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「嫌い」という感情を生かして生きる!
人間誰しも、他人に対して部分的あるいは全体的に「好き嫌い」という感情を抱きがちです。「“嫌い”という感情を抑えられれば、もっと良好な人間関係を築けるのに・・・」とも考えますが、そもそも好悪の感情は、人間として生きていくうえで必ずついて回るもの。ならば、「嫌い」という感情をしっかり理解して、戦略的に利用することに目を向ければ、同性、異性を問わず、他人との日々の付き合いが楽に、かつ有効なものになります。そこで本書では、“嫌い”の正体を脳科学的に分析しつつ“嫌い”という感情を活用して、上手に生きていく方法を具体的に探っていきます。
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中野信子
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。現在、東日本国際大学教授
理由はわからないけれど、その場所に来ると、なんとなく怖い、気持ちが悪いなど、嫌な気持ちになる、という場所はありませんか?または、初めて会った人で、 それほど話してもいないのに、どうも好きになれない、気が合わなそうだと感じたことはありませんか? そのときには、その場所には行ってはいけない、その人とはうまくいかない、とい うふうに、自分の過去の記憶、もしくは人類の記憶が無意識に呼び起こされ、警告として「嫌い」という感情を発信しているかもしれないのです。 その心の声を無視し、その場所に行ってしまったがために、怪我をしたり、命を失ってしまったりするかもしれません。「選り好みをせず、この人とうまくやっていかなければいけない」と、無理をしながら付き合いを続けた結果、振り回されてしまい、人生の貴重な時間を無駄にしてしまうということもあるかもしれません。
なぜ、「嫌い」と言いにくいのでしょうか。 冒頭でも少し述べましたが、一つは、教育の影響です。 私たちは家庭でも学校でも、誰かを嫌ったり、嫌いなものをつくったりしてはいけ ないということを刷り込まれて育ちます。 そして多くの場合、嫌いなものが少ない人のほうが、嫌いなものが多い人よりも、 先生や家族、友人から高い評価を受けてきたでしょう。 私たちは嫌いな人や嫌いなものが少ないというだけで、社会的報酬を受けるのに有利となり、好き嫌いが多い人は、それだけで社会不適合者のような扱いを受けてしまうという報酬構造の中で育ってきているのです。
これに対して、「生理的に受け付けない」「言葉にできないけれど気持ちが悪い」 という反応は、扁桃体が関与しているのです。 具体的には、こういう音がすると自分はひどい日にあう、といった恐怖条件付けが 起こるのは、神経細胞が扁桃体で回路(=恐怖条件付け>をつくることによります。 実際に嫌な日にあうという結果がなくとも、その音を聞いただけで、その回路が活 性化されて、身がすくんだり、体が自然に緊張したりということが起こります。
また、思春期の女子と同じように、子供たち同士のコミュニティを保つための、アイコンとして「キライ」という言葉が使われ、その対象として選ばれてしまったということもあるでしょう。
イギリスの心理学者・リチャード・ワイズマン(Ricard Sisenan)博士は著書『運のい い人の法則』(角川文庫)の中で、「本当に運のいい人は『虫の知らせ』(=不快の直感) を無視しない」と述べています。 直感が鳴らす警告のベルを聞き逃さず、「日の前のことについて慎重に考えろとい う合図だ」と捉え、立ち止まって考察し、推測して、正しい判断をするとしていま しかし、運の悪い人は、直感に耳を傾けようとせず、考え直すことなく、信じては いけない人を信用し、選択を誤り、失敗してから、「そう言えば」と、虫の知らせ、 不快の直感に従わなかったことを後悔すると述べています。
私の周りでも、運がよさそうだなと思う人は、「嫌だ=不快」と強く感じる瞬間があるようです。そして、その不快の直感を信じ、違和感を感じる仕事にはあえて手を出さなかったり、がむしゃらに突き進むのではなく、立ち止まって考えたりします。 そのおかげで、大きな損失や失敗を回避できているということが多いように思います。
