穂村弘のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸とともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。エッセイも多数執筆している。
本書は、2016年に出版され、2017年の講談社エッセイ賞を受賞、2019年に文庫化された。
私はこれまで、著者の『はじめての短歌』、歌集『ラインマーカーズ』、エッセイ集『蚊がいる』を読んできたが、その歌もエッセイも、著者の鋭敏かつ独特の感性と、それを文字にする表現力があっての作品であるが、本書も、それらが遺憾なく発揮されたエッセイ44篇が収められている。
解説で、作家の福澤徹三は次のように書いている。「怖さとは想像力である。まだ起きていいないなにかに思いをめぐらせることで怖さは生じる。すでに恐怖の渦中にいてもそれはおなじで、これからを想像するから怖さは増す。つまり想像力が豊かであるほど、恐怖に対する感覚は鋭敏になる。そういう意味でいえば、名だたる歌人でありエッセイストでもある穂村弘さんに怖いものが多いのは当然だろう。本書『鳥肌が』は、穂村さんが怖いと感じる-すなわち鳥肌が立つ事柄について記したエッセイ集である。」
著者が「鳥肌が立つ」事柄とはどんなことか。。。それは、「娘が死ぬのを見届けてからじゃないと死ねない」という母親、夫が無呼吸症候群であることを教えずに毎晩隣で眠る妻、哺乳瓶からミルクを飲むヤギの赤ちゃんの目、外国で起きた連続殺人事件の被害者が皆青目金髪ロングヘア―真ん中分けだったこと、自分が連載していた日記でわずか1ヶ月の間に無意識に同じエピソードを2度書いていたこと、几帳面で仕事もできる男性が自分の年齢を妻に指摘されるまで間違っていたこと、まだ元気だと思っていた自分の母親に「今は昼かい?夜かい?」と聞かれたこと、また、自分と他人の感覚のズレから生じる様々な事柄、未知の自分や将来に対する様々な事柄、等々である。多くは、我々が見聞きしたとしても、一瞬「?。。。」と思いつつ、次の瞬間には流してしまいそうな事柄なのだが、著者はそれを一々留保し、他の類似した事柄や一般的な法則のようなものに敷衍していく。
そして、それらを読んでいると、我々も、日常に埋もれがちなそうした事項が、実は怖いことなのだと改めて気付かされるのだ。
我々の日常に埋没した怖さを軽妙な筆致で描いた、著者の代表的エッセイ集である。
(2021年3月了) -
Posted by ブクログ
「週間文春」に2017年7月から三年間にわたって連載された日記体の書評集です。
主な書評はやっぱり、句集や歌集が多かったです。
SF小説が多かったのは意外でした。
そして、少し古い時代のミステリー作家の初期作品。
中井英夫、泡坂妻夫、連城三紀彦、竹本健治など。
連城作品は初期のものは一時はまってほとんど読みましたが、『連城三紀彦レジェンド』『連城三紀彦レジェンド2』は知らなかったので読んでみたいです。
綾辻行人、伊坂幸太郎、小野不由美、米澤穂信の四人が編者として熱いコメントをよせているそうです。
漫画も多かったです。萩尾望都、大島弓子、内田善美、つげ義春などの漫画がお好きな方には懐かしい本でもあると思います。
やはり穂村さんは歌人なので、半分近くが句集、歌集の各句、各歌の説明で占められていました。
清張が二十代の頃から俳人の手ほどきを受けていたなんて初めて知りました。
いろいろなうんちくも知れて、書評集ではありますが、短歌や俳句の好きな方にもお薦めの本です。 -
Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸とともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。エッセイも多数執筆しており、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞(2017年)を受賞している。。
本書は、2013年に単行本が出版され、2017年に文庫化された。
