皆川博子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ◆若干ネタバレあり◆
文庫本にして650ページ近い大作。
ナチス台頭するドイツにおけるマルガレーテの手記の部分と、それを受けた十五年後のドイツ。
手記においては、マルガレーテの微妙な心理が描き出される。
自分の産んだ子を守るために、医師クラウスと虚構に近い(マルガレーテは完璧な拒絶を持ち切れない)夫婦になる。
カストラートの美に魅入られたせいで、SSでありながら「ポラッケ(ポーランド人)」のフランツとエーリヒを養子に入れる、なかば狂気に近いクラウスの情熱。
去勢や人体改造(レナとアリツェの双子)への抵抗を感じる正義感をときどき発揮しながらも、クラウスの強大な力には逆らえないマルガレーテ。
やがて、子供のフランツに対し、5歳のときに好きになった8歳の(そしてのちにミヒャエルの父となる)ギュンターの面影を見る…。
何かがどこかでねじまがってしまった虚構の「家族」が、第一部で描かれる。
十五年後の二部からは視点の統一がない。
壮年ギュンターの視点、クラウスと看護婦ブリギッテの息子である少年ゲルトの視点、ゲルトに同性愛を抱くヘルムートの視点、さらには「大佐」の視点に、狂したマルガレーテの視点、とごちゃごちゃに入り交ざる。
十五年の間に何が行われたのか、誰が加害者で誰が被害者なのか、マルガレーテの見る幻の正体は…、というのがミステリの部分。
どの人物も「核」を持っている。
正義感と自己愛に揺れるマルガレーテはもちろん、「卑小にして偉大な」クラウスさえも、深い闇をもった人物として、造型されている。
幼さゆえに虚構の家族に早くなじむエーリヒと、エーリヒを手なづけるための要素として養われているせいで、「父」に愛憎をもつフランツ。
兄弟はクラウスとマルガレーテへの復讐を糧に、生き延びる。
ゆがんだ教育を受けるミヒャエルを庇護したいギュンター。
全員が全員、物語を動かす原動力になっている。
そしてライトモチーフの巧妙さ、全体の構造の壮大さ、「あとがきにかえて」で覆される本自体。
どれをとっても一級。 -
Posted by ブクログ
初めて読む皆川作品集。
『たまご猫』『をぐり』『厨子王』『春の滅び』『朱の檻』『おもいで・ララバイ』『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』『雪物語』『水の館』『骨董屋』の10篇。
どの短編も、短編の鏡というべき、構成のひねり、あっといわせる結末、虚実の反転、が描かれる。
そして一文の無駄もない文章。
茫洋と闇の中にゆっくりと沈み込んでいくような、えもいわれぬ恐さや不気味さを感じる。
たまご猫、春の滅び(雛人形のライトモチーフ)、朱の檻(座敷牢への取材)、骨董屋(骨の笛)、が気に入った。
解説の東雅夫も書いている通り、幽霊小説。
幽霊、異世界、幻想によって現実の世界が一変する、小さいが大きい力を持った短編群。 -
Posted by ブクログ
最後の二行のためにある長編小説。
最後の二行だけで、ミステリーが切ない愛の物語になる。
皆川先生天才か。
人物の多さに覚えるのが大変でしたが、「それより読み進めたい」と思わせる謎に次ぐ謎。
しょっぱなは「ラピュタ」を思わせるファンタジー性に満ち溢れ、けれど陰惨な事件、衝撃の事実になだれ込む怒涛の展開。
奇妙な楽器を巡る事件、ナイジェルの過去が絡み合う……
構成も無駄がなく(大変入り組んではいるが)、これだけの人数、伏線を一人一人に役割を持たせ、ちゃんと収めているところが本当にスゴイ。
傑作だと思う。「開かせていただき光栄です」よりずっと読み応えがあった。
「開かせて~」から出ている登場人物たちにはよりいっそうの愛しさを感じるし、悲しい恋人たち、患者たちの行く末にもそれぞれハラハラせずにはいられない。
そして何より、エドが出てくるボリュームの絶妙さ。
あれしか出ないから、読者は彼の悲しみ、嘆き、怒りを想像するしかない。
彼がナイジェルと過ごした時間、彼を愛した時間を想像するしかないのだ。
天・才・か(二度目)
しかもナイジェルは手紙でしか登場しない。
彼が残した痕跡でしか登場しない(エドの絵とか。グハッ萌える)。
そしてラスト二行である。
私はリアルに「ひゃあああああ」と声が出た。
あの二行。あんな切ない愛があろうか?????
