皆川博子のレビュー一覧
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ネタバレ
ページ数が多く、重厚なので連休に読み進めた。すごかった…とにかく圧倒され、美と狂気の世界に没頭した。
マルガレーテの手記形式の1章から、ギュンターやゲルトの視点から描かれる戦後の2章、そして登場人物の人生が一ヶ所に交わる怒涛の3章。
エーリヒ(とされていた本当のミヒャエル)に憎しみを植えつけてしまったフランツの背負ってきたものを思うと切ない。
この作品で(真として)描かれていたことはどこまでが本当のことなのだろう。「あとがきにかえて」のところで、ギュンターがクラウスであることが示唆され、マルガレーテが誰かと結合されているように思える。まだ狂気は終わっていなかった、という恐ろしい余韻。
時間をおいて、また読み返したい。 -
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再読。
以前読んだときの記憶が思った以上に曖昧で、どんでん返しがあったことだけは覚えていたものの、肝心の真相は盛大に忘れて勘違いしていた。おかげで再読なのに終盤までしっかり楽しめた。
文章そのものが難しいわけではない。ただ、時系列や場面、視点が次々と切り替わるので、初読では物語の全体像を掴むまで少し読みにくさを感じた記憶がある。
今回読み返してみてもその感覚は変わらなかったけれど、最後まで読むと、むしろその断片的な構成こそがこの作品の面白さなのだと改めて思う。ばらばらに置かれていたものが少しずつ意味を持ち、最後には一つの物語として繋がっていくのが気持ちいい。
そして何より、皆川博子先生の文章がやっぱり好きだ。
美しく端正なのに、死体や解剖、貧困や暴力といったものまで不思議なほどその世界に馴染んでいる。18世紀ロンドンの猥雑さと薄暗さも、この文章だからこそいつまでも浸っていたくなる。
初読より好きになったのはネイサンだった。
この作品は登場人物の感情を事細かに説明するというより、少し離れたところから彼らを見つめているようなところがある。初読では事件や構成を追うことに気を取られていたけれど、再読ではその距離の向こうにある人物の感情を拾う余裕ができた。
そうして読み終えてみると、これは様々な「愛」の物語でもあったのだと思う。
失ってからようやく自分の愛に気づき、その遅さを悔いるダニエル。
その在り方は決して穏やかではないエドとナイジェル。
どれも同じ「愛」という言葉で括れるのに、その形はまるで違う。
美しいものだけでもなく、健全なものだけでもない。執着や依存と分けられないものもある。それでも作者はどれかを正しい愛として選ぶことも、間違った愛として切り捨てることもしない。
そして登場人物自身が自分の感情になかなか気づかないように、読者である私もまた、読み終えてから「あれも愛だったのか」と気づく。
初読ではミステリとしての仕掛けや構成の面白さが強く残った。
再読では、その裏にいた人間たちの感情のほうがずっと強く残った。
続編『アルモニカ・ディアボリカ』も再読予定。 -
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ネタバレ過去のメモから。
寝食を忘れて、というけれど、こういう作品には滅多にお目にかからない。この本を忘れないために残しておかなくては。「蝶」を読む前に。
文章は耽美的、幻想的なのに読みやすく、舞台になった都市の描写も、物語にしっくり馴染んでいた。
題名のように、双頭は双子の意味で、脇腹で癒着した子供が4歳の時、手術で分離されて、お互いに数奇な運命を辿る。
オーストリアの貴族の家に生まれた子供は二人になり、ひとりは家の跡を継ぎ、一人は存在を消され「芸術家の家」と呼ばれる施設に入れられる。
そこは精神に異常がある人たちを収容した施設だった。
あとを継いだゲオルクは順調に教育を受け陸軍学校にすすむ。そこで決闘騒ぎを起こし、家からは廃嫡され、アメリカにわたる。
もう一人ユリアンは施設で高度な教育を受けて育つ。そこには一つ年下のツヴェンゲルという少年がいた。
