Posted by ブクログ
2021年03月02日
タイトル通り、書評ではなく感想が綴られていて、すいすいと読んでいける。それでも穂村さんなので、ところどころで、お、と思う。
・松浦理恵子「最愛の子ども」について、「社会的にはほとんど価値を持たない小さな感情の襞が丁寧に描かれていて、少女たちの心をこの上なく大切に扱おうとする書き手の意識を感じる。」...続きを読むとあるが、これに続く一文に、はっとした。「我々の未来を変える価値観は現在の他愛なさの中にあると思う。」きっとそうなんだろう。それが何かは今見えないけれど。
・つげ義春について色々述べられている。
「この『旅年譜』には『秘境』という言葉が何度も出てくるのだが、旅情を求めるという次元を突き抜けて、もはや異界への没入願望という印象である。考えてみれば、私がつげ作品に惹かれるのも同じ理由だ。いわゆるファンタジーとは異なる、現実の直下にあるマグマのような異界への憧れ。」つげ作品に感じるものをぴったり言い表していて唸った。
また、つげ作品独特の印象的な言葉遣いに触れて、「作品自体が素晴らしくて、その中のいわゆる名台詞とか決め台詞が記憶に残るのは勿論わかるんだけど、つげ義春の場合は、それだけではないのが不思議だ。」とあるのも、まったくそうだと思う。「サンビスしますから」(リアリズムの宿)「テッテ的」(ねじ式)「キクチサヨコ」(紅い花)などなど、妙に忘れられない言葉が次々浮かんでくる。
作品からうかがえるつげ義春の生き方を「ラディカルな自己放下」と穂村さんは言う。これもすごく腑に落ちた。
「このとき(『旅年譜』を読んだ時)以来ボロ宿に惹かれるようになったが、それが自己否定に通底し、自己からの解放を意味するものであることはずっと後年まで理解が及ばなかった。」なるほど、「自己放下」「自己からの解放」というとらえ方は実にぴったりくる。
・鳥飼茜の「前略、前進の君」では、非常に繊細な心理描写がされているとした後、こう書かれている。
「自分にもかつてそんなひりひりした思いがあった。というのは錯覚だ。どこまで時を遡っても、私はこんな気持ちを抱いたことは一度もなかった。ただどんよりしていただけだ。それなのに、いや、だからこそなのか、鮮烈な描写に惹きつけられる。」
そう、10代の心情を描いたものを読んで、自分もこんな風に感じていたと思うことがあるけれど、よくよく考えてみると「ただどんよりしていた」り、むやみに焦っていただけというほうが正しいのだなあ。
・あまり知られていない歌人らしいが、鈴鹿俊子の「蟲」という歌集が取り上げられている。「日常を詠いながら独特の危うさがある」と穂村さんが評する短歌と、実人生に強い印象をうけた。