上橋菜穂子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ鹿の王が良かったので、購入後しばらくとっておいたのだが、鹿の王のシリーズの続編は読みたいような(キャラクターが死ぬのではないかとハラハラするので)読みたくないような微妙な気分になる。
前作のヴァンらは登場せずホッサル視点の物語だが、本作も命の物語なので、序盤から「死の迎え方」の描写があり重い。
リウマチや血友病の病名を変えたものが出てきたり、還元論(オタワル医術)と全体論(清心教医術)の比較のように我々の世界とつながる部分も多い。
オタワルは(ローマ時代と中世ヨーロッパの関係のように)科学技術が進んで合理的、近代的な考え方で思想面ではツオル帝国を優越しているように見えるが、ホッサルとミラルの婚姻が許されない身分制度が残るように全てが正しいわけではない。これも我々の世界の歴史そのものだ。
終盤のキーとなる土毒は症状からボツリヌス菌だろうか。
あとがきや解説の部分を読むことで実在の病気や細菌を元にしていたこと、鹿の王の黒狼熱は伝染病にしたくなかったこととなどとともに、文庫版の発刊前後の新型コロナウィルスによる社会情勢の変化とそれに対する著者の前向きな気持ちが書かれている。
文庫版に寄せたコメントは、初回の外出自粛の前に書かれたものであるのに1年後(著者の予想より1年遅れた)のデルタ株での惨状を予見しているのは門外漢であるのにすごいと思った。
日本の文系研究者は数学や理科に異常な嫌悪を示すバカがちょこちょこいる(逆は少ないはず)のだが、本当に優れている人はそんなことは毛ほども問題にせず、彼らの優れた感性を専門外の理系分野の問題に対しても発揮する(;ドキリとするような真理に切り込んだ質問や発言をすることがある)と、私は経験的に知っている。この著者も分野を問わない優れた感性を持つ人の一人だろうと本書を読んで思う。
タイトルは前作の「鹿の王」と一緒でミスリード。
前作で鹿の王の意味が明かされた時は「ヴァンの境遇が"鹿の王"とピッタリであり、終盤に仲間の盾となって死ぬ場面が来るんだ」と思ったものだ。
本書の中盤で「水底の架け橋」が出てくるときには「ホッサルは政略結婚をしてミラルとは心の中でつながりを持ち続けるしかないのか」と切ない気持ちになったが、上橋作品はそんな悲恋は許さない。
ミラルとホッサルが正面突破で正々堂々と結ばれることが出来るような優れた展開が用意されていた。全くの予想外の展開であった(終盤を読む前は、ホッサルが家を捨てる→オタワル医術を見捨てることになるので不可。政略結婚しミラルを愛人に→そんなに不誠実なことはしないだろう。ではどうする??と悩んだ)。
また、上橋作品は処女作から一貫して「優しい、後味の爽やかな作品」だと思っていたが、本作、特に終盤を読んで印象が一変した。
守人シリーズを読み切っていないので私の印象が間違っているのかもしれないが、
本書の終盤の由吏侯やリムエッル、津雅那、安房那侯らの政治的な駆け引き・策謀は非常に老獪で緻密、上橋作品では感じたことの無い高レベルのイヤラシさを感じた。良質なミステリーを読んでいるときのような、グルリと足場が入れ替わる感覚と、それに伴う背筋の冷や汗をノーガードでもろに喰らってしまった。 -
Posted by ブクログ
知りたいと思い追い求める事は恐ろしい側面を伴う…それでもひたすら自分の道を信じその先を知ろうとするエリン…凄いなぁ…どうしたらこんなに面白い話が書けるんだろう
リランがエリンを守った姿が頭に浮かんで感動した
リランにもエリンを慕う気持ちがあるんじゃないかなと今作で感じた
今までエリンがリランに対して抑えていた愛情が溢れ出していた場面良かったなぁ
「知りたくて、知りたくて…おまえの思いを知りたくて」ってところ泣きそうになった。知りたいけれど王獣の気持ちを人が完全に理解することは難しい…
お母さんが子どもの気持ちを理解したくてもどうすれば理解してあげられるか苦悩している様だった
小5の頃、上橋先生の作品が難しく感じていたけれど大人になった今読んでみると心に響くものがある -
Posted by ブクログ
もう10年以上前、小学生か中学生の時にお小遣いで買った大好きな作品を再読。
上橋菜穂子さんの作品に出てくる食べ物ってすごく美味しそうで魅力的。独特の甘辛い香辛料で煮付けた魚、タレがしみたご飯、読んでるだけで口の中に唾がたくさんわいてくる。
これは全10巻のシリーズの第1巻目。新ヨゴ王国第二皇子のチャグムが、目には見えないもう一つの世界の水の精霊の卵を身に生み付けられていて、ひょんなことから女主人公の用心棒・バルサがチャグムを守ることになる話。当時2巻目の『闇の守り人』から読み始めた私的に、シリーズものだけど1話完結的な楽しみ方もできると思う。
呪術師のおばあさんトロガイ、その弟子タンダ、宮に仕える若き星読み博士のシュガとか、キャラが濃くて素敵な登場人物が多いのも魅力。
幼かった頃に好きだったお話って、時を経て読み返しても色褪せないどころか、もっと違う良さを感じられる気がする。
夏の終わりに、童心を思い出しつつの読書体験、贅沢な時間だった。 -
購入済み
とかげのしっぽ
人の生と死の概念について考えさせられる濃厚でいて、かつ異世界というファンタジー感、そして人々の思惑が織りなす絡み合った物語で読みごたえは抜群でした!
