塩野七生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ヨーロッパの歴史ができる様子を眺めているように本書に引き込まれる
歴史の事実が著者により、現代の出来事、人物に感じられるように描く著者に脱帽
神君アウグストゥスの後に続いた、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロの4皇帝時代の物語。
ネロを最後にカエサルから続くユリウス・クラウディス朝は終焉する。
後の歴史家タキトゥスによって悪評ばかりが目立つこれらの皇帝を暖かい目で再評価した作品、と感じた。
文中ではタキトゥスの悲観的な記載に対する苦言が散見される。
ティベリウスは立派で非常に共感できる部分が多い
ネロが暴君ネロとして歴史上、有名な理由には納得がいかない
各皇帝とも個性的で、本人の意思とは裏腹に、それぞれの理由で元老院や人民の支持を失っており反面教師として学ぶに良い教材。 -
Posted by ブクログ
紀元337年、皇帝コンスタンティウスから、紀元395年皇帝テオドシウスの死まで。
「権力者に対する陰謀の成否の鍵は、排除した権力者の代わりに誰をその地位に就けるかにかかっている」
「アリウス派とアタナシウス派(カトリック)の対立、異教徒よりもキリスト教徒内の異端への憎悪、一神教の本質そのものが排他性にある」
「本音は脱税にある聖職者コースへの転出、キリスト教会に属する聖職者は免税にと決まった。地方自治体の有力者層が、雪崩を打ってキリスト教化した真因は、これにあった」
「ユリアヌス副帝就任、人間は社会的な動物である、他者に必要とされていると言う自覚は、非常な喜びを感じさせる。責任感と高揚感のカクテル」
「権力とは、他者をも自分の考えに沿って動かすことのできる力であって、、多くの人が共生する社会では不可欠な要素である」
「権力者には誰に対しても、初めのうちは歓呼を浴びせかけるのが民衆である。新任当初の好評くらい、あてにならないこともない。ひとまずは歓呼で迎えながら様子を見る」
「背教者ユリアヌス・・・宗教は現世の利益とは無関係の、個々人の魂を救済するためにのみ存在するもの、宗教が現世をも支配することに反対の声を上げたユリアヌスは、古代ではおそらく唯一人、一神教のもたらす弊害に気づいた人」
「ミラノ司教アンプロシウス・・・キリストへの振興は、無知な魂を救うのではなく、文明が崩壊した跡に、その過去の誤りを正す勇気を持つ人々の上に輝くことになる。・・・強引な論法とはしばしば、スタートしたばかりでマイナス面が明らかでないからこそ、可能で有効な戦術でもある」
「紀元388年、キリスト教ローマ帝国の国教に、テオドシウス帝、ローマ人の宗教として、あなた方はユピテルを良しとするか、それともキリストを良しとするか」
「一神教とは、自分が信じているのは正しい教えであるから、他の人もそれを信ずるべき、とする考えに立つ。多神教は、自分は信じていないが、信じている人がいる以上、自分もその人が信ずる教えの存在理由を認める、とする考え方。殉教は一神教徒にしか生じえない現象、多神教徒にはなじまない、イスラム教徒の自爆テロ」
「異端に対する理論武装マニュアルの確立、マニュアルが誰にとっても便利であるのは古今東西変わらない真実である」
「聖アンプロシウス・・・人間は何かにすがりたいから宗教を求める、唯一神にお願いするのははばかられるような身辺の雑事、キリスト教徒がモデルにするにふさわしい人、守護聖人、一神教は守りながら民衆の素朴な願望も満足させるという離れ業を見事なまでに成功させた」 -
Posted by ブクログ
紀元284年、ディオクレティアヌス帝の即位から、紀元337年、コンスタンティヌス帝の死まで。
いよいよキリスト教が迫害から公認へ、「ミラノ勅令」から「ニケーア公会議」へ。
「利益の社会還元・・・富裕層には公共心に訴えるだけでなく、虚栄心にも訴える、人間は形に遺るとなれば、より一層やる気を起こすものなのである」
「一神教・・・権力でも権威でも、それが多くの人や神に分与される状態では絶対的な存在ではなくなる」
「マクセンティウス、コンスタンティヌスに敗北。敗北とは何であるかを考えさせる、昨日までの皇帝が暴君に一変する」
「紀元313年ミラノ勅令、キリスト教がローマ皇帝によって公認された」
「小数派のキリスト教徒が多数派の多神教ローマ人を変革、コンスタンティヌスハ需要とは自然に生まれてくるものとは限らず、喚起することによっても生まれてくるものであることを知っていた戦略家であった」
「宗教を大義名分に使えなければ争いは人間同士のことになり、単なる利害の衝突にすぎなくなる。宗教を旗印にすると、問題は常に複雑にある」
「コンスタンティヌスによる皇帝資産のキリスト教会への寄贈行為、宗教組織にとっての資産の重要な役割の認識」
「信仰よりも利益で入信する者が多かった、食べていくためにキリスト教に改宗する人々は多かった」
「ニケーア公会議・・・神とその子イエスは同位か、それとも同位ではないか、三位一体説・・神とその子イエスと聖霊は同位であるがゆえに、一体でもある」
「つまりは支配の道具・・・王政・共和制・帝政と政体を変移、権力者に権力の行使を託すのが、人間である限り、権力者から権力を取り上げる権利も人間にあり続けることになる。決める権利は、可知である人間にはなく、不可知である唯一神、一神教の神キリスト教の神とした」
「パウロ、キリスト教をユダヤ人の民族宗教から世界宗教へ、神以外には何であろうと他に権威を認めないが、現実世界の権威も神の指示があっての権威、ゆえに現世の権威に従うことはその上の君臨する至高の神に従うことになるのである」
「神意を伝える司教たちを味方に懐柔、優遇策・司法権」
「キリスト教は、利益を介在させることによって、少数はより短い期間で多数になっていった」