もし自分の直感に従えるのであれば、嫌な予感がする人とは、適度な距離感を保ち、相手が自分に対してアグレッシブな態度を取ったときの準備をしておくべきです。嫌な感じがする場所を通るときには、周囲に気を配り安全策を取りながら通るということもできるでしょう。
逆に、「嫌い」をはっきりと言わない人は協調性があるとして、「褒められる」という社会的報酬が与えられたり、日本の組織では、扱いやすい人、人柄がいい人とし て、好まれる傾向があると思います。そこには、「嫌い」を言わず、黙々と頑張る人 が優秀であるという、根付いた価値観があると思います。
嫌いなことは、嫌いだと認め、程よく嫌えばよいのです。 そして、「嫌い」を肯定し、突き詰めていくと、それは「己を知る」ことにつながります。
味方しているように見せかけているけれど、なんとなく裏切りそうな気がする人、 なんとなく自分がだまされそうな予感のする人、仲よくしていたら支配してきそうな 人、情報や財産、恋人など、自分から何かを盗もうとしているのではないかと不安を 感じさせる人など、将来的に自分に不利益がかかりそうな予感がする人に対して、 「嫌い」という感情が芽生える場合があります。 今は直接的な被害はないけれど、なんとなく一緒にいるのが不安だ⋯。そんな心の 声は、無視せず、きちんと受け止めた方がいいかもしれません。なぜなら、そのほう が安全だからです。わざわざ自分の脳が警告を出し、「嫌だ」という気持ちを感じて いるのに。その気持ちを殺してまで付き合う相手なのかというのは冷静に見極めたほ うがよいでしょう。
初対面の印象は悪かったが、よく話をしてみると、互いに共通の話題が多かったり、違いがあったりしても、互いにリスペクトできる部分が多く、その後、親友になったということもよくある話です。 ただし、「嫌いだ」という直感を無視し、「嫌い」を克服するために、無理をしな がら表面上は仲よく過ごしたとしましょう。しばらくの間はうまくいっても、結局、 「最初の『なんとなく嫌い』という直感は当たっていたなあ、やっぱり合わないな」 と気づき、結局付き合いをやめたというケースも少なくないように思います。
この世の中の人をすべて好きになることは不可能です。ですから、「今は何も実害 を加えられてはいないのだから、嫌ってはいけない」などと、罪悪感をもつ必要もないのです。
なぜ自分と似ている人を嫌うのか? 誰でも「自分の欠点」を指摘されると嫌なものです。ところが、相手の中に「認めたくない自分の欠点」を見つけると、主に、以下の2つの心の動きがおこります。 つは、その人と会うたびに、自分の欠点を見ているような気になってしまうというこ すると、それを見たくないという思いが強くなり、その相手を避けたいと思うようになり、ひいては嫌いになるのです。 つまり、自分の中にある欠点を許せないから、同様の欠点をもつ相手を許せないの です。この「自分の中にある欠点を許す」ということは、実は、我々の深層意識の世界に関わる、深く難しい課題であり、容易なことではありません。しかし、こうした 心の機微も、理解しておく必要があると思います。 もう一つは、自分と同じような欠点があるのに、なぜこの人は罰を受けないのだ、 という妬みと、それをこじらせた恨みです。
集団に所属すると、同じ集団の仲間は、他の集団の人よりもよい人であり、他のグ ループの人は自分たちよりも劣等な人たちであるという内集団バイアスをもってしま うのです。しかも、自己評価が低いときほど、こうしたバイアスが強くなります。自己評価の低さを、自分が所属する集団の評価を高めることで解消しようとしてしまうのです。 自己評価は本来、心理的な尺度ですが、それが数値で表れる尺度としてわかりやすいのは、所得が低くなるときです。 不況などで社会全体の所得が下がると、自分自身の責任でないにもかかわらず自信 がなくなり、自己評価も低くなります。 下がった自己評価を埋め合わせるために「自分の属している集団は優秀に違いな い」と、根拠なく下駄を履かせようとするのです。 歴史を振り返ってみても、不況で国民の集団バイアスが強くなったとき、その圧力が政治的に利用され、他国との戦争が引き起こされたということが繰り返されていま ですから、経済が落ち込み、集団バイアスが強くなるときは、非常に危ない状況なのです。
