中野信子のレビュー一覧
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■バイアスの存在理由を簡単に一いってしまえば「人間の脳の限界」。
今より脳の性能を上げたいならもっと脳の体積を大きくしなければならないが、骨盤の大きさに限界がある。これ以上脳を大きくできないならどうすればいいかというと、現状の脳の大きさのままで、よりよい答えを出すための工夫をしなければならない。粗い計算でいいから、瞬時に大まかな答えを出すという工夫。その工夫の一つがバイアス。論理的な思考はスキップして脳にかかる負担を減らし、エネルギーを節約すること。
私達の脳は、正確さよりも速度とエネルギー効率を重視した結果、バイアスというものが必要になったと考えられる。
■中国には戦い方や戦略を解いた兵法書が古くからたくさん残されている 。それらの中でよく最重要戦略として紹介されているのが「戦わないこと」。
「百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(「孫子」謀攻篇)
100回戦って100回勝つのは、最も優れていることとは言えない。戦わずして敵を屈服させるのが、最も優れていることだという意味。さらに、最も優れた戦い方は、敵の陰謀を未然に防ぐことであり、その次には敵と仲の良い国との友好関係を壊すこと、その次には実際に軍を動かして敵を攻めること。一番よくないのは敵の城を攻めることだと続く。
中国の南北朝時代に書かれた「兵法三十六計」では、最も重要な戦略として「逃げる」を挙げている。
「走為上」(走ぐるを上と為す)
「三十六計逃げるに如かず」ということわざはここから転じたもので、戦術には三十六計のように色々あるけれど、困ったときや迷ったときには、とにかく身を引いて逃げるのが最良の策だということ。
■「アンダードック効果」とは、相手から弱い部分や劣勢にあるものを見せられると、人は相手に対して寛大な心理になる傾向があるというもの。 -
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中野信子
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、ニューロスピン博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学特任教授
なぜいじめは起こるのでしょうか。なぜ人は人をいじめてしまうのでしょうか。 これは、脳科学ばかりでなく数理社会学や行動社会学などの見解も、いじめをはじめとする社会的排除行為が、ヒトが種として存続することを有利にしてきたことを示唆しています。
例えば、ルールを破ろうとしているのではなく、ルールを知らなかっただけの人や、体が小さいがためにみんなの役に立たなさそうに見えてしまう人、さらにはちょっとだけ生意気だったり、みんなの常識と違った格好をしていたり、標準的な可愛さよりもちょっと目立つ可愛さがあるなど、みんなのスタンダードと少し違うという人。こういった対象に向けて、制裁感情が発動してしまうことがあります。 これを、「過剰な制裁(オーバーサンクション)」と言います。 この現象は学校内や会社といった組織でも起こりうることです。そして、これが「いじめ」が発生してしまう根源にあるメカニズムなのです。
しかし、共同社会作りに欠かせない側面がある一方で、オキシトシンが仲間意識を高めすぎてしまうと、「妬み」や「排外感情」も同時に高めてしまうという、負の側面をも持った物質であることもわかっています。 〝過ぎたるは猶及ばざるが如し〟〝可愛さ余って憎さ百倍〟……。人間の心の不思議さを、この物質の働きに見るような思いがしますが、愛情や仲間意識の過剰が、逆に、人間関係を壊してしまうことにもつながっているのです。 別の言い方をすれば、オキシトシン自体は良いものでも悪いものでもなく、仲間を作るために必要だから分泌されるのです。仲間を大切にしようという気持ちと、そのために良い仲間を作ろう、良い仲間を選別しようという気持ちは表裏であり、後者が強くなることでサンクション=いじめが発生しやすくなるのです。
