宇佐見りんのレビュー一覧
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ネタバレ◾️record memo
うーちゃんには昔から自分のなかにだけ通じる不文律があって、そいは法律や世間にある倫理観なんかとはぜんぜんべつの規則性をもって自分自身を支配しています。
おまいもよおく把握していることでしょうが、かかがはっきょうし始めたかんです。ととの浮気を引きずり続けていたんか、そいとももっと別の要因か、はっきししたことは誰にも言えんけどとんかくかかは何か根深いものに苦しめられ壊れていったんです。
はっきょうは「発狂」と書きますがあれは突然はじまるんではありません、壊れた船底に海水が広がり始めてごくゆっくりと沈んでいくように、壊れた心の底から昼寝から目覚めたときの薄ぐらい夕暮れ時に感じるたぐいの不安と恐怖とが忍び込んでくる、そいがはっきょうです。
かかは、ととの浮気したときんことをなんども繰り返し自分のなかでなぞるうちに深い溝にしてしまい、何を考えていてもそこにたどり着くようになっていました。おそらく誰にもあるでしょう、つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。
もうそんときにはうーちゃんが学校に行く頻度はまちまちになってたかん、うーちゃんの属している社会はほとんどSNSと家だけに減っとりました。おまいは知らないと思うけんど、実は学校へ行くと言って家を出たあと、横浜のフードコートで何時間も過ごしたことがあります。昔よく屋上で遊んだデパートで受験勉強したり、休んでいたぶんの課題やったり、人目につかんよう泣いたりして過ごすんは残酷でした。
教育委員会に処分を受けた教師にしろ薬物所持の発覚したベテランの司会者にしろ、偉そうな態度をとっていた人間が効力をうしなうとそれまでの威勢が虚勢にしか見えんくなるということがありますが、その虚勢があわれに映るというほどどうしょおもないこともないでしょう。
明子の派手で安っぽい生地のワンピースやおまいのワイシャツ、ばばのベージュの薄っこいブラジャーを仕分けながら干していくんを、手持ち無沙汰になったととはジーパンのポケットに親指突っ込んで体をゆるくゆすりながら見ていて、少しでも気に掛けるとととをあわれんでしまうかん、身内にとりこんでしまいそうだったかん、うーちゃんは「ババはヒノハラにいっとる」と突っ放し、出直したらとも伝言するとも言いませんでした。
修学旅行の班分けのとき、くじで一緒になったうーちゃんたちに聞こえるように大声でハズレと言ったり、女性の教師たちをヤれるヤれないと仕分けたりしてた男子生徒たちに感じるんと一緒です。話を聞いたとたん、悪いと思う間もなく、親しんでいたはずの教師たちの顔が頭のなかできゅうに別の顔をしだしたんを覚えています。どんなに知的で自立した女の人であっても、たった一言であほらしい猥談のなかに取り込まれてしまうんがどれほどまでに悔しいことか、おまいにはわかりますか。
「ジジのだから」と言ううーちゃんにかぶして、「ずいぶんとまた際どいワンピース着とんなあ」ともう干してあった明子の赤いワンピースを弄ぶようにめくってまたわらう、下瞼を引き上げたまんまの目がうーちゃんとその背中のひらいたワンピースとを一瞬のうちに行き来して、ととの頭のなかで勝手にそいを着せられたんがわかりました。部屋着の緩い長ズボンの裾からはみ出た自分の素足がぞわぞわして、かかはととにあの目で見られるんが厭でなかったんだろうかと思いました。
……うーちゃんはにくいのです。ととみたいな男も、そいを受け入れてしまう女も、あかぼうもにくいんです。そいして自分がにくいんでした。自分が女であり、孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならんかった。男のことで一喜一憂したり泣き叫んだりするような女にはなりたくない、誰かのお嫁にも、かかにもなりたない。女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからんのよ。
不幸に耐えるには、周囲の数人で自分がいっとう不幸だという思い違いのなかに浸るしかないんに、その悲劇をぶんどられてしまってはなすすべがないんです。うーちゃんの状況はなにがどうあろうと「生きてるだけまし」の一言に集約されるんでした。そいして、たしかに「生きてるだけまし」なのかもしれんのでした。
