森博嗣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ昔からエッセイが好きだけど、小説家というよりは人生の先輩というか、その「人」についてもっと知りたいという気持ちでいくつも読んでいた気がする。
いまは小説読むほうが好きなのに、森さんの小説はなぜかあまり読んでなくてエッセイから入ってしまった。理系的な考え方が好きなんだと思う。
なるほど、と思うものもあるし、ちょっと違うなというのも勿論あるのだけど。
【なるほど】
「汚い言葉を話したり書いたりすれば、自然に汚い人間が出来上がる。」
→昔の子どもは言葉遣いから丁寧だったというのはよくわかる。いまは親と子の関係性も変わってきているからか。
「偉い人の話を聞いて、それをそのままブログに引用しても、これっぽっちも偉さには近づけない。」
→ですよね。
「森博嗣の言うことは身も蓋もない、というが、そうかもしれない。」
→そうなんだ。
【ちょっと違う】
「本のページを捲る動作がどれだけいらいらするものか、電子出版が普及したら、みんな気づくだろう。」
→私は電子関係のスクロールなどで腕を痛めた(おそらく)ので、紙をめくるくらいゆっくりじっくり読みたい。それが出来ないほど忙しい人もいるとは思うが。
そろそろ小説のほうも読むべきですね。 -
Posted by ブクログ
森博嗣さんと言えば理系ミステリ、という乏しいイメージから、理系の人の頭の中身を覗き見してみたいと思って読んでみた。
まず先に短い格言的な言葉があって、それに見開き1ページ分の補足文があるようなつくりの本。それが100個載っている。
全部通して読んでみて、共感できる項目とできない項目が6対4くらいだったかな、という印象。
でも最初から共感を求めて読んだ訳じゃないから、こういう物の考え方もあるんだな、と単純にその視点に感心したりした。
人と関わる生活をしていればいろんな考え方の人と出逢うし、全然違う考え方の人と話す機会も多いわけで、そういうときにいちいち目くじらを立てたりせずに「そういう考え方もあるんだ」くらいで受け流せるようになるためには、自分とは違う思想を取り入れてみるというのもけっこう役に立つ。
そうすることで改めて自分の考え方がわかったりもする。
森さんは全体的に、すごく合理的な考え方・生き方という印象を受けた。
合理的であることってたまに血が通ってない感じに思えることもあるけれど、合理的であるからこその優しさみたいなものもあるのかもしれないと思った。
厳しめでぐさぐさ来る項目もあったけど(笑)それは自分に思い当たる節があるからそういう風に思うのだ、ということも改めてわかった。
普通の人ができない経験を多くすることが“人生経験豊富”なのではなくて、当たり前の生活を当たり前にしながら物事を深く見つめて考えていくことがそういうことに繋がっていく、ということ。
巻末の解説がももちこと嗣永桃子で驚いた。
ももちワールド全開な解説だった(笑) -
Posted by ブクログ
つぶやきシリーズ第3弾
毎度のことだが、
それは気付かなかった、なるほどと思わされたり、
「耳が痛い」いや「頭が痛い」と思わされたり、
いやいやそれはちょっと自分は違うかなと思う話がふんだんに入っている一冊。
いろいろと印象に残っている(文字を通過しているだけの部分があって忘れるかもしれません。ごめんなさい)が、とくに面白くて最後にまた印象付けられたのが、
自己紹介。
すこし変わった子があります、というタイトルだったか、それが頭をよぎった。
今回の作品で特徴的だと感じたのは、土屋賢二さんの解説だ(解説なので作品の特徴と考えていいか多少疑問だが)。
正直この一作で一番共感できたところだった。
もちろん土屋先生と同じく反省し、もっともらしいお話をいただけたことはありがたいので、明日からがんばりたいとは思います。
これを読みながら無理のない計画を立てて大掃除ができたので、自分も少し変容できているのかもしれない。
ただこれがなかなか続けられないのが自分なのもわかっている。
自分のことが思い通りになるのはいつになるのか自分でも不思議とわからないものだ。 -
Posted by ブクログ
欲しいものはないより欲しくないものはないの方が上 子供とか動物とかが出てきたら、涙腺が緩むことはある。だからと言って、それを狙って番組を作るのも変な話だ。そういう姿勢は品がない。どんなに遠くへ行ったとしても、どんなに高いところに到ったとしても、只立ち止まってぼんやりとしてる人は、魅力的とは思えない。それよりも、常に走り続ける人、いつも登り続ける人の姿こそ格好が良い。人に格好良く見せるのではない。自分で自分を見たときに格好が良いのである。自分で自分を見ることをしない人には、その格好悪さもわからないが。 だいたい、安くなるまで待てるという事が、それ程欲しくない心理の表れである。だから、手に入れたときに満足できないのは当然だろう。 性能は主として、瞬間強度と耐久性の二つで評価されるものである。 人が並んでないところで、時々凄い掘り出し物に出会うのだ。これが堪らない。まるで自分を待っていたようにも感じる。