ゲオルクはアメリカで死亡したとされ、折から勃発した戦争に、ユリアンはゲオルクになり、ツヴェンゲルとともに志願して戦場に出て行く。
そこで初めて非在であった身分が公に認められ、国籍を持てることになる。
だが、ゲオルクはアメリカで映画監督になっていた。
二人の運命が交差する様子は夢のようで、胎内の記憶が現れること、自動書記の形で覚えのない出来事が記録されること。まだ会ってもいない頃から不思議な現象で繋がっている。
ゲオルクは映画を作るために上海に来ていた。
ユリアンは映画館のアルバイトでピアノを弾いていた。そこで画面にゲオルクの名前を見つける。
教育係で父親のように親しんでいたヴァルターが殺された、ゲオルクの影を見たと思う、かれの仕業ではないか、問い詰めるために彼もアメリカへそして上海に渡る。
いつ二人は出会うのか、読むのが止められなかった。
ツヴェンゲルもアメリカにわたり、速記士になってゲオルクのもとで助監督をしていた。
こうしてそれぞれの行く先は奇妙な偶然が重なり、時に意図的で絡まった糸が次第にほぐれてくる。
ゲオルクの生家(養家)は戦後の民主化で没落していたが、教育係をしたブルーノもまたユリアンのいた収容所で死んだ。
これらの真相がミステリの部分で、最後には悲劇的な形で明らかになる。
ゲオルクとユリアンの交互の語りという形で時間が進み、それにツヴェンゲルが絡む。
上海の、眼を覆うばかりの汚泥と糞尿、貧民屈、鴉片の臭いの立ち込めた風景を生生しく描写した所もある。
無声映画時代のハリウッドの映画事情、当時の俳優たち、まさにトーキーにうつる頃の映画界も興味深い。
二人の見る悪夢のような共通の記憶も、距離のある場所でそれぞれに現れる幻影も、それに悩まされ、過去の姿を見ることが悲劇的で哀しい。
忘我の中で白紙の書き連ねられる文字、現れる過去の出来事など。不思議な繋がりを重厚な物語にした、実に読み応えのある作品だった。 -
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ネタバレ美しく恐ろしい、皆川博子の世界。8つの短編を読んだ。
※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。
今年の読み始めはこれだったがレビューが遅くなった。
皆川さんの世界は、新年の休日で、昼夜なく過ぎていった三が日の祝いの日に似ている。
どこか非現実で、非日常的な日に似ている。あわあわとした中に生きている実感が、幻想的につかず離れずそこにあるというような、短編集だった。
それぞれの話の中には象徴的な俳句や詩が挿入されている。
「風の色さえ」
風の色さえ陽気です
ときは楽しい五月です ポオル・フォル 堀口大学訳
足が不自由な私はよく祖母の家に預けられた。そこには二階があって急な階段の上は暗い穴のようで恐ろしかった。登ってみると若い男がいた。体が透けてみえるので幽霊だと思った。彼はマンドリンを弾きながら、祖母が口ずさんでいたポオル・フォルの詩を歌った。叔父は結核でその部屋で亡くなっていたのだが。
「蝶」
冬に入る白刃のこころ抱きしまま 別所真紀子
インパールから復員してきたら、妻は男と同棲していた。隠し持っていた拳銃の台尻で二人を殴り自首した。二人とも死ななかったので死刑にはならなかった。出所して隠していた拳銃を掘り出した。小豆相場で稼いで海辺に小屋を借りた。使い走りの男を雇い犬を飼った。
映画の撮影チームが来た。主演は髪の長い少女だった。犬はじゃれて少女と海に向かって走っていった。彼は拳銃を出し遠い空に一発、自分の額にも一発、発射した。
「艀」
動かない艀がつながれている桟橋にしのぶは佇つと、そこで顔見知りになった男が自分が書いたという詩を読んでくれた。詩集が売れなかったわけをぽつぽつと話した。
海におぼれそうになったしのぶを助け家に連れて帰ってくれた、彼の母は両親がいないしのぶを施設に入れた。卒業して作家になり、昔の海に行ってみたが彼の消息も分からず思い出だと思っていたこともなんだかあやふやになっていた。
「想ひだすなよ」