鹿の王というタイトルから読み始め前は「もののけ姫」のイメージを漠然と持っていました。確かにそのイメージが間違っていたとは思いませんが、私が印象に残ったことは「病理学」についてです。流石にこのタイトルから想像することはできないでしょう!
まだ病気が菌によるものでなく宗教的なものが深く絡んでいると多くの人々が思っている時代。少数派ではあるが、病気は菌という目に見えない小さな原因があるんだということが分かってきたという背景があります。そんな中で描かれる、人の生と死の考え方は強烈に私の印象に残った。人の体を「国」と例えていたところはわかりやく、すんなりと頭に入ってきました。
他にも政治的な思惑が幾重にも絡み合って進む物語は濃厚!私はそこら辺が得意ではないのでサラッと読み進めましたが、そういった策略などが好きな方が読んでもまず面白いと感じるのではないかと思います。
そして、異世界のようでいて現実味のあるファンタジー舞台。古い時代のアジア圏のような世界。「策略好き」「ファンタジー小説好き」「理系話好き」の一つでも当てはまればこの作品が好きなはず。言わずもがな、これら3つとも当てはまる方は是非とも読んでみて下さい!
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Posted by ブクログ
小学生の頃から何度も読んでいる大好きな本。数年ぶりにチャグム達に会いたくなって再読。はじめて読んだ時はチャグムよりも幼かったのに今ではバルサと十しか離れていない。時の流れる速さに驚いた。
今回は、突然母と離されたり、父である帝に暗殺を企てられたり、よくわからん異界の生き物に卵を産み付けられたりと大変なチャグムの心情に着目して読んだ。チャグムが、バルサ達に感情をぶつける所でバルサとタンダはチャグムに安心を与える存在になれたんだなと実感できた。
上橋菜穂子の作品を読むのは1年ぶりだが、文章の読みやすさですぐに話に入れた。バルサ達と共に旅をするのはやはり楽しい -
Posted by ブクログ
ネタバレたつみや章の『月神の統べる森で』と混乱しちゃう。
でも、縄文が舞台の『月神の~』とは違い、こちらは律令の世の中。
それでも人はまだ神のそばで生きていた。
九州の山間の小さな集落。
男たちは狩りをして、女たちは稗や粟を作ったりどんぐりの粉で団子を作ったり。
欲しいものは山が与えてくれる。
神さまの場所さえ侵さなければ。
しかし、時代は変わってしまった。
男たちは朝貢(えだち)のため都で6年間暮らさなければならず、男手の足りない村は狩りをすることもままならず、どんなに工夫をしてもひもじさをこらえることはできなかった。
そしてようやく帰ってきた男たちは、遅れた生活(全身の刺青、狩猟生活等)から抜け出すために、田んぼを作るという。
神の力の源である沼のすぐわきに。
神と人の間に生まれ、鬼とさげすんできた都人を見返そうと神殺しをするためにやって来たナガタチ。
同じく神と人の間に生まれ、神の思いを体現するタヤタ。
神と人との間で絆となるカミンマとなる予定の少女キシメは、タヤタを愛しながらも人として村を見捨てることもできないでいる。
神が守るのは山であり、人ではないのだから。
登場人物たちのほとんどが、自分のためではなく、みんなのためにどうしたらいいのかを考えている。
立場によって、そだちによって、あるべき未来が違うため、どうしても意見を統一することはできない。
神を殺すべきなのか、徐々に滅びていくべきなのか。
結果を私たちは知っている。
結局人は、神を殺したのだ。
山全体の命ではなく、人間だけが生き抜いていけるように自然を変えた。
”〈掟〉をいちどやぶることは、崖からちょろちょろとふきだした、わき水のようなものだ。しだいにまわりをけずり、ひとにとっては、考える気にもならぬほど長い時ののちに、その水におのが身をけずられて、崖はくずれさる。”
40年が過ぎ、少しずつ森が切り開かれ、掘り返されて、稲田が広がっていく。
倉には沢山の米。
しかし人々は飢えている。
だってその米は〈租〉だから。
朝廷に納めなければならないものだから。
苦しさは変わらない。
朝貢がなくなっただけ。
直接話には出てこないけれど、朝廷の信じる神は、太陽の神で、女性神。
朝廷に従うことになった民の土着の神は月の神で、男性神。
そういう対立もきっとあったんだろうなあ、と思う。
世界的には男性が太陽神の場合が多いけど、日本はアマテラスという女性神で、月は男性のツクヨミなのは、何か意味があるのだろうかと以前より思っていたけれど、命をはぐくむ女性が〈絆〉として神と人を繋ぐ存在になるために、神は男性なのかもしれない。