脳内物質の視点から見ると、仲間を作るオキシトシンが、同時に仲間に制裁を加える、排除するという、いじめを司る働きをするわけですが、心理学者の澤田匡人先生は、調査から、「規範意識が高い集団」ほど、いじめが起こりやすいことを指摘されています。 規範意識が高い集団とは、その集団には集団の決まりがあって、それを守らなければならないという気持ちが強いということです。 規範は、その集団を維持するための決まりですから、これをどのようにして守るかは集団の存続に関わります。規範意識が高ければ、その集団は〝きちんと〟していて、〝統制〟がとれており、端から見ても良い集団であり、〝はみ出し者〟、集団の目的を乱すものを許さないわけですから、集団を構成する個々人にとって〝良い集団〟であると思われがちです。 ところが、この規範意識が高い集団は、当然、規範を守るための方策が必要になってきます。その、規範を守る方策が誤った方向に進むと、制裁を加えたり、排除の方向に進むわけです。
実験は、9歳から 11 歳までの少年たちを対象に行われました。まず、少年たちを2つのグループに分けます。その後初めはお互いの存在を知らせずに、キャンプ地である〝泥棒洞窟〟に向かい、少し離れた場所でキャンプをしました。 最初の一週間はそれぞれのグループで、ハイキングなどの野外活動を体験します。これによってグループ内の結束が強くなり、仲間意識が生まれました。 その後、別の少年グループがすぐ近くでキャンプをしていることを知らせ、2つのグループで綱引きや野球など、互いに競い合う競技を行いました。 その結果、グループ内では仲間意識が高まりましたが、相手のグループに対して、敵対心を持つようになり、競技中に相手グループの悪口を言ったり、相手を攻撃するようになります。
逆に少ない人は、不安傾向が強く、いろいろなリスクを想定して慎重になります。例えば「これは危なそうだからやめておこう」「この人は危険そうだから距離をおこう」といった慎重な意思決定をする傾向が想定されます。 このセロトニントランスポーターには、多く作ろうとするL型の遺伝子と、少なく作ろうとするS型の遺伝子があります。
このセロトニントランスポーターを少なく作ろうとする遺伝子S型が、世界 29 か国でどのくらいの割合分布になるのかを調査したチームがあります。 その調査の結果、 29 か国中日本はS型が最も多いという結果になりました。日本はS型遺伝子の割合が 80% を超えており、しかも 80% を超えるのは日本だけだったのです。例えばアメリカの場合は、S型の割合は 43%。残りはL型でした。
この調査から、日本人は、先々のリスクを予想し、そのリスクを回避しようと準備をする「慎重な人・心配性な人」、さらに、他人の意見や集団の空気に合わせて行動しようとする「空気を読む人」が多くなる傾向があると考えることができます。 心配性である=リスクを考えるということは、つまり、「裏切り者検出モジュール」の強度が日本では高くなり、「この人は将来的な不安の種になるかもしれない」ということを検出する能力が高くなると言えます。
いじめの始まりは、「間違っている人を正す」という気持ちから発生します。「おまえは間違っているだろう!」という気持ちで制裁し、「自分は正しいことをしている」と感じることで得られる快感があるのです。 いじめている側の、自分は正義であるという思い込みは絶対で、自分の行動を正当化し、「正しいことをするのは楽しいことだ」という感覚で相手を攻め、批判し、追い込んでいくのです。
もともとセロトニントランスポーターS型が多い日本人です。慎重型、体制順応型が多い日本人の、裏切り者検出モジュールの検出基準は、いじめる人も、いじめを傍観する人、さらには担任の先生も、それほど違いはありません。ですから、オーバーサンクションを受ける人の、いじめる側が指摘する部分に、それらの人が無意識に同調してしまうということがあります。
〝一人だけ得をしているように見える人〟これは、「妬み」を買いやすい人と言えます。そして、妬みからいじめに発展していきます。 心理学的には、妬み感情が強まるのは、互いの関係において、「類似性」と「獲得可能性」が高くなるときと言われています。 類似性とは、性別や職種や趣味嗜好などが、どれくらい似通っているかを示す指標です。つまり、自分と同じくらいの立場の人が、自分よりも優れたものを手に入れていると、より悔しいという感情が生まれやすいのです。
