酒寄進一のレビュー一覧
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『コリーニ事件』
この小説を読み終えた後、読者は深いため息をつくことになる。
シーラッハの長編はこの作品が初めてである。わたしもまた、深いため息をついた。
法と個が交わる難しい状況が描かれている作品だと、前提条件としてわかっていたが、読み進めていくうちに、更には社会や歴史も深く交わっていることがわかっていく。
「わたしは法を信じている。きみは社会を信じている。最後に軍配があがるか、見てみようじゃないか」
そして読み終わった後には、真実を解き明かすことそのものが個にとっては正義ではないのかもしれないという気持ちになる。
「マッティンガーはわずか2時間で、コリーニの父をもう一度殺したのだ」
死や殺人という言葉について、深く考えた。肉体的に殺される事はもちろん、社会的にも殺されることがある。存在までもが殺されることもある。
ナチ政権に関しては、酷く混み合った事情を抱えることがある。殺人や虐殺、処刑を行った者が時効によって許されてしまう事が多々ある。
、、、うまくまとめられない。あまりにも自分の知識の無さ、そして思考の浅さに眩暈がする。
しかし一つ言えるのは、弁護と私情が混じった時、人は何かを失うという事だ。 -
Posted by ブクログ
プラハの展覧会に貸し出した絵画が焼失した…ところがその絵は偽物
本物の絵画を探すためプラハに調査員を派遣するが、行方不明になる
本物の絵画を探すため、また行方不明になった調査員を探すため、保険調査専門探偵のホガートは、プラハに飛ぶ…
しかしそこで彼は、猟奇的連続殺人事件に巻き込まれることになる…
プラハを舞台にしたミステリーは珍しいと思い手に取った
プラハはかつてユダヤ人のゲットーだった場所として知られ、作品にもそれが関わってくる
もちろんプラハには行ったこともないが…登場人物たちと一緒に巻頭にある地図を見ながらプラハの街を行ったり来たりしている気分だった…(笑)
登場人物がなかなか個性的で、先も気になり、物語に入り込めた
肝心な本物の絵画の方はちょっと拍子抜けな感じだったけど、それでも連続殺人事件の方はおもしろかった…(笑) -
Posted by ブクログ
感情を込めない淡々とした文章に戦争が及ぼす次世代への影響、法律の歴史、戦犯の別の側面などドイツが舞台ではありながら、どの国でも考えるべき問題が取り上げられています。
ページ数も登場人物も少なめです。心情もあまり語られないし、登場人物たちの行動から推しはかるという描写が多いです。
著者の祖父が元ナチスのユーゲント指導者だったという背景が作品に多いに影響していると思われます。この著者だからこそ描けた小説なのだと思います。最後の1ページが心に残ります。
実際にドイツの政治を動かしたとも言われる社会派小説。日本だったらどうでしょうね?自国の戦犯の話って自分も責められているようですごく辛い。ドイツでベストセラーというのがすごい。 -
Posted by ブクログ
『犯罪』
シーラッハはわたしのお気に入りの作家の一人。
ドイツ文学は少し授業で齧ったりもしたけどこんなにも、のめり込む様な世界を与えてくれたのはフェルディナント・フォン・シーラッハだった。
「犯罪」と書かれた題名からして、そしてミステリーという区分に、きっとどんでん返しのストーリーが待ち構えていると誰もが思うであろう。
11章の短編で構成されたこの本はとても読みやすく、ドイツ文学初心者の方でもするりと入り込める。
しかし、どんでん返しものではなく、現実の話のように「まあそうなるだろうな」と進む話が多い。至って単調な話の連続のように感じるが、彼の描くストーリーは調書や報告書など事務的なものから遠く、話の中には実に多種多様な背景を持ち合わせた登場人物で溢れている。
妻との約束を、妻にどんな目に遭わされても最後まで守った男、数字に囚われた強迫性障害の少年、メルヘンな残酷さを背負った寡黙な男の生きがいに、とんだカニバリズムを持ち合わせた青年(私はこの本を読んで性的衝動によるカニバリズムが、多くを占めることを知った)
気になったのは主人公が男性であることが多い、ことだ。男女比率だと男の方が犯罪を犯す確率が高いからだろうか?
