穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書のテーマは「偶然性による結果的ポエム」についての考察だそうです。
特に気に入ったエッセイを二つ引用します。
P36より
本当の名前
以前枡野浩一さんが、ものを書き始めたばかりの人が自分でつけたペンネームにはしばしば「月」という文字が入る、という意味の指摘をされていたが、そう思ってみると、確かにインターネット上のペンネームなどは「月」だらけだ。この「月」は言霊的に効きにくいだろう。
偶然性のある「月」ならいい。
だが「月」を入れた名前の多くは、その他の部分も素敵な文字で固められている。本人の思い入れの強さによって、偶然性の要素、つまり「思いがけなさ」が奪われているのだ。
自分で自分に名前をつけることの難しさを感じる。
と云いつつ、私も自分でつけたけど。
柚月裕子さんはペンネームです。本名知っています。
(何度もレビューに書かせていただいた気がしますが、地元の小説講座で生徒としてご一緒させていただいていたのです)
確かに月が入っていますね。
でも、大成功されているからいいのではと思いますが。
「月」とは関係ありませんが、伊坂幸太郎さんもペンネームです。(やはり地元の小説講座に講師としていらしたとき懇親会でお尋ねして聞いてしまいました♪)
それで御本人から直接お聞きしたのですが、本がたくさん売れていらっしゃる「西村京太郎」さんに字画をあやかってつけられたそうです。ついでに調子に乗って伊坂さんの御本名もお聞きしてしまいましたが、それは内緒ですが。字画ってあるんですね~。
私も、短歌を作って投稿しているのでペンネームを考えた方がいいのかと思いました。(今は実名で投稿しています)
P59より
私の詩集買ってください
何故か必ず「詩集」で「小説」や「イラストレーション集」ではないのだ。見るたびに切ない気持ちになったのは、私も詩を書くからか。それとも、張り詰めた表情や佇まいが、暗い未来を約束しているように思えたからだろうか。
それにしても、自分の詩を読んで欲しいという願いを真っ直ぐに形にした筈の「声」が、イレギュラーな印象を帯びてしまうのはどうしてだろう。記憶の中の彼女たちはみんな似ていて、一人の少女であったようにも感じられる。
これ、すごくわかります。
私も以前東京に住んでいた時に新宿で声をかけられたことが何度かあります。
最後の一文がメルヘンだと思いました。 -
Posted by ブクログ
ふとした時に見かけた看板の文言や、街中での他人の会話を聞いて感じたことを主にまとめたエッセイ集。
相変わらずのほむほむ節が炸裂していて、面白い。氏のゆったりのんびりとした文体が好き。「なにそれ、どういうこと?」って前のめりになったり、「わかるわかるw」と共感したりしながら読んだ。
若者たちに写真を頼まれて「はいチーズ」と言って伝わったか不安になっちゃう話とか、友人の奥さんが夫婦喧嘩した時にマジックで床に×印を書いて「ここで首を吊るから」と言い放った話とか、美華さんが自分の名前の漢字を伝える時に「美しいに華やか」ではなく「美術の美に中華の華」と遠回しの言い方を使った話とか…
こういう些細なことに考えを巡らせながら生きていたら楽しいだろうなと思った。 -
Posted by ブクログ
近くのショッピングモールの本屋さんでなんと、この本が三冊並んでました。短歌コーナーが前よりも大きく設けられているような気がします。この本の表紙は今までの穂村本と趣が違って、ジェットストリームのようなシックな色合い。装丁葛西薫さん。
内容はいつもの昭和感満載で安心します。街角でふと耳にしたことから膨らむ、ほむほむ妄想世界へ!本書のテーマは「偶然性による結果的ポエム」ですって。穂村さん短歌はなくエッセイのみです。
『前にも云ったかもしれないけど』、同じこと言っちゃってます。わかります。
『昭和?』「私も何かを云った後で、今のは昭和だったかなあ、とよく不安になるのだ。」、同感。
『名前の教え方』、自分の名前をどう説明するか、皆さんどうしているのか話してみたい。
無邪気な子どもの質問に「生まれたての宇宙みたいな状態」って素敵。
妻との会話は、狼狽している穂村さんを優しく諭す感じが微笑ましくて若干嫉妬心。
言葉に対する感性がますます研ぎ澄まされている。穂村さんの朗読で聴いてみたい。
穂村さんの『情熱大陸』や『プロフェッショナル』してほしいな。 -
Posted by ブクログ
暴力的で荒々しい言葉遣いだけど美しい言葉の印象を受けました。
暴力的だと感じるのは、恋人(たぶん)をおまえと呼ぶせいかもしれません。
それと、女性を女と呼ぶせいもあるでしょう。
文学で言えばエンタメ系ではなく純文学系の感じがしました。
もう一人の現代の代表的歌人である俵万智さんはエンタメ系というイメージです。
考えたのですが、穂村さんが恋人をおまえと呼び女性を女と呼ぶのは穂村さんは平成、令和の歌人ですが、穂村さんが昭和生まれだからで、そんなに暴力的という訳ではないのかもしれません。でも、あなたという呼称もありますが。
今だったらぼくらとか君とかが多いような気がします。
拙い的を得ない感想だったかもしれません。すいません。
ちなみにこのレビューで1000レビュー達成です!
