森博嗣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
メフィスト賞受賞作家が好きな方にオススメな一冊。とりあえず15ページまで読むことをお勧めする。すると、次の文章にたどり着く。
『この「まえがき」を読んだだけで、本書がかなり「異端」であることがご理解いただけたはずである。自分にとって価値がありそうだ、と予感された人が本書を読まれることを期待する。その予感が正しかったとしたら、それは小さな幸運だろう。』
メフィスト賞受賞者には西尾維新さんや辻村深月さんらがいる。賞の受賞者にはコアなファンがつくとかつかないとか。そんな少し尖ったイメージのある賞。その賞の第一回受賞者・森博嗣氏の小説論。
これは小説の書き方のノウハウ本というよりは「ビジネスにおける小説の強み」が書かれた本だ。例えば流通段階を除いて生産段階に着目すれば、ほとんどの工程を一人でやることになるので人件費が少なく生産効率が高いとか、一人で作る工程が多い分、個人の思考や技が色濃く反映され映画やアニメなど集団によって作られたものとは違った魅力を提供できるとかだ。
そういう視点は面白かった。本は経済的に優れた商品なのかなんて疑問は持ったことがなかったので新鮮な気分だった。
他に細かいテーマで面白かったのは「予定」と「会話」について考察している部分。予定や計画を立てるのが苦手なひとは多いと思う。「もっと計画的にやれよ」という文句を心の中でつぶやいたり、相手のことを思って指摘したり、怠惰な自分自身の生活に向けて猛省を促した経験をお持ちの方も多いはず。されど伝わらないのが常である。予定や計画を立てるのが苦手なひとはとことん苦手なのである。大概予定通り進まない。
しかし、森氏は予定を立てることは「自由」であると述べている。予定を立てることは現実をを理想に近づけることであると。それこそが有意義な人生を送ることなのだと。
「予定を立てるのが嫌だー」という人に会ったら伝えたい。これを伝えたところで私自身を含めて劇的に改善するとは思われぬが、伝えたいものである。
続いて「会話」についての部分。これは小説における会話のシーンを書くときの注意点を言及したもの。小説のみならず日常生活でも会話をつなげていくというのは悩みのタネである。会話は言葉のキャッチボールなんてよく言われるがそう簡単に相手のミットにボールは収まらない。レッドソックスの上原浩治(2013年)のような素晴らしいコントロールをもっている人間は一握りである。落球やらノックの打ち合いは日常生活茶飯事であり、もはや壁に向かって投げているだけではないかと思われるほど独り相撲に陥ることもある。
しかし、森氏のアドバイスを読むことで救われる部分がある。
『実際の会話がというのは、一つの話題のときも、それぞれは別々のことを考えている。人間は常に勝手に考えるという特性を持っているのだ。』
『会話はもっとわかりにくく、スリリングなものだ。わからないから、相手の注意を引く効果もある。』
会話を書こうとする綺麗なキャッチボールになってしまいがちだがそんなのは現実的ではないし面白みに欠けるということなのだろう。逆に考えれば現実社会で綺麗にキャッチボールするのは難しいことなのだとも言える。
会話も予定も言葉も、理想通りにならい。しかし理想に近づけようとすることが面白さであり有意義なものなのではないかと感じることができた。小説とは違う視点から作家の個性に触れられる貴重な瞬間をいただいた作品でした。 -
Posted by ブクログ
「かつて子どもだったあなたと少年少女のためのミステリーランド」
というシリーズの中の1つらしい。
主人公は、こまっしゃくれた小学生の新太(あらた)。
奇矯な言動の伯爵と、理屈屋の新太。
探偵小説というよりは、冒険小説っぽい感じかな?
