宇佐見りんのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ「推し、燃ゆ」のじわじわしみて来る文体に押されて、デビュー作を読んでみた。 10代で書かれたという驚異の新文学。
世代の違いをまざまざと感じながら、それでもなにか身に迫ってくる娘(うーちゃん)と狂っていく母親(かか)との切り離せない愛情の物語と思えば、世代を超えた心情がよくわかってくる。
「かか」の手術前日に家を出て熊野に詣でる旅に出る。冒頭近く
かかはとある手術を翌日に控えていました。旅の出発日は入院日でもありました。それを放り出して旅を計画したうーちゃんをおまいは決してなじることはありませんでしたが、なんでそいなタイミングでうーちゃんがひとり旅立ってしまったかおまいにはよく把握できていなかったはずです。
みっくん、うーちゃんはね、かかを産みたかった。かかをにんしんしたかったんよ。
ここに至るうーちゃんとかかとの生活。ととが浮気をして家を出てしまったことや、同居することになったババから、かわいがっていた姉が亡くなったとき姉が一人で寂しいだろうとつぎにかかを産んだのだと言われ、それらがかかの深い心の傷になっていることで深酒や自傷行為を繰り返してきたこと。
その度にうーちゃんも深く傷ついていたこと。かかがうーちゃんを抱きしめて「エンジェル」と呼んでいたこと。
そういった荒れた日常で成績が良かったウーちゃんの気持ちが乱れ、とうとう受験に失敗して浪人生活になる。
こんな家庭に生まれついたという愚痴ではない。かかとの暮らしで同じように傷ついて苦しむうーちゃんが自分を持てあまし、かかも自分を持て余して乱れた暮らしの中にある孤独感を二人とも同じように持て余している、それがかか弁という独特の方言を混ぜた日常語で綿々と語られる。
スマホを使いこなすZ世代特有のSMSを使った気持ちのはけ口も、ついにそれまでいらなくなるほど決心は強い。泥だらけでたどり着いた雨の日、熊野の滝の水煙もうーちゃんは癒されることがなかった。
こんな暮らしは想像はつくけれど、乱れて汚れた暮らしは少しおぞましい語り口ながら、親子の結びつきがうーちゃんの言葉でつづられる粘性の強い作品は驚異的に深いものだった。
うーちゃんが全身で浸ってしまっているその重さから熊野詣でに出たことも、まず手術に失敗はしないだろうと思われるかかの病名であったことも、ついにうーちゃんがかかを熊野に無事産み落としただろう結末は何かほの明るかった。
最後に短編
「三十一日」
どちらかと言えばこの方は清々しくこの作家の力を感じた。
ペットの墓を訪ねる道の途中で止めてあった赤い自転車が倒れる。散らばった籠の荷物を一緒に拾った女とのわずかな会話や風景やにわか雨が潤した風景が美しい。
風が吹く。木立の葉の裏、自動車のホイール、遊具の手摺、家屋の外壁に走るパイプ、雨水の引ききらない路面、街中に埋まった銀色が風に吹かれて目覚めてゆくように光る。
犬を拾って育てたこと、犬が死んだこと。
彼女の中にある喪失感は
耐え難い哀しみが頭蓋骨に深い裂け目をつくり黒い穴をのぞかせる。理不尽な一瞬にあらがえるものなど本当はこの世には何一つないと尚子は思った。
……
終わる。終わっていく。戻ってはこない。なにひとつ取り返しがつかない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ表現豊か!!!!すごい。99年生まれの作者と知って驚愕したけど若いから表現が生き生きしてるのか?思い返すとそんな気がした
主人公かんこの脳内葛藤をそのまま書き散らしたようでもある。なんか考え事してると自分でもよくわかってない境地に行ってたりするし
兎に角かんこはつらい、ヤングケアラーの一つの形か。父も母もかんこがいなくなったらどうなってしまうんだろ。残されたかんこ。可哀想だけどかんこ自身は可哀想って思われたくもないんだろうね
結局なあなあになってしまう怒りの矛先
被害者と加害者の記憶のギャップ、被害者は延々と尾を引いて。やった側はそんなことあった?レベルなことも。
自立している人が多数派な社会では自立が当たり前に求められること、できないやつは当然の如く切り捨てられること、そして自立できない人の自己否定が強まってしまうこと、確かに辛い。自立が社会の掟、そんなの糞食らえ的なかんこの叫びは響く。
この家族の楽しい場面とそうでないところはジェットコースターくらい目まぐるしく描かれる
過去に何度も縋ろうとする母は幼い。子供達に自分を重ねて幸せを実現しようとしてる父も幼い
こんな子供達の母にかんこはならざるを得ない
辛い時はモノになる
肉はミンチになるから叩かれるのは当たり前。モノだから気持ちはない。少し楽になれる
17歳の少女がこんなことを考えていることを思うと辛くなる
形骸化
