あらすじ
絶世の美貌と才気を兼ね備え、頽廃美で人気を博した稀代の女形、三代目澤村田之助。脱疽で四肢を失いながらも、近代化する劇界で江戸歌舞伎最後の花を咲かせた役者の芸と生涯を描く代表作、待望の復刊。
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「花闇」について
闇というのは、やはり役者の世界のことなのでしょうね。煌びやかに、艶やかに舞台を演じながらも、役者たちは同時に色子として存在します。
それは家格の良い家に生まれても同じ。
田之助自身、10歳の頃から上野明王院の高僧に買われるようになります。
しかし、それもまた芸のこやし。田之助の女形としての色気に一役買うことになるんですね。
しかも、それらの贔屓筋が落としてくれる金がなければ、役者としての膨大な費用を賄えません。
そんな彼らの身分は卑しく、時には人間扱いもされないほど。しかし同時に、蔭の世界では役者は貴人。
芝居を観に来る人々は、役者に魅了され、夢中になるのです。何とも一筋縄ではいかない入り組んだ世界ですね。
しかも、その狭い世界の中は、お互いの出自や実力、妬み嫉みによって常に愛憎で渦巻いており、まさにぬっとりとした闇を感じます。
しかし、この闇があるからこそ、舞台の艶やかさが一層際立つのでしょう。
そんな中でも、田之助の艶やかさは群を抜いています。
時には美しく可憐に、時には崩れた色気を感じさせ、観客を魅了します。
この作品を読んでいると、そんな田之助の魅力に飲み込まれてしまいそうになります。
血が薄いと自覚する三すじをも興奮させるように、一歩距離を置いているはずの読者をも引きずりこむ魅力がありますね。
そして、田之助が足を切断し、それでも執念で舞台に立つ時、肉でも果物でも腐る寸前が一番美味しいと言われるように、滅びる寸前の田之助の放つ光の鮮やかさには魅了されます。
実在の人物が何人も登場しますが、その中でも、月岡芳年の作品にとても興味を引かれました。
彼の「澤村田之助が脚を切った。その年に,徳川幕府は滅びたのだな」というセリフが、とても効いていますね。
Posted by ブクログ
三代目澤村田之助を描く本はいくつかあるが、この皆川博子が描く本書が逸品だと思う。
吉田修一が書いた、小説でも映画でも今話題
の"国宝"。
俊介のモデルはこの田之助なんだろうな。
本書で登場する浮世絵師の月岡芳年が言い放つ、
「あれは、がらんどうだ。長年のは空の、透明なびーどろの壺だ」
映画国宝の中で半二郎が喜久雄についての感想、「あれは、からっぽだ」
なんかリンクしていて、本小説も映画もちょっとニヤっと。笑
余談だか、テレビドラマのJIN-仁、で澤村田之助役の吉沢悠と、映画国宝の吉沢亮、同じ吉沢性で顔も似てる…一瞬兄弟か?!と思ってしまう、実際血の繋がりはないらしいが、コレも何かの縁なのか、単なる偶然なのだろうか…
Posted by ブクログ
3,4年前に隙間時間に読もうと思って買っていたけど挫折してた本。
最近ドラマの仁を見直してて、澤村田之助…?どっかで聞いたぞ…?花闇じゃん!?となり、即再チャレンジすることに。
いやー面白かった〜!
挫折してたのが意味わからないくらい面白かった〜!
本当私隙間時間に読むの向いてない。
没入しちゃうから一気見しかできない。
幕末〜明治に実在した歌舞伎役者で、女形だった3代目澤村田之助の生涯を描いた本。その影として、世話をこなす自身も女形の市川三すじが主人公。
舞台上の怪我が原因で四肢を失いながらも舞台に立ち続けた田之助の激動の人生が三すじ目線で描かれているのだけど、この三すじもなかなかに拗らせている。
そのこじらせ目線で感情剥き出しに描かれているので、生々しいにも程がある。
三すじは田之助を尊敬し、愛し(色んな意味で。)、彼のために尽くす一方、妬み、憎しみといった暗い感情も持つ。だから、ある場面では田之助を敬愛しながら、別の場面では田之助の不運に対し「ざまみろ」と思うこともある。
読者にとっての語り部たる三すじの田之助に抱く感情がこんな感じでユラユラしているのが面白くてたまらない。
登場人物に月岡芳年もいる。以前、友人から月岡芳年の描く赤色はすごい、と教わったことがあって、それ以来作者を知らない状態で作品を見ても、芳年の作品だとわかるようになった。
芳年の赤がなぜあんなに美しいのか、花闇で答え合わせをできた気がする。(たとえ創作であっても、花闇の芳年の描写と美しい赤の理由は私的にかなりふに落ちた)
皆川博子先生、美しい表現だけじゃなくて、歌舞伎を知らない私でもめちゃくちゃ楽しめたので、いろんな作品読んでいこうと思う!