例えば、自分と同等、もしくは僅差だと思われる人が、自分が手に入れられないものを手に入れ、また自分が届かなかったレベルに相手が届いてしまったときに、羨ましく思うだけで済まずに、妬みが生まれるのです。 価値観や年齢や目的が全く違う人、努力しても追いつけないほど優秀な天才肌の人、手が届かないほどの権力者や超がつくほどお金持ちの子は、類似性も獲得可能性も低いため、妬みの対象にはなりません。 しかし学校は、通う目的も、年齢も同じ子が集まり、そこで均一の教育を受けているため、そもそも「類似性が高い」「獲得可能性の高い」人間関係です。 その中で、何となく先生に気に入られている子がいたり、部活で一人だけレギュラーになる子がいたり、少しだけ頭が良かったり、普通よりも少し顔が可愛い子、最近ちょっとお金儲けをした家庭の子などが存在します。 つまり、学級という空間は、妬みの感情が非常に起こりやすい環境が整っているということになるのです。
困ったことに、テストステロンによる攻撃性が高まるこの時期に、裏切り者検出モジュールと、その攻撃性が結びつくことで、制裁行動はより苛烈になります。相手を徹底的に叩きのめそうという気持ちが強くなるわけです。 当然良くない行動ではありますが、ブレーキが未完成なため、衝動を止めることが非常に難しいのです。
学校で学級崩壊が増えたり、いじめが発生しやすい時期は、5~6月や 10 ~ 11 月だと言われます。もちろん、いじめは一年を通して恒常的に発生していると思われますが、特に、この時期に学級が荒れる、子どもたちのトラブルが多発するのにはさまざまな理由が考えられます。 脳の状態から見た6月と 11 月は、〝安心ホルモン〟であるセロトニンの分泌量が変化する時期と重なります。 5月から6月、 10 月から 11 月というのは、日照時間が変わる時期にあたるので、セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり、〝うつ状態〟を経験する人が散見される季節なのです。
人の尿中に含まれるセロトニンの代謝物を測ってみると、暴力性、攻撃性の高い人や、衝動性障害のある人ほど、尿中のセロトニンの代謝物が少ないことがわかっています。
こうした時期に人間関係のトラブルを避けるためには、ちょっと不思議な言い方に聞こえると思いますが、仲間意識を不必要に高めすぎないという方法も有効なのです。 仲間意識を高めないためには、例えば、クラスの人間関係が入れ替わるようなイベントをするなど、集団が固定化し、関係が濃密になりすぎない工夫を取り入れるとよいでしょう。 またできるだけセロトニンの分泌を促すように、外で日光を浴びて体を動かすような運動を取り入れてみるのもよいでしょう。そのほかの手立てについては、第四章で解説します。
〝妬み〟という漢字には〝おんなへん〟がつくので、女性のほうが妬みが強いと思われがちですが、妬みという感情の性質から、男性のほうが妬みを感じやすいと言えます。 なぜなら、男性のほうが〝社会的報酬〟を感じやすい生き物だからです。
腕力の行使に適さない女性が制裁行動をとる場合には、リベンジを受けて返り討ちに遭う確率も高くなります。従って制裁行動は相手から見えない、匿名化された形になりやすいでしょう。 また、女性の脳を機能の面から見ると、セロトニンの量が少なく、比較的不安になりやすい性質が強くなります。 そのため、将来的なリスクを男性よりもより敏感に予測し、慎重に行動しようというブレーキが働きます。女性のほうが男性よりも現実的だと言われるのはこのためでしょう。
お互いの関係において、〝類似性〟と〝獲得可能性〟が高くなるときに、妬み感情が強まることは前述しました。
妬み感情は人間が本質的に持っている感情なので、まともにぶつかるのは逆効果。できるだけ妬み感情を抱かせないようにするためには、類似性と獲得可能性を下げる工夫が有効です。
例えば、髪の毛を短くするのもよいでしょう。声も重要な留意点です。高い声は若さを強調し、同性の反感を買いやすいため、もしご自分が高い声だと認識している方は、できるだけ低い声で、ゆっくりと落ち着いた話し方を心がけるとよいでしょう。 少々窮屈に思われるかもしれませんが、扱いの面倒な嫉妬感情や妬み感情を煽らないために、これも生きる知恵の一つだと割り切ってしまいましょう。
妬み感情と敵対しないためには、「この人は自分の領域を侵さないだろう」「自分の敵にはならないだろう」と思わせることも有効です。 そのためには、「自分は完璧な人間ではありません」ということをアピールする、わかりやすい自分の〝負の部分〟を相手にさらけ出すのも効果があります。 相手に攻められても、それほど心が痛まないような自分の傷をあえて見せてしまうのです。心理学で「アンダードッグ効果(相手に自分の腹を見せること)」と言われるものです。
