改めて聞かせていただき、再確認した。
緑内障の主治医の後藤克博先生、長年のご友人で共著も出されている春日武彦先生との対談も興味深かった。
調べると、後藤先生は短歌好きで、歌集も出されているようだ。読んでみたい。
瞳を巡る短歌、という、瞳に特化した他の歌人の短歌の短い紹介はあるが、穂村さん作の短歌は紹介されていない。
歌人・穂村弘の短歌を、他の歌集である程度深堀りし、彼の人生観や価値観に沿って楽しみたいひとや、緑内障について少しでも知りたい患者さんや近しいひと、ほむほむのことなら何でも知りたいファンに。
語り起こし、という形態なので、緑内障がだいぶ進行したのかと心配したが、「そんなに怖いことになってない」そうで、一安心した。 -
Posted by ブクログ
最近読んだエッセイのなかでは一番面白かった。「毎年、半袖に着替えるのが人よりも一日だけ遅れる」とか、「猿みたいにウキウキ言いながら初めて携帯電話を買う」とか、「一刻もはやく面白い映画を観終わった後の自分になって安心したい」とかが、情けないのに共感できた。映画については、最近『国宝』を見た時に同じことを思ったかも。いや、あれは上映時間が長すぎてトイレに行きたかっただけか。
しかし、生きることのむずかしさや非モテを嘆く人が、ふたを開けてみたら結婚しているとがっかりしてしまう(後半以降でしれっと「妻」の存在が明らかになる)。一生不幸でいてほしいわけでも、ましてや穂村弘ガチ恋勢でもないが、「なんだ、結局そっちの人か」と思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
意外に面白かった。
もっと嫌になるかと思ったからだ。
私は主人公よりもその妻に近いところにいる。
2人にとっての真実がどこにあるかはわからないから、ここでその是非を問うても意味はないだろう。
そもそも、人と人との関係において正しさは無力で、正しくても正しくなくても暮らせないものは暮らせない。そして、自分がどうしても子供を失いたくないと思えば、正しくないことだって私ならするなと思った。
ただ、著者はおそらくとても正直な人で、ここに書かれたことは彼の世界の真実なのだということは信じられる気がした。
書評という体裁を取っていることは、私には功を奏しているように思えた。ことの顛末についてそのままのエッセイにされるよりも読みやすかったと思う。
生活や自分の頭の中というものは、実際に本書のようにその時に読んだものや見たものと分かちがたく結びついていて、生活と本は互いに確かに影響を与えるものだと思うからだ。
著者はこの日々に思ったことを書き出しておく必要があったと思うし、残したものがいつか子供に届くこともあるかもしれない。いつか届いて欲しいなと思った。
追記:主人公の職業をAV監督としたことは、私に取っては無駄に不快だった。 -
Posted by ブクログ
「NHK短歌」のテキスト内の連載という、穂村さんの本業の短歌をめぐるコアなやりとり。
作家・漫画家・モデル・ブックデザイナーなど様々なジャンルで、
歌を詠んだり、歌に係わっている人との対談はどれも刺激的だった。
三十一文字の制限があるからこその表現。
もっと短い俳句では、今を切り取る表現になるが、
短歌ではより飛翔感、スケール感を語ることが、1行の中で出来る。
置きかえ不能な言葉にまで突き詰めること、
歌=本人と思われがちな部分、神の短歌と世界平和、
文語が要請する言葉運び、時代に影響される発想、逆張り・二物衝撃。
文語の型の中では、批評や指導で出来が良くなっていくものでもある。
歌会・結社の活動の真剣さにちょっと驚いた。
高校時代の、硬派な漫研で鍛えられたことを思い出す。
今まで口語短歌を面白く読んでいたが、はるか万葉の時代から続く文学であり、
学生のころに古典で触れたものも多くある。
匿名でネットの中で発表できる環境で、
短歌の本人性、裏付けとなる事実も揺らいでいくかもしれない。
一方で、誰でも詠めるからこそ、
そのひとの固有性が高い規格外の歌が生まれる可能性も大きい。