穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ■読んだ動機
ぼくが穂村弘さんの短歌集が好きであることを知ってくれた会社の人が、エッセイもオススメと言って貸してくれた。
■あらすじ
4,5ページ程度の短編エッセイ集。
■感想
穂村弘さんのエッセイを読んだのは初めてだったが、1つ目のエッセイから、穂村弘ワールドを感じられた。
日常で触れた些細な言葉や、自分の言動について、繊細な感性で振り返って楽しんだり後悔しているのが、とても良い。
■以下よかった文章
『忘れ得ぬ言葉』
- それが自信のない項目に関わるものであればあるほど、ささやかな褒め言葉が宝物になる。
- だだし、その項目における貧者だから、安っぽい褒め言葉でも満足するだろうと思われるのは心外。
- 貧しきものだからこそ、贋(ニセ)のきんかを憎むのだ。
- 今までで誰かに云われた中で一番嬉しかった言葉は何か。
- 「ボクサーみたい」
- 例えば、「あなたは信頼できる」と言われて嬉しくない人はいないだろう。
- だが、「ボクサーみたい」は違う。あまりにもピンポイントというか、限定的な価値観だ。
- その言葉は、Nさんだったからこそ意味を持った。
『白い天然、黒い天然』
- 「あなたの怖いものは何ですか?」という質問をしたところ、Mさんという女性から
- 「ライオンですね。もし家にいたらと思うと怖くてたまりません。」
- なぜライオン?なぜ家にいたら?毒蜘蛛とかの方があり得るのに。
- だが、ツッコミポイントの多さこそが、そのままこの答えの素晴らしさだ。
- 新幹線の座席をどこまで倒すのが最適かというテーマでは、「Mさんはいつもどうしているの?」「2ですね」
- 2?よく聞いてもると、最初の段階から2段階倒すという意味らしい。
- Mさんは白い天然なんだと思う。
『花だと思ったこともない』
- 空港までの道でお母さんが「アジサイがきれい」と言うので、アジサイをきれいだと思ったこともなければ花だと思ったこともないと正直に伝えました。
- この奇妙さ。
- 道でお母さんが「アジサイがきれい」と言うので、アジサイをきれいだと思ったこともないと正直に伝えました
- では、特に普通の文章。
『もげたり、にえたり』
- 尾道で高校生のカップルがロープウェイに乗っていた。
- ロープウェイが登っていく間、二人はずっと無言だった。が、山頂の駅に着いた時。
- 男の子「ああ、こわかった。心臓がもげるかと思った」
- 女の子「心臓はもげんけん大丈夫」
- くらっときた。なんて他愛ない。そして、あまりにも若い。
- 「もげる」と言う動詞の選択。「もげんげん」の方言化がたまらない。
『ありがとうござ』
- 喫茶店などでウエイターに水を注いでもらった時もちょっとだけ困る。
- 「ありがとう」でいいのに、実際に発生すると微妙に偉そうに響く気がする
- でも「サンキュー」は軽すぎる
- 「すみません」と云ってしまうことも多いが、誤っているみたいで変
- 「ありがとうございます」は丁寧な方に針が触れすぎている
- 「ありがとうござ」くらいがちょうどいいのだ。
- 知り合いの女性は自分の夫のことを「ダー」と呼んでいる。
- 「ダーリン」の「ダー」である。
- それなら、「ありがとうござ」もありなのか
『辿り着ける地図』
- 普通のアプリの地図は正確すぎる
- お店への経路とは無関係な道も乗っている
- 斜めの道は斜めに、カーブの道はカーブして描かれている
- それに対してお店が独自でサイトに載せている地図は、提示される情報が駅からの道順に特化されている
- それがありがたい。
- 手書きの地図もそうだ。手で書き直した地図は、元の地図より不正確になっただろう。
- でも正確さと分かりやすさはイコールではない。
『ざっくりショック』
- 今までに私が他人から「似ている」と言われたもの
- とんぼ / 哺乳類 / 高齢女性
『眩しい言葉』
- 先日、電車に乗った時のこと。小さな男の子が、お母さんらしき女性に向かって訪ねていた。
- 「今、来月?」
- お母さんは穏やかに答えた。「今、今月よ。来月は、ひいくんのお誕生日。」 -
Posted by ブクログ
