塩野七生のレビュー一覧
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『コンスタンティノープルの陥落』に続くキリスト教世界VSイスラム教世界の対決第二ラウンドです。
コンスタンティノープルを攻略した後、巨大な帝国へとその勢力の拡大していたオスマン・トルコにとって、ロードス島は喉元のトゲのような存在でした。時の大帝スレイマン一世はついに自ら陣頭指揮を取ってロードス島攻略を開始します。攻めるオスマントルコ軍は二十万、一方でロードス島の守備隊・聖ヨハネ騎士団はわずか六百人。初めから勝負は決まっていましたが、ヨハネ騎士団は五ヶ月にわたり砦を守り抜きます。
ペルシャとスパルタの「テルモピュライの戦い」や日本でいえば楠木正成の「千早城の戦い」と同じで数の戦力差は信用 -
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マキャベリとは、15-16世紀にかけてフィレンツェ共和国(現・イタリア)の衰退期に生きた政治思想家で、
その思想はマキャベリズムなんて言葉で表現されることもあります。
そのマキャベリが傾倒した同時代人が「カンタレラ」で有名なチェーザレ・ボルジアであったりしますが、
そのボルジアが「毒を盛る男」なんて評されていることから、そのイメージ釣られてかネガティブに捉えられたりも。
本書は、そのマキャベリの著作・手紙などから、著者・塩野さんの琴線に触れた文を抜粋した語録という形式。
面白いのは冒頭で「あなたの関心が刺激された箇所について、御意見を聴かせていただきたい」とある点でしょうか。
SNSが盛 -
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イタリアを題材にしたエッセイ集…、と本書の概観を切り取るのは簡単だが、これほど芳醇な知識と感性が詰め込まれたものも、そうないのではないだろうか。
著者の感性は、イタリアを中心に西欧諸国の今と昔に自由自在に飛び跳ね、ローマ法王とすれ違ったり娼婦と友達になったりしながら、ギリシア軍の将校にスパルタの男たちの痕跡を見、オデュッセウスの旅路を単なる朝帰りダメ亭主の言い訳に貶める説を吟味するのである。
そして最後はレオナルド・ダ・ヴィンチへのラヴレター。
構成においても「やられた!」と思う瞬間である。
実は本書は再読。1995年5月23日に読み終えている。 -
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ネタバレ塩野七生さんの「ローマ亡き後の地中海世界」を読み終わった。
彼女の著作を読む上でのバックボーンを構築し、ガイドラインにもなるという、塩野七生ファンには重要な本となりそうだ。
細切れの時間を使って読んでいたので、えらく時間がかかってしまったが、それでもやっぱり、感慨は深い。
8世紀から18世紀までの地中海世界でのオスマントルコとキリスト教諸国との千年にわたる葛藤を大きく描いている。
一神教を奉ずるこの2大勢力は、その原理主義に従って、互いに略奪、拉致、暴虐を永きにわたって繰り返してきた。海は地中海全体、陸はウィーン近郊に迫るイスラムの伸張に歯止めをかけたのが、有名なレパントの海戦だ。世 -
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2003年の12月、ということは、もう7年以上前の話になるけれども、グラナダのアルハンブラ宮殿を訪問したことがある。名前からしてそのものであるが、アルハンブラ宮殿はイスラムの宮殿である。ということは、その昔、イベリア半島・スペインは、イスラムの勢力下にあった時期がある、ということだ。
アラビア半島はメッカで生まれた預言者モハメッドがイスラム教の布教を開始したのが紀元613年ということなのであるが、その後、イスラム勢力は驚くべきスピードで勢力範囲を拡大していく。642年に現在のエジプトをイスラム化、そのまま北アフリカを西方に勢力を拡大していき、ジブラルタル海峡を渡りスペインに達したのが710年頃 -
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ローマ最大の偉人、ユリウス・カエサルが登場。この第4巻は丸ごと彼の伝記となっている。
それにしても、カエサルの行動力には圧倒。男として、多くの愛人を囲う。軍人として、8年にわたるガリア民族との戦いで、ほぼ常勝。文筆家として、その戦いを「ガリア戦記」にまとめる。政治家として、クラッススとポンペイウス2人の実力者を味方にして、元老院に実力を見せつける。さらには民衆や兵士からの人気も抜群。
さらには若き頃の武勇伝もあり、いくらでもエピソードが出てくる多忙なスーパースター。このブ厚い第4巻だけでも、彼の一生を書くには足りず、反ローマ側を覚悟して、ルビコン川を渡る直前で次巻へ続く。 -
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前2巻までのローマは敵の侵略を防ぐこともあれば、領土を手に入れるための侵略をしたりと、アグレッシブな若い国だった。が、ポエニ戦役を経て、当時の最強国となってしまったローマはもはや征服する土地が限られ、外敵よりも内部の調整に四苦八苦する。
そんな時代に登場したグラックス兄弟、マリウス、スッラ、ポンペイウスらローマの指導者たちは内戦の片づけと政治体制の修正と、やや地味な仕事に明け暮れる。
どうにも盛り上がりどころのない、爽快感のない国になってしまったローマ。そんな中、個人で頑張っていたのが小国ポントスのミトリダテス王。大国ローマに何度も敗れては立ち上がる姿に「漢」を感じた。