穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ「どこにでも行ける気がした真夜中のサービスエリアの空気を吸えば」サービスエリアって特別な感覚になる。嗅覚も聴覚もとても澄んでほんとうにどこまでもどこまでも行けるよう。人工物の匂いから自然が救い出してくれるような、どこか懐かしい香り。不可思議で少し足がすくむ感覚。思い出してアンニュイな気分になった
「煮え切らぬきみに別れを告げている細胞たちの多数決として」こうでも結論づけなくちゃ前に進めないよなぁ。とも詠めたし、全力で拒絶しているとも仮定できた面白い歌。人間関係の断ち切りの難しさを感じる
「筆圧の強いあの子が今日は来たイヤホン外して「かりかり」を聴く」今日は、はいつも心待ちにしている人なのかな。前のめりで相手に関心のある様子は捉え方によっては怖く感じてしまうんだけど、気になる人を少しでも感じたい欲が露骨に出ていて愛おしい歌。イヤホンっていうフレーズを見ると、私はどこか閉ざされたイメージを持つのだけれど全力で開いている歌の空気感がすき。かわいい
「冬の朝窓開け放ちてあおむけば五体にひろがりやまぬ風紋」風紋‥風によってできる模様。なるほど。知らない言葉だった。言葉を知るとまた深くこの歌が身近に感じる。風は目には見えないはずだけど、確かにそこにいるな。様々な形で存在することを教えてくれるみたい。目には見えないけど確かに存在する。癒される。力がみなぎる。風って、自然って神様みたい
「俺なんかどこが良いのと聞く君はあたしのどこが駄目なんだろう」ストレートな言葉がしっかりささる。彼は質問しているだけなんだけどしっかり拒絶しているように感じるから凄い。わたし、ではなくあたし、としている女の子に純粋さを感じるから切ない。「あたし」はまだ世の中を知らない。恋愛を知らない。男性を知らない。なんだか懐かしくてやっぱりせつない
「行ったのか待てば来るのかバス停で本当のことはわからずにいる」バスの話だったのか!私は想いを寄せる人に対しての歌だと思っていた‥なるほど。でもその後の、本当のことはわからずにいる。という文は人生そのものを俯瞰して見ているように感じた。わからないんだろうな。だれにも本当のことは
「まだそんな幼いことをやってるの」言いつつ涙溢れるばかり」21歳の女性の歌なんだなぁと思うとより一層胸が締め付けられる。この成人した少女は大人にならなくてはやっていけない現実についていけてないのだろうなぁ
「針に糸通せぬ父もメトロでは目を閉じたまま東京を縫う」東京を縫うってすごい。針に糸、という細かいフレーズからいきなり東京って飛躍するから面白い。細かいことは苦手だよって聴こえてきそう。大都会で働くお父さん。偉大だな。世の中のお父さんが力強く感じた。
「お願いです。駅構内で不審物を発見しないでください。(駅長)」当事者の切実な思いが伝わる。わかるー!責任重いよなあ。緊張感あるよなあ。当番の日には当たらないでくれー!って誰もが願うもの
「さよならが弾けるときは音の粒まで深呼吸してやりたい」すごく覚悟のいることをサラッと受け止めてしまうこの人が素敵。痛みまで、悲しみまできちんと全て吸収しようとするところ、中々真似できない。全部全部大事にしていたいっていじらしさも感じてすきだなあこの歌
「この赤い手すりの下に動脈が埋まっているはずエスカレータの」機械に熱を感じることってあるな。まるで生き物みたいに温もりを感じるとき。もしかしたら命は吹き込まれているのかも知れない。廃墟とかもそうだもんな。それ自体が大きないきものみたいだもん
「享年は書かれてないのね牛肉の細切れ肉のパックの表示に」命日と表記が変わるだけで私たちの生活の何かは変わるんだろうな。加工、消費、と表記されるだけで生き物がモノに変わる物騒さが刺さる。生き物だって頭ではわかっているけれどそれを再度認識して有り難く命をいただいている人間はどれほどいるのだろう。惰性でお肉を選ぶ日もあるもんなあ。なんだか残酷で傲慢で横暴で‥人が人であることを反省する感覚になる