人間関係も仕事も若いうちは失敗が許される時期なので、どんどんチャレンジをしてほしいと思います。しかし、できるだけ敵は作りたくないという人も多いでしょう。
アサーティブなコミュニケーション力を身につけるために参考になるのは、テレビ番組などにおける芸人さんたちの言葉のあやつり方のたくみさです。 第一線で活躍している芸人さんは上手に人を惹きつけながら話をしたり、厳しい突っ込みに対してもうまく笑いに変えながら切り返しています。 真面目な人ほどこうしたところに目を向けていないかもしれませんが、ぜひ芸人さんたちのコミュニケーションを真似してみてください。なぜならその能力を身につけるには真似をすることが一番速いからです。学習の早道は、良い例を数多くインプットし、自分もそれを使えるように真似て使ってみることです。
セロトニンの項でも触れましたが、6月と 11 月は学級が荒れやすい時期と言われています。脳科学的には、5~6月と 10 ~ 11 月は日照時間が減るため、セロトニンの合成量のバランスが崩れ、気持ちが不安定になりがちです。さらに運動会や学芸会などの行事に加え、特別活動も多くなる時期なので、それらの行事が終わった後、なかなか日常生活に戻れず、問題行動が増え、クラスが荒れてしまうということも多いようです。
教育評論家の尾木直樹さんが、「いじめが多い部活がある」というお話をされていたので、私も驚いたのですが、それは吹奏楽部だということでした。 確かに吹奏楽部は、同じ空間に一緒にいる時間も長く、目標は全員で音を合わせること。つまり、みんなの和を乱す人=悪となりがちです。 さらに中学校では、「合唱コンクール」の練習をきっかけに、学級崩壊やいじめが起こるケースも多いそうです。
前述の澤田匡人先生の調査による、「規範意識が高い集団ほどいじめも起こりやすい」というデータに基づいて考えても、「合奏」「合唱」は確かにいじめが起こりやすい構造があります。 なぜなら、音を合わせられない人や、同じペースで意欲を持ち続けられない人は、邪魔な存在となってしまうからです。
仲が良すぎること、さらに類似性も獲得可能性も高い人間関係において、長時間同じ場所で行動を共にすることで、いじめも起こりやすくなるというジレンマがあることはすでに述べました。これは、オキシトシンの性質から起こることですが、この構造があることさえわかっていれば、これが解決の一つのヒントになり得ることがあります。
仲間意識が強すぎるから、関係が濃すぎるからこそ起こってしまういじめは、人間関係を薄めて風通しをよくすることが有効です。 つまり、人間関係を固定化せず流動性を高めて、同じ人との距離が近くなりすぎるのを避けます。 また、個人と個人の関係はあってもよいけれど、集団という存在を強く意識する状態を減らすことで、〝その集団に帰属している仲間意識〟による排除行為も減少することが期待できます。
学級制度についても、頻繁にクラス替えを行うことは難しくても、教科で習熟度別にクラス分けを行う、毎日席替えをするなど、意図的に空間的な距離を与えたり、集団の人間関係に変化を与えるような取り組みをするのもよいでしょう。
攻撃したい人の衝動を「どうにか抑制できる」とは、思わないほうがよいでしょう。 あたかもそれは、甘いものが大好きな人の前にスイーツを置いておいて、食べてはいけないと言っているようなものです。 もはや本能的な行動といってもよいものなのです。蟻の巣の横に砂糖壺を置いておいて、蟻に砂糖を食うな、というようなものかもしれません。
結婚後仲が悪くなる夫婦というのは、育った環境が違う他人同士だから価値観がずれていて仲が悪くなるのではなく、仲間になったはずなのに、自分の思った通りにしないのがムカつく、という感情から仲が悪くなることが多いようです。 オキシトシンが低く、お互いの関係が冷めてしまって破綻する夫婦も当然いますが、オキシトシンが高すぎて、お互いに排除する立場になってしまって破綻、ということも珍しくありません。ですから、ご主人が単身赴任するなど、一緒にいる時間があまり長くないというご夫婦だと、いつまでも仲が良かったりします。これはオキシトシンが高くなりすぎないことでうまくいっているのでしょう。「 60% のカップル」を目指すのが、良好な関係を長続きさせるコツなのかもしれません。 -