父が庭の広い家を買った。後の山を借景にしたところが気に入ったのだった。質の悪い不動産屋の谷はダニと呼ばれていた。カラフルな洋館を建てて売るので父は眉をひそめていた。谷の家の離れにいいにおいがするお姉さんがいた、呼ばれて入ってみると本がたくさんあった。入り浸って仲良しの三人組と遊ぶことがなくなったが、その母親が非難した。友達がうるさく誘ってきて呼び出されたときに、とがった傘を友達に向けた。
「妙に清らの」
覗いて見た叔父夫婦の姿は、出入りを禁じられていた書斎で開いた画集の、楽園を追放されて泣きわめく男女の姿に似ていた。
ある日叔父は叔母の膝に頭を乗せ、首から黒い兵児帯がとぐろを巻くように伸びていた。動かない叔父の足が青黒かった。叔母は美しいコロラチュラソプラノで「妙に清らの ああわが児よ」とうたっていた。叔父の眼球のない目には叔母がさしたアジサイの花が盛り上がっていた。
「龍騎兵は近づけり」
ここ過ぎて官能の愉楽のそのに 北原白秋
5つか6つの時だったか、砂浜の巨体を持つ城塞のような漁船で遊んでいた。その船は夜になると蘇り魚を従え沖に漕ぎ出すのだった。
船に乗り込むと船底に座り船首にしつらえた舞台を見ていた。私は一人で不安だった。それは海の上の死には安らぎがないと知っていたからだ。
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夏に海辺に借りた家で過ごしたことがある。隣家に少年がいて友達になった。隣の二階から音楽が聞こえて私はそれに合わせて歌った。二階に上がったがそこには水夫風の若い男たちが5人いて和やかに暮らしているようだった。珍しいヴァイオリンやバクパイプがあった。男がバグパイプを吹きそうになったのでなぜか私は階段を下りて逃げ帰った。
隣の男の子の傷の手当てをした。オニヤンマが飛んできて恐ろしかったが男の子がつかまえて服に押し付けて引っ張ると首がもげた。勲章だと男の子は言った。空が明るくなる前に人々が網を曳いていた。隣の男の子は勝男といったが小舟で沖に漕ぎ出した。風で船が揺れ、弟が落ちた。勝男が飛び込んで弟を助けて船に放り込んだ。水を透かして見ると勝男の足に二階の男たちが群がっていた。
私は東京に帰り戦争が終わった時は孤児になっていた。
音楽会の招待状が来た。私にはわかったが怖くなかった。5人の男たちは演奏をしてうたった。私は船に一人でいても恐ろしくはなかった。
「幻燈」
私は奥様のお着替えの手伝いが一番好きで幸せだった。奥様の爵位が気に入って結婚したのか旦那様はめったに帰ってこなかった。奥様は言葉が不自由だった。夜は私と一緒に眠るようになった。
お土産に買った幻燈機を奥様はとても喜んで夜になると幻燈遊びをした。戦争が激しくなって庭にt大きな避難用の穴を掘って日用品を運び込んだ。奥様は琴を私は幻燈機を入れた。爆弾が落ちでみんなが焼死してしまった、たまたま生き残った私は一枚の種板を持ち出し、それを写しては見ている。
「遺し文」
戦死した男との思い出。
皆川さんはこういった虚実の境のあるような風景を幻想的に書き、物語を読者の思いと混ぜ合わせるように差し出してくれる。恐ろしく美しい世界に誘われた。
「遺し文」では伊良子清白の「孔雀船」から「初陣」が引用されている。
ほかに有名な「漂泊」という詩がある
蓆戸に
秋風吹いて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺ながめて
いと低く歌ひはじめぬ
亡なき母は
處女と成なりて
白き額月に現れ
亡き父は
童子と成なりて
…………
長いが私はとても好きな詩で口づさむと母の故郷の風景が浮かんでくる。
何かの集まりに伊良湖精白の息子さんが出席されていた、背が高い落ち着いた方だった。昔々のおもいでです。 -
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タイトル『それはそれはよく燃えた』の1文から始まるショートショート集。
ネットの炎上、恋心、火事など、こんなものまで「燃える」のかと思える作家25人の25作を1冊の本で読めるのはとても贅沢。
でも後味は25作25様で、ほっこり甘いものもあれば苦々しいもの、ざらっと心地悪いものなど本当にさまざま。
クイズノックのファンなので河村拓哉さん目当てでこのシリーズを読み始めたが、矢樹純さん、三津田信三さんなど、このシリーズは毎回新しい作家さんと出会えて、読書の幅が広がって嬉しい