以下よく引かれるという歌。
○子どもよりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」
○サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
○桟橋で愛し合ってもかなわないがんこな汚れにザブがあるから
○終バスにふたりは眼むる紫の<降りますランプ>に取り囲まれて
○わざわいは夏降り注ぎママレードの中にのたうつオレンジの皮
以下私が、好きだと思った歌
○編んだ服着せられた犬に祝福を 雪の聖夜を転がるふたり
○体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
○「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」
○ゼラチンの菓子をすくえばいま満ちる雨の匂いに包まれてひとり
○ペーパーフィルターに世界の始まりを目守る神々春のゆうぐれ
○ハーブティにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり
○裏切りの朝の香りはドロップの缶にそれだけ残した<はっか>
○「自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備のすべて」
○「まだ好き?」とふいに尋ねる滑り台につもった雪の色をみつめて -
Posted by ブクログ
昨年の年末に、111108のレビューを読んで購入した。読みごたえがあって何度も読んだ。
一番印象に残ったのは、5552もレビューで書いていた「オートマティック」な感じになるのはだめというものだ。慣用句的な表現といっていいかもしれない。慣用句的な、みんなが使いそうな表現を使うと、オリジナリティが希薄になる、そんな内容を書いていて勉強になった。
2章の設置法では、歌集の作り方などを著者自身の経験をもとに書いている。歌集のタイトルは自分の名前とのバランスが大事など、他の短歌入門書ではあまり書いていないことも丁寧に書かれている。
3章の構造図は、いろんな短歌を分析している論文のようで少し難しいが、凄く深くて短歌を作るうえでとてもためになる内容だ。 -
Posted by ブクログ
「何かをみつけるの何かって、いったいなんだ。これだというものって、いったいどれだ。今すぐにそれをやり始めて、世界と自分を決定的に変えられるような何かはどこに隠れているんだろう。
経験的に私が示せる答えがひとつある。それは短歌を作ってみることだ。案外そんなところに、「何か」は隠れているものではないか。
(中略)
その時々の景色や感情を封じこめるという点で、短歌は写真みたいなものであり、生き生きと想いを伝えられるという点で、手紙みたいなものでもありますね。
そしてぼくたちが大昔の歌に感動できたり、逆に未来の読者を夢見たりできるという点で一種のタイムマシンでもある。あと言っておきたいのは、今しか作れない歌が必ずあるということ」
なんとも私にとっては魅惑的な文章でした。
短歌は歌集を出そうとか、歌人になろうとか大きすぎる野望がなければ、誰でも挑戦できるジャンルだと思い、心が動かされました。
それ程までに、この本は面白く魅惑的なのです。
この本は短歌というものは何か知りたい人から上級者でプロを目指す人にまで向けて書かれています。
解説で枡野浩一さんが、
「短歌には興味がないが、穂村弘の顔やエッセイのファンであるというあなたや、短歌に興味を持ち始めたばかりで親切な入門書をさがしているあなたは、本書を買わなくていいかというと、買っておいたほうがいいと思う。
(中略)
本書は「短歌入門」のスタイルをとっているが、ほんとうは初心者向けではない。初心者には理解不能の言葉がたくさん書かれていると思う。初心者でない私にもいまだに理解しがたい部分もある。けれども、だからこそ、あなたは本書を買っておくべきだ。
今はよくわからなくても、本書に書かれていることが必ず必要になる日が来る。あなたが短歌または穂村弘に興味を持っている場合。「ああそういうことだったのか」と本書を読み返したくなる日が来るのです」
とおっしゃられています。
私は歌集の読み方の教科書として本書を買いましたが、確かにこの本は初心者には難しくてわからないところが多々ありました。でもこのまま飽きずに短歌を続けて読んでいけば、もう一度この本を読み、この本の言っていることがわかることもあるかもしれないと思います。
ご紹介下さった5552さん、とても興味深い本をありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
掲載されている短歌自体も素晴らしいが、穂村弘の解説も凄い。一つ、紹介したい。
“君を待つ3分間、化学調味料と旅をする。2分、耐え切れずと目を覆い、蓋はついに暴かれた。”
せつこという、当時15歳の女性が書いた短歌だ。定型から完全にはみ出したこの短歌に著者はこう書いている。
“カップラーメンの出来上がりが待てなくて2分で開けて食べちゃった。たったそれだけのことを、ここまでハイテンションに詠い切ったのは凄い。今度は五七五七七の短歌定型でつくってみてください。”
化学調味料と旅をする、っていう表現も斬新だが、蓋はついに暴かれた、っていう表現はもっと凄い。
先祖代々絶対開けてはいけません、と言われている開かずの扉が、ついに今開かれる、みたいな異様なテンションだ。表現力が素晴らしい。
あと、次の募集テーマが「バス」ということで、ブク友の5552が書いていたバス旅を俺もやってみたいと思い、昨日やってみた。
ユニクロへ行くだけの短時間の旅だったが楽しかったなぁ。「降りますボタン」も久々に押したし、懐かしい気持ちになれて良かった。たまには、馬ではなくバスにも乗ろうと思う。
バスの短歌のイメージもいろいろ湧いてきたからじっくり作っていきたい。