「部長室で頭下げても目の端に窓の緑をいつも入れとく」したたかで素敵な歌。一瞬ですきになった歌。自然っていつも寄り添ってくれる。みなぎる活力を与えてくれる。心身共に平穏無事を恵んでくれる友だと年々感じる。人からパワーをもらったりあげたりするのって時々とてもしんどいから。落ち込んだら自然に頼ってみるのがいい
「地球上の総人口が偶数であれとひとりの朝に願った」ひとりではやっぱり生きていけない。現実社会で手を取り合って生きていくパートナーは必ずいてほしいと切な願いが伝わる。自分の未来に対しての希望なのだろうけど、みんながそんな想いを持てたら日々はもっと穏やかになりそう
「こおろぎは鳴いているけど冷やし中華やめましたとは誰も言わない」はじまりは宣言するのにやめるときは何も言わない。確かに。そもそもなぜ冷やし中華だけはじまるのだろう。かき氷でも肉まんでもおでんでもなく冷やし中華
「君よりも少しだけ長いお祈りで、君はわたしよりしあわせになる」こんなふうに想えるわたしは誰よりしあわせになるんだろうな。いや、既にわたしはしあわせなんだ
「もう少し早く出会っているような世界はどこにもない世界より」もう少し早く出会っていれば‥違う場所で出会っていた‥出会い方のせいにすることってあるけれど、そんな世界ないですよって今の世界が世界なのだからって身も蓋もない歌で素敵
「しあわせな人ぶる君にみあうためコントレックスが不味くてもわらう」しあわせな人ぶるかあ。私たちは常に裏腹を含んで生活してるんだろうな。明け透けで生きても生きづらいリアル。愛嬌をもって建前をもってしたたかに生きるリアル
「くちびるの皮をひとかけ食べました。明日つぶやく予定の言葉」その皮の上で言葉は通り過ぎるはずだったのに早めにその皮を食べてしまったって想像したのだけれど、解説を見たら違ったみたい。SNSにつぶやくってことか!「つぶやく」=SNSやTwitterを想像するのってほんとデジタル社会だなあ
「一人旅装うブログ打つ君の携帯カメラに映らぬわたし」かなしい。さみしい。とてもストレートでリアル。一緒に過ごしているのにいないことになっていて、それをわざわざ証明してるようにも見えてつらい。わたし、いるよってきこえる
「背中をさする手の美しさを咳き込むわたくしは見ることができない」想像しただけで切なくなったり美しく感じたり。人の心は豊かだ
「鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい」ごまかさないで言葉にされるとささる。生き物の死を美味しい美味しい食べている人間って‥
「改札の数が少ないあふれてる人が落ち着くまで並ばない」こういう手法のうたいかたもあるんだな。二句切れと言うのか‥
「「好きにしろ」父の口癖聞くたびに好きにできない呪縛にかかる」わかるなあ。好きにしろって自由とは真逆の意味に聞こえてしまう。だから言っただろうと未来からの声まで聞こえてくるよう
「明日からも生きようとする者だけが集う夕べのスーパーマーケット」力強い意志の集まる場所。ただの人じゃない。ただのスーパーじゃない。感度を持ってアンテナを張り巡らせているとこんな風に詩にできるんだなあ。日常に豊かさをくれる短歌の世界。日常であればあるほどその力に魅せられる -
Posted by ブクログ
最初、全く意味が分からなかった。
穂村弘さんの作品は初めてだし、そもそも、短歌の歌集を読むのも実は初めてで・・・最後の記憶は、中学校の国語の教科書だったろうか。
「あれ、短歌ってこんな感じだったっけ?」というのが、まず思った印象で。
穂村さんを知ってる方には、本当に申し訳ないのだけれど。
それでも、とりあえず、細かいことは気にせずに、読み続けてみようと思い、ひたすら歌を追ってみると、だんだんリズム感が出てきたようで、根拠不明な面白さに陥り始めたとき、最初に気になった歌が現れた。
俺にも考えがあるぞと冷蔵庫のドア開け放てば凍ったキムコ
えっ、キムコって、あの悪臭を守る、あのキムコ?