私は総じてホラーが好きなので、今回の『それはそれはよく燃えた』はぞくっとする話が多くて、とても好み。不穏で悲しくて残酷。年末年始たっぷり楽しめた
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ネタバレエド、またやったのか…というところからの反転に驚いた。手記の矛盾を紐解いていくのがいい。
怪我人を看たり、死因が気になったりと、エドもクラレンスもダニエル先生の弟子なんだな、と感じるシーンが多かった。時おり解剖ソングが出てきて空気が和らぐのが嬉しくもあり、ロンドンで全員が揃っていたあの頃との距離も感じて切なくもあった。
エドがモーリスの前で仮面を脱ぎ、ナイジェルへの思いを自ら語るシーンが心に残っている。エドは三部作の主人公であり、わたしたちは彼が全てを背負ってしまう人物だと知っているけれど、彼が自ら吐露するシーンはそれほど多くなかった気がする。「愛という言葉には当てはまらないのに、愛と呼ぶほかはない。loveの前にcrazyとつけなくては正確ではない」(p.400)
法について語るシーンも、第1作からの重みがある。
アシュリーの策略により、エドは無事に逃げおおせてクラレンスとも再会できてよかったし、最後の方は柔らかくほほ笑むようになっていたので安住の地にたどり着いたのかな…と思っていたところから、最後の展開に言葉を失った。クラレンスはアルに「書けない」と書いているが、本当に書けない。一緒にロンドンに帰ろう、とクラレンスは言っていたが、それはついぞ叶わなかった。
〈美しい湖〉と共にいたエドは最後に何を思ったのだろう。自ら悪であることを選び、殺人に手を染め、愛する者を失い、埋まることのない喪失を抱えて新大陸へと向かったエド。エドは死刑にならないために志願兵となったが、同時に死に場所を探しているような危うさもあった。エドワード・ターナーの人生とは、何だったのだろう。三部作を読み終え、祈りにも似た感情が渦巻いている。
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「花闇」について
闇というのは、やはり役者の世界のことなのでしょうね。煌びやかに、艶やかに舞台を演じながらも、役者たちは同時に色子として存在します。
それは家格の良い家に生まれても同じ。
田之助自身、10歳の頃から上野明王院の高僧に買われるようになります。
しかし、それもまた芸のこやし。田之助の女形としての色気に一役買うことになるんですね。
しかも、それらの贔屓筋が落としてくれる金がなければ、役者としての膨大な費用を賄えません。
そんな彼らの身分は卑しく、時には人間扱いもされないほど。しかし同時に、蔭の世界では役者は貴人。
芝居を観に来る人々は、役者に魅了され、夢中になるのです。何とも一筋縄ではいかない入り組んだ世界ですね。
しかも、その狭い世界の中は、お互いの出自や実力、妬み嫉みによって常に愛憎で渦巻いており、まさにぬっとりとした闇を感じます。
しかし、この闇があるからこそ、舞台の艶やかさが一層際立つのでしょう。
そんな中でも、田之助の艶やかさは群を抜いています。
時には美しく可憐に、時には崩れた色気を感じさせ、観客を魅了します。
この作品を読んでいると、そんな田之助の魅力に飲み込まれてしまいそうになります。
血が薄いと自覚する三すじをも興奮させるように、一歩距離を置いているはずの読者をも引きずりこむ魅力がありますね。
そして、田之助が足を切断し、それでも執念で舞台に立つ時、肉でも果物でも腐る寸前が一番美味しいと言われるように、滅びる寸前の田之助の放つ光の鮮やかさには魅了されます。
実在の人物が何人も登場しますが、その中でも、月岡芳年の作品にとても興味を引かれました。
彼の「澤村田之助が脚を切った。その年に,徳川幕府は滅びたのだな」というセリフが、とても効いていますね。
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昔読んですごく面白かった記憶があるけど全然覚えてないなーと思ってまた読んでみました!
やっぱりすごく面白かったです!
