穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最近読んだエッセイのなかでは一番面白かった。「毎年、半袖に着替えるのが人よりも一日だけ遅れる」とか、「猿みたいにウキウキ言いながら初めて携帯電話を買う」とか、「一刻もはやく面白い映画を観終わった後の自分になって安心したい」とかが、情けないのに共感できた。映画については、最近『国宝』を見た時に同じことを思ったかも。いや、あれは上映時間が長すぎてトイレに行きたかっただけか。
しかし、生きることのむずかしさや非モテを嘆く人が、ふたを開けてみたら結婚しているとがっかりしてしまう(後半以降でしれっと「妻」の存在が明らかになる)。一生不幸でいてほしいわけでも、ましてや穂村弘ガチ恋勢でもないが、「なんだ、結局そっちの人か」と思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
意外に面白かった。
もっと嫌になるかと思ったからだ。
私は主人公よりもその妻に近いところにいる。
2人にとっての真実がどこにあるかはわからないから、ここでその是非を問うても意味はないだろう。
そもそも、人と人との関係において正しさは無力で、正しくても正しくなくても暮らせないものは暮らせない。そして、自分がどうしても子供を失いたくないと思えば、正しくないことだって私ならするなと思った。
ただ、著者はおそらくとても正直な人で、ここに書かれたことは彼の世界の真実なのだということは信じられる気がした。
書評という体裁を取っていることは、私には功を奏しているように思えた。ことの顛末についてそのままのエッセイにされるよりも読みやすかったと思う。
生活や自分の頭の中というものは、実際に本書のようにその時に読んだものや見たものと分かちがたく結びついていて、生活と本は互いに確かに影響を与えるものだと思うからだ。
著者はこの日々に思ったことを書き出しておく必要があったと思うし、残したものがいつか子供に届くこともあるかもしれない。いつか届いて欲しいなと思った。
追記:主人公の職業をAV監督としたことは、私に取っては無駄に不快だった。 -
Posted by ブクログ
「NHK短歌」のテキスト内の連載という、穂村さんの本業の短歌をめぐるコアなやりとり。
作家・漫画家・モデル・ブックデザイナーなど様々なジャンルで、
歌を詠んだり、歌に係わっている人との対談はどれも刺激的だった。
三十一文字の制限があるからこその表現。
もっと短い俳句では、今を切り取る表現になるが、
短歌ではより飛翔感、スケール感を語ることが、1行の中で出来る。
置きかえ不能な言葉にまで突き詰めること、
歌=本人と思われがちな部分、神の短歌と世界平和、
文語が要請する言葉運び、時代に影響される発想、逆張り・二物衝撃。
文語の型の中では、批評や指導で出来が良くなっていくものでもある。
歌会・結社の活動の真剣さにちょっと驚いた。
高校時代の、硬派な漫研で鍛えられたことを思い出す。
今まで口語短歌を面白く読んでいたが、はるか万葉の時代から続く文学であり、
学生のころに古典で触れたものも多くある。
匿名でネットの中で発表できる環境で、
短歌の本人性、裏付けとなる事実も揺らいでいくかもしれない。
一方で、誰でも詠めるからこそ、
そのひとの固有性が高い規格外の歌が生まれる可能性も大きい。 -
Posted by ブクログ
穂村さんのエッセイを4冊ほど読んで改めて思ったのだが、穂村さんの文章は、小さな日常の出来事をきっかけに、俯瞰した自己分析をする、視野の狭さと広さの行き来が面白い。
例えば『次の瞬間』という章では、小さな子供と大きな犬が遊んでいる日常の一コマへの恐怖が綴られている。次の瞬間犬が噛み付く妄想(=視野の狭さ)をする一方、視野を広げ、そんな妄想をする自己とそんな事を考えもしない他社の差異を考える。そして「想像力には個人差があり、それは単に度合いの問題ではなく、気になるポイントが違うから」と結論付ける。
穂村さんのエッセイはカメラで例えるなら、単焦点レンズと広角レンズを行き来するような感覚だ。
単焦点レンズは背景が大きくボケるため、主体へのピントの合い方がどのレンズよりも綺麗で立体的だ。
一方広角レンズは、写せる範囲が一気に広がり全てにピントが合うため、さっきまで見つめていたものが世界の一部分と成り下がる。
カメラはいちいちレンズを取り替えるストレスがあるが、穂村さんのピントの合わせ方と広角範囲の分析は実にスムーズ。
そしてミクロな日常的な感情の機微から、言ってしまえば少々飛躍してるようにも思えるほどのマクロな結論を突如導き出す流れは、もはやコミカルだ。
アンパンマンの『アンパーンチ!』くらい、定型となる文章が多いが、それがつまらないどころか、もっともっと…と欲してしまうのは穂村さんの着眼点の面白さにあると思う。
恐らく、穂村さんのエッセイはほとんどの人が何かしら共感できる内容だ。それくらい、一般的な感性なはずだ。(少々行き過ぎた所もあるが)
一般的な感性を書き連ねていても面白みがない。それでも多くの人に賞賛される理由は、その一般的な感性を、絶対に逃さないという意地と、自分の感性は面白いと信じきっているところにあると思う。
穂村さんはこの本で「自分は小心者で、怖がりで、変化が苦手だ…」と、様々な日常のきっかけを頼りにあけすけに綴っているが
つまり穂村さんにとって、ただの日常は、ジェットコースターばりのスリリングな人生なのでないだろうか。
一般人はそのジェットコースターに慣れきってしまい、まるで通勤電車に乗るかのように見過ごしている。穂村さんは絶対に慣れない。
「この世界に慣れないんです」というかのような純粋な眼差しを、穂村さんはひたすらに面白がっている。
「貴方が普通と思うこの出来事は私には怖いのです」と一見卑下するように語るその口調は、
宇宙人のようにまっさらな目線で世界を見る自分が大好きなんだと自己愛にも感じる。
怖がりでこの世界に馴染みにくいとこぼして、自分と対局の(飲み会で途中参加しても騒げるような)人に憧れを持ちつつ、そうは言っても、内心これが自分の個性だとほくそ笑むような、そういう人間くさい穂村弘が、私は大好きだ。