日本の誇る長編SFシリーズ『戦闘妖精・雪風』の最新作が、本作『インサイト 戦闘妖精・雪風』だ。前作『アグレッサーズ』が刊行されるまでには長い間が空いていたので、まさかわずか3年で次回作が出るとは想像もしていなかった。版元情報を見ると、どうやら新三部作として企画されているらしく、少なくともあと1冊は出ることが決まっているらしい。
ジャムと呼ばれる謎の異性体と人間との戦いを描く本シリーズは、これまで長い間、フェアリィ星と呼ばれる星を舞台にしてきた。このフェアリィ星は生物がほぼ死に絶えた星であり、地球とは大きく環境が異なっている。この人類にとっては新たな荒野となる星に、人間たちはFAFと呼ばれる超国家軍事組織を整備し、姿すら明らかではないジャムと長い間戦いを続けてきた。
これまでにシリーズが進むにつれて、その戦いのバランスは少しずつジャム側に有利に傾きつつあり、前作『アグレッサーズ』ではついに地球上でFAFとジャムの戦いが発生してしまう。なんとかその時点ではジャムを消滅させることに成功したが、地球にいる人類からするとすでにフェアリィ星で戦うFAFはジャムと同じくらい異質な存在であり、FAFはジャムと対峙しつつも人類の無理解と戦わなければならないというのが、この『インサイト』での舞台背景となる。
前作までこのような流れであったために本作ではいよいよ本格的に地球が舞台になるのかと思いきや、この『インサイト』では、また戦いはフェアリィ星に戻ってくる。といっても、最近のシリーズと同じく、実際にジャムとFAF(そして主人公の零が所属する特殊戦)が戦うシーンはほとんど出てこない。そもそもジャムは一度この世界から消えてしまったことになっているので、積極的な戦闘などは起こるはずもないのだ。
その代わりと言ってはなんだが、本作では「雪風」とは何なのか?ということに、これまで以上に多くのページが割かれている。もともと人工知能体として存在する雪風は人間にとってはブラックボックスな存在であったが、最近では明確に「知性体としての自我」を持つようになってきている。もちろんその「自我」は人間がイメージするような知性や精神とは明らかに異なるのだが、少なくとも雪風は人間が思っている以上に世界を認知し、自分が何者であるのかを理解しているようなのだ。
例えば本作ではこれまでとは違い、雪風が自然言語を利用して零やコパイロットである桂城、そして前作から登場した日本人の戦闘機乗り・田村とコミュニケーションをとるようになる。もちろん雪風の本質は戦闘機なので、人間同士のように軽口を叩いたりはしないのだが、それでもこれまでは零がその挙動から雪風の“感情”を読み取る必要があったわけで、大きな変化であると言える。
そしてその雪風の変化に大きな影響を与えたのが、上述した田村の存在だ。彼女は前作『アグレッサーズ』で登場した戦闘機乗りで、人間の中で唯一“ジャムを見ることができる”という能力を持っている。軍隊という巨大な組織の中では自分を制御できないほどに攻撃性の高い田村は危険分子として扱われてしまうが、変人たちの集まるFAFと特殊戦では、彼女はむしろ「人間らしい」存在として扱われる。そしてその人間らしい彼女と零や雪風とのインタラクションの結果として、雪風と零はこれまでとはさらに異なる関係性へと変化していく。
過去の作品『グッドラック』では、零と雪風の関係は“二つの異なる世界認識用の情報処理システムを持っていて、互いにそれをサブシステムとして使うことができる複合生命体”であると表現されるような、相互接続された存在として認識されていた。ジャムを殺すことを最優先としてプログラミングされた雪風は、時に零が邪魔になったときには、彼を切り離すことをいとわないという存在だったが、それでも彼に対しては明らかに他の人間とは違って、信頼関係を寄せていたように見えていた。
本作では、その関係性がさらに変化し、雪風にとって零は「ジャムを倒すために有効な“人間”という装置」と捉えられるようになっている。本作のクライマックスで人間に戻ったロンバート大佐によれば、「ジャムは情報を食べる」存在であるとされているが、どうやら人工知性体である雪風と人間が認識するジャム、そしてこの世界は異なっていることが示唆される。
言い換えれば、二つの世界にまたがって存在することが可能なジャムを倒すためには、雪風は自己が認識する世界だけでは戦うことができない。この状態は人間にとっても同じことが言えるのだが、より純粋にジャムを殺すことに特化した雪風にとっては、自らの生存意義を見出すために、人間と共存関係、あるいは協力関係を構築することが必要不可欠であることが明らかになる。
その上、前作の段階では雪風に乗ることが可能であると思われた田村も、雪風のテストにパスすることはできず、雪風にとって零は唯一無二の存在であることが明確になる。このシリーズは、ジャムと人間の戦いを描くのと同じくらいの熱意と強度を持って、零と雪風の関係を描き続けてきたわけだが、ここにきて、ようやく彼らの関係性も最終的な状態にたどり着いたのではないかと思える。
本作でのクライマックスの戦闘では、おそらく初めて人間側が明確にジャムの存在を理解できたかのようなシーンが出てきた。以前の感想にも書いたように、この雪風シリーズは、長く続くFAFとジャムの戦いの一瞬を切り取ったものでしかない。そういったコンセプトであるからして、三部作の最後となる次回作で物語が完結するとはとても思えない。しかし、おそらく最後の1ページまでたどり着いたとしても、雪風と零がフェアリィ星の空を飛び続けるであろうことは、きっと変わらないだろうと、そんな安心感を持たせてくれるような作品だった。