なんでこのひとはととに苦しめられてんのは自分だけだと思ってるんだろう。うーちゃんはちまたでよく聞くDV男と別れられん女については、べつにどうとも思いません。思わんけど、そのまんま結婚にこぎつけてあかぼうこさえることに関してはぜんぜん納得がいきません。かかが年甲斐もなく薬大量に飲んでみたり吐いたり包丁壁に突き刺したりアレルギーのピーナッツ食べようとしたりするたんびに、なんでこうまで苦しめられんのにあかぼうつくるまえに離れなかったんだろう、なんでこのひとは、しにたいしにたいと言いながらしなないんだろうとうらみました、彼女がしぬとわめくたびにうーちゃんにもその気持ちはうつります、もう、つらくて。
ねえ、こんなこと言ったら怒られるかもしんけど、もしかしたらここにはもう神も仏もいないんかもしらんね。かみさまなんかがいたんなら、こんなに淋しいはずがないんですから。
人間の肉体は圧倒的な祈りの攻撃には耐えきれんのよ。唯一絶対のかみさまを持たん人々は、それぞれ祈りの対象を人間に求めます。できそこないのかみさまたちは、未成年に酒を飲まして性的暴行を加えるし、クスリでつかまってやけに写真うつりの悪い顔がネットニュースに載ります。子どもたちのかみさまは、成長するにしたがって小言を言い、なぐって、くるって、そのうち老いて、淋しさを残していく。
うーちゃんを抱きしめ、ゆるされたのを知ったかかは叫んだ、それは高く乾燥して引きちぎれたような悲鳴でした。みえかけてしまった、みえてしまったもんを泣き叫ぶことで放棄しようとしているようでした、うーちゃんも泣きました、あらん限りの力でかかを抱き締めました、やっぱし腰が痺れてびしびしいった、家に残ったおまいも含めた三人がそんときどういった反応をしたのか覚えてません。うーちゃんにはかかしかみえませんでした。
それに気いついたとき、うーちゃんははじめてにんしんしたいと思ったんです。しかしそこらにいるあかぼうなんか死んでもいらない、かかを、産んでやりたい、産んでイチから育ててやりたい。そいしたらきっと助けてやれたのです、そいすれば間違いでうーちゃんなんか産んじまわないようにしつっこく言いつけて、あかぼうみたいにきれいなまんま、守りぬいてあげられたんです。女と母親とあかぼうをにくみ絶対かかになんかならんと思っていたけんど、もう信じられるんはそいだけでした。
うーちゃんたちのありふれた淋しい未来を誰も悲しまないでしょう。誰も憐れまないでしょう。みんなが淋しいかんです、みんなそれぞれに、べつべつに淋しいかんです。いっしょに淋しがってくれるかみさまがいないなら、うーちゃん自身がうーちゃんたちのかみさまになるしかもう道は残されていないんでした。 -
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【目次】
Better late than never(島本理生)
肉体が観た奇跡(村田沙耶香)
「妊娠」と過ごしてきた(藤野可織)
身体に関する宣言(西加奈子)
汚してみたくて仕方なかった(鈴木涼美)
胸を突き刺すピンクのクローン(金原ひとみ)
私は小さくない(千早茜)
てんでばらばら(朝吹真理子)
両乳房を露出したまま過ごす(エリイ)
敵としての身体(能町みね子)
愛おしき痛み(李琴峰)
肉体の尊厳(山下紘加)
ゲームプレーヤー、かく語りき(鳥飼茜)
私と私の身体のだいたい五十年(柴崎友香)
トイレとハムレット(宇佐美りん)
捨てる部分がない(藤原麻里菜)
私の三分の一なる軛(児玉雨子) -
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「汚してみたくて仕方なかった」鈴木涼美
売春が無くならないのは、男側の問題の方が大きいけど、自分に値打ちが付くことに依存する女側の問題もあるのかもしれないと思った。女は性処理として利用されてきた時代が長く続いたせいもあり、完全に無くすことは難しいのだと悟った。
「トイレとハムレット」宇佐見りん
面白かった、、!確かに腹痛と苦悩のポーズは似ている。舞台が好きな理由として「シンプルだから」っていうのはすごく腑に落ちた。たった一つの物語、感情を演じているだけだもんな。現実の方が感情ごちゃ混ぜで騒がしいもの。
「私の三分の一なる軛」児玉雨子
生物は毎日ちょっと死んでおかないと生きられないって興味深い。睡眠を取ること=意識を手放すことが「生」繋がるのだとしたら、なんか「死」も生の延長のような気がして、恐怖心が払拭できる気がする。
自分は随分と「身体」というものに向き合っていなかったのだと思ったのと同時に、向き合わなかったという事はそれだけ健康であり、真っ当な人生を歩んでこられたという事なのかもしれないと思うと、親や環境に感謝した。でも1番大事な事は、何も深く考えず、ただ「人間」という生物として生きていく事だけを考えることかもしれない。 -