これに比べると、並んだ末に良い結果が訪れても、まあ、当たり前かと思えて、差し引きゼロになってしまう。だから、並んで得なことは、ほぼない。皆んながが良いというものは、自分が良いと感じるものとは違っている、ということを子供の時に僕は知ったので、こういう大人になった。 一人で生きていく、覚悟こそ、一人前の大人としての嗜みである。 メーカはもう電話対応など止めて、メールを主体にすべきだ。日本人って今でもファックスを使っているんだって、と世界から見られているのを知ってますか? 即ち、最後はこの人の評価というものの差になるのである。そんなもは大した価値ではない、と思えるだけのしっかりとした自分がいれば、努力は楽しいものになる。それが信じられない人には、努力は虚しいものになる。本を読んでも、自分を知ることはできない。なにか一つ生み出してみる。そうすることで自分の力がわかる。その力の使い道もわかってくる。自分を知ることが、いかに楽しいことかも、だんだんわかってくるのである。 天才は突飛な人格だ、という幻想がある。兎に角、TVのスイッチを消してみる。そうすれば、そこに初めて自分の時間というものが現れ、どうしたら良いのか、という気持ちが沸き起こる。まさにそれが、人間の普通の時間感覚なのである。 奇跡を信じる前に、奇跡に縋らなければならない状況に陥らないことが大事だ。 僕から与えるものを受けてくれているうちは、僕の愛は成立する。 差が出るのは、がっかりしてしまい、頭が真っ白になっている空白の時間である。そのとき判断が遅れる。対処を誤る。悲観して準備をしておかないから、お手上げになるのである。 自分の死も、また自分の身近な者の死も、何れも考えておくべきものだ。その覚悟をしていない人は、大人とはいえない。子供は親が死んだら泣くだろう。それが子供だということである。大人になれば、自分の親を冷静に看取ることができるはずだし、それは薄情なのではなく、むしろ人としての品格だと思う。 捺印って遅れてないか? 偉い人は偉い振りができないのと同じように、優しい人は優しい振りができない。 多くの製品は注文生産になるだろう。無駄なものを作らないという戦略のようだ。そうやって、コストを下げている。 褒められると不安になる。貶されるほうが安心だ。 英語の発音に近い表記にした方が、今後有利になるものと思う。 戦争では兵士は殺しても良いが、民間人は駄目だ、というルールがあるらしい。殺し合いなのにルールを守る奴がいるのか、という馬鹿馬鹿しさである。 頭の良さを感じるのは、波を乗り越える走破力、可能性を思いつく発想力。 反応ばかりしている人間は、自分からボールを投げられない。 結局、時間があっても自分は何も生産するわけではない、という諦めがあるのだろう。生きているのが時間潰しになってしまっている。 スポーツのように、その場なったら、もう頑張るしかないというものもある。しかし、大事なのはそれ以前の練習だろう。 自分にはできないと予想しているから希望できない、と認識している。それは正しい。それよりも、自分のできそうなことを探せば良い。人生とは、例外なく夢を叶える活動である。 美を見つけたときに、自分の喜びに出会える。心静かであるとは、つまり慌てないということに近い。だからこそ、時間的な余裕が欲しい。 ちょっとやそっとで感極まってほしくない それまで死なないこと。それが植物が取っている基本戦略である。 キラキラネームも、大勢いるときらきらしない。 わからないから、生きている。わかりたいから、やっているのだ。 ポケットからまず自分の耳を出してはどうか。 偉大な神ほど、人間を戦わせる。 神々は大いに弱体化してしまった。既にこの地球上では、人類が神になったといっても過言ではない。 この執着があったから、僕は発する側の人間になれた。 幸せというのは、死に近づいた者にしかわからない。最後の素晴らしい交換会で、幸せと死を取り替えっこするのだ。 土屋賢二お茶の水女子大
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Posted by ブクログ
シリーズ2作目。
なるほどな〜と思う点が多くありました。
『人工よりも自然を観察する方が、オリジナルを得られる。』より
“無理をして仕入れたネタや知識は、他者が作ったものだ。これが「人工」である。そういうものを使って創作すると、その創作もどことなく作り物に見えてくる。それに比べて自然は初めからオリジナルだから、そういうものだけで作れば、自ずとナチュラルで新鮮なものになるだろう。”
他者が発見した素晴らしいアイデアは、自分のフィルタを通して作成すると2流になってしまう。
オリジナルの発想は、外に出て自然に触れ自分を通した時に出てくるのかも。
『経験は効率が悪すぎる』という内容もなるほどな〜と思った。たしかに経験しなくても想像や思考でこと足りることも多い。行動と思考のバランスが大事なのかも。
時間はお金より貴重。人間の命の代わりになる一番近い価値はお金。
それと小説はビジネスとして割り切ってやっている点、すごく現実的で感情に左右されない思考。
その他に原発の話、人間もETCに、などなるほどな〜と思った。