皆川博子のレビュー一覧
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ネタバレ視点が変わるごとに、ああ、そうなのかと。世界と世界が繋がった瞬間にああ!あなたはそうなのか、と思った。はじめのコンラートの話がありえないほどに非現実的だったのも腑に落ちました。
終わりはヨリンゲルの語りで締め括られるのだけど、敢えてミルカを止めなかったのは、どこかでその惨状を乗り越えられるだろうと思ってるのだろうか。ミルカとユーリクを再会させてあげたかったな。
そして新たな創造世界を求めて狂気の支配者は南米へ。誰かに悪夢の種を植える所業は続けられるわけだね。
身体は大人で心は子供のナタニエル、身体は子供で心は大人のユーリク。対照的な二人にそれぞれの形で愛されたミルカ。
どっぷりと皆川博 -
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ネタバレ『開かせていただき光栄です』の続編。またあのみんなに会えるという期待で読み始めた。その中身はあまりにも哀しくてつらい、ナイジェルの半生を辿る物語だった。
知っているようで全然知らない。ベドラム出身であることが判明した瞬間は鳥肌が立った。その内外で起きた非人道的な仕打ちに言葉を失う。目を背けたくなる描写の一つ一つに息を止めて嘆く。
美しいと感じたのはグラス・ハープ。この音色の表現が、私の記憶の中の音と符合して、耳に聞こえてくるようでうっとりとした。
腐敗を少し正し、殺人の罪を自ら負い、カップルは再出発、ベドラムからの解放、判事も元の通り仕事をする。ハッピーエンドだけれど失ったものは大きい。純粋に -
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ネタバレ著者の皆川博子氏曰く、自発的に楽しんで書いた小説は「花闇」とこの作品だけ、という「妖櫻記」。
歪んだ想いを御しきれず持て余す阿麻丸、幼い花の香りに容易く惑い堕ちてゆく高僧、まさしくサイコパスと称すべき純真無垢な狂気に満ちた清玄、人間の原罪と業を凝縮し体現したかのような異形かつ異能の存在である百合王…、迸る想いを負託されたかの如く、確かに登場人物たちは作者の創意の手が届く範囲を飛び出して自由自在に動き回り、作中世界に何とも名状し難い粘性を与えている。
それがまた、戦国時代の幕開けたる応仁の乱に向かって混沌が深まりゆく当時の世相と良く合う。
水も漏らさぬ緻密な構成で以て組み上げられた作品では決し -
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ネタバレ著者の皆川博子氏曰く、自発的に楽しんで書いた小説は「花闇」とこの作品だけ、という「妖櫻記」。
歪んだ想いを御しきれず持て余す阿麻丸、幼い花の香りに容易く惑い堕ちてゆく高僧、まさしくサイコパスと称すべき純真無垢な狂気に満ちた清玄、人間の原罪と業を凝縮し体現したかのような異形かつ異能の存在である百合王…、迸る想いを負託されたかの如く、確かに登場人物たちは作者の創意の手が届く範囲を飛び出して自由自在に動き回り、作中世界に何とも名状し難い粘性を与えている。
それがまた、戦国時代の幕開けたる応仁の乱に向かって混沌が深まりゆく当時の世相と良く合う。
水も漏らさぬ緻密な構成で以て組み上げられた作品では決し -
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ネタバレ「U」と書いて「ウー」と読ませるが、萩尾望都「ポーの一族」からの遠いこだまとも見做せる。
1915年「U-Boot」(ウーボート)の章は、三人称。視点が寄り添う人物は、ティルピッツと、ミヒャエル。
1613年「Untergrund」(ウンターグルンド)の章は、初めは三人称と見せておいて、すぐに手記という形式……一人称が潜んでいると判明する。
また、手記は実は二人の合作であること、二つの時代の関係、書き手の熱意の不均衡、が比較的序盤で仄見えてくるが、この不均衡が中盤終盤でさらに揺らぐ。
この「語りの形式」そのものがドラマチックだから、やはり皆川博子は信用できる。
ある瞬間には「同じ獣の半身にな -
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死の泉という作品を読んだあとに、こちらの作品にあたりました。
第二次世界大戦前後のドイツ、マッドサイエンティスト、政治や社会から隔絶された不気味な空間、登場人物たちそれぞれの運命の糸が絡み合うドラマチックな展開、などなど、死の泉と共通点がいくつもあるものの、ここでは全く異なる世界が繰り広げられ、新たな感動を得られました。こんな充実感に浸れる作品は中々出逢えません。
長年にわたりソ連やドイツはじめ周辺国に翻弄され続けているポーランドのことも詳しく知ることが出来ます。なぜドイツとポーランドを舞台にしたのかは、最後まで読めば理解できるようになっています。勘のよい方は、もしかしたら結末を予想できるや -
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ネタバレ塩によって生かされて、最後は海水の中に沈む。潜水艇がふたりの棺となる。好き。
ヤーノシュがオスマンの皇帝を守り支えたなら、彼は何かをなしとげられたのか。そういう展開にならないのがいいところなんですが…ヤーノシュの自己評価ちょっと低すぎるのでは…
「双頭のバビロン」のふたりほどの絆が感じられなかったのも、ヤーノシュの自己評価のせいか。シュテファンはあんまり深く考えていなさそうな…
シュテファンがどう思っていたのか、途中から記述がなくなるから分からないけれど。
彼らの軌跡が文字として残ったのかは定かではないけれど、ミヒャエルたちの中に何かしらが受け継がれているのだろうなあ。