Posted by ブクログ
四肢を失いながらも舞台に立ち続けたという、三代目澤村田之助。
幕末から明治にかけて生きたその俳優の存在を、不勉強ながら初めて知った。
実在の人物でありながら、その生き様があまりにドラマティック過ぎて、ともすれば描写が陳腐になりがちな題材だと思うが、皆川博子氏の筆さばきにそのような心配は無用で、本当に田之助や三すじ、権之助たちが自分の身近にいるかのように、この上なくリアルに感じられる。
幼少時より妖しさを以て放たれる艶やかな美貌、傑出した芸を持ちながらもどこか一部が欠落し傲岸不遜な人格、病を患い周囲の空気が徐々に変貌していくにつれて崩れ始める心身の均衡…。
それを傍で冷徹とも言える眼差しで見つめ、支え続けた三すじの存在。
さらには、他の高名な大立者たちや大部屋俳優らが息づく、芝居小屋の糜爛した熱気。
すべてが生き生きと、確かな実在感を持って迫りくる。
それと同時に、すべてが幻、虚無なのではないか、という相反する感覚を強迫観念のように捻じ込んでくるところもまた皆川節であり、人という生き物の業を上手く描き切っていると思う。
時代が下った場面をプロローグとエピローグに配し、本筋を挟み込む入れ子構造は言うなればありがちな構成ではあるが、それがここまで効果を発揮することは少ないのではないだろうか。
終章に入り、結びに向けて急速に高まる緊張感は尋常ではない。
これぞ小説家の技術の粋というものか。
Posted by ブクログ
幕末から明治にかけての歌舞伎界.三代目澤村田之助の壮絶な演じることへの妄執を三すじの目をとうして物語る.愛憎半ばする気持ちを芳年に訴えるところが哀れでもあり,そこまで拘れる人に出会えたことは幸せでもあるのだろう.美しさとは何かという事をとことん突き詰めた芸,この何かに魅入られた世界,怖いようである.
Posted by ブクログ
澤村田之助、という名を、寡聞にしてこの作品ではじめて知った。歌舞伎も、日本文化のひとつとしての興味こそあれ、見に行ったことさえまだない。当然、世界として体験することもはじめてで、慣れない雰囲気にしばらくは戸惑った。
しかし、物語を通して垣間見せてもらった世界には、見るものを引き摺り込む凄みがあり、また、巨大なエネルギーが渦を巻いていた。数々の御題目への自主的恭順を経て「きれい」になってしまった現代では感じにくくなっているものだと思う。ナマの感情、熱、冷徹、喧騒、におい……皆川作品ではそうした「生きている」人間が、完成された物語の奥でたしかに息づいている。右へ倣えに変化していくことのできる「社会慣れ」したひとびとへの戸惑いや抵抗の気持ちを抱きながら。……というのは安直すぎる感想だろうか?
Posted by ブクログ
とても読み応えがあった。ともすると役者の心根って常人の理解の範疇を遠く超えてしまう中で、三すじという視点があるおかげでそれが少しだけ読み手の近くに引き寄せられて、ちゃんと腹に落ちるようになっていた(三すじもその狂気の一筋を持ってはいるけれど)。
Posted by ブクログ
絢爛と酸鼻。
この両極端をここまで描出できる作家。見事としか言いようがない。
豪華な錦糸を縦横に編み込んだような文章からは、腐臭すら漂う。
実在した歌舞伎役者澤村田之助の存在感の、なんと艶やかで無残なこと。
傲慢で鼻持ちならない言動ながら、まさに「役者」の業を煮出して全身に染め抜いた、天賦の才。
田之助はその美貌すら、狂って感じられる。
三すじの、淡々としながら、けれどほのかに覗く残酷がなんともリアル。
全編に漂う淫猥さが、あまりに惨い田之助の悲劇すら彩ってしまう。
この激しい生き様そのものが、豪華な芝居だったのではないか……
夜明けに見た悪い夢のよう。美しい。
Posted by ブクログ
美貌、才能に溢れ天真爛漫、高慢で妖しげな
天才女形が不幸な病により腐敗し堕ちていく様と
華やかで耽美な一面と裏腹に蔑まれていた歌舞伎役者が
時代の流れとともに芸術に高めていくハザマ
現実と虚構、その虚構を現実に寄せていくハザマが
冷めた目を持ち、愛と裏に隠れる憎しみとを抱いた
三すじの眼から、淡々と、時に燃えるような感情で
かたられる。
美しいものの一歩先、その裏に潜む危うさや、
醜さのきわどさ、はかなさと爛熟
表にあらわす美とそれを形作る裏腹なもの
形式・様式ではない美、人が知らず知らず
ひきつけられてしまう美を感じる。
Posted by ブクログ
以前、恋紅を読んだ時に出てきた澤村田之助。「次はあれをやろうこれをやろう」と舞台について話す様子を読みながら、芝居馬鹿はいつの時代も変わらない馬鹿なのだなと思ったりした。全盛期の田之助は傲慢で、子供で、さっぱり惹かれないけれど、心まで腐らせてしまった、最期の田之助は何とも魅力的だと感じた。
Posted by ブクログ
実在の人物、歌舞伎役者の澤村田之助を描いた作品。美貌の天才女形が壊疽により四肢を切断し尚、舞台に立ち続け、狂死する、という実話がベース。
四肢を切断しても田之助の歌舞伎にかける情熱がいささかも衰えず、あらん限りの知恵と工夫を重ねて舞台に立ち続ける様子に驚愕した。これだけの才能がありながら、さぞ無念だったことだろう…。
序章を読んで、どんな恐ろしい事になるのかと読み終えるのが怖かったが、さすが皆川先生、きれいに終わらせてくれた。ホッとした~。