お金持ちの家庭に生まれた人に対して、貧しい自分よりも恵まれている環境で育っ ているので妬ましい、と感じてしまう場合も、「経済的に豊かである」以外の情報を 集めてみると、必ずしも幸せだとは限らないことがわかるでしょう。 実は養子で、他のきょうだいにすごくいじめられたかもしれません。名家に生まれ たばかりに、小さい頃から後継ぎという重圧を背負わされ、結婚相手も決められてい るなど、相当な不自由を感じながら生きているかもしれません。代々高学歴の家庭に 生まれ、優秀な兄と常に比較されて、劣等感に苛まれながら育ち、それでも負けまい として兄と別の分野で認められようと努力した人なのかもしれません。
しかし、私と相手は違う人間であり、違う人生の目的をもち、バックグラウンドもよくよく考えたらまったく違っていたということも必ずあるはずです。 誰かに妬みを感じたら、自分が何に対し妬みを感じているのかをよく見つめなおし、そして相手についての情報量を増やし、その情報の精度を高めることで、「自分が本当に欲しいもの」と「その人を嫌う意味」とを分けて考えることができるでしょ う。
先生でも「正直、君と僕は反りが合わないかもしれないけれども、君のような人こそ将来、こういう分野でたくさんの人の役に立つ人間になるのかもしれないな」とさらりと伝えるのもよいかもしれません。
しかし、世間的には、子供が親のことを嫌うと親不孝と言われて非難されたり、親が子供を愛せないと、親失格というレッテルを貼られて評価が下がってしまいます。 「嫌いなのに、離れられない」という状況は、本当に大きなストレスであり、どちら にとっても抜き差しならない問題です。そしてこの悩みは、どちらかが死ぬまで一生 続きます。いや、死んでしまった後も続く苦しみなのかもしれません。
息子は成績が悪いけれど、創造力は高く、友達に優しいというよいところもある。 娘はなかなか周囲の子供には馴染めないけれど、自分の心と向き合う強さがある。 妻は口が悪いけれど、家族のためにも自分のためにも、きめ細かくサポートしてい 夫は家族には気が利かないが、周囲の人には好かれる才能がある。 父親は高圧的に見えるが、曲がりなりにも部長という役職を続けているし、仕事は できるのだろう。 など、よく観察すると、それぞれよいところがあるはずです。
程度の差はあれども、ほとんどの若者は自己嫌悪感をもっています。自分のことを気にして「どうして自分はこんなにできない人間なのだろう」「どうして自分はこん な顔をしているのだろう」と考えてしまいます。 周囲の人が「そんなに気にしなくてもいいよ」と言っても、自分の姿を客観的に把握したり、感情を処理したりできません。 わずかな失敗を人生の終わりだと大げさに捉えたり、他人と比べて劣っていると卑 下してしまうのです。ですから、自信があるように見える子供でも、実は不安定で動 揺しがちなのです。それが、子供や若者の脳なのです。 大人が励まそうとしても、自分に対する評価が低いため、大人の何気ない言葉で傷 つき、落ち込み、反抗的な態度を取ることがあります。 しかし、若者が不安を強く感じ、自己嫌悪に陥ることは、実は成長するためには意 味のあることで、大事な仕組みでもあるのです。
生涯、他人とは対立しないで生きていくことなどできませんし、嫌わざるを得ないのです。他人から傷つけられずに生きていくことなど不可能であり、自分も他人を傷つけてしまうものであり、そしてそれが人生なのだと学ぶ必要があるでしょう。 他人を嫌う自分を許せないと、自分を嫌う他人も許せなくなります。 そして、嫌いでもよいと思うことで、自分が嫌われても怖くなくなるのです。
例えば、自分は人とコミュニケーションを取ることが苦手なので、営業が嫌いだな と思っている人なら、できるだけコミュニケーションの上手な人に同行したり、食事 をして一緒に過ごし、観察して、その人のスキルを吸収するというのは大変有効な方法だと思います。話し方、領き、突っ込むタイミングなどが脳にコピーされ、自分も人と話すことが得意になったりするからです。
