角田光代のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
角田光代さんのエッセイを読むたびに思うけど、彼女は「普通の日常」を面白くする天才なんだと思う。
朝から仕事をしながら、お昼ご飯のことばかり考えていたり。見知らぬおばさんにお金をせびられて、その人の人生を勝手に想像して結局お金を渡してしまったり。ちょっと自虐的で、決して自分を大きく見せようとしない。そんな肩の力の抜けたユーモアは、どこかさくらももこさんを思い出させる。
ページをめくるたびに「次はどんな話なんだろう」と思えて、読み終わる頃には「ああ、まだ終わらないでほしい」と思った。
「しあわせ」の値段なんて人それぞれだけれど、こんなふうに日常を面白がれる人は、それだけでとても豊かなんだろうなと思う。 -
Posted by ブクログ
これまで読んだ角田光代さんのエッセイはどれも好きなのだけど、中でもこの本はわたしの大好物「食べ物エッセイ」×「角田光代さん」の組み合わせが最高だった。
野菜全般(特にキノコ類)、青魚、珍味類が大嫌いな偏食児だった角田さんが、30代での食大改革を経て、さまざまな食材に開眼し、その思い出を語ってくれる食好きにはたまらないエッセイ。
言葉のひとつひとつが絶妙に面白くて、でも無理に面白いこと言ってやろうという気合いが感じられなくて、ナチュラルにこんな面白い文章が書けるってやっぱり才能だよなーなんて思いながら、ときどきふふっと笑いながら読んだ。
肉と油が好きという角田さんと、幼児の頃から野菜ばかり食べていて肉はあんまりだったわたしは、もともとの食の好みは全然違うものの、お酒が好きだからかつまみっぽい食べ物が好きという共通点もあって、紹介してくれる「手軽で食材を活かした料理」が美味しそうで、色々作りたくなった。
角田光代さんがより一層好きになってしまい、読み終わってまた数冊エッセイを購入し、無事積読が100冊を超えた。 -
Posted by ブクログ
大好きな角田光代さん作品。
読めば読むほどだんだん怖くなってくる。表面上はどこにでもありそうな4人家族のお話なのに、家族のそれぞれが隠しているというか、表に出さない、きっと永遠に明らかにしないことがそれぞれにあって、それがいつか露呈してしまったらどうなるんだろう?と考えると怖くて仕方のない作品。
私の家族にも思い当たることは多少ある。
家族というだけで何でも分かり合える、話せばわかる、と考えるのは傲慢なんじゃないかと言われているような気がする。親しき仲にも礼儀ありみたいに、家族というのはそういうちょっとお互い触れられたくないことや、隠しておきたいことをお互いに持ちながらも家族という集団としてやっていく、みたいなもしかしたらありふれたお話なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
死ぬときは絶対幸せにならざるを得ないというか、 自らのこれまでを受容せざるを得ないはずで。
死ぬ瞬間はきっと平穏が訪れるであろう、という確信のようなものをぼんやり抱えながら生きている私は自分の選択に疑いを持ったことが少ない。
こう書くと自信過剰っぽくて我ながらすごく嫌な感じだけど、この考えは自分の人生経験の浅さや思考の幼さからくるものだと思う。
本書は短編集であり、その登場人物どれもが成熟した大人である。
様々な分岐点を経て、当人なりの"平凡"に辿り着いた人間が過去を振り返るとき、それぞれの物語、そして新たな発見が生まれるのが面白かった。
あのとき、ああしていれば。
あのとき、という明確な点が思い浮かばなくても、本書が扱うテーマは生きていれば誰しもが考えるものだと思う。
もしも、について想像を膨らませることは、とても勇気のいる行為だ。
想像することで現状に満足出来ず不満を抱くこともあるだろう。
(「月が笑う」で主人公の元から去っていった妻は正にそうだったんじゃないか)
想像力がマイナスに働くなんて!
そんな寂しく辛い行為に勤しめるのは人生の酸いも甘いも一通り味わった大人に限る。
この本は様々な人との出会いや別れを通じてから読んだ本が面白いんだろうな〜と思った。
またいつか、ゆっくり読み返したい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1967年生まれの飛馬、1950年(代くらい?)生まれの不三子、物語が始まった時は何の関係もない2人の人生を、順番に描いていく。
昭和中期以降、平成、そして令和。こっくりさん、口裂け女、ノストラダムス、Y2K…様々なデマが飛び、その度に大騒ぎするがデマは現実にならない。
一方で予想もしなかった現実の事件事故が発生する、大きな台風に洪水、大地震、オウムのサリン事件、原発メルトダウン。
根拠のない噂に振り回され、予想もしない現実に翻弄される2人は、子ども食堂のボランティア活動を通じて交差するのだが、それはもう物語の後半、そしてコロナ。
デマに翻弄される側だったはずが、デマを振りまく側に立っていた2人の姿を誰が笑えようか?