伏線も綺麗に回収されるし、最後の種明かしにはあっと驚きました。
エドとナイジェルがすごい艶っぽかった。
特にナイジェルのギャップがすごくて。アボットをどうやって骨抜きにしたのか気になる……
皆川博子さんの作品って耽美というか、色っぽいですよね。好き。
もう高齢と言っていいお年のはずなのにセンスに全然年齢を感じない。ほんとにすごい。
2作目までは読んだ記憶がありますが、3作目はまだだったはずなので、読みます!
ハードカバーだと辞典みたいに分厚いけどすぐ読んでしまうに違いない。 -
Posted by ブクログ
三代目澤村田之助を描く本はいくつかあるが、この皆川博子が描く本書が逸品だと思う。
吉田修一が書いた、小説でも映画でも今話題
の"国宝"。
俊介のモデルはこの田之助なんだろうな。
本書で登場する浮世絵師の月岡芳年が言い放つ、
「あれは、がらんどうだ。長年のは空の、透明なびーどろの壺だ」
映画国宝の中で半二郎が喜久雄についての感想、「あれは、からっぽだ」
なんかリンクしていて、本小説も映画もちょっとニヤっと。笑
余談だか、テレビドラマのJIN-仁、で澤村田之助役の吉沢悠と、映画国宝の吉沢亮、同じ吉沢性で顔も似てる…一瞬兄弟か?!と思ってしまう、実際血の繋がりはないらしいが、コレも何かの縁なのか、単なる偶然なのだろうか…
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皆川博子の初期の短編作品集。
本作に収録されている短編作品は犯罪をテーマにした作品で、皆川博子の耽美で幻想や伝奇、ミステリーなどのイメージとは違うのだが、だが確かに皆川博子らしい作品ばかりが集められている。
個人的には『獣舎のスキャット』がやはり印象的である。
『獣舎のスキャット』は自分は『悦楽園』という別の短編集で触れたが、とても黒々しい情欲が顔を出すような作品で、人には薦めないが大好きな作品である。
他にも『密の犬』『アルカディアの夏』『花冠と氷の剣』が好み。
また中川多理による球体関節人形の表紙が皆川博子の作品世界と合っていてとても良い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1775年、英兵として新大陸に渡ったエドとクラレンス。独立戦争のさなか、モホークとの交流や、戦地で起こった事件を巧みな叙述トリックで展開していく。
視点はモホーク族とコロニスト大地主のハーフとして生まれた庶子アシュリーと、我らがクラレンス。
アシュリーの視点では、支配される側と支配する側両方の血を持つがゆえの葛藤と成長、モホーク族との心温まる交流が描かれる。
クラレンスの視点では、モホークと徐々に打ち解け、理解し合い、互いを尊重し合う様子や、エドに対する思い、懐かしいアルやベン、ダニエル先生への追憶。このパートは、前作から読んでいて思い入れのあるわたしには、胸が苦しくなる。
最後は涙で文字が読めない。
結局、インディアンの居留地を容認すると宣言したイギリス側が敗退し、かねてからインディアンの土地を奪って利用することを宣言していたアメリカの勝利によって、ジョージワシントン勅命の下、インディアン殲滅を目的とした虐殺が始まる。
歴史でわかっていても、物語に入り込んでこれを体験すると…..。
エドを思うと、胸が潰れそうになる。
エド、わたしたちは今も何も変わっていない。
強い国が弱いもの(他民族)から搾取する。自然を奪う。
戦争犯罪は罰せられるなんて、偽善者を安心させるための嘘で、法はなんの役にも立たない。
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Posted by ブクログ
「開かせていただき光栄です」から始まるエドを主人公としたシリーズの三作目。これで完結と銘打たれている。
今作は安楽椅子探偵ならぬ獄中探偵となったエドの語りと回想シーンがそれぞれ交互に展開され、しっかりと追いかけないと話に着いていくのも難しい。けれどその構成がまた上手く、内容に惹き込まれる。
本編も大変面白かったのだがネタバレを避けると物語るのが難しい。ただ、巻末の解説が非常に良かった。解説の中で話の内容に触れるものは少ない印象だが、一般的な読者では気付くことが難しいところに専門家の観点から解説が加えられていて、またその内容が非常に興味深く、この三部作への畏敬の念を強くした。(「思えばこの三部作は、初めから小説の小説であった。」から始まる箇所)
生涯自分の記憶に残るシリーズになるだろう。