それから「俺にも考えがあるぞ」って。
思わず、クスリとさせられて面白いし、何か現代小説のような、作者の台詞をそのまま載せて訴えている感じが、私には新鮮。
そして、そのすぐ後に、
「前世は鹿です」なんて嘘をためらわぬおまえと踊ってみたい
踊ってみたいって、誘い文句、私にとってはすごく懐かしいなと思ってたら、この歌集は元々、1990年発売なんですね。
道理で、当時を思わせる、雑多でいて、ロマンチックで、純粋な残虐性が怖くも哀しくもあり(私的にはブランキージェットシティを思い出した)、何でもあるのになぜか満たされない心の叫びのようなものまで、感じられるのか。
そう感じたら、もう一度、最初から読まずにはいられなくなり、改めて読んでみたら、一気に私のお気に入りが増大した。
「あなたがたの心はとても邪悪です」と牧師の瞳も素敵な五月
君がまぶたけいれんせりと告げる時谷の紅葉最も深し
血まみれのチューインガムよアスファルトに凍れ神父も叫ぶこの夜
ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
闇の中でベープマットを替えながら「心が最初にだめになるから」
「パジャマの片足に両足つっこんだ罰で彗星しか愛せない」
真夜中の大観覧車にめざめればいましも月にせまる頂点
街じゅうののら犬のせた観覧車あおいおそらをしずかにめぐる
観覧車の歌は二つあり、それぞれ観点や味が異なるけど、どっちもすごくいい。
時に、人間のどうしようもなさを惜しげもなく、書いているのもあるけれど、その反面、平和で穏やかな凪の感じもあるのが、人間の複雑さを表しているようで、この人好きかもと思えてくる。
そして、やはり、ロマンチストだと思った。
秋になれば秋が好きよと爪先でしずかにト音記号を描く
抜き取った指輪孔雀になげうって「お食べそいつがおまえの餌よ」
くちうつしのホールズ光る地下鉄の十色使いの路線図の前
「まだ好き?」とふいに尋ねる滑り台につもった雪の色をみつめて
あかるくてさみしい朝の鳥かごにガラス細工のぶらんこ吊す
はるのゆき 蛇腹のカメラ構えてるけど撮る方が笑っちゃだめさ
手はつながずにみるはるのゆきのなか今日で最後のアシカの芸を
犬のためのミルク沸くまで真夜中のウエイトレスのシャドーボクシング
そして、「スイマー」では、刹那的な文章もいいし、海をテーマにした歌をずっと読み続ける爽快感もいい。
査定0の車に乗って海へゆく誘拐犯と少女のように
手を叩け海のあおさに驚いたパトカーが椰子の樹に突っ込むぞ
ゴムボートに空気(エア)入れながら「男なら誰でもいいわ」と声たてて笑う
「海にでも沈めなさいよそんなもの魚がお家にすればいいのよ」
バタフライ・ドルフィン・キックで切ってゆく水と光のバウムクーヘン
砂の城なみうちぎわにたてられてさらわれてゆく門番ふたり
どうしよう、この人、すごいよ。すごすぎる。この人の雰囲気、すごく好き。
何か短歌というよりは、穂村弘さんを知る感じ。
ただ、面白いとか怖いとか素敵なだけでなく、顔で笑って心で泣くみたいな感じが、すごく好き。
短歌読んで泣きそうになるって、どういうことよ。
と思っていたら、最後の、「ごーふる あとがきにかえて」の、ホチキスの針の最初のひとつで、とどめを刺された。涙腺崩壊というやつです。
そう、私は今でもそれだよ。
まさしく、ホチキスの針の最初のひとつ。
「自由に、無意味に、震えながら、光りながら、ゴミみたいに、飛ぶのよ」 -
Posted by ブクログ
ネタバレ穂村弘のエッセイを読む。
過剰な自意識を笑うと、それは自分に返ってくる。
自分のことなんて他人はそんなに気にしてないぞ。
穂村弘のエッセイを読む。
一般常識の前で立ちすくむ姿は、全くもって私の姿だ。
なぜみんなそんなことを知っているのか。
どこでそれを知るのか。
穂村弘のエッセイを読むと、なんだか自分がとても悲しい。
客観的に見る自分はとても情けない。
だけど、客観的に見る自分は笑える。
だから穂村弘のエッセイは面白い。
この本は食をテーマに書かれた本なのだけど、腐った牛乳を飲んでも気がつかない、味覚が昭和で止まっているほむほむの食に対する姿勢が抱腹絶倒なのである。
布団の中で食べる菓子パンが一番好きという、ちょっとわからない食のこだわり。
納豆やお好み焼きのタネを混ぜることがめんどくさくてしょうがないという無精っぷり。
ラーメンに乗せるトッピングを絞り切れない優柔不断。
やっぱほむほむって変。
「曖昧体重計」とか「逆ソムリエ」のという言葉の破壊力。
言葉にこだわる歌人の性なのか?
