司馬遼太郎のレビュー一覧
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信長が殺された。秀吉は「主の仇」光秀を山城山崎で討ち、その二年後には、豊臣政権を確立した。
官兵衛は自分の天下構想を秀吉という素材によって、たとえ一部でも描きえたことに満足だっただろう。
この戦国の異才が秀吉に隠居を許され、髪をおろし入道し「如水」と号したのは、四十八歳のときであった。
(当書裏表紙あらすじより)
お盆休みが予想以上に悪天候に恵まれた(?)おかげで、読書に勤しむ時間が普段以上に取れました(笑)
かつ、本著の前半から中盤過ぎまでが、中国大返しから山崎の合戦を予想以上に細かく書いてあったので、ついつい先が気になって読むスピードが一気に速まってしまい、結果として10日ちょっとで読み -
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官兵衛を信長に取り次いでくれた荒木村重が信長に謀反を起こし毛利についた。翻意させるべく伊丹を訪れた官兵衛は囚われてしまう。
信長は官兵衛も裏切ったと錯覚し、子の松寿丸を殺せと命じた。竹中半兵衛の策で救われるが、官兵衛が牢を出た時は、半兵衛、既に病死。
牢を出てからの官兵衛は身も心も変わる。
(当書裏表紙あらすじより)
相変わらず読むスピードが遅いので、大河ドラマに後れを取ってしまいました(笑)
と言うか、この本のスピードが遅いような感じがしています。
全四巻の内、三巻まで進んだ状態で未だに高松城水攻めまで辿りついていないんですから(^^ゞ
予備知識なしで読み始めたんですけど、この本は一体どう -
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明治から太平洋戦争勃発期にかけて、オーストラリア北部の離島木曜島では高級ボタンの材料とされる白蝶貝を採るべく日本人ダイバーが活躍していた…
インタビューを元に当時の記憶を活き活きと切り取った取材録。日本版「老人と海」とも言える。
安全かつ高給な「親方(今でいう現場監督?)」ではなく、サメや潜水病の恐怖が付きまとう「ダイバー」を選ぶ日本人の性。
今でも木曜島に居住する元ダイバーの藤井氏の発言が興味深い。
「海底では、もう金銭も何も念頭にない。何トン水揚するかということだけやったな。紀州者も伊勢者も(日本人は)みな鬼になってしまう。」
「今の日本人は知らんけれども、あのころの日本人はそういう -
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官兵衛は信長に新時代が出現しつつあるというまぶしさを感じていた。
「だからこそ織田家をえらんだ」のだ。
信長に拝謁した官兵衛は、「播州のことは秀吉に相談せよ」と言われ秀吉に会う。秀吉は官兵衛の才を認め、官兵衛も「この男のために何かをせねばなるまい」と感じた。
ふたりの濃密な関係が始まった。
(当書裏表紙あらすじより)
二巻も読むスピードは遅かったです(^_^;)
なかなか波に乗れない歯がゆさを感じながら読んでいました。
それでも後半、播州騒乱から村重謀反まではスピードが速まりましたね。
二巻は、信長に拝謁するところから始まり、秀吉の播州入り、そして播州での騒乱が勃発し上月城の尼子残党の滅亡 -
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中国を 二人の視点から考える。
中国に対して なみなみならぬ 知識が
中国の近世を見つめることで 中国がどうなっているか
を明らかにしようとするが、毛沢東中国に関して言えば
好意的な見方をしているのが おもしろい。
マルクスレーニン主義が 具体化した国が
ソビエトと中国だった。
それが、やはり 大きな問題を抱えていた。
すくなくとも 腐敗を生み出す仕組みが現存することは確かだ。
談天半天
第1章 東夷北狄と中国の2千年
正座は、玄宗皇帝までしていた。
宋の時代から、椅子となった。
その頃は、褌がなく、あぐらは無理だった。
魚をとるのはうまかったが、
船を作るのは、へただった。
日本は -
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・興味深かったんだけどどうも読み進むのが遅かった。いまいちのりきれなかった。
・北条早雲、元の名は伊勢新九郎。足利将軍家の子供を預かって礼儀作法を教え込んだりする伊勢家の末端の男。つまりもとは京都の名家の人なんだが、応仁の乱を経て一介の旅人に。そして縁あって駿河の今川家を助けることとなり、その後色々あって伊豆を盗り、三浦半島を攻め、武蔵の戦いに巻き込まれて川越で戦い、やがて小田原の主となり…そして、関八州の長となる。京都中心の政治のなかにいた人が流れ流れて関東にくるわけで、近畿から見た関東ってどんなだったのか、という視点で語られる部分が個人的には面白かった。
・太田道灌が江戸城を作った。太田道