自分にはない感性で作者のこれまでの恋愛変遷が描かれていて面白かった。過大妄想や繊細な描写もあれば、好意の数値化やら性愛ルールの統一やら合理的な場面もあって、男性脳と女性脳両方所持してるんじゃないかと感じるくらい思考の幅が広いと感じた。身近にいたら面倒そうだけど、些細な日常をこんなに面白おかしく語られたらそのセンスに嫉妬してしまうかも笑 どこまで本気で冗談なのか掴みにくい文体も、作者の言葉を借りるならわけのわからないワイルド系と不思議ちゃんの中間くらい掴みどころのない人だと感じた。自己愛や過剰な自意識、妄想も、知識とユーモアと好奇心さえあれば魅力に変えることができるという希望を持てた。掴みどころのない人や自分の考えじゃ思いつかないような行動をする人、危険と隣り合わせの人が魅力的に見えるのはすごくわかる、あのカリスマ性に今後も囚われながらその魅力を作者のユーモアで紐解いていってほしい。
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Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸らとともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌界を代表する歌人の一人。歌誌「かばん」所属。エッセイスト、絵本の翻訳家等としても活動している。
堀本裕樹(1974年~)氏は、和歌山市生まれ、國學院大学法学部卒、出版社勤務、コピーライターを経て、角川春樹が主宰する俳句結社「河」に参加し、結社賞の各賞を受賞。3年間編集長を務めた後、2010年に独立。俳句結社「蒼海俳句会」を主宰。創作のほか、句会やイベントを行うなど、老若男女幅広い層へ俳句の楽しさを広げる活動を行っている。
本書は、作家、タレント、写真家、整体師、牧師、料理店主、幼稚園教諭、大学生、小学生ほか、50人が選んだお題で、穂村氏と堀本氏が一作品ずつを作り、それぞれの歌と句を読み解くショートエッセイを加えたものである。初出は新潮社の文化雑誌「波」の2013~17年の連載で、2018年に出版、2022年に文庫化された。
私は、数年前に短歌に興味を持ちはじめ、穂村氏ほかの現代歌人の歌集を読むとともに、ときどき新聞歌壇に投稿している。従って、本書についても、基本的に短歌に対する関心から手に取ったが、同時に、短歌よりはるかに字数の少ない俳句で、どのように情景や思いを表現するのかにも大いに興味があった。
そして、一読してみて、随分違うものだ、というのが率直な感想である。
短歌は短いとはいえ、31文字あるので、情景や思いがなんとか説明できるのに対して、俳句の17文字ではそれはほぼ不可能である(尤も、短歌作りにおいても、「お話しするな」、「説明するな」というのが鉄則なのだが。。。)。そういう意味では、俳句においては、作り手も読み手も、想像力の優劣が大きな影響を与えると感じた。
また、短歌の世界では、俵万智や穂村弘らの世代が、それまでの近代短歌とは異なる、現代・口語短歌を作り、広げたが、この変革は短歌だからできたのであって、17文字かつ季語が必須という俳句では難しかったのかもしれない(俳句の世界でも、現代俳句のようなものがあるのか、私は寡聞にして知らないが)。近年若者の間で短歌がブーム化していると言われているが、短歌というものに対し、作り手にとっても読み手にとっても、ハードルが低くなったためであることは間違いないだろう。
(2024年6月了) -
Posted by ブクログ
穂村弘さんの短歌入門書ですね。
まことさんのお薦めの本でした。読むのにかなり時間が掛かりましたが、興味深く読めました。
まことさん、ありがとうございます。
入門書とありますが!歌人の為のステップ解説書と、短歌の構造別の解説書が主な主題ですね。
穂村さんの圧倒的な短歌愛にあふれ、エネルギッシュに語りに騙ります。ただ、時代的に、巻末の対談で語られているように、この本が出された時代と、現在には些か温度差があります。それほど、短歌の世界も目まぐるしく進化を遂げているのに、驚きを感じます。
私は、短歌のまだ素人ですが、その私にも、短歌の表現の自由さや世代の広がりを、短歌集に(まだ、それほど読んではいませんが)触れる事で、感じています。
穂村さんのデビューのエピソードは面白く、ちょっとびびりました。短歌集デビューなどは、まだまだ先の事で(あり得ないかも)ビビる必要など無いのですが(笑い)。短歌仲間との楽しいエキゾチックな活躍も面白く拝見しました。
解説は、穂村さんと感性の違いを感じながら読みました。実はこの解説が、この本の大半なのですが、私は「話し言葉」が当たり前の短歌から入りましたから、ちょっと違和感が大きいかも知れません。
文庫本スペシャル・インタビューは、そういうながれで、これが一番面白く興味深いものでした。
私の短歌はどちらに向かうのか謎ですが、暫くは短歌を味わって、入門書・解説書・短歌集を廻ってみます。