最後に一つ、読んでいてとても気に入った言葉がある。
「狐は多くを理解するが、ハリネズミはただひとつ大事なことを知っている」
紀元前の詩の一節を物語に落とし込む彼のユーモアが非常に好きだ。
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Posted by ブクログ
シーラッハの作品は、なんというかストーリーに余白があって余韻が心地よい。
決して居心地のよい話ではない事が多いのだが、読んだ後に、自分の心の中でいろいろなことが静かに共鳴する感じがする。
本作は、言ってみれば短編集なのだろうが、短編とも呼べない、掌編ですらないくらいの数行で終わる作品もあって、尚且つ各編にタイトルがない。ないというか、単純に連番が振られている。訳者によれば、共感覚者であるシーラッハには、それなりの意味があって振ってある数字なのかもしれないが、それがまた読み手には自分でイメージを膨らませる余地になり、一層作品を味わい深くしている。
作中にはいくつもの実在の小説や映画、歴史的事実が出てきて、また物語の視点となる人物の多くが弁護士であったりして、フィクションなのだけれど、どこか現実と混ざり合うような感覚もあって、それがまた作品に新たな響きを与えている気がする。
特に印象的だったのは〈16〉。映画館が出てくるせいもあるのだろうが、何か映画を観たような気分になる。
人間のおかしみや愚かさ、悲哀をふんだんに取り込んだ秀作。
読後のこういう感覚が好きだから、シーラッハの作品はいつも手にしたくなる。
そして、今の日本をシーラッハはどう見るだろうか。為政者たちに〈22〉を読ませたいものだ。 -
Posted by ブクログ
主人公ウェルテルが、友人ヴィルヘルムに宛てた書簡形式で構成された作品。ロッテという女性への熱烈な恋心が吐露されています。彼女には婚約者(アルベルト)がいます。にもかかわらず、ウェルテルにも心惹かれている。いわゆる三角関係です。ウェルテルには恋の悩みの他に、職業が定まらないという辛い現実があります。
最初の方の手紙は、ロッテへの好き好きオーラ出まくりですが、後半は悩み深くとても重苦しい内容です。恋は盲目、恋の病という言葉が想起され、ウェルテルの心が、どんどん病んでいくのが読み取れました。
読み進める中で、自分の経験が思い出されてきました。
学生時代、恋愛がうまくいかず、入院するまでになってしまった友人がいました。治療を経て自分自身を取り戻すことができて良かったのですが、ウェルテルは違います。破滅に向かっていってしまうのです。
私は、人生において恋愛は必要だと思うのですが、一歩間違えると恐ろしいこともあるというのも現実です。一対一の恋愛でも色々ありますが、三角関係となるとさらに難しい。ウェルテルはロッテの婚約者を、敬愛しているところが複雑です。
私は20代の頃に、結婚を前提として付き合っていた人と別れることになった経験があり、とても辛かったです。共通の知人を通じてその理由を知り、“理由を言わないことも優しさなのか”と自分なりに納得し、時間をかけて立ち直っていった、苦い思い出があります。でも、“辛い気持ちを1人で抱え込まずに言ってほしかった”と今も思います。
ウェルテルの場合は、自分の気持ちを全て手紙に書き残しており、分かりやすいといえばそうなのですが、残されたロッテはどんな風に自分の気持ちを整理したのだろうと考えてしまいました。
ウェルテルの最期は、衝撃的で悲し過ぎました。生きることの悩みは人それぞれであり、その重さも違います。それでも私たち人間は自然の中の一部であり、“生かされている”ということを決して忘れていけないと思います。(自分に言い聞かせています。)
最近、自死が扱われている作品、『杉森くんを殺すには』『こころ』(夏目漱石)を読みました。自死を選ぶに至った当事者の気持ちも辛いのですが、残された人も深い傷をおうということ、再認識しました。
『杉森くんを殺すには』の作品のメッセージ、“自立とは依存先を増やすこと”が思い出されます。究極になったときに、助けを求める勇気があれば、死ではなく生きる方に、気持ちのベクトルが向いていくのではないか。そんなことを感じました。
本書の解説には、初版と改訂版との違いが説明されており、勉強になりました。
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Posted by ブクログ
いつか読もうと思っていたこの本。酒寄進一さんの訳で出版されたと知り、今だな!と手に取る。誰も愛せなくなってしまっていて、腐れている状況で、何かそれを打開するヒントを得られないか、祈るような思いで読んだ。
難しくて読み通せるか心配だったが、読みやすく、面白く読めた。
インド哲学の用語が出てきて、一応解説はついているのだがしっかりと理解できず、その辺をもっと勉強してから再度読まないと、きちんと理解はできていない。
アートマン、ブラフマン、オーム、サマナ、サンサーラ(輪廻)、ニルヴァーナ(涅槃)など。
オウム真理教のオームやサティアンなど、サンスクリット語のこのインド哲学の用語を使っていたのだなと今更ながら知る。
印象に残ったのは、シッダールタを導く役割をしている川の渡し守、ヴァスデーヴァだった。川の声を聞き全てを学んでいるというヴァスデーヴァは「聞く姿勢」が素晴らしい。
◯一言も口を聞かなくても、語り手は自分の言葉を彼が静かに、心を開き、時が来るのを待って受け入れてくれるのを感じる。ヴァスデーヴァは一言一句聞き漏らさず、先を話すようにせっつくこともせず、讃えることも、貶すこともしないで、ただじっと耳を傾ける。
シッダールタが俗世での自分の愚行に気づいたあと、どうやって是正し覚醒したのか知りたかったが、「よく眠った後覚醒していた」というのは少し残念だった。
「真に探求するもの、真に見いだそうと欲する者には、他人の教えに甘んずることができないのだ。」158というシッダールタの考えは納得できるし、自分もそう思ってきた節がある。ただ、シッダールタのような偉人であれば、それは成り立つけれども、私のような凡人が同じことをすると、ただ生意気で結局誰の教えも得られず困りそうだ。
◯シッダールタの笑みは一生のあいだに愛おしいと思ったものすべてを、かつてその人生において大切で神聖だったものを思い出させた。212
最後のこの文章はしみじみと良く、何度も読むほど好きだった。
以下印象に残ったところ
◯知識は伝えられるが、知恵は人に伝えることができない。真理は一面的にしか言葉にできず、言葉で言い繕う事はできない。
◯反抗心を捨てて世界を愛することを学ぶためには、罪を必要とし、快楽、物欲、虚栄、恥ずべき絶望が不可欠だ。私はそれを身をもって、そして魂で経験した。そうすれば、この世界を自分が望み、思い描いた世界や、自分が考えた完全さと比べたりする必要はなくなり、この世界をあるがままに受け入れ、愛おしく思い、進んでその一員になれる。 202
◯言葉が多いと平安を見いだす邪魔になる。
◯ゴータマと言葉の上で(シッダールタの)意見の矛盾があるが、それは見せかけの矛盾であり、私はゴータマの語りや思考ではなく、活動と生涯にこそ、ゴータマの偉大さを見る206