中野信子のレビュー一覧
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これは面白い!
ゾンビというエンタメフィクションを軸に脳科学と社会学それぞれの見地から、現代社会の息苦しさを紐解きながら、幸福とは何かということを考えさせてくれる。
対談形式であるがそれがとても楽しそうで、著者と年代が近いこともあり、一緒にテーブルについて、話に参加したくなるような本でした。
脳は案外サボり癖があり一方で刺激を求めることは、色んな本で読んだことがあるけど、それをsns選挙活動や、炎上と絡めて考えたことは、恥ずかしながらあまりなかった。点と点が結ばれる感覚があり、本書でも取り上げられたクリスティの「春にして君と離れ」の描写と図らずもリンクしていたことが嬉しかった。
学術書では全然なくて、正しくエンタメしてる本です。ぜひ読んでください。 -
Posted by ブクログ
文庫版あとがきにて
『「答えがない」からこそ「考えること」を止めない』
新書を最近読み始めた自分には、この言葉に中野さんの言いたいことが集約されているように感じられた。
正義中毒になってしまうことは、人間なら大なり小なりあるもの。
何も知らないと、盲目的に自分の正義を信じるのみで、まさに終わりのない戦争状態に陥ってしまう。
明確な対処法がなくとも、「正義中毒という状態があるのだ」と知っているだけで、ふとしたときに一歩引いて俯瞰することができる。
それは、小さいようでとても大きな一歩ではないかと思うし、これこそが新書を読む醍醐味だと思った。 -
Posted by ブクログ
ネガティブに捉えがちな
さみしさ、という感情
「人類すべてに備わった性質、新奇探索性、
リスクを冒してもなにかにチャレンジしようとし
現状に満足せず、あえて厳しい環境へ
刺激を求めるかのように飛び込んでいく。
年齢に関係なく、もやもやしたさみしさを力に
転換して新しいことにチャレンジするということが
人生の局面で起こることがある」
さみしさが、バネになり、力になり
物事にチャレンジしたり
物事をすすめる推進力になったりするのかも。
周りをみると、なぜこの時期にこのチャレンジ?
という人もいたりする。
○○がやりたい!世のため、自分の使命のため!
などということもあるが
さみしさも潜んでいる可能性もあるのかも。
ソロ活とぼっち、の違いもわかりやすい、
自ら選んでこれも好きだからやってるのというソロ活、
仕方なしに自分の望みとは相反して気づいたら
1人になっているというボッチ、
まぁ状況としてはどちらも同じなんだろうけれど。
そこには人の自尊心があるのかな。
私も1人焼き肉、カラオケ、ふらりと海へ
のんびり温泉、じっくり内省、も好き。
とはいえ、得体のしれないさみしさに
心を占領されてしまうときもある。
2人でいるのにすっごいさみしい、
そこにはもっとわかり合いたい、分かち合いたいと
いう思いがあるから。
子育て中は特に感じたなぁ〜
今はほんと、ない、期待もないからかなぁ〜
読んでる途中の感想
続きはまた
さみしさをわるものにしないで
うまく付き合っていけばいい。
感情は長く引きずらずちゃっちゃと処理する
なんてタイパ重視じゃなくてもいいし。
さみしさを狙って色んな商売やら詐欺などもある。
人は誰かと繋がっていたいもの。
自分がどんな人と繋がりたいかをちゃんと
わかっていないと、ただ話を聞いてくれる人や
やさしく接してくれる人に狙われてしまう。
今の自分はそんな心配はしてないし
警戒しすぎることもないけど、
ほんとに周りの人との交流がない老人は
あぶないんだろうなぁ。
さみしさの反対側、さみしさのその先にある
とてつもない怒りや攻撃性についても
なるほどな、と思う。
海外で起きた学校の襲撃事件の裏側には
さみしさが潜んでたのかもしれない。
誰にも相手にされない、関心をよせてもらえない
鬱積したさみしさ、怒り、悲しみ。
自分の感情を蔑ろにしないでちゃんと向き合って
いくこと、これは大切なんだろうな。
『「安全基地」という概念。
子は養育者との信頼関係により、いつでも
戻ってきた時には安心して迎え入れて
もらえるということを知ることで外界を探索できる。
これは大人になっても適用できる概念。
安心してなにごとかに挑戦していけるというのは
この安全基地を持っているかどうかに掛かる。
大人にとってのさみしさは、別離だけでなく
自分の限界を知ることや、能力の喪失、心の拠り所である安全基地をうまく持ったり見つけられないことを
通し折々沸き起こってくる』
私にとって両親は安全基地そのものだったし
それによって自由に好きに外界を探索できた。
人を信じることもでき、世界は優しいと感じる
こともできた。今は私自身が安全基地になるのかな、
そんな時期になってきたと感じる。
そんな私自身、さみしさとどう付き合っていくのかな、
これからも湧いてくるであろうさみしさ、
これもどんな付き合い方をするのか自分自身で
選択できるかと思うと、まぁなんとなくそれすら
ちょっと楽しみになってきたのかも。
さみしさを感じたとき、またこの本を読み返してみよう。 -
Posted by ブクログ
学生の時に初めて読み、27歳になって改めて読み返してみた一冊。思えば、20歳の時の自分が今まで7年間してきた努力、留学、就活、資格勉強、仕事、筋トレ、マッチングアプリ、職場恋愛、など、どれも戦略的に行なって来たものだろうか。全くそうではないだろう。とはいえ、この年代は社会の流れに応じてある種、飲まれるがままに飲まれるなかでもがく時期であるとも言え、確固たる正解ルートが不明瞭になるこれからの年齢が、真に戦略的な努力が必要になるのではないだろうか。薩長の明治政府により生み出された努力信仰を疑い、遊び心と受け入れる心、戦略的段階的な努力を積み重ねていくために、今自分は何をすればいいだろうか。5年後に外資系損保でアンダーライターになるために、CPC Uの取得だろうか、いや、それも遠回りになってしまうのか?