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脳科学者で多数のテレビ番組でも見かける筆者であるが、書籍も多数出している。「悪の脳科学」や「空気を読む脳」などを読ませて頂いた。難しい脳科学の分野を分かり易い言葉と事例に置き換えてスラスラと読めるので、中々私のような医学も科学も無縁の人間であっても、成る程そう言うことかと判った気になれる。本書はそんな筆者〃中野 信子〃さんの自伝である。現代の中野氏から学生時代、子供の頃へと徐々に遡っていく記載方法だ。以前私自身も人生の方向性に大いに悩んだ時期があり、自分史を書いてみたのだが、その際にも同じように、今の自分を起点として、どの時点で何があってこのような性格になったのかと、過去に遡っていった事がある。その作業に非常に似ているなと感じた。
最近たまたま在宅勤務をしていた際に昼の番組でコメンテーターとしての彼女の発言を聞いた。以前お笑い番組でのコメントを聞いていたから、何かやはり頭が良い方が言うと、それが真実とすんなり受け入れてしまうような事を言っていた印象がある。もちろんその背景には懸命に勉強して努力して身に付けた能力があるのは間違いないのだから、自身を持って発言した内容に素人の私は肩書きだけでノックアウトされてしまう。ただ何となく観ていると頭の良い人は生き辛そうだなと漠然と感じた印象もある。それが自信があるようで何処となくぎこちない喋り方から感じたのか、何処か反応を窺うような話し方だったと記憶する。そんなイメージで最近の昼番組でコメントを求められた際の発言は、正直観ていて辛かった。大して知らない分野だったのだろうが、自分の脳科学者としての期待値に答えようとするコメントは、如何にも考えながら何を言おうか纏まっていない様に、司会者から「解りやすく日本語で喋って下さい」と言われる始末。司会者からしたら解りやすく視聴者に伝えるのが使命だから、致し方なくそう言ったのだろうが、聴いてる方からは正直何を言ってるか理解できなかった。少し疲れてるのかなと心配になったりもした。だが勿論私からは全く手に届かないような知識を有してるのだから、そんな彼女を自分の中で擁護するかのように「頭が良いって大変だな」と結論付けた。
本書を読んでいると悲しいほど自分と似てる感覚と経験を持っていることに気づく。私は東大出でも科学者でもないが、社会人なりたての頃の感覚、学生時代、そして小学生の時代まで何処か似ている(さほど優秀な学歴で名はなかった自分だから、彼女に失礼な話ではあるが)。
私は何処か周囲を自分と違うと常に感じ、浮いている自分を楽しんでいる事にして、納得させてきた。だが実は孤独だった。周りにうまく馴染めなかったり、私の会話の内容に周りが明らかに外面の笑を浮かべているのが判ってしまう。そのうちそれが面倒になって自分の世界に閉じこもり、本当に心を許せる様な友人の数は減っていった。小学生の頃からひどい頭痛に悩まされて、今でも頭痛薬を1日3回飲む生活は子供の頃から続いている。医者は偏頭痛で片付けるし、MRIを何度撮っても異常無し。この痛みは何処からやってくるのか、未だ謎は解けない。
過去に遡っていく過程で感じる自分との類似性に、読みながら悲しくて涙が出そうになった。
もしかしたら、自分だけでなく誰もが心の中に抱える問題を、文字書籍にする文才のない読者に代わって書いてくれているのかもしれない。そう思うと、感謝に似た気持ちも抱くし、前述したようにテレビでのコメントが解りづらく支離滅裂(たまたま私が観た際の話だから、いつもはそんな事は無いと思う)であっても何となく許せてしまう。
私のような人間が言うまでもないが、まだまだ頑張ってほしい。テレビで見続けたい人である。脳科学という手法で上手く伝えられないけれど、悩み多き我々の代弁者として。
このレビュー書き直してもっと魅力が伝わる文面に後日改訂したい -
Posted by ブクログ
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中野信子
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。現在、東日本国際大学教授
理由はわからないけれど、その場所に来ると、なんとなく怖い、気持ちが悪いなど、嫌な気持ちになる、という場所はありませんか?または、初めて会った人で、 それほど話してもいないのに、どうも好きになれない、気が合わなそうだと感じたことはありませんか? そのときには、その場所には行ってはいけない、その人とはうまくいかない、とい うふうに、自分の過去の記憶、もしくは人類の記憶が無意識に呼び起こされ、警告として「嫌い」という感情を発信しているかもしれないのです。 その心の声を無視し、その場所に行ってしまったがために、怪我をしたり、命を失ってしまったりするかもしれません。「選り好みをせず、この人とうまくやっていかなければいけない」と、無理をしながら付き合いを続けた結果、振り回されてしまい、人生の貴重な時間を無駄にしてしまうということもあるかもしれません。