一国の総理大臣が自分の地位のために、SNSを通じて世論を操作する、これが都市伝説ではなくてどうやら現実であり、世界一の経済大国の大統領がSNSを駆使して気違いじみた戯言を発信する時代。
東北地震被災地が復興途上なのに人が来れないオリンピックに建築業者を割く国、能登地震の復興が全く進んでないのに万博に建築業者を割く国
愚かな姿な主人公たちは俺たちである。この小説はほろ苦い上に結末はハッピーでもバッドでもなく、ただただ愚かを続けていくしかない俺たちの薄暮の未来をまざまざとみせつける。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ面白かったし読みやすかった!!
最近、友だちと結婚について色々話すけど、本当に正解はないし、どの人生も素敵だなって思った、自分のこれまでの人生も大切にしたいし、周りの人も大切にしようって思った!わたしは指輪も欲しいし式もしたいし旅行も行きたい!!ただしたいって思ってただけだけど、その思い出が未来の自分たちを支えるのかもしれないのかーーー!まだ少し先ではあるけどこれからする予定だから、その時間を大切に過ごしたいし楽しみ!!まだまだ側から見たら若いよなーーー自分、大変なことも沢山あるだろうけど形を変えながらでもずーっと一緒にいれますように!!ってなった! -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦前から現代に至る長い長い根っこ。その根っこは満州で出会い、逃げて逃げて、日本にたどり着く。ほー、長かったけれど、おもしろかった。登場人物が多すぎて、誰が誰やら分からなくなったことは多々あった。ミステリーのように枝が繋がって、お婆ちゃんが夫婦に会えなかったことは残念だけど、縁が繋がっていくんだと思った。満州事変という裏側にこんな日本人がいたかもしれないことを、本当はもっと興味を持って知らないといけない。世界情勢を絡めた描き方なのに、分かりやすい。角田光代という作家の底はまだまだ見えていない。
登場人物一人一人にコメントをつけられるのに、文字数がそれを許してくれない。そもそも名前を覚えてないわけだけど。家族ってこんなふうに作られるのかもしれない。
バラバラな短編なのに繋がってる。それが作品になる。接ぎ木されていく木のように。 -
Posted by ブクログ
運動嫌いを公言している角田光代が書いた本ということで、どうせゆるい運動の体験記だろうと先入観を持って読み始める。
角田光代は大の酒好きで、ラン後の飲み会目当てで、友人がやっている会に入っているのだが、数年間毎週末、必ず10〜20キロを走っていたところへ、『Number Do』という雑誌から声がかかり、フルマラソンにチャレンジするのである。
最初の東京マラソンで4時間43分で完走して以後、10回以上フルマラソンを完走し、トレイルラン、登山なども行う。
いずれも、いやでたまらないのを我慢して参加しているらしいが、すごいと思う。
マラソン前日にお酒を飲んでから参加というのも信じられない。
なにごとも始めてしまうとずるずるやめないという習性をもっていると自分で言っているが、継続は力なりだよね。
(ずいぶん前の本なので、現在はどうされているのだろうか。)
コミックエッセイのたかぎなおこさんも、一時マラソンものを何冊か書いていたが、いつも完走していたし、それを思い出す。
たぶん、私は1キロも走れないだろうな。 -
Posted by ブクログ
世の中の流れが早くて、情報も多くて、気持ちも頭も充填されっぱなしになるときがある。
未知なもの、未確定なものがこわくて、
不安や恐怖でいっぱいになる。
不安を払拭したくて、情報に飛び込むと、また不安を煽られる。
そうゆうときはだいたい「べき」とか「常識」「正解」とか「普通」を安心したくなる。
わからないことがあるということを、もっと受け入れないといけないのかもしれない。
飛馬が祖父や父母からつながれてきたもの。
不三子が子供たちにつなぎたかったもの。
飛馬も不三子もそれらから解放されたときに、少し生きやすくなったように見えた。
方舟=次世代へつなぐものだとしたら、この本のタイトルが表すことはなんなんだろう。
また時間を置いて、改めて読んでみよう。