才能の無駄遣いのような気もするが。
そして、変なのはほむほむだけではなかった。
蕎麦はそれほど好きじゃないのに、わんこそばが好きという若者。
好きな理由が「リズム」。
???
ステーキ屋さんで、他のお客さんの頼んだものが美味しそうだからと言って、その客のあごの動きで咀嚼回数を数え、メニューを特定したという知人のSさん。
…マガジンハウスの沢田さんでしょうか。
毎日世間の常識にあわあわしながら過ごすのも、結構楽しいのではないか。
穂村弘のエッセイを読むといつもそう思う。 -
Posted by ブクログ
このタイトルからして、やられてしまう。嵐の音とも風雨とも隔絶され、本に囲まれている。あたたかいのみもののカップを持って、穂村さんのおだやかな声で、本の話を訥々語ってもらっている、そういう一冊。読書好きだったら、こういう、繭のように守られた状況での読書、最高ではないか。少なくとも私はそうだ。今しも、ベッドでココアを飲みながら、これを書いている。熱すぎたココアが’、書いてるうちにちょうどよくなるのを期待して、だ。
穂村さんの読書日記の空気は、ふたとおりある気がしていて、曇りの日に、居心地のいい部屋でほんの話を聞いてるような、繭の状況での感じ。もうひとつは、中央線界隈や早稲田の古書店を、ふらりと訪ねて本を探すのに一緒についていっちゃったような感じ。この本読んでると、古書店で本を買う様子が多いのだけれど、どうも、一緒に買いに行って、書棚に釘付けでこっちを見ない穂村さんの横顔を見ながら、本の話を聞いてるような。
サッシの引き戸開けた時の、ぷうんと来る本の匂いや、茶色っぽいけど丁寧に扱われた本が、ぎっしり入った書棚まで、生理的に思い出してしまう。本屋さんの薄いようなしっかりしたような袋までも。
扱われている本は歌集にマンガ、児童文学に海外小説、話題のミステリ。あれこれ、私に刺さる本も刺さらぬ本もあっていい感じ。刺さらない本の話もいいのかって?読まないと思う本の話なのに、このひとの語ってくれる話なら、聞こうかなあということ、ないです?つい、ふらっと喫茶店の隅の席で、つい二人分のコーヒー頼んで、いつまででも聴いてるようなこと。まさに、そんな感じ。
気になった本は、『読みたい』に登録したが、視野がディープに狭いジャンルと、話題のものにも目配りが利いてて、さすが本好きと思うのと、するどく世の中を見てる…中心をいろいろ変えて世の中を見てる、その窓として読む本の選び方と、十代のように透明で儚い叙情性を感じる嗜好とに、大別される気がしている。
それでも、私の言葉なんて。知れていて。次に何の本を
「あのう、これね…。」
って差し出されるか、予想もつかないのだもの。掴みどころのなさと意外さに、ついもう1ページと、読んでしまうだろう。同じ本読んでたと快哉を叫ぶもよし。うわあ全然知らないよと、検索するもよし。そういうのはおいといて、嵐の気配を気にしながら、この空気に浸るもよし。
くせになりそな読書日記です。ココアが飲み頃なので、今日はここまで。 -
Posted by ブクログ
レビューを拝見して知った本です。ありがとうございます。
私は短歌の本を結構持っていますが、なかなか最後まで通読できません。
穂村弘さんの短歌の講座を受ける機会が数年前にあり、穂村さんの御著書(歌集)も数冊持っていますが、最後までちゃんと読んだのはこの本が初めてかもしれません。
何で自分が短歌があまり得意でないかと思っていたかは、わかりました。想像力が貧困なせいではないかと思います。
俳人の小澤實(みのる)さんが「句をうまく読めないのは絵が浮かばないから」とおっしゃっていらして、句より文字数が14文字多くても、私はその辺がダメなのだと思うに至りました。
でも、この対談集は短歌好きな対談者と穂村さんのお好きだという歌がたっぷり載っていて、好きな歌がたくさんみつかりました。
夏眠から覚めれば秋は痛いので「生きたい」という練習をする 千葉聡
夕暮れにまたがっている泣き終えた夕暮れがひだりの靴を履くまで 瀬戸夏子
どれほどの量の酸素に包まれて眠るふたりか無垢な日本で 小佐野弾
拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません 笹井宏之
ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした 笹井宏之
表紙みただけで涙が出る童話と同じ第一印象のひと
雪舟えま
逢えばくるうこころ逢わなければくるうこころ愛に友だちはいらない 雪舟えま