たった二行でBLは完成するという見本でもある!!!
皆川先生天才!!(断言)
もう、読者は皆川マジックに翻弄されるしかないのだ……!
久々に「読みたいとにかく読みたい」と思わせる本だった。
ハ~。至福。先生ありがとう;; -
Posted by ブクログ
何とも冷静であり、シニカルな小説だと思った。
そして最後まで、「神」と「奇跡」の正体についての謎が明かされていない。
結局、発端となる事件の真相については、それが人為的に仕組まれたことなのか、それとも本当に神による奇跡なのか、断定的には書かれていない(と私は読んだ)。
その正体が最後まで巧妙に隠されていて、まるでミステリー小説のようにスリリングですらある。
見ないで信じる者は幸いである。
それならば、見た上で、それでも信じ続ける者はどうだろう? 哀れだろうか? 不幸だろうか?
神はいるのか?
奇跡は誰が起こしたのか?
分からないけれど、少なくとも歴史を作り出したのは人間だ。 -
Posted by ブクログ
5篇の短編集。
読後に「ヤン・ジェロムスキ」の名前をググったのは私だけではないはず。
それから「エーディット・ディートリヒ」と、「ジークムント・グリューンフォーゲル」の名前も。
引用形式というスタイルで、史実や実在人物名もちょこちょこ出てくるもんだから、これははたして創作なのか? それとも史実なのか? と、訳が分からなくなってしまった人がいるに違いない。
「オムレツ少年」と「太陽馬」は歴史ものに分類できると思うのだけれど、これらも「史実」と「創作」の境目が非常に曖昧だったように思う。
特に後者の方では、ロシア・ソヴィエトの歴史を淡々と語る割と長いパートがあるのに、読後の印象としてはやっぱり幻想的なのだ。
それから「水葬楽」。読んでいるとふわふわした気持ちになって溶けて流れて行ってしまいそうな難解な幻想小説だけれど、
BackGroundPoemとしての詩句の引用が要所に挿し込まれることで、現実に引き戻されるような感覚があって、尚更頭が揺さぶられる。
この引用句が旧仮名遣いで書かれていることもあって、その所為か、時間軸も行ったり来たりさせられる感じだ。
こんなふうに、「実在と非実在の境目」、「史実と創作の境目」、「現実と幻想の境目」を曖昧にしてしまう仕掛けや効果が随所に在って、
それがこの作品集の、寧ろ皆川作品すべての特徴であり魅力なんだろうな、と思ったりした。
だからこそ、皆川作品を読んでいると、不安にもなるのだ。
物語の中のこの人は本当にいたのだろうか?
どこにいるのだろうか?
どこにあるのだろうか?
と、現実と小説の区別がつかなくなってしまうから。
そう思いながら文字を追って、彼らの後を追いかけていると、
いつの間にか自分自身が物語に迷い込んでしまって、
果たして自分は今、どこにいるのだろうか?
ということが、分からなくなってしまうのだ。 -
Posted by ブクログ
美しい。ほんとうに、美しい小説集だ。
作者や作品についてなんの予備知識もなく読み始めて、ひといきでその匂いに引き込まれた。さまざまの美しい詩句が、解説にある通り一篇の中に「象嵌」されている。詩句の呼び起こす情景、それを借景として、あるいは幽霊のごと溶け込むように同化して、はるか過去にあったはずの場面をここに現存させる。
それぞれの物語には歴史の翳さす暗い色調のものが多く、黴臭い死の匂いがまつわりついて、決して清潔ではないのに、この美しさはいったい、なんなのか。
どの話もひとしい密度をもって訴えてきた。八篇、どれも好きであまり差がないというのもすごい。あえてあげるならやはり「龍騎兵」かしら。
よい出会いを得ました。