なぜ、「嫌い」と言いにくいのでしょうか。 冒頭でも少し述べましたが、一つは、教育の影響です。 私たちは家庭でも学校でも、誰かを嫌ったり、嫌いなものをつくったりしてはいけ ないということを刷り込まれて育ちます。 そして多くの場合、嫌いなものが少ない人のほうが、嫌いなものが多い人よりも、 先生や家族、友人から高い評価を受けてきたでしょう。 私たちは嫌いな人や嫌いなものが少ないというだけで、社会的報酬を受けるのに有利となり、好き嫌いが多い人は、それだけで社会不適合者のような扱いを受けてしまうという報酬構造の中で育ってきているのです。
これに対して、「生理的に受け付けない」「言葉にできないけれど気持ちが悪い」 という反応は、扁桃体が関与しているのです。 具体的には、こういう音がすると自分はひどい日にあう、といった恐怖条件付けが 起こるのは、神経細胞が扁桃体で回路(=恐怖条件付け>をつくることによります。 実際に嫌な日にあうという結果がなくとも、その音を聞いただけで、その回路が活 性化されて、身がすくんだり、体が自然に緊張したりということが起こります。
また、思春期の女子と同じように、子供たち同士のコミュニティを保つための、アイコンとして「キライ」という言葉が使われ、その対象として選ばれてしまったということもあるでしょう。
イギリスの心理学者・リチャード・ワイズマン(Ricard Sisenan)博士は著書『運のい い人の法則』(角川文庫)の中で、「本当に運のいい人は『虫の知らせ』(=不快の直感) を無視しない」と述べています。 直感が鳴らす警告のベルを聞き逃さず、「日の前のことについて慎重に考えろとい う合図だ」と捉え、立ち止まって考察し、推測して、正しい判断をするとしていま しかし、運の悪い人は、直感に耳を傾けようとせず、考え直すことなく、信じては いけない人を信用し、選択を誤り、失敗してから、「そう言えば」と、虫の知らせ、 不快の直感に従わなかったことを後悔すると述べています。
私の周りでも、運がよさそうだなと思う人は、「嫌だ=不快」と強く感じる瞬間があるようです。そして、その不快の直感を信じ、違和感を感じる仕事にはあえて手を出さなかったり、がむしゃらに突き進むのではなく、立ち止まって考えたりします。 そのおかげで、大きな損失や失敗を回避できているということが多いように思います。
もし自分の直感に従えるのであれば、嫌な予感がする人とは、適度な距離感を保ち、相手が自分に対してアグレッシブな態度を取ったときの準備をしておくべきです。嫌な感じがする場所を通るときには、周囲に気を配り安全策を取りながら通るということもできるでしょう。
逆に、「嫌い」をはっきりと言わない人は協調性があるとして、「褒められる」という社会的報酬が与えられたり、日本の組織では、扱いやすい人、人柄がいい人とし て、好まれる傾向があると思います。そこには、「嫌い」を言わず、黙々と頑張る人 が優秀であるという、根付いた価値観があると思います。
嫌いなことは、嫌いだと認め、程よく嫌えばよいのです。 そして、「嫌い」を肯定し、突き詰めていくと、それは「己を知る」ことにつながります。
味方しているように見せかけているけれど、なんとなく裏切りそうな気がする人、 なんとなく自分がだまされそうな予感のする人、仲よくしていたら支配してきそうな 人、情報や財産、恋人など、自分から何かを盗もうとしているのではないかと不安を 感じさせる人など、将来的に自分に不利益がかかりそうな予感がする人に対して、 「嫌い」という感情が芽生える場合があります。 今は直接的な被害はないけれど、なんとなく一緒にいるのが不安だ⋯。そんな心の 声は、無視せず、きちんと受け止めた方がいいかもしれません。なぜなら、そのほう が安全だからです。わざわざ自分の脳が警告を出し、「嫌だ」という気持ちを感じて いるのに。その気持ちを殺してまで付き合う相手なのかというのは冷静に見極めたほ うがよいでしょう。