新太目線の物語だから、印象としては柔らかめなんだけど
そこで語られている事は結構残酷だったりします。
それを会話という形で社会の歪みというか物事の本質みたいなものを
改めて問いかけれらているような気がします。
あぁ~!だから「かつて子どもだったあなた・・・」なわけね。
物語の最後には、仕掛けが施されております。
そういうところが森博嗣なんだなぁ~と改めて思ってみたり。 -
Posted by ブクログ
本書はスカイ・クロラシリーズやS&Mシリーズの著作がある森さんのエッセイ集、第二弾です。
第一弾の「工学部・水柿助教授の日常」は以前読んだ事があったので、第二弾である本書も読んでみました。
内容の方は第一弾同様、筆が滑りまくった感じで冗長な部分が多い物となっており、最早これは著者の駄弁を楽しむ本と言えるでしょう。
それでも一応テーマらしきものはあり、それは著者のデビュー秘話とでも言うべきものです。
札幌で開かれた学会の為の出張に、珍しくついてきた奥さん。
札幌の夜、彼女のすすめに従いミステリィ小説を書く事に決めた著者。
出来上がった小説を最初は奥さんや信頼できる友人のみに見てもらったが、客観的な評価を得ようと講談社に投稿してみた所、あれよあれよと言う間に作家デビュー。
その後、締切=納期=厳守すべきものと言う、エンジニア的な発想に基づき、次々と執筆をつづけた所、
あれぇ~、気が付いたらベストセラー作家にぃ~、
なお話が書かれています。
費用が出版社持ちのスイス旅行やサイン会の様子。
売れっ子作家に忍び寄る浮気の影(笑)を心配する奥さんの姿等々、色々と面白い所もあったのですが、しかし一番印象的だったのは次の一文です。
編集者たちは、よくこう口にしたものである。
「はっきりいって、文句を言ってくる読者は、どんなものでも本を買ってくれるわけだから、別に彼らの要望をきく必要なんてありませんよ」
・・・・
何というか、ストライクゾーン一直線な剛速球?、的な感じ??
シビレマス(笑)
しかし本書によれば、森さんは投稿まで小説の執筆はおろか、これを読む事自体ほとんどしなかったとの事です。
以前読んだ東野圭吾さんのエッセイによれば、東野圭吾さんも現国が苦手だったとの事で、案外国語が苦手な方がベストセラー作家になりやすいのでしょうか?
あるいはこの様な人たちの方が真面目に執筆するので、結果的にベストセラー作家になりやすいと言うのでしょうか?
どうなのでしょうね~。 -
Posted by ブクログ
元名古屋大学助教授が書いた理論派のエッセイ。
少し毒舌で面白い。
女性見て美人だなあと思うには年寄りの方が多い。これは評価基準が下がったからではなく、これから見れる機会の差だろう。
若者は、いやまだ出会っていないに美人がいるに違いないと思うからだ…いや納得!
他にも、情報と広告は同じではないか、組み合わせると別のものになるものは非常に多い、自由を教えるにはまず支配すれば良い、芸術家は過去の仕事に価値が生じる、明日死ぬと思って行動し、永遠に生きられると思って考えろ、表現とは他者を説得できる行為、水が何で出来ているかを知っているのは重要。面白い。 -
Posted by ブクログ
『もう少し、なにか良い言葉をかけてあげれば良かった。ちょっと油断していたのではないか。若いときの自分だったら、もっと緊張感があって、ここぞというときに言いたいことをずばっと言えたような気がする。最近、どうもいけない。鈍っていると感じるのだ。べつにもう人生これで良いではないか、という諦めみたいなものに支配されつつある。』
「真鍋君としては、どうなの?」
「何がですか?」
「永田さんのこと」
「ああ… ー いえ、全然です」
「全然大好きとか?」
「なんか、そういう方向へ持っていきたがりますよね。若者を見ると、とにかく色恋沙汰の話しかできない中年って多いと思うんですよ。あれはどういう心理なんでしょうね。自分たちの欲求不満を若者に投影しているんですか?」
「希望を捨てないで」
「希望?」
「ええ」
「どんな希望がある?」
「生きていれば、希望はあるわ。最善を尽くすの。逃げないで」
「凄い車ですね ー 何をしに、ここへ来たのですか?」
「車が? ー 私を運ぶためだと思うけれど」
「殺したのは、私です ー 悔いはありません。いえ、もちろん、悔いはある。でも、これを選んだんです。これよりも私らしい選択は、なかった」
「真実なんて、誰にもわからない ー みんなが、自分が認識していることを正直に話しても、それは真実ではない。認識が間違っている可能性は常にある」
「人間の行動って、そもそも一つの理由だけで決まっているものではないと思います ー そのときの瞬間的な判断でさえ、いろいろなことに思いが巡るもんじゃないですか」
「うん、そうね」
「それをですね、動機はこれこれこんなことだとか、いちいち理由を決めて、そんなの間違っているとか、納得がいかないとか、議論すること自体がおかしいと僕は思います」