私は、短歌に興味を持ったことをきっかけに、先日著者の『はじめての短歌』を読んだところ、その中で著者は、人生には「生きのびる」と「生きる」という二つの側面があり、短歌とは「生きる」ことを表現したものである、と語っており、その軽妙な語り口にも惹かれて、本書を手に取ったのだが、期待に違わぬ、実に面白いエッセイ集だった。
何が面白いのか? 著者は自らを“ふわふわ人間”と称し、本書の中で、現実世界の合理に則した行動を取れない自分の姿を描き、できないことの多さをため息と共に列挙しているのだが、そのひとつひとつが、私自身の奥底に仕舞い込まれた「現実に対するそこはかとない疑問」を刺激し、強い共感を覚えるのだ。程度に差はあれ、多くの人が同じような感覚を抱くのではないだろうか。
それについて、陣崎草子(絵本・児童文学作家、歌人)は解説で次のように分析している。「本当は穂村さんは、「すべきことを当たり前にできる」ことを前提として合理的に回る社会や、「今、ここ」にコミットすることで幸福に耽り、現実の破れ目を忘れようとする意識の在り方など、私たちの世界を覆う「無意識の合意」みたいなものの不具合を、とてつもない真剣さで見破ろうとしているのではないか。自分の「できなさ」を道具として世界を解析しつづけることで、「神が創りたもうたこの世界」のほころびを、舌を巻く細やかさで指摘し、摂理のおかしさを暴こうとしている。それは自己の生について「どうせ死ぬ」と腹を括って「今、ここ」にコミットし、神の摂理に合一することで幸福を得て、永遠を感じようという「満ち足りた私」型の方法論とは、真逆の生き方になってくる。だから穂村さんは、「今、ここ」に生きるという在り方と、自身の在り方との「ずれ」に苦しみ、情けなくなる。しかし、そのねじくれた「ずれ」こそが、卓抜にユーモアとエッジの効いた散文を生む原動力にもなっている。「足りてない」ことへの怒りが燃えあがることで、かえってどうしようもないおかしみが生まれてしまうのだ。」 納得である。
また、巻末には又吉直樹との20頁ほどの特別対談も収録されているが、こちらも面白い。
穂村さんのユニークかつ鋭い感性をして描き得る、出色のエッセイ集と思う。
(2021年2月了) -
Posted by ブクログ
「にょっ記」シリーズのことはネットサーフィン中にどなたかのブログで知りました。とても面白そうだったので日本の家族に頼んで探してもらった。1作目の「にょっ記」、2作目の「にょにょっ記」は本屋さんの店頭に無かったとのことで、シリーズ最終作のこの「にょにょにょっ記」を送ってもらいました。
なんともシュールな短文日記。ふふふと笑いながら「そうだよねぇ、そう思うよねぇ」と呟きそうになる。著者の穂村弘さんの書く文章大好きです。にょっ記もにょにょっ記も来年の 帰省時に絶対に手にいれたい。気合を入れなくても読めるひょうひょうとした本は心を軽くさせてくれる。
そして挿絵もこの本の魅力。イラストレーターのフジモトマサル氏の絵がたまらなく好き。この本のイラストを描けるのってフジモト氏以外には想像出来ません。今はこの世にいらっしゃらないのですね。寂しい。 -
Posted by ブクログ
来月短歌入門教室に通う予定で予習のつもりで読んだ。
今すぐ歌人になりたいあなたのためにとあるのに、解説の方が、初心者向けじゃないですって。
ほんと、そうです。
メールレッスンはとても楽しそう。
批評会のお知らせは行きたくなっちゃう。
十二か月の歌はとても素敵。
覚書
短歌は写真みたいなもの 一種のタイムマシン
今しか作れない歌が必ずある
その川の赤や青その川の既視感そのことを考えていて死に損なった 早坂類
好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ 東直子
ひどくあいしたあとはコーラの缶のあかビールの缶のぎんならぶだけ 加藤治郎
いいえいいえわたしはここに残ります割れたコーヒーカップ見つめ 東直子
かたむいているような気がする国道をしんしんとひとりひとりで歩く 早坂類