初対面の印象は悪かったが、よく話をしてみると、互いに共通の話題が多かったり、違いがあったりしても、互いにリスペクトできる部分が多く、その後、親友になったということもよくある話です。 ただし、「嫌いだ」という直感を無視し、「嫌い」を克服するために、無理をしな がら表面上は仲よく過ごしたとしましょう。しばらくの間はうまくいっても、結局、 「最初の『なんとなく嫌い』という直感は当たっていたなあ、やっぱり合わないな」 と気づき、結局付き合いをやめたというケースも少なくないように思います。
この世の中の人をすべて好きになることは不可能です。ですから、「今は何も実害 を加えられてはいないのだから、嫌ってはいけない」などと、罪悪感をもつ必要もないのです。
なぜ自分と似ている人を嫌うのか? 誰でも「自分の欠点」を指摘されると嫌なものです。ところが、相手の中に「認めたくない自分の欠点」を見つけると、主に、以下の2つの心の動きがおこります。 つは、その人と会うたびに、自分の欠点を見ているような気になってしまうというこ すると、それを見たくないという思いが強くなり、その相手を避けたいと思うようになり、ひいては嫌いになるのです。 つまり、自分の中にある欠点を許せないから、同様の欠点をもつ相手を許せないの です。この「自分の中にある欠点を許す」ということは、実は、我々の深層意識の世界に関わる、深く難しい課題であり、容易なことではありません。しかし、こうした 心の機微も、理解しておく必要があると思います。 もう一つは、自分と同じような欠点があるのに、なぜこの人は罰を受けないのだ、 という妬みと、それをこじらせた恨みです。
集団に所属すると、同じ集団の仲間は、他の集団の人よりもよい人であり、他のグ ループの人は自分たちよりも劣等な人たちであるという内集団バイアスをもってしま うのです。しかも、自己評価が低いときほど、こうしたバイアスが強くなります。自己評価の低さを、自分が所属する集団の評価を高めることで解消しようとしてしまうのです。 自己評価は本来、心理的な尺度ですが、それが数値で表れる尺度としてわかりやすいのは、所得が低くなるときです。 不況などで社会全体の所得が下がると、自分自身の責任でないにもかかわらず自信 がなくなり、自己評価も低くなります。 下がった自己評価を埋め合わせるために「自分の属している集団は優秀に違いな い」と、根拠なく下駄を履かせようとするのです。 歴史を振り返ってみても、不況で国民の集団バイアスが強くなったとき、その圧力が政治的に利用され、他国との戦争が引き起こされたということが繰り返されていま ですから、経済が落ち込み、集団バイアスが強くなるときは、非常に危ない状況なのです。
お金持ちの家庭に生まれた人に対して、貧しい自分よりも恵まれている環境で育っ ているので妬ましい、と感じてしまう場合も、「経済的に豊かである」以外の情報を 集めてみると、必ずしも幸せだとは限らないことがわかるでしょう。 実は養子で、他のきょうだいにすごくいじめられたかもしれません。名家に生まれ たばかりに、小さい頃から後継ぎという重圧を背負わされ、結婚相手も決められてい るなど、相当な不自由を感じながら生きているかもしれません。代々高学歴の家庭に 生まれ、優秀な兄と常に比較されて、劣等感に苛まれながら育ち、それでも負けまい として兄と別の分野で認められようと努力した人なのかもしれません。
しかし、私と相手は違う人間であり、違う人生の目的をもち、バックグラウンドもよくよく考えたらまったく違っていたということも必ずあるはずです。 誰かに妬みを感じたら、自分が何に対し妬みを感じているのかをよく見つめなおし、そして相手についての情報量を増やし、その情報の精度を高めることで、「自分が本当に欲しいもの」と「その人を嫌う意味」とを分けて考えることができるでしょ う。
先生でも「正直、君と僕は反りが合わないかもしれないけれども、君のような人こそ将来、こういう分野でたくさんの人の役に立つ人間になるのかもしれないな」とさらりと伝えるのもよいかもしれません。
しかし、世間的には、子供が親のことを嫌うと親不孝と言われて非難されたり、親が子供を愛せないと、親失格というレッテルを貼られて評価が下がってしまいます。 「嫌いなのに、離れられない」という状況は、本当に大きなストレスであり、どちら にとっても抜き差しならない問題です。そしてこの悩みは、どちらかが死ぬまで一生 続きます。いや、死んでしまった後も続く苦しみなのかもしれません。
