恋愛や恐怖、サスペンスなど様々な黄泉味を持つショートショート終生。同じショートショートでも今まで読んできた星新一のものとは全く雰囲気が違うのが面白い。それでいて星のものと同じ時代を超えていくような普遍的な面白さというものは共有しており、迫力や貫禄を感じる。この才能が若くして失われてしまったことは本当に口惜しいことだ。ファンタジーやSFではなくある程度身近な現代の話が多く、人間の奇妙な運命や出来事が数々のどんでん返しや感情を動かすようなざわめくような奇妙ながら身近な感覚を呼び起こす。恋愛系も皮肉なものが多い星と比べて愛自体はしっかりと存在しているのが印象的な。(時折恐怖に変貌する)さらに印象に残ったこととして爽やかな夏の終わりと秋の初め、晴天を思わせる作品が多いのにじっとりしたあるいはさっくりとした閉塞感もまた印象深いことがある。取り返しがつかないことやどうしようもないことが急に目の前に現れる場面、そうした時にあらわれる自覚も言語化も難しい感覚を発見して提示させることにより得られる深く共感する感覚といってもよいだろうか?かつて共感できはずなのにもうできない、もはや輪郭だけしか見えないものへの未練か…。作者の死によってこの感覚は完成しているのかも?
夏の葬列。この中でも特に名高い一作だがそれも納得だ。あまりにも残酷ながらどこか爽やかな印象。
はやい秋。叙述トリックが予想もつかずに驚かされた。
彙集。ある意味で人間の強さといったところか?
メリイ・クリスマス。最初ベランダのシーンの未知との遭遇感が印象的だ。終わり方も爽やかな暖かさがある。
ロンリー・マン。恨んで殺してもなお隣にいて当然と声をかけてしまう相手。
箱の中のあなた。主人公の擬態ぶりにすっかり騙されたゆえに変化への印象が強い。弱々しい女から恐ろしく魅惑的な妖女への転身。異様な迫力と魅力のある表紙と合わせて良い。
暑くない夏。もはや手の届きそうもない誰かの感覚への一瞬の接続。なんとも言えず言葉に詰まるが心が動いた。
トンボの死。コモン的な人生のままならなさを、思いもよらぬ角度で具現化しているのが印象的。
新年の挨拶。どこにでもありそうな見たこともない奇妙な現実。
昼の花火。一瞬の中にあり消えゆく思い出。記憶が苦手ゆえに少し違う意味だが身に覚えがあり一体化するような感覚。
猫の死と。あまり強い言葉はないが閉塞感と暗さが一段重い短編。
夫婦の仲。微笑ましい秘密のふれあいとでも言おうか?王道がこういうのが好きだ。
「別れ」が愉し。あまりにも別世界の人生。だがどこか憧れるし羨ましい、どこか嫌でこうはなりなたくない。玉虫色の他者に触れる面白さ。
未来の中での過去。人間の感性と受け取りとは、周囲の環境や時代の変化などあらゆる刺激から生まれる。それゆえに別の場所や別の時代に生まれた人間とは根本的に共有できないものである。そういう事実を再認識させられるようなお話。向こうは自分と同じ人生や感情をこれから永遠に生きようとも獲得などしないし、自分のそうした感じかたなどは永遠に他人と共有できず自分だけのものでありここにしかない。その不安感と寂しさ。
昭和の雛人形。逆にそうした自分の感性の中に沈み込むことのできる聖域とした人間を側から見る物語。上と合わせて読むと面白い。
ゲバチの花。失われてしまったものが、ほんの1日だけそこにある。奇妙な巡り合わせであり、その感性と感覚がほんの一瞬だけ現れて永遠に消えてしまうこと、それを繋ぎ止めたいと願う思い。
蛇の殻。どうしようもない事情によりどんどん取り返しがつかなくなっていく感覚だけがある閉塞。隣にいたはずのヒトが容易くそれを脱いで進んでいく孤独感。暗黒に自分だけ沈み、周りが消えて1人だけになっていくような緩慢な絶望。
遅れて坐った椅子。その時、そのタイミングしか感じられない感性や経験や景色がある。それを永遠に取り逃してしまったことを後からじっくりと味わうことになった場面。もはや遠く永遠に不明のままであり、取り返しがつかないことをもう手遅れになってから知ること。もう永遠に満たされたないと分かった上で新しく生まれてしまった未練。