本来の目的が失われて、形だけになってしまっていること -
Posted by ブクログ
女性作家の自身の身体にまつわるエッセイ集。特に30,40代の今人気の作家さんたちだけを集めたというのが面白い。自身の身長について書かれている方もいたが、自ずと性にまつわる話が多かった。
個人的に感動したのは村田沙耶香さんと能町みね子さん。こちらの感想で、女性なのに自慰について書かれている方が多くて引いた、という感想が少なくないのは正直ちょっと残念だなと思った。村田沙耶香さんは幼少期から行っていた自慰について、いやらしいものという周囲との認識の差に未だに慣れない、ということを書かれていたのだが、子供の頃の自分の王国という表現でその感覚について本当に美しい描写をされており、涙が出そうなほど感動した。現代の子供向けの性教育本を読むと、自慰は人前でオープンにするものではないがご褒美のようなもの、とあり、本来いやらしく汚らわしいものというより村田さんのような表現が正しいのではないかと思った。
また、能町さんの文章は珍しく彼女が普段あまり公で書かれない自身のトランスジェンダーであることの葛藤が書かれており、普段の彼女の冷笑系の口調ではなく、本当に心の叫びという感じで涙が出た。さすが言語化能力に長けている方だけあって、「ノーマル」な人間への想いなど、初めてトランスジェンダーの心の片鱗のようなものを少し理解できたような気がした。
それにしても、西加奈子さん始め、ほとんどの作家さんが若い頃に性被害を経験しているというのが恐ろしすぎる。言葉にするお仕事の方たちだからこのようにオープンにして下さったが、被害を言葉にできない人間がどれほどいるか(小さいものも含めたらもしかしたらほとんどの方かもしれない)と思い知らされた。 -
Posted by ブクログ
出産入院中に読むか〜と購入。
スカート履くのが嫌で泣いてた自分が出産か〜、、、という気持ちにマッチするエッセイがいくつか。
自意識についてがテーマなので当然っちゃ当然なんだが、「こういう私、どう?」が何気ない振りして3日目の経血くらい滲んでる文章も結構あったなかで、(そのヤンキーという修飾語いるか?みたいな)藤原麻里奈、すごすぎる。
女を捨ててるのに"女なのに"のリングの中で評価されることに気持ちよさを感じる、ってところ、こんな素直に自分の欲求捉えられるのすごすぎる。(2回目)
自分も自分しか見ないような日記ですらすぐ滲ませちゃうので、ああいう文章を書けるようになりたい。文章というか、自分の考えとか心の動きをカッコつけずにそのまま捉えられる力?
2024/10に読んだのを電子の方で書いてたので転記 -
Posted by ブクログ
「推し、燃ゆ」で、芥川賞を受賞した作者の文芸賞&三島賞のW受賞した、
デビュー作。
19歳の浪人生うさぎ、通称うーちゃんは、大好きな母親=かか が、
父親=とと の浮気により、精神を病み、酒を飲んで暴れたり、自傷行為を
数量になる。かかを救いたい一心で、熊野へと旅立つ。
かかの辛さが、うーちゃんも伝染する描写が、リアルに表現され、
読む人に衝撃を与えてくる。
作品通して、方言および、登場する母親の独特なかか弁ということで、
どう読んでいけばよいか、
そのまま読んでいくと、個人的に頭の中で音読しがちなため、
読みにくく、出来るだけ標準語か自分の普段の言葉に置き換えて読むことで、
スムーズに読めるように読んでいました。
かか弁に苦戦するも慣れていくにつれ読みやすくなる感覚は、
森見登美彦作品をイメージしてしまいました。
森見登美彦作品も、慣れてくるまで大変だけど、慣れると加速する。 -
Posted by ブクログ
罰当たりという行為は深い信心がないと成り立たない。
信じているからこそ、罰が当たってしまうと思ってしまう。
最後、確かに「かか」は死んだ。
うーちゃんの中の信仰はなくなったのだと思う。
信じることは思考の放棄と映画で誰かが言っていた。
『推し、燃ゆ』でも推しの死、推しが人間になってしまうことを描き、主人公さ人間をやめた終わり方だった気がする。
この2作品はそういう「くくり」からの解放、いや解放という清々しさはない、脱け出して、染み出していくものが描かれている気がした。
母や女性、かわいそうな女性、不幸、幸せ、社会の構造に当てはめられた「くくり」。
ネットの文面だけで消化される不幸、かわいそうな私。
慰めてくれる場所を求めてネットへ
そこからも逃れたくて熊野へ。
山の中に一人。
けれど一人になり切れない。
ネットや家族に縋る。
へその緒の繋がりがずっと残ってる。
背中がぞっとする。
雷様にへその痕跡すらなくしてくれと祈る。
手術は成功した。
けれど『かか』は死んだ。
これから、うーちゃんはどう生きるのだろう。
自分を信仰して生きるのだろうか。
『かか』を産むことを望むのだろうか。
自身が『かか』となるのだろうか。