森博嗣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『大人になったら、自分一人の力で生きていくしかない、誰も助けてはくれない、自分で考え、自分で判断し、すべてを自分でできるようになりなさい、と。』
『鬱陶しいほどの存在感というものが、仏壇の主たる機能だ。』
『ランドセルを買うとき、紗江子はデパートへ紀彦を連れていき、好きなものを選びなさいと言った。どれも同じに見えたけれど、壁の高いところにスカイブルーのランドセルが飾ってあったので、あれにすると答えた。紗江子はにっこり笑って、それを買ってくれた。あんな色やめておきなさい、と言うか言わないか、その親の価値観が、こういった機会に子供に継承されるのである。』
『自分の始末は自分の中でつける。それが人間の尊厳であり、すなわち幸せだという価値観である。』
『何があるかわからない。どうせ借家なんだし、いつでもリセットできる。
そうか、自分の躰だって、借家みたいなものだ。最後は返さなくてはならない。』 -
Posted by ブクログ
【本の内容】
理工系ミステリィ作家の毎日は工作の連続だ。
掃除機を分解修理し、ミニチュア鉄道を庭に敷設し、さらなる工作生活の充実のためにガレージまで建てて、夜な夜な旋盤を回し、部品を削る―。
手になじんだ工具への愛着、空を駆ける模型飛行機への憧れ、パーツを探した模型店の思い出などにふれつつ、小説の創り方や人生哲学もさらりと語る、「モノを作る幸せ」に充ちたエッセイ集。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初みたとき絵本かと思った。
薄いし挿絵もたくさん載っていたから。
だけど読んでみると詩集だということがわかる。
森博嗣の詩はどれも深いものばかりだった。
その中でもピンッときたものだけ書いておく。
『僕は一生懸命走った』
弱虫ペダルに変換して読んだけど少し悲しくなる最後だった。
「もう走っていないことが、少し寂しいんじゃないかな。」
大人になって年をとって、走れなくなった時、みんなはこう思うんじゃないかな?
『練習』
面白いと思ったし深いとも思った。
人生で練習なんてできない。一度間違えればもうそこで終わりじゃないか!と思った。
『汚染』
自殺をしようとしている男が先生と呼ぶ人に向けて送った手紙のような詩。この詩も深くて悲しい詩だった。
『かぶり』
猫をかぶるとか羊の皮をかぶった狼とか言うだろう、これはそういった詩だった。
私ももう思い出せないほどにたくさんの皮をかぶった。だからドキッとしたし、面白いとも思った。
最後のページの著者紹介がちょっと面白かった。
一方は作家で一方はイラストレータなのにどちらもトーマという名の犬を飼っているとこだけ同じなのだ。 -
Posted by ブクログ
「周辺というのは、近くという意味じゃありませんか?」
「地球の周辺にある衛星といえば?」
「月です」
「三十八万キロも離れているのに、周辺じゃないですか。だったら、地球上のどこでもロンドンの周辺になりませんか。嘘ではないでしょう?」
「あの辛い体験を彼女はすっかり忘れることができたって言うだろ」
「それ、忘れてないでしょう? 忘れたなら、辛いなんてわからないじゃん」
「あ、変だな。そうだよなぁ。忘れることができたなんて言うのは、つまり忘れてないからだよな」
「僕、思うんですけど、小説って、読んで何かを得たり、読んで心に残すものなんでしょうか? それって、教科書とか聖書みたいですね。」
『社会では、今回の事故で原発反対に回った方が多いことは知っています。それは、感情的には当然そうなるでしょう。しかし、今まで賛成して推進してきたものが、完全とはいえないまでも今までよりは安全になるのですから、私には今さら反対する理由が見つかりません。原発の安全性は、明らかに過去よりも将来の方が高いのですからね。この評価のどこが間違っているでしょうか?』
『こんな長閑な生活が続いているのは、いったい誰のおかげでしょうか。誰に感謝すれば良いでしょう? 少なくとも神様のおかげではありませんね。神様ならば、もっと救うべき人たちが沢山いるでしょうから。』
『エネルギィというのは、すなわち「価値」である。否、価値というものが、つまりエネルギィによって生産されるものだ、といった方がわかりやすい。もう少し単純な表現を試みるならば、エネルギィというのは金と交換ができる。それが「価値」だという意味、あるいは証拠である。』
『僕は長生きをしたいなんて思っていない。大病を早期発見したいなんて思わないのである。病気になったら死ねば良いではないか。苦しさは同じだろう。
生きていて痛くない間に、楽しもうと思っている。そういう生き方をしているのである。』
「あれだけの事故を起こしたのだから、原子力発電はもういらないという意見が多いと思います。先生はどのようにお考えでしょうか?」
「迷っています。でも、沢山の人が亡くなるような大事故が起きても、誰も鉄道を廃止しろとはいいませんね。どうしてでしょうか?」
「それは、鉄道がなくなったらもの凄く不便なのとになるからではないでしょうか」
「原発がなくなるとかなり不便になりますよ。地球温暖化の対策はどうするつもりでしょうか? この話は簡単には結論は出せないと思います」
「ある人物はある人物に対して、いつも同じ口調で、同じ代名詞を使わなければならないとか、そういう校閲みたいな、TVのディレクタみたいな、わかりやすい単純観念を捨てましょう。リアリティとは、すなわち複雑差でもあるのです」
「読解力という言葉も、よく使われますけれど、あれも不思議な表現ですね」
「漢字や平仮名の列を読んで、それを頭の中で言葉に展開できる、という意味だと思われます。当たり前のことですね。さて、『内容がない』と並んで有効な表現として、『言いたいことがわからない』もなかなか使い勝手が良いので、皆さん、もし作品が気に入らなかったときには、是非使ってみましょう」
「先生、『書いてあることがわからない』では駄目でしょうか?」
「いえ、いけません。それでは自分が馬鹿に見えます。あくまでも、作家の表現力が不足していることにしなければなりません。これは感想文の鉄則です」
『読者は、いつもと違う作品、自分が期待してなかった作風に出会うと、「この作家、どうしたの?」という言葉を発する。それに対する答は簡単だ、「自分の思うとおりにしたかっただけです。あなたの気持ちなどとは無関係に」。』
『どんな突飛な創作よりも、人間の思考、そして感覚はさらにはるかに突飛です。文字にすることわ言葉にすることで、既に大半の発想は失われ、輝きは鈍化します。皆さんが読まされているのは、死んだ発想なのです。創作者は、発想を殺して、文字にするのですから。
しかし、生きていたときの輝きを、どうか思い描いて下さい。死体を見ても、破壊された街を見ても、生きていたとき、活気があったときに思いを寄せることはできるはずです。土に埋まった化石や土器の欠片からも、原始の生態や太古の歴史を顧みることができるように。感性とは、この「想像」によって磨かれるし、その感性によってしか、創作の輝きを見ることはできないでしょう。』