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ネタバレ「受け身を学べば、失敗は怖くない」
この本から1番大切だと思った一節です。バイアスの含まれた言葉は、パンチ力があり、自分への攻撃力が高く、そして信憑性に欠け、時には人権侵害に近しいことを含む可能性がある。自分ができるバイアスの対処法はワンクッション挟むことではないだろうか。攻撃力が高いのならば、メガネを変え、言葉への見方を変える。信憑性に欠けるなら正確なのか調べ潰す。人権侵害に近いしことならば、反面教師にして、次世代に正しいことを伝える。
自分の脳みそは自分が思っているよりも性能が良くない。便利な現代だ。使えることは使い、自分にとってまっすぐ誠実に生きたい。 -
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よくTVで拝見する有名人。たまたま会社で講演を聞かせていただきました。
参加前に読みたかったのですが、とてもわかりやすく、脳科学への興味が深まる一冊でした。入門書のような感じかな。
・「よい祈り」をつづけると、よい方向に変わる
・祈りは惰性になりやすい
・利他行動は、脳にとって「快感」でもある
・困難を乗り越える達成感を、脳は喜ぶ
・何歳になっても、人は変われる
目次の抜粋ですが、面白そうでしょ。面白いんですよ。
『人は一人で生きているのではなく、他のすべての人と関わりをもち、支え合って生きている ー そのような考え方を突きつめていくならば、自己と他者との間に決まった境界などないことになります。
自分とすべての他者は、根源的にはつながっている。そして、そうである以上、利他行動といってもじつは利己と地つづきなのです。』
脳科学、ハマりそうです。 -
Posted by ブクログ
昨今のSNSに溢れかえっている「正義中毒者」のメカニズムについて詳しく書かれていていた。
正義の盾を背に暴れ回る匿名の人間達。
根本の原因はドーパミン。気持ちよくてしょうがないのだ。
俺こそ、私こそ正義の使者。世界を正していると言わんばかりにプライベートで1ミリも関係のない第3者を叩き続ける。
より深掘りすると日本人の性質に由来してくる。
日本人はとにかく迎合する。異端者は排除する。
それは日本の地形的に自然災害が多いことが大きく関わる。災害時は協力しあう必要があるからだ。異端者は消さなくてはいけない。
そしてもう一つは、自信が属するグループ外は全て敵で排除する姿勢を持っているからだ。
違うグループの意見は間違っている、馬鹿だと決めつけ弾劾する。
SNSは顔も名前も見えず守られている。
正義中毒者にとってシャブ漬けになれる最高のテリトリーだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ生き延びること自体がひとつの達成
貢がせる女の常套句は「みんながプレゼントくれたのよ」バンドワゴン効果 みんながやってるなら自分もやらないとまずい
楽観主義とは「やればできる」と自分の力を信じること
「幸せになるためになにかをする。」状態が人として健康な状態ではないか。
「迷える」ということはそれだけ自分の可能性が残されているともとらえられる。
「できるかもしれない。」と脳を騙す。できると思ったらできる。
ただ悲観的になるのではなく「でもこれを乗り越えたら、またひとつ貴重な学びが得られる」自分でわざわざ不安を強めるのではなく不安を感じているのを認めながらも、それを受け止める思考の習慣を持つ
選んだものを「正解」にして進む
ひとはなんのために生きているのか?
生きているのに理由はない。ただ行きているだけ。生きる意味が与えられていないからあとから自分でどんな意味づけをすることも許されている。「生きる意味は楽しむことにある」「死ぬ瞬間に、生まれてきてよかったと思うために生きている」など好きなように決めていい。正解は自分が決める
今いる環境が「自分に合わない」と感じたとき、場所を変えて見ることも積極的に考えてみてほしい。置かれた場所で咲く必要はない。自分の足でどこへでも歩いてゆけるのだから。