北方謙三のレビュー一覧
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感想
司馬遷がちょいちょい出てくるが、頭良すぎて面倒臭い人になってる。史記はいつ書くのだろう。
その時代の中では決して目立たない存在だったものが愚直に記録を残すことで後世で有名なるなんて誰も想像できなかったことだろう。自分の志に真摯だったのだろう。
あらすじ
司馬遷はインドへの出征に同行するように求められる。左腕が上がらなくなった衛青は、李広の孫の李陵を育てていた。
帝は、始皇帝以来の秦山封禅を取り行う。帝の周りでは主だったものが次々と亡くなっていった。帝の記録係だった司馬炎は泰山封禅に同行を許されなかったことで憤死する。
10年の時を経て、匈奴が漢に攻めてくる。漢軍は散々にやられる。帝は北側のことはすっかり忘れていた。帝はお気に入りの侍女の兄の李広利に匈奴討伐を命じる。司馬遷は父を継いで太史令となる。
漢にはすっかり馬が亡くなっていた。衛青は病気がちになり、あと10年あれば李陵が、匈奴に対して勝ちを上げられる将軍となると桑弘羊に言い残して死ぬ。
時が経ち、李陵は荒くれ者の騎馬隊800を任される。一方、匈奴も鳥維単于が亡くなり、若い息子が継ぐが、軍は全てトトが受け持つことになった。やがて息子も病で亡くなり、コウリコが単于となって、単于庭を南に移動するが、病で亡くなる。
漢の李広利の軍は軍の形を為さぬほど腐敗していた。李広利は6万の軍で大宛を攻めるつもりで行き、5万の兵に逃げられ、3千の汗血馬を持ち帰っただけだった。西域では高圧的な漢は殊更評判が悪かった。
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この本の前に読んだ「中先代の乱」にて、北条時行に興味を持ち、そういえば前に読んだこの「破軍の星」を思い出した。
時行って登場したっけと思いつつ読んでいくと・・・
出てきたけど扱いが、これ?「勅使がなんたるかおわかりか?」とか「鎌倉が落とせそうになると涌いてくる奴」と北畠顕家にボロカスだった。
破軍の星の感想は、「若い!」北方謙三も若いし、主人公も若い。最初から最後まで「いくさ」のみ。ところどころ国とは?公家とは、武士とはと頭を使うシーンがあるが、ちょっと薄っぺらいです。
京への強行軍も文章からは、距離感があまり感じられない。もっとじっくり書いてくれれば、もっと素晴らしい小説になったと思う。 -
Posted by ブクログ
四十になる平凡なサラリーマン。
ある日、仕事でビル内の立ち退きの仕事が舞い込む。
この立ち退きに応じない黒い会社から、抗争事件へと巻き込まれてゆく。
平凡なサラリーマンが、対企業、対ヤクザと次第に戦う内に変容してゆく。いや、本来の自分が現れてくる。
虚無感が漂う中、どこか哀愁めいたものを感じる。
生きてゆく中で、喜怒哀楽の波が乏しく、ただ目の前の選択肢をこなしているだけのような。
何でこんなことをしているのだろうと懐疑するわけでもなく、ただそうしたかったからそうなったと淡々と。
主人公の本来の持つ人間性が徐々に剥き出しにされ、毀れてゆく様は実に読み応えがある一冊でした。 -
ネタバレ 購入済み
山の民から海の民へ…。
2024年11月読了。
実を言うと、この本は30年以上の間、読めずに遠ざけてきた本だった。前著『武王の門』に、又北畠顕家卿を描いた『破軍の星』に、自分の心、より大袈裟に言えば
自分の魂を吸い取られる程魅了されてしまったからだ。
『武王の門』の続編が出たと聞いた時、日本史を嗜んでいる人なら誰でも、その後の史実を理解しており、《喪われた南朝の末裔の物語》等、悲し過ぎて到底読めないと、ずっと思ってきたからだった。
しかし、今の自分は若かった頃ほどの《熱狂》は無く、征西将軍宮懐良親王の子、月王丸の物語を受け入れる様な歳に成っていた。
月王丸側からではなく、九州探題の今川氏側の視点から物語が語られていったのには、当初少々面食らった気分だったが、考えてみれば『懐良親王の子孫の歴史など何処にも遺されていないのだ、当たり前じゃないか』と気付かされた。それを受け止められた時、この物語に惹き込まれていった。
足利頼冬がジョーカー的な存在で話を掻き回したが、《足利義満が天皇に成ろうとしていた説》は実際に有るので、「こういう展開に成るんだなぁ…」と一つ一つ納得するような思いで読み進めた。虚実皮膜の間を中々に上手くアレンジされていて読後感も良かった。
ただ、ただ、どうしても前作を何度も読んで涙した自分からすれば、《月王丸よ、それで良いのか?!》と云う寂寞感の様なものを感じてしまい、「海の果てに消えていった有る貴種の物語」として諸手を挙げて最高だとは言えなかったのも又事実である。
北方南北朝シリーズは、コレで30年越しにようやく全て読破したが、「判官贔屓」と嗤われてもやはり『南朝方への切ない想い』は変わらなかった。そして最後まで《足利尊氏》を書けなかったのであろう著者の、(どれほどの資料を読み込んでも見出せない)尊氏と云う男の胸の内の不可思議さに、一人の人間として改めて興味が湧いてきた。
この人と楠木正成は、本当に《何を考えて生きていたのか》分からない事が多過ぎるのだ…。
さらなる歴史研究の促進を望みたい。でも、自分が生きている内に「何か新たな資料」が出てくるような事も無いだろうなぁ…。