半藤一利のレビュー一覧
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半藤一利氏の歴史書であるが、何時もの冷静な筆致とは異なる印象を受けた
遺言のような熱い思い入れが感じられた
現在の日本の有り様に強い警鐘を鳴らす
それは、昭和の日本に似た取り返しのつかない誤りを犯しつつあるのでは、という問題提起である
歴史に関わる者として、この現状に不甲斐なさを感じている、悲憤慷慨の書である
恩師の司馬遼太郎氏が存命なら、手を携えて世間に訴え、インパクトをなしえたのではという忸怩たる思いも窺える
日露戦争を大勝利として大盤振る舞いし、リアリズムに蓋をしたツケが大敗戦
国民も軍人もイケイケあるのみ
謙虚さを忘れ、傲岸さは、アジアの人びとを見下した
欧米の力を侮り、精神力で凌駕できると非科学的な信念に国がまとまった怖さ
この性向は現代の日本にも通じるものがある
国家ビジョンの喪失が「理念無き国家」をもたらした
私としては、半藤一利氏最高の一書と思う
記録・歴史書とはひと味違う世界も面白いし、世に必要だ。
10年後、再読してみたい -
Posted by ブクログ
碩学のお二人の明治維新論 やはりただ者ではない 特に出口氏は圧巻
経済の視点で「数字」で歴史を分析すると見えてくる世界が違う 迫力も
1.統帥権の独立 これは山縣有朋の仕業 言語道断 治安維持法も
強権的国家主義者のようで、結局は自分の権力拡大 ポスト確保
軍国主義をもたらし、結局は国家の滅亡
司馬遼太郎は坂の上の雲で終わらせてはダメ、昭和の大敗戦まで同じストーリー
2.開国のグランドデザイン 阿部正弘 大久保利通
開国-富国-強兵 帝国主義の世界と戦う
勝海舟も同じ認識 西郷を説得し、江戸を守った 焼け野原になったら日本は終わり
国家の危機 人材登用を広く正しく行えば、歴史は変わる
門閥制度→実力主義・実績主義
cfフィンランド国家の危機 1991年破綻
3.1938年近衛声明の阿呆さ 戦争の相手を無視してどう始末するのか
「始末」の大切さが判らなくなってしまう
全く同感 現代のアベノミクスも同じ 始末の考えはない デフレ脱却が欲しいだけ
現政権=現日本の幼児性は共通するものがある 歴史の怖さ -
Posted by ブクログ
半藤利一氏の著作から切り貼り でも半分ぐらいは気持ちを新たに勉強になった
戦争は悲惨なのは当然 問題は責任が明確になっていないこと
「勝海舟」の評価高い 私も当然と思う 無血開城に加え、日清戦争に大反対
大義なき戦は、結局国を滅ぼす その通りになった
国家を滅ぼした戦犯は
山縣有朋 官僚制度 統帥権の独立 帷幄上奏権 治安維持法 現人神思想
伊藤博文は歴史に残せなかった
近衛文麿 蒋介石を相手にせず ずるずると国費20兆円、人命50万人
東條英機 戦陣訓の罪 超形式主義
→忠義の士が国を潰す[勝海舟]
ノモンハン事件の5つの教訓
①陸軍エリートの根拠なき自己過信
②驕慢なる無知
③エリート意識と出世欲
④偏差値優等生
⑤底知れない「無責任」 →私はこれが一番と思う
それにしても読めば読むほど腹が立ってくる -
Posted by ブクログ
最近読んだ新書の中では抜群に面白かった。著者のことをよく知らなかったのだが、戦後に戦争に携わった多くの当事者に直接聞いた話がいくつも登場して、臨場感があり、説得力があった。リーダーシップ論はあまた出版されているが、確かに戦中のリーダーシップこそまさしく「リーダーシップ」そのものである。しかも、三国志や戦国時代のそれが好まれるが、時代が古すぎて、本当かどうかもよくわからないのに対し、日本の近代史・太平洋戦争は時代が近くて実感がわく。そういう意味で、本当に面白かった。珍しく何度か繰り返し読みたくなった。
リーダーの第一の条件として、「最大の仕事は決断にあり」というのは重みがあって、噛みしめたい教訓である。
それにしても、不毛地帯や西川善文氏の著書でも凄腕のイメージが強い瀬島龍三氏が、著者にとって、少なくとも軍人としての評価が低いことに驚いた。 -
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能條純一『昭和天皇物語 1』小学館。
現代の劇画作家の中でもトップの作画力を持つ能條純一が非常に難しく、デリケートなテーマに挑んだことに驚いた。天皇をはじめ、登場人物が見せる現代の日本人が忘れつつある誇り高く高潔で、極めて真っ直ぐな生き方が眩しい。
谷口ジローの傑作『坊っちゃんの時代』にも似た雰囲気で、明示、大正を舞台に天皇と関わる人びとが生き生きと描かれる。
昭和という日本が敗戦から復活を遂げた輝かしい時代が終わり、迎えた平成という時代は一瞬の幻、虚業と狂気にまみれた非常に危うい時代だったと思う。時代の移り変わりと共に天皇をはじめとする皇室も少しずつ変化を遂げてきたように思う。次に迎える時代はどんなものになるのだろうか。 -
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もう明治維新150年とか薩長土佐で勝手にやってくれと思っている人たちにとっては当たり前の視点・史観では有るけど、それがこの2名の対談でより明確になっていて大変心地が良い。よく太平洋戦争の総括が不十分である事への指摘が多いが、そもそも日露戦争当時戦争への総括が不十分であり、その実際が広く国民に知らしめられなかった事により、再び「鎖国」となり、それ太平洋戦争へ繋がっているという指摘は重要だし、それは今の我が国の現状にも重なって見える。戦争は外交・政治の一手段である、これは即ち戦争中であろうとその前段階であろうと相手との対話と交渉が必要である事を示している。日中戦争時の近衛内閣の「国民党とは交渉に値せず」は、現状の我が国の北朝鮮政策と重なって見えてきて仕方がない。右手で棍棒で殴り合いながらでも、左手の指一本ぐらいは相手と繋いでおくのが外交であり、政治である。結局戦争は政治の一手段である以上対話でしか終わらないのだ。