息子は成績が悪いけれど、創造力は高く、友達に優しいというよいところもある。 娘はなかなか周囲の子供には馴染めないけれど、自分の心と向き合う強さがある。 妻は口が悪いけれど、家族のためにも自分のためにも、きめ細かくサポートしてい 夫は家族には気が利かないが、周囲の人には好かれる才能がある。 父親は高圧的に見えるが、曲がりなりにも部長という役職を続けているし、仕事は できるのだろう。 など、よく観察すると、それぞれよいところがあるはずです。
程度の差はあれども、ほとんどの若者は自己嫌悪感をもっています。自分のことを気にして「どうして自分はこんなにできない人間なのだろう」「どうして自分はこん な顔をしているのだろう」と考えてしまいます。 周囲の人が「そんなに気にしなくてもいいよ」と言っても、自分の姿を客観的に把握したり、感情を処理したりできません。 わずかな失敗を人生の終わりだと大げさに捉えたり、他人と比べて劣っていると卑 下してしまうのです。ですから、自信があるように見える子供でも、実は不安定で動 揺しがちなのです。それが、子供や若者の脳なのです。 大人が励まそうとしても、自分に対する評価が低いため、大人の何気ない言葉で傷 つき、落ち込み、反抗的な態度を取ることがあります。 しかし、若者が不安を強く感じ、自己嫌悪に陥ることは、実は成長するためには意 味のあることで、大事な仕組みでもあるのです。
生涯、他人とは対立しないで生きていくことなどできませんし、嫌わざるを得ないのです。他人から傷つけられずに生きていくことなど不可能であり、自分も他人を傷つけてしまうものであり、そしてそれが人生なのだと学ぶ必要があるでしょう。 他人を嫌う自分を許せないと、自分を嫌う他人も許せなくなります。 そして、嫌いでもよいと思うことで、自分が嫌われても怖くなくなるのです。
例えば、自分は人とコミュニケーションを取ることが苦手なので、営業が嫌いだな と思っている人なら、できるだけコミュニケーションの上手な人に同行したり、食事 をして一緒に過ごし、観察して、その人のスキルを吸収するというのは大変有効な方法だと思います。話し方、領き、突っ込むタイミングなどが脳にコピーされ、自分も人と話すことが得意になったりするからです。
数学が苦手な子も、その子は別に数学が嫌いなわけではなく、競争のように短時間で計算力を競い合うというプレッシャーが嫌なだけで、本当は、数のセンスがあるのかもしれないのです。 -
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・どんなときにドーパミンが出るか、依存症の判断基準
・習慣化してしまえば何だってできる
・マジックマッシュルーム 「色が聞こえる」
・太りやすい人は食べ物を食べる時に出るドーパミンが少ない。だが食べ物を見た時に期待するドーパミンの量は多い。この差異で太る。
・拒食症と過食症は同じ
・脂肪細胞から出るレプチンで脳が体重を操作する
・報酬系……快楽を感じさせて何度もその行為をするようにするメカニズム
・金銭的報酬は単純作業に有効、社会的報酬は複雑な作業に有効な傾向
・セックスするから愛が生まれるか、愛があるからセックスをするか。前者
…… 複合性局所疼痛症候群 モルフェウス マルクス・アウレリウス・アントニウス帝はアヘン常習者 代謝
人間関係への依存(依存性人格障害、利他的従属、世話型依存) YouメッセージとIメッセージ 社会的報酬、金銭的報酬 独裁者ゲーム
快楽を得る手段として何を選ぶか、という問題か。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今の自分にぴったりな本だと思った。
まず、毒親は寂しいから、自分のコントロール下に置けない、自分の知らない能力を持っていることを嫌うのだと思った。怖いんだな多分。
オキシトシンの話もすごく沁みた、陣痛時に出るオキシトシンには母子愛着形成の作用があったのか。
あとは、親切な人が好きな人間の心理も理解できた。人間が元来から生き抜くためには、自己を犠牲にして集団を守ることによって生き抜いてきたことから、他人のために親切になれる人がモテるのだと学んだ。親切な人は自分を守ってくれるからって言うのが本音なんだなと思った。
毒親からの解放は、静かに暖かく自分の人格を認めてくれる人と出会いその人の真似をするということ。まさにパパとママみたいだなと思った。
家族関係が良いのが美とされる考え方は本当にいらない考え方だと思った。
私は正直愛し方がわからない。だからちゃんと人を愛せるように育ちの本も読もうと思った。教育についても学ぶべきだと思った。
いつまでもこんなに苦しんだんだからと親のせいにしたくない、変わるのは自分。