数学が苦手な子も、その子は別に数学が嫌いなわけではなく、競争のように短時間で計算力を競い合うというプレッシャーが嫌なだけで、本当は、数のセンスがあるのかもしれないのです。
Posted by ブクログ
誰でも 誰かを 「嫌う」
誰でも 誰かから 「嫌われる」
「嫌い」という感情と 付き合う、対処する方法が、脳化学の立場から述べられた書。
本書の最終ページ(p190)に、作者の一番伝えたかったであろう文章があるので、以下に引用します。
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生きていれば、誰でも「嫌い」と出合わざるを得ません。
それこそ必ず毎日ちょっとずつ出合うものであり、それらが勝手にすべて解消されるということもないので、少しずつ溜まっていくこともあるでしょう。
その溜まった「嫌い」を、自分に生かし、メリットに変えるのも、ストレスとしてデメリットにしてしまうのも、自分次第です。「嫌い」を分析して、転換することで、あれほど抹殺したいと思っていた「嫌い」の塊を、宝の山にすることもできるかもしれません。
「嫌い」を知り、己を知り、人間を知ることで、ヒトの心の機微を味わいながら、人生を賢く生き抜いていきたいという人に、この本が役に立つことを心から願っています。
ここからは自分の感想です。
↓
本書の感想は、人によって、思いはそれぞれだと思いますが、職場の人間関係に困っていた自分にとっては、とても役に立った本でした。それこそ、「嫌い」が溜まっていたので。
「嫌い」という気持ちも、人間にとって大切で意味のある感情なのだよ、と背中を温かく撫でてもらった感じがしました。そして、本書にあるように、「嫌い」の伝え方、戦略的活用法、実践してみたくなりました。「嫌い」という感情に困っている方におすすめします!
また、余談ですが…同じ作者の「キレる!」も、脳科学の観点から興味深いです。
Posted by ブクログ
本書には脳科学をベースに、なぜ「嫌い」の感情があるのか。なぜ「嫌い」はいけないことなのか。「嫌い」の感情はどの様にして生じるのか。「嫌いな人」との付き合い方、「嫌いなこと」との向き合い方。家族への嫌悪感、自己嫌悪への対処の仕方が書かれていた。
「嫌い」は根源的な性質で自己防衛の為の脳の判断が行動に影響を与えるものであり、必要以上に「嫌い」を嫌わなくても良いという主張が展開されており、そう思えることでラクになることもあると思う。
逆に他者からの好き・嫌いを、自分自身を対象として見た場合に、個人的見解ではどんなイケてる人でもパレートの法則があてはまり、様々な理由で誰かには嫌われると感じる(2割には無条件でも好かれる:6割はどっちつかず、どうでもよいと思われる:残る2割には明確な理由もあるだろうが無条件にも「なんとなく」嫌われる、ということが当てはまると思う)。なので自分は、「生きていればどこかで自分を嫌いな人がいるのはしょうがないこと!」と割り切っている。
「嫌い」の感情・感覚は人が(動物も)生きていく上でかかせないもの。自己を知り、他者を知る為にも有効に活用するように努めたい。
自分が誰かを、何かを「嫌い」な場合、また、自分自身が誰かの「嫌い」の対象となる場合でも、「嫌い」をメリットにするかデメリットにするかは自分次第!
Posted by ブクログ
女子は思春期になると父以外の大人の男性に対して嫌う。身近な男性を嫌うときグループ化する傾向にある。リベンジされないためのセキュリティ的な行動で女子同士のコミュニティづくりに影響する話は興味深く納得した。
自分を攻撃してくる人に対してはアドバイスを求めると良い。感謝や褒められたりする社会的報酬による快楽は性欲や食欲の快楽の中でも非常に強いから。攻撃を続ける目的がなくなる。というのは平和な解決方法で微笑ましい。
嫌うことは防衛本能であり好きより強く反応するのは身をもって感じる。ネットで悪い情報ばかり拡散されたり印象に残るのもこれと同じだろうと思う。人は危険や損することから逃げることを重要視する。片隅で意識するだけで違うと思うので今後も冷静に判断していきたい。
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