カシュニッツは1901年に生まれて1974年に亡くなった作家で、これまでも何冊か翻訳が出ていたらしいが、全く知らなかった。
読んでみると、暗くて不安に満ちていて、うっすらとした恐怖を感じるという全体のトーンは共通しているが、内容はバラエティーに富んでいて、こんな面白い作家、どうして今まで話題にならな
...続きを読むかったのだろうかと思った。
「いいですよ、わたしの天使」「船の話」なんかは岸本佐知子の「居心地の悪い部屋」に入っていてもおかしくない。
「白熊」「幽霊」「精霊トゥンシュ」は、古典的な幽霊小説の風格があるし、「長距離電話」「ルピナス」は構成の巧みさが際立つ。
「ジェニファーの夢」「ロック鳥」「人間という謎」の人間心理の恐ろしさを描いたものもいい。
「その昔、N市では」は本のタイトルになるだけあって、読みやすく面白い。外国人労働者や奴隷制、AIなどの寓意も読み取れて、現代の問題として考えることもできる。40年くらい前に書かれたとは思えない。ゴーレムやフランケンシュタインも思い出した。
酒寄さん選りすぐりのせいか、どれもいい作品でハズレがない。
私が特に好きなのは「船の話」「ルピナス」「四月」「見知らぬ土地」。特に戦後すぐ、フランス空軍の兵士との束の間の交流を描いた「見知らぬ土地」がいい。あそこにあんな風にサン=テグジュペリが出てくるとは。すごい。
カシュニッツはドイツ生まれでドイツ国内、ローマを転々として暮らしたとあるが、主人公もドイツ人とは限らず、舞台もスイス、イタリア、イギリスなどで、ちょっと前に読んだグァダルーペ・ネッテルみたいだなとも思った。
是非とも第二弾を出して欲しい。