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身体や性についてのエッセイ集。この中で柴崎友香さんが呈示していた疑問「なぜ書き手の性別を限っているのか」、私もこれと同じことを思った。もう、このフェーズは終わっていないか。いま、同じテーマで、男性やその他の性の人の語ることも聞きたいし、それらが同じひとつの場所に並べられているところを見たい。
どのエッセイもそれぞれ興味深かったし、色んな方向に心動かされたが、上記の意味で、柴崎さんが「このような疑問を私が持っていることを編集者と共有できたので、書くと返答した」という経緯を書いてくれていたことが、いちばん嬉しかった。もちろん、疑問の詳細は私が書いたこととは違ったけれど。 -
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どんなことをどんな風に語るかは自由なはずなのに、不思議と受ける印象が近い方も多い。圧倒されたのは、自身の自慰について複数名の方が赤裸々に書かれていたこと。もちろん秘めておくべきかどうかは個人の自由だが、同じことを目の前の男性に言われたらきっと眉間にシワを寄せてしまうと思うので、(こんな性差を感じてどうかとも思うが)そうならないのを織り込み済みの、女性性を逆手に取った表現ような気もする。私のお気に入りはセブンルールで見たことのある藤原麻里菜さん。「もし、技術が発達して、アバターを作って仮想空間で生きれるとしたら、私は女の身体を選ばず、カービィみたいなピンク色の球体を選ぶだろうと思うのだ。そうしたら、女であることの不安や恐怖から解放される。ピンク色でかわいいし。丸くてかわいいし。そういった願望があるけれど、身体からは解放されない。生殖器があるからだろうか。生殖器が私の身体にばっちり組み込まれてるからかな。テトリスだったらセックスしたときに消えそうだけど、そうもいかない。私の身体は消えない。だから、愛するしかないのだ」。
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高橋源一郎さんのラジオで紹介されているのを聞いて読んでみた。
同じ状況でも「気づいてしまう人」と「気づかずスルーする人」がいると思うが、
「女であること」で少なからず嫌な思いをした経験は誰にでもあると思う。
痴漢について、本筋からはずれるかもしれないが、これだけ多くの女性が被害に遭ってる、ということはそれだけ痴漢をやったヤツがたくさんいる、ということよね?
もしかしたらそこにいる善良そうなおぢさん、爽やかそうなお兄さん、しょぼくれたおじいさんだって!
それでもみんな知らんぷりして普通の生活をしているんだろう、と思うとものすごく腹立たしい。
またまた話がズレるが最近読んだ大谷晶さんが自分をすごく好いている、と書かれていたことがとても印象的だった。
いろんな思い、様々な経験をした上での発言だと思うが、ぜひともこのリレーエッセイに、大谷さんも寄稿してもらいたい、と思った。 -
Posted by ブクログ
160ページ、行間も大きな本なので短時間に読めるだろうと思ったら大苦戦。
独特の表現に追い付いて行けなかったり、容赦ない場面切り替えに戸惑ったりは宇佐美さんの文章の特徴でもあり凄さなので仕方ないとして、内容的に辛く。
酒を飲んでは暴れる脆い母、身勝手な父、逃げ出した男兄弟。いわば前作『かか』の世界をさらに厳しくしたような内容です。全員が被害者意識の塊の様な家族。誰かの発言が他の家族の被害者意識を誘発し、さらにそれが・・・。それでも家族としてまとまるべきだと考える娘が主人公なのですが、さすがにこれは無理でしょうと。
絶賛される人も多いなか、私には『かか』の世界が限界で、この作品の家族の姿が生理的に受け入れがたく。 -
Posted by ブクログ
西加奈子さん、村田紗耶香さん、千早茜さん、、他にも豪華な方々のお名前が、、
もうこれ買うしかないやんと思って購入して即読みました。
それぞれの女性作家さんたちがご自身の身体をテーマにリレー形式でエッセイをつづられていて、どのエッセイもすごく赤裸々に描かれていて同じ女性として共感するところもあれば、驚かされることもあり、、それこそ、読んでからは「私の身体は私のもの」を強く感じた。
それぞれの身体に色々な経験や傷が合ったり、コンプレックスが合ったり。
それでも一つしかない自分の身体。
こんな私でももっと堂々と